バカロードその64 洗濯竿のゴールゲートと一瞬のような夏。トランス・エゾ・ジャーニーラン

公開日 2014年02月10日

文=坂東良晃(タウトク編集人、1967年生まれ。1987年アフリカ大陸を徒歩で横断、2011年北米大陸をマラソンで横断。世界6大陸横断をめざしてバカ道をゆく)

【8日目・えりも岬〜忠類82.1km】
 朝5時。えりも岬から宗谷岬までの「toそうや」550kmに新たに参加するランナー10人、中間点であるえりも岬を折り返して復路に挑むアルティメイト1100kmの8人、旅を終えた「toえりも」参加者の2人、そして「のうみそジュニア陸上クラブ」の小・中学生たちとコーチ陣9人、総勢29人の大所帯が岬の突端に集結する。
 キャラバンの人数が倍以上に増え、新喜劇ばりのマシンガントークを繰り広げる関西からの参加者比率が高まったため、テンションの高い賑やかな集団に一新された。
 朝モヤに包まれた乳白色のえりも台地をタンタン駆け下り、荒波打ち寄せる断崖直下の「黄金道路」と呼ばれる海岸道をゆく。30km北上すると最初の大きな街・広尾町手前の道沿いに「フンベの滝」がある。裸足になって滝壺に突撃し、脳天から冷たい水をかぶる。
 後半戦初日は、82kmを11時間と速いペースでカバーしたが、さすが新メンバーたちは元気で、日暮れ前には続々とゴールした。
 コンクリート打ちっ放しのオシャレな宿泊施設「ナウマン温泉ホテル」では、全ランナーの洗濯物を宿の方が洗ってくれるという。野犬の匂い並みの異臭漂う洗濯物、申しわけなく思うがお言葉に甘える。畳敷きの大部屋でランナー全員が布団を並べて雑魚寝。修学旅行みたいで楽しい。

【9日目・忠類〜新得87.5km】
 昨日、新メンバーに負けちゃいられないと気負って走りすぎたか、ガス欠気味で脚に力が入らない。60kmあたりからトランス・エゾ名物の砂利道走「ジャーリーラン」エリアに突入。砂利石のサイズが大きくて着地のたびに足首をくじきそうで苦戦する。
 ゴール手前10kmは「ヒグマが出る可能性もあり」と説明されたオフロードに突入。道に迷っていた2人のランナーと合流でき助かる。3人でワーワーとかしましく喋りへっちゃら感を装うが、熊の出現を警戒して小さな物音にも過剰反応するへっぴり腰。大阪から参加の縣(あがた)さんは、放っておけば朝から晩まで喋りつづける関西文化の象徴たる人物だが、ゴールを間近にして気分アゲアゲとなり、るぅるーるるるるるぅー♪と「北の国から」を熱唱しはじめる。かつて別の大会で熱中症で潰れているぼくを助けてくれた恩人であり指摘しづらいが、富良野はだいぶ先であり田中邦衛ムードに浸るには早すぎる。「熊よけも兼ねて3人で行こうや!」と名乗り出たのは縣さんだが、1人熱唱しながら先に行ってしまった。森が開けゴールゲートが見えると、その手前で仁王立ちし「みんな集団行動せなあかんでー!」と待っていてくれた。やっぱり楽しい人だ。
 今宵の宿、新得温泉は実業団陸上部の夏合宿の場として活用されているらしく、壁にはたくさんの著名ランナーの色紙が飾られている。温泉は小ぶりながら茶褐色の鉄鉱泉はいかにも身体に効きそう。洗濯物が終わるまで湯船で長々と寝そべっていた。

【10日目・新得〜富良野79.8km】
 北海道を東西に分ける背骨にあたる山脈の鞍部を越えて、中央の盆地地帯に下る日。
 午前に標高644mの狩勝峠、午後には485mの樹海峠と2つの峠を越える。霧に覆われた狩勝峠を登り切ると、青空が水蒸気のベールを引っぺがし、蒸し暑い夏が戻ってきた。いつ果てるとも知らぬ長い下り坂を、重力にまかせてツッタカ下る。腕のGPSを見ればキロ4分台の猛スピードだ。強く着地してもぜんぜん平気。毎日70〜80kmも走るジャーニーランという一種異常な世界に人体が適応していく様には驚かされる。常識的に考えれば怪我や体調不良がひどくなって、だんだん弱っていくよね。ところが走れば走るほどバカみたいに強くなっていく。
 午後には畑作地帯の農道を行く。水分を補給する場所が見あたらず20kmほど無補給でフラフラになり、ようやく公衆トイレにたどり着いたら、手洗い場の蛇口に「循環水です。この水は飲めません」と貼り紙。「循環水」とは何だろう? 行き倒れるよりマシかと生ぬるい水をごくごく飲む。ウンチを流した水を循環させているのだろうか。まさかそれはないと思うけど。

【11日目・富良野〜旭川大学66.9km】
 30kmほど走って毎年トランス・エゾを応援してくれている新田農園さんに到着。山のように用意された採れたての野菜や果物をいただく。冷えたスイカは舌を焼くほど甘く、10切、20切と手が止まらず、ゆうにまるまる1個分を胃に収める。
 午後、一大観光地である富良野・美瑛のパッチワークの丘をゆく。といっても、さんざ北海道の大自然を眺めてきた身としては、農場やらお花畑の風景よりも、大型バスで続々乗りつける群衆が物珍しい。無数の観光客がよってたかってスマホで牧草地の撮影をしている。トラクターや牧草ロールが転がる風景がシャッターチャンスのようだ。ロール牧草をラップもせず、ほどよい間隔で放置してあるのは観光撮影用なのだろうか。何となく不自然な風景だが、気にしないでおこう。観光地とはそういうものだ。
 夕刻に旭川大学構内のゴールに着くやいなや近くの銭湯に取って返し、浴槽にドボンと飛び込む。痺れるほどキンキンに冷たい水風呂はアイシングに最適で、続々やってくるトランス・エゾ軍団みなで代わり番こに浸かる。
 夜は旭川大学の柔道場をお借りし、畳の上でゴロ寝する。こういった公共施設を借りて宿泊を重ねていくのはジャーニーランっぽくていい。あらかじめ宅配便で寝袋、エア枕などを送っておいたが、道場内は暑いくらいで寝袋にもぐり込む余地もなく、腹を出して爆睡する。

【12日目・旭川大学〜美深98.3km】
 ほぼ100kmを走る最長日はスタート時間前倒しで早朝3時。ってことは起床は2時。いやザコ寝用の寝袋を500m離れたコンビニから発送するため更に早起きが必要。ってことで午前1時30分には活動を開始する。もはや翌日なんだか前日なんだかわからない。
 朝から晩まで走ることだけ考えてられるのもあと3日。名残惜しさ高まり、午前3時から驟雨をついて全力で走りだす。ジャーニーランは不思議だ。最初は皆いったんヘロヘロになるのに、何十km、何百km走ってるうちに疲れない身体、傷まない脚ができあがってくる。
 倒木が道をふさぐ塩狩峠の旧道や、荒れ果てた温泉の廃屋のなかを突き進む。本当にこんな場所が正式なコースなのか?という疑問は薄れてきている。トランス・エゾとはそういうものなのだ。
 終盤10kmほどを「のうみそジュニア陸上クラブ」の少年2人が併走してくれる。陸上競技どっぷり漬けの日々を過ごしているのかと思いきや、AKB48ならぱるるの脚がたまらないとか、恋愛系のネトゲの方がリアル恋愛より良いとか、中学生の少年らしい話題は尽きない。大人になると「今どきの若者は」なんて言いがちだが、自分が中学生んときの30年前と考えてることあんまし変わらないのね、と嬉しくなる。
 100kmの長丁場も楽しさあまって短く感じた。あさってには終わりか、あと2カ月くらい続けばいいのに、そしたらもっとランナーとして強くなれるのに、と適わぬ夢想を抱く。

【13日目・美深〜浜頓別80.8km】
 20km地点の音威子府の街を抜け樹林帯の一本道に入ると、後方からバリバリッと下草を踏みしめる異音が迫ってくる。木々をかき分けて前進しているのか、枝がボキボキ折れている。小動物ではない、巨大獣である。明からにぼくの存在を意識して追いかけてきている。
 牧歌的なお昼に訪れた突然の恐怖展開に悲鳴も出せぬまま、この旅いちばんの全力疾走をし、道の反対側にエスケープする。姿こそ見えないが、大型のエゾシカか、あるいはヒグマか。
 後にサポートカーで現れた大会呼びかけ人の御園生さんに、「大きい動物に追いかけられました!ありゃヒグマじゃないですかね!危機一髪ですよね!」と大コーフンして報告したら、御園生さんは「ヒグマ出ますよ。この辺は、フフフ」とごく当然のごとく微笑む。あ、そうなのね。
 午後、アブの総攻撃を受ける。素手やタオルでバチバチ振り払っても、編隊を組んで襲ってくる。刺されると生半可な痛さじゃない。アブの住みかに人間が足を踏み入れてるわけで、攻撃されるのは当然とも言え、アブ諸君には何の罪もない。だが無慈悲なジェットストリームアタックを浴び続け、30カ所ほども刺されまくればガンジー的無抵抗の精神は霧散し、「殺生やむなし!」と100匹以上はたいて殺す。殺戮につぐ殺戮。きっとどこかでバチが当たるだろうね。

【最終日・浜頓別〜宗谷岬60.7km】
 10日ぶりに見るオホーツク海は、曇天の下で鈍色にたゆたっている。
 ジャンジャン降りの雨と、身体ごと持っていかれそうな暴風をかき分け、峠道をゆく。のんびり走る旅もいいけれど、ガツガツ走るのは最高。登りは心臓打ち鳴らしてシャカリキに、下りは脚をぐるぐるギャグ漫画みたいに回して。
 北海道の夏は一瞬で過ぎ去った。走れば走るほど時間は短く感じられた。たいくつな授業は長く感じるが、楽しい夏休みの時はすぐ終わる。その短さだ。
 北海道は、太平洋上に居並ぶ日本列島のうちの1島とは信じがたく、大陸のような威厳を誇っていた。丘陵の奥の奥まで続く1本道や、地平線までさえぎるもののない農地。警戒心なく開けっぴろげに話しかけてくる北海道のオバチャンやオッチャンたち。すべてが大陸的なおおらかさをまとっていた。
 走ることが大好きなランナーたちと昼夜をともにできた。一人ひとり、走りはじめたきっかけは違うし、いま走っている理由も違う。人生観や生き方が誰しも違うように。だがここに集まっている人は掛け値なしに走るのが大好きな人たちだ。そんなわれわれを思い存分、走らせてくれるのがトランス・エゾというひとつの明瞭な世界だ。
 宗谷丘陵を駆け下りると、14日間めざしつづけたゴールゲートがある。呼びかけ人である御園生さんが、先頭ランナーの到着時間に先回りして、毎日組み立てたゲートである。2つの脚立と、3本の洗濯竿をタテヨコに配置して組み立てられたゴールは、トランス・エゾの持つプーンと匂い立つような人間くささに溢れている。あのゴールをくぐれば終わってしまうんだな、と寂しさが再びこみ上げる。もはや暴風の類に属する横風はいっそう強くなり、最北端の岬を吹き飛ばしそうな勢いで吹いている。