カイシャってやつを見極めよう

公開日 2006年10月21日

文=坂東良晃(タウトク編集人)

「夢がないと生きていけない!」なんてコピーが踊る成功者の自伝があれこれベストセラーになってる。夢やビジョンを100個あげてノートに写したり、目標を達成する予定日をシステム手帳につけたりと、なにかとメモしなくちゃいけない。けっこう大変だ。真似しようとしても三日坊主で終わりそうな自己啓発本が売れる世相って何なんだ。
成功者が成功の秘訣を語るのは勝手だが、それを真に受ける人が少なからずいるのが問題だ。
特に冴えない経営者のたぐいは、ビジネス指南書を鵜呑みにする傾向がある。
プレジデント、フォーブス、ダイヤモンド、日経ビジネス、東洋経済。
デスク上に、こんなビジネス雑誌がずらり並び、仕事中に読みふけっている経営者がいたら、ちょいやばい。これら雑誌には、偉大なる経営者の金言や改革のストーリーが紹介されている。
古くは松下幸之助、本田宗一郎、盛田昭夫、井深大、ウェルチにドラッガー。もっと古くは勝海舟、吉田松陰、紀伊国屋文左衛門、信長・秀吉、劉備に曹操、孔子の論語に孫子の兵法。
最近では御手洗冨士夫、渡邉美樹、久多良木健、柳井正、ゲイツにジョブスにヤンさん・・・。
新境地を切り開いてきた立派な人物たちの言葉を、ちょこちょこと引用したがる経営者の長い訓辞に付き合うのは、従業員は苦痛だろう。
誰でも知ってるよな本田宗一郎氏の名言を、熱く感動的に語られるとゲンナリしてしまう。
自分の方向性もはっきりしないのに、「君たちは、まずビジョンをもつことが大事だ!」なんてことを、突然言い出したりもする。ビジョンなんてねえ、普通はないんです。あるとしても、そりゃ後づけでムリヤリ考えたもんです。
人間は、「好き」「嫌い」でしか生きられない。もしくは、食ってくためにしか生きられないんです。ビジョンとはイコール、自責の念から逃れるために本当の欲望を隠すための言いわけ、つまりは自己防衛の所作だ。
ケーハク経営者の述べる「ビジョン」のウソを見抜かないといけない。ウソの典型はこうだ。
・世の中をこう変えよう!(世の中を自分の都合のよいように変えよう!)
・顧客に感動を与えたい。(感動はお金に換わるのだから)
・利益の一部は社会福祉に還元しよう。(節税できるし評判もあがるからね!)
大きすぎてワケのわからくなったビジョン、抽象的なビジョンは経営者にとって都合がいい。
「地球環境に貢献する」「誰もが夢を持てる世の中にする」くらいのスケールで語っておけば、細かいことは誤魔化せそうだ。
さて、ここからは経営者たちがつくペテントークを、具体的に検証したい。わかりやすく事例をあげるために、創業経営者バージョンでお届けしよう。つまりウソつき初級編だ。

経営者 「キミたち社員には給料を払う。オレは事業が軌道に乗るまで一文ももらわないからな!」
従業員 「しゃ、社長ー! ご自分を犠牲にしてオレたちに給料出してくれて、感動です!」
その感動はNG。オーナー経営者は、給料をとろうがとるまいが結果としては一緒なんです。
自分がつくった会社から役員報酬としてお金を個人口座に移動させようがさせまいが、結局さいごは創業者(家族・親戚が名目株主のオーナー企業ね)のものになるのである。会社名義の口座にお金を置いているか、個人名義の口座に移動させたか、それだけの話である。お金をどこに置いておくかを決めるのは、どっちが税務上得なのかで判断される。
「私は起業から1年間、1円の給料も取らなかったのだよ・・・」なんて思い出トークを平然とする経営者がいる。
商売を初めた当初はまとまった収入があるはずないから、無給は当然である。また、無給といっても会社の口座にはお金は入ってきているから、それは資産となる。会社は存続すればいずれ他人に譲る。売却する際には会社資産に値段がつけられ、その代価は経営者のものとなる。
当たり前の話を、さも大変なことのように語り、自らの清貧さをアピールしようとするのはエセ度☆☆だ。

こんなトークもよく耳にする。
経営者 「オレは数千万円の借金を背負ってボロボロになった。それでもチャレンジした」
ブ〜イングである。現金をたっぷり相続してない人間なら、商売を始めるときに借金するのは当たり前である。てゆうか、初めて商売を興すときに何千万円も借金できるのは、元々担保価値のある土地家屋を所有していたから以外にない。銀行は、どんな立派な企画書を書いてもお金は貸してくれないからねぇ。儲けるために先行投資する。そんなのは商売も投機もギャンブルも同じだ。創業者が当然背負うべきリスクである借金をヤイノヤイノと語る経営者は、ペテン度☆☆☆だ。

お次は古典的な武勇伝である。
経営者 「周りの誰もが反対したが、オレはやってのけた! 皆がそんなことやってもダメだと馬鹿にしたけどよ、オレを」
つまりこの経営者は、(誰も気づいていない市場に目をつけ、リスクをいとわず挑戦したオレはイケてる!)と自画自賛しているのである。しかしねえ、知り合いが商売をはじめると聞いて反対しない人はいないからね。だって失敗したら目も当てられないことを知っているから。
反対してあげるのは思いやりである。何でも「やれやれ」なんて薦める人は信用のおけない人物だ。初めて店を出したり会社を作るときは、家族や友人は必ず反対するものであり、取引先に信用されるはずもなく、お客様には馬鹿にされるものである。 街に並ぶたくさんの店、会社、事業所は、みないろんな反対を押し切って立ち上げたものだ。そんな当たり前のことを武勇伝化する経営者は、ナルシスト度☆☆☆☆だ。

とどめの苦労話はこれだ。
経営者 「オレは事業が軌道に乗るまで不眠不休だった! フロも入らず事務所の床で30分仮眠を取るだけだったよ!」
従業員 「しゃ、社長〜、俺も寝ないで頑張るっすぅ!」
って共感してはいけません。経営者は労働者じゃないんだから、24時間働いてもいいのよ。株主経営者の自分の働き分は、ほかでもない自分の利益になるんだからね。仮に労働者が24時間働いて稼いでも、その労働が生み出す価値の大半は本人には還元されません。
1人の労働者が、1000万円の価値(この場合は粗利益)を生み出しているとする。しかし実際の年間の給料は400万円だ。のこりの600万円は、会社の資産(モノやカネ)となり、最終的には株主経営者のモノになる。オーナー経営者はみなこのお金の構造を知っている。しかし従業員に説明はしない。じぶんの肉体を酷使した事実は語るが、その結果として生じる利益のありかについてはウヤムヤにしておきたい。そして、自らの苦労話を披露することで、従業員にも同様の苦労を求めようとする。こんな都合のよい状態に労働者を置こうとする経営者は、イリュージョニスト度☆☆☆☆☆だ。

ダマされない労働者になるためには、決算書を読む力をつけよう。「金がない、金がない」と経営者がボヤく会社にホントに資産がないのか確かめてみよう。メイン銀行の口座には金がなくても、別の資産に化けてるかもしれん。そして、それがいつの間にか経営者の個人資産に付け替えられるイリュージョンを使っているかもしれん。
だから決算書は過去にさかのぼって読まないといけない。早急に逃げ出した方がいい会社か、儲けている割に従業員に利益還元しない会社か、決算書を読みこめばわかる。
決算書を理解するのは簡単とは言えないが、難しいというほどでもない。中学生のときに二次方程式を覚えた程度の努力を、今からもう一度すればいい。ただし、従業員の目の届く場所に大事な帳簿を置いてる脇の甘い会社は少ないだろう。多くは金庫の奥で社長と税理士と社長の奥さんだけが見えるようになっている。でもね、普段から立派なマネジメント論を述べている経営者・・・ディスクローズ、コンプライアンス、モチベーション、モラールサーベイ、インセンティブ、報・連・相などの用語を好んで口にする経営者には申し込む余地はある。だって、「でるだけ隠し事なくなんでも言いあって、従業員のやる気を高め、公平で公正な組織を作りたい」って人なんだからね。申し込んでも問題ないはずだ。(急にぶちキレられ村八分にあう可能性もあります。結果はどうなろうと責任は負わん!)
経営者が自らの身を律した経営者なのかどうかは、以下の点で評価できる。
□決算書を、従業員に対し閲覧可能な状態にしている。(つまり隠し事がないってこと)
□会社の利益と、従業員の給与・賞与の関係を説明してくれる。(給料が適切かどうか従業員に判断させる余地を与えている)
□自分の報酬を説明してくれる。(お手盛りでたくさん取ってないか従業員の評価をあおぐ姿勢がある)
このような清廉な会社が、百鬼夜行の世の中でいいポジションにいる可能性は少ないが、少なくともウソつき経営者が君臨する会社よりはマトモである。不幸にもウソつきにしか巡り会えなかったら、自分でウソのない会社を作ってしまうって方法もある。