徳島で若者を採用するお悩み その2「ギャルに訴えてみた」

公開日 2006年07月09日

正社員よりフリーターになりたい18歳と戦うの巻

文責=坂東良晃(タウトク編集人)

18歳のタウトク編集部員・西千晶(にしちあき)が、超まじめな編集会議をやっている最中に、突如としてとんでもないことを口にした。
「あぁし、フリーターになりたい!」
ななななな、ちょちょっと待ってくれ。こいつに辞められたら困る。ぼくはアセッた。なぜかって、この西千晶という女は、すさまじい能力をもっているからである。
髪の毛はまっ赤っ赤、服装は社会人にあるまじき女子高生のふだん着平服、伝言メモは顔文字と絵文字だらけである。仕事中は、どこかの駄菓子問屋でで仕入れた1パック100個入りの「ちょこましゅまろ」をいうやつをひたすら食べている。話題といえば「KAT−TUN」の赤西クン、それに取材で出会った男子高校生がいかにキュートだったか。
自分のことを「あぁし」と名乗るのは、阿南市出身だからだ。こいつはこの春、当社に就職するまで生まれてから一度も阿南を出たことがない。だから阿南弁しかわからない。徳島市の人たちの方言がわからずに、ときどきポカーンとしている。
先輩の女性スタッフが今宵も秋田町に繰り出そうと化粧室で化けているのを見て、「あぁしも連れてって〜」と鳴きついている、が未成年のためトイレに置き去りにされる。
そんな西千晶も、編集部ではすっかり主力である。同期入社である関西大学哲学科卒のナルシスト・栃谷(男・24歳)を完全に尻に敷いている。さらにあらんことか、彼女は入社わずか1カ月で400万円を超える契約を決めてしまったのである。
まだ試用期間中で手取り賃金10万円チョイにも関わらずである。1カ月で自分の年収以上を稼いだ(最近まで)女子高生として、他部署からは「西千晶が欲しい」とひっぱりダコなのだ。
そう、こいつはいわゆる大物なのである。 さて「あぁし、フリーターになりたい!」と叫んだ理由について、ぼくは慎重に話を聞くことにした。機嫌をそこねられたら困るからである。不機嫌な18歳など、大人の手に負えるものではない。
なぜそんなことを言い出したかというと、どうやら土日の連休中にフリーターをやっている友達に会い、そのステキなライフスタイルに魅せられてしまったようなのだ。
□働くのは週の半分くらい。
□手取りのお給料は、自分と大して変わらない。
□休みの日は彼氏とドライブやショッピングを満喫。
□平日も、仕事が終われば街で遊んだり。
なるほど。話を聞けば聞くほど、フリーターも悪くないなあ・・・と思わせる説得力がある。
イヤイヤ、西千晶に説得されている場合ではない。フリーターなんてどうしよーもねえよ!とぼくは激しく叫んだ。西千晶がフリーター化することを必死の形相で食い止めようとした。こいつは一度言い出したらテコでも動かない難物であるからだ。他ならぬぼく自身がフリーターを6年もやっていたことは、この際だまっておくことにした。それからぼくは会議を中断し、60分間にわたって説得工作に入った。

ぼくはまず、「彼らは搾取されていることに気づいていない」と述べた。西千晶は「さくしゅ?」と不思議そうな顔をした。初めて聞く言葉だったようだ。
バブル崩壊以降、企業は正社員の雇用を躊躇するようになった。雇用リスクが高いからだ。
社員には、ある程度の賃金保障と賞与、福利厚生を提供しなければならず、様々な休暇も確約しなければならない。解雇する場合も「ほな今月までで退職ね」と肩をポンッでは済まない。
その点、派遣社員、パート、アルバイトに対しては、カイシャ側の都合と論理で、雇用期間や賃金を決めちまうことができる。あらかじめ雇用期間を決めた契約社員もそうである。経営側からすれば、正社員を雇うより「石が転がるように生きる」フリーターをアルバイトとして業務に組み込めば、本来かかるべき人的コストを大幅にカットできるのである。彼は気の向くままに辞めてくれる。
パート・アルバイトは正社員と同じ労働者という立場であるが、実際上の権利は同等とは言いがたい。仮に経営に不信感があっても、帳簿の閲覧を求めたり、経営者との団体交渉はしにくい。法的には可能だとしても、実際はできない。正社員とほぼ同じ労働をしても、コスト安の存在。本来的に自分の労働が生み出す価値に対して、労賃を値切られている存在なのだ。

つぎに、フリーターたちの「時間を切り売りする感覚」がよくない、という説明に入った。アルバイト経験豊富な学生を正社員として採用すると、ある決まった仕事はちゃんとこなすが、指示なしの状態で仕事を作るのを苦手とする傾向があることに気づく。
また、彼らは仕事に対して純粋な夢を抱きにくい傾向がある。「これだけの賃金に対して、これだけの労働を提供すればいい」という観念をぬぐい去るのに、けっこう時間がかかる。いまどきのバイトの時給800円、日当7000円。だから1000円なんてたいした金じゃない。そう考える若者がたくさんいる。自分の時間を切り売りしてもらう時給だと、どうしてもそんな感覚に陥ってしまう。
社会に出て金を稼ぐということは、簡単なことじゃない。
たとえば自分で商売を興そうとする。「これを自分の手でやってみたい」と決意してから、収入ゼロ円の日々が何百日も続く。最初にお客さんからもらった100円、1000円のお金に、指先が震えるほど感激する。お金のありがたさを嫌というほど教えられるのだ。
そんな体験をすれば、「お金なんていらないから、仕事させてください」という若者が現れたら、「君はぼくの若い頃のようだね」と誉めたあとで、「でも君は甘ちゃんだね」なんてチクリと刺したくもなる。
脳みそをフル回転させ、街を歩き回って足を棒にして、自分の手で稼ぎ出した1000円は、他人の指示どおり動いて手にした1000円、親からもらった小遣いの1000円とは別の価値がある。
だからね、若い時こそフリーターじゃなくて、頭をこづかれて働く下積みをした方がいい!と、熱弁をふるうぼくの顔を見る西千晶の目は、トロ〜ンと睡魔に襲われつつある。しまった! 話がつまらなかったのか!? 起きてる?と聞くと、「なんとか」と西千晶は言う。

ぼくは気合いがメルトダウンしないよう話をつづける。
いままでたくさんのフリーターと面接をしてきた。彼らは「自分には、いずれやりたいことがある」と言う。ぼくはいつも問い返してきた。「なぜそれを今やらんのん?」。
「東京に出るための準備資金が必要なので、アルバイトをしてお金を貯めようと思います」
いくらお金を貯めたら、東京に行くの?
「それはちょっとわかりませんけど・・・」
20万円もあれば部屋はどうにかなるから、誰かからお金を借りたらすぐ行けるよ。
「人から借りるのは嫌いなんです」
でも、いま親と同居してるんでしょ? 税金も保険も電気代ガス代水道代も親持ちじゃないの? それは平気なの?
「はあ、あんましよくわからないです」
こういう会話、なんどもしてきた。あるいはまた、
「いつかカフェをやりたいと思ってまして。いろんな店を見てみたいので雑誌編集の仕事をしようかと思いまして」
カフェ出すのにいくらお金かかるか調べたの?
「いまんとこ、調べてないです」
じゃあ仮に800万円かかるとして、うちで何年バイトして貯めるつもりなの? 10年以上かかるけどいい?銀行からお金借りたら、すぐできるんじゃないの?
「今すぐやるつもりはありません。やっぱ人脈とかつくったりしたいし、ノウハウの蓄積も必要だと思うし・・・」
そう、フリーターとの話し合いは、果てしない「今やれば?」「今はできません」トークの応酬なのである。「いまはアルバイトでいい」という理屈は、以下の心情の合理化である。
「いずれ何かやるつもりだけど、お金も必要だし、いろいろな知り合いも作っていきたい。親元で貯金をしながら、いつか自分がやりたいって思ったときにやったらいいか。自分をサポートしてくれる仲間といっしょに、自分の好きなことをやりたい。いつかはほんとにやりたいことが見つかるだろうし、それまではあせる必要もないし、いろんなことやりたい自分ってサイコー!」
これが典型的フリーター思想。多弁だけど、何もやるつもりがない人の論理。本気の人は、自分に「準備期間」などという執行猶予の時間を与えないもんだ!

そんなぼくの弁舌を、西千晶は夏の海辺に立ったような遠い目で見つめる。その先には白い壁しかない。ぼくはやや傷つきながらも、なんとかこの場をシメなきゃと思い、うめき声のように言葉を発する。
10代から20代中盤まにでに積み上げた経験が、それからの人生を自由にする。能力があれば自由になり、社会に通用する能力がなければ不自由になる。いろんな職業を経験したり、いろんな職場に勤めても、たいへんな局面から逃げ、その場その場の気楽さだけを求めていたら、何の経験も積みあがらない。仕事との距離を遠くに置けば、どんなこともつまらなくなる。他人から見てどんなにバカげて見えることでも、無我夢中でやっていたら、ぜったいおもしろくなる。

さて、ぼくの言葉は西千晶に届いたのだろうか?
同級生の大半が大学に進学し、おもしろおかしくキャンパスライフを過ごしている。就職した多くの同世代が、新人研修期間中にあっけなく会社を辞めたりしている18歳である。そんななかで真夜中までひたすら頑張る自分と周囲との距離を、彼女はどう計っているのだろうか。
電気のついてない独り暮らしの部屋にトボトボたどり着いて、阿南からやってきたお母さんが昼間に置いといてくれた机の上のクリームパンを見て、なにを思うのか。彼女がいまだ「フリーターになりたい!」と思い続けているのかどうかはわからないけど、今日もぼくは西千晶にカイシャにいてもらうために、外出のついでにコンビニの10円菓子コーナーをまさぐり、「ちょこましゅまろ」の大箱を探しもとめる。
西千晶、世の中はこんな風にホントにおもしろいよ。稼ぐ18歳の方が、稼がない経営者より立場がはるかに上なんだからね〜。