バカロードその35 北米大陸横断レース LA-NY 2011 ステージ68

公開日 2011年08月27日

8月25日、ステージ68

距離/82.2キロ

いつも言ってるセリフなんで信憑性が著しく低いですが、地獄の一日でした。
このレースの筋書きを書いてるヤツが空の上の方にいるんだとしたら、「もう山場いらんけん穏便に終わらせて…涙」と言いたいです。
今日、まさに67日間の縮図のような一日になりました。
朝から足裏の痛みがひどく、まったく走れません。あっという間に周囲からランナーは消え、一人だけの戦いがはじまります。今まで治してきたはずの脚の怪我が次々とぶり返しはじめ、もうそりゃ脚全体が痛みに覆われ、なすすべありません。
やむなく鎮痛剤を飲もうとランニングパンツのポケットから薬を取り出そうとした時、かつてアレキサンドロ選手がくれたペニー硬貨がすべり落ち、道路に空いた排水溝に消えてしまいました。
直後に、頭の真上で稲光が走り鼓膜をやぶらんばかりの落雷。そして土砂降り、道は濁流と化します。
さらに次々とトラブルが起こります。紅い湿疹が全身にできました。マタズレになり、股間が飛び上がるほど痛みます。ごていねいにもマメが今頃できました。いちばん痛みが強い拇指丘のとこです。
この67日間に起こった痛みが「オレのこと覚えてるか?懐かしいか?あんときゃともに苦しんだよな?忘れないでくれよ」と顔を出しにやってきます。
確かに記憶ってのは、楽しいことばかり残っていて、苦しいことや辛いことは忘れてしまいがちなもんです。ならば言いたい。ちゃんと覚えてるから(ほんとは忘れとったけど)、君達すっ込んどきなさい!
ニューヨークに着く2日前にして、あらゆる痛みが憤怒のことく現れた意味を考えました。緊張感の喪失か、本当の限界に達し身体が悲鳴をあげているのか。ブルース・リー師匠なら「考えるな、感じろ」と諭すとこか。ならば考えず、ただ痛みを感じ続けよう。
ゴール2キロ手前の道路にに、小麦粉の白い文字で「5000キロ突破」と書かれていました。
関門アウト十数分前にボロボロゴール。そうだ、最初の頃は毎日こうやって残り数分でゴールにたどり着いて、そのまま倒れこんで、人に肩や背中を借りてホテルの部屋まで移動してたな。

総合2位のパトリック選手が関門閉鎖に間に合わない位置で、まだ走っているます。脚と股関節を怪我し、病院に2時間行き、戻ってきてレースを続けています。身体を引きずるように前進しています。ぼくだけじゃない。みんな戦っています。

NYまで138キロ、あと2日
記録/14時間16分