バカロードその77 あとはどうなってもいい

公開日 2014年12月19日

文=坂東良晃(タウトク編集人、1967年生まれ。1987年アフリカ大陸を徒歩で横断、2011年北米大陸をマラソンで横断。世界6大陸横断をめざしてバカ道をゆく)

 できない理由を並べたら100コは下らない。できる根拠は何ひとつない。でもやらなくてはならない。自分には能力がないからやめとく、と素直に屈服しない。
 やれることだけ選んでやっていてもつまらない。やれそうにない事にぶつかっていくから感情が揺れる。何にもチャレンジしないなら、一日じゅう部屋にこもってゲームでもやっている。でもそんなの2日で飽きる。
 246・8kmを36時間以内に走りきるレース・スパルタスロン。4度の失敗でわかったことがある。生半可な覚悟と準備でははじき返される。次々と襲ってくる障害に打ち勝っていかなければ前に進めない。自分の身体をきちんとコントロールできる知識と理性がないと破綻する。死力を尽くす、を文字どおり実行しなくてはゴールには届かない。
 どんなに秀でた運動能力をもっていても攻略は簡単ではない。たとえば100kmを7時間台、フルマラソンを2時間40分前後の持ちタイムの人たちも次々とリタイアする。逆に、フル3時間台後半の人が、快進撃を見せて上位に食い込むこともある。
 思うに、246・8km×36時間をつかさどる見えざる統治者は、誰に対しても平等に門戸を開けている。持って生まれた運動能力だけでは決まらない。スピードでは計れない。ド根性だけでも突破できない、何か得体の知れない法則がある。だから、ぼくのようなランナーにも1%の可能性は用意されている。壁のどこかに小さな針の穴が空いている。探し当てて、自分の手で通すのだ。
 大事なのは、1つ1つの壁に対して、「まあ何とかなる」「気合いで乗り切れる」とタカをくくらないことだ。「きっとうまくいく」と偶然を頼りにしない。たまたま好不調の波のピークにばっちりハマり、絶好調のうちに走りきれる、なんて可能性はゼロだ。困難をやりすごすことはできない。真正面から対峙し、1コ1コやっつけていくんだ。

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【トレーニング量を抑え、質を上げる】
 過去の経験から、月間何百km走り込もうと、完走の根拠にはならないとわかっている。レースと近似の環境で250km、36時間走るトレーニングは不可能である。気温が40度近くまで上がり、低湿度で発汗が短時間で気化していく。深夜気温0〜5度まで下がったなかで、標高差1000mの岩場を登って下る。75カ所ある関門時間をクリアするため、まとまった休憩・睡眠は一切とれない。これと同じ条件を揃えることは不可能だ。練習は、より楽な自然環境、より楽なタイム設定、より恵まれた補給物資(たとえば自販機のよく冷えたドリンクなど)のなかで行っている。距離を150km、200kmと稼けば満足感は残るが、スパルタスロン本番ほどの厳しい環境でのものではない。勘違いを起こさないようにしたい。環境の良い日本国内での走り込み実績は、あまたある完走条件のうち10%程度を満たすものだと考えるべきだ。
 直前6カ月の月間走行距離は以下。
 3月 524km
 4月 508km
 5月 654km
 6月 436km
 7月 268km
 8月 1267km
 6カ月で3657km。今年は走行距離を減らし、スピード練習に重きを置いた。大半の日は1日に10kmしか走っていない。1kmを4分30秒で息が上がらないよう、心肺と脚に覚えさせる。それにプラスして月に1〜2度の100〜200km走を実施し、体調が最悪になった状態にメンタルと肉体を慣らす。

【徹底して眠れば、疲労は抜ける】
 限界を超えてしまわない程度に、そして長引くようなケガをしない程度に、月に500km前後走り込むのは結構むずかしい。疲労を溜めこみすぎてバーンアウトするリスクがある。燃え尽き症候群は肉体の限界を越えて起こるのではなく、多分に精神的な虚脱や、脳からの「これ以上やると健康を害するから止まれ」との指令に反応したものである。実際には肉体の限界を超えたりはしない。とはいえ、バーンアウト状態になると何もかもがおっくうに感じ、朝起きるのもトイレに行くのも嫌になるほどやる気が無くなる。
 無気力に針が振れないようにするには微妙なさじ加減が必要で、「週に何km以上走るとダメ」「スピード練習を何日以上続けるとダメ」といった単純な目安はない。
 実はトレーニング量よりも休息にポイントがある気がしている。これは何日間も連続して80kmを走るジャーニーランの経験から学んだものだが、日中に80km、90kmと長距離を走っても、その夜にたっぷりと食事を取り、熱い風呂に入って冷水で脚をアイシングし、7時間以上熟睡すれば、翌日には疲労感はほとんど残らないのだ(怪我は治らないけど)。
 つまり、どんだけ長距離走り込もうとバーンアウトはしない。燃え尽きないためには、「練習時間」「仕事時間」「お家の用事」以外のすべての時間を、食事・入浴・睡眠にあてるのだ。
 サプリメントは7種類を常用している。主な目的はアミノ酸の補給と、その結果としての疲労除去と筋繊維修復。
 ?NOWスポーツ・Lグルタミン
 ?アサヒ 天然ビール酵母・エビオス錠
 ?森永製菓 ウイダー カルニチン&CLA
 ?アサヒ ディアナチュラ ストロング39種アミノマルチ
 ?興和新薬 QPコーワ・ゴールド
 ?大塚製薬 アミノバリューパウター
 ?味の素 アミノバイタル クエン酸チャージ顆粒
 これら以外もアレコレ試している。多種類を服用していると、どのサプリがどう身体に作用しているのか不明である。すべてが効いている感じもするし、ぜんぶ気休めともいえる。摂取者としてはプラシーボ効果(効いた気になることで実際に体調に好影響が現れる)でも満足だ。結果さえ伴えば、岩塩だろうと鉄サビだろうと何でもしゃぶるぞ。

【必ずやってくる危機にどう対処するか】
 レースがはじまると、次から次へと体調の異変が起こる。どうコンディションを整えようと逃げる方法はない。気温40度近いなかをハイペースで走って何ともない人もたまにはいるかもしれないが、そんな千人に一人のウルトラマンこそ他ならぬ自分だとは決して思わない。
 大きな体調悪化は4パターンに集約される。
 ?多量の発汗による脱水。体液・血液中のミネラル等のバランスの崩れ。結果としての吐き気、嘔吐、意識混濁、走行停止。または脚部からはじまり全身に起こる痙攣。こむら返り。
 ?の対策=ボトル「シンプルハイドレーション」350mlを常時持ち、3〜4kmおきのエイドで100ml飲んだうえでボトルに350mlの水分を補充。10km換算にすれば約1000mlの水分を体内に取りこめる。汗が引くであろう夜間はこれほど必要ないが、36時間の間に15〜20リッターの水分を摂取する。「シンプルハイドレーション」は、ボトル上部に引っかけがついており、手で持つ際に握力が必要なく、腰に差す場合はウエストベルトやランニングパンツに引っかける要領でざっくり挿すことができる。便利だ。
 ミネラルの喪失には、「大塚製薬 カロリーメイト・ブロック(メープル味、フルーツ味)」で対応。カリウム、鉄、マグネシウム、ビタミン類がバランス良く補給できる。
 ?運動量過多による消化器の活動量減少。胃酸過多のための吐き気、嘔吐。結果として水分、食料を消化吸収できないことによる脱水症状、あるいはカロリーの枯渇。やがて走行停止。
 ?の対策=レース3日前から胃粘膜保護剤「エーザイ・セルベール」を服用。レース中は6〜10時間の間隔で飲む。レース前日になると胃酸分泌を抑制する「第一三共ヘルスケア・ガスター10」を服用。レース中は胃粘膜保護剤とともに飲む。
 50kmを越えた辺りから、消化器官は病人同様となる。いかにごまかし、いかに正常に近い状態をキープできるかが勝負どころだ。過去、あまりに嘔吐が激しいため「吐くのに慣れるバカ練習」に励んだこともあったが、本来の「吐かずに胃腸を正常に保つ努力」に注力すべきと悟った。
 ?身体の連続使用による極度の疲労。夜間に訪れる耐えられないほどの猛烈な眠気。睡眠不足というよりも、過重な体力消耗による脳からの「運動停止サイン」による睡魔。走っていても寝落ちする程だから、当然スピードも出ない。そのまま寝込んでしまえば関門閉鎖時間はすぐやってきてリタイアに。
 ?の対策=これも過去の経験から「寝だめ」に効果がないことがわかっている。レース前日に睡眠薬飲んで12時間眠っておいても、レース中の徹夜時間帯にはフラフラになる。「運動停止サイン」が下りないようにするには、スタートから15時間以上経った時間帯でも、肉体に深刻なダメージを与えず、余裕を残しておくことである。まず、疲労除去に即効性のあるクエン酸「味の素 アミノバイタル クエン酸
チャージ顆粒」を10kmごとに1本使用。
 筋肉損傷の修復は「VESPA PRO(ベスパプロ)80ml」を。1本700円もする超高級セレブリティ・サプリメントを12本用意した。
 さらに「味の素・アミノバイタル スーパースポーツ100g」、カロリー補給は「パワーバー エナジャイズ」「明治 ザバス ピットインリキッド(ウメ風味、ピーチ風味)」「明治 ザバスピットインゼリーバー(アップル風味)」「井村屋 ちょこっとつぶあん 25g」などを6kmおきに配置。
 ?痛み。予告なく起こる筋肉損傷、関節損傷。足裏の表皮のはがれ(マメのひどいの)。股間の表皮の消失(股ずれのひどいの)。
 ?の対策=耐え難い痛みには鎮痛剤「エスエス製薬・イブA錠」。何度も使用するために第一種指定の鎮痛剤(ボルタレンやロキソニン)は回避。股間の皮膚損傷対策は皮膚保護剤「ユニリーバ・ヴァセリンペトロリュームジェリー」。足裏のマメには「テーピングテープ 非伸縮タイプ」をガチガチに巻きつけて対処する。

【焦熱対策。気化熱を徹底利用する】
 いつも熱中症でフラフラになっているぼくを気の毒に思ったか、尊敬する理論派先輩ランナー氏が懇切丁寧な長文のアドバイスを送ってくれた。氏の指導は科学的かつアカデミックな内容であり、スパルタスロンを完走するためには、ただ走るという行為をこれだけ突き詰めて考えねばならないのかと衝撃を受けるとともに、無手勝流の非科学トレーニングで完走を目指していた自分が恥ずかしくなった。
 理知と慈愛に満ちたアドバイス内容をごく単純にまとめちゃうと「体温を上げないよう、過度に発汗させないよう、全身を濡らし続ける」である。そのためには皮膚を直射日光にさらさないこと。全身を衣類で覆い、エイドのたびに水分を衣類に含ませ、次のエイドまでの3〜4km間、気化熱による体温冷却を止めることなく続けること、である。
 アドバイスを受けて、体表面を覆うグッズを揃える。頭部は白キャップと首筋を覆うカバーを装着。腕部は白ソックスのつま先部分をカットしたものをアームカバー代わりに。市販の高機能なのは皮膚を圧迫しすぎて辛い。膝下は「C3fit パフォーマンスゲイター白」を着用。これらを水で濡らしつづける。高い気温・低い湿度という条件下
では、体温上昇のペースに発汗が追いつかず、やがて汗が止まり、表面体温が急上昇して熱中症に陥りがちだ。だが逆に、体表面が常に濡れている状態をキープさえできれば、高温・低湿の条件はプラスに振れる。気化熱がもっとも効果を発揮する環境だからだ。直射日光と戦うのではなく味方につけて、体温をガンガン下げ続けるのだ。

【シューズは超攻撃的シフトに】
 スタートから80kmまでは、「アシックス・ターサージール(片足重量185g)」を使用。80km関門の閉鎖が9時間30分。100km関門が12時間25分と設定されている。が、しかしこの時間ギリギリに通過したのでは、その後たったひとつのトラブル(たとえば道を1km間違えて引き返す)でリタイアの憂き目にあう。完走を果たすには80kmを8時間30分、100kmを11時間30分以内には通過すべきだ。ためにはそれなりのスピード感が必要であり、序盤はターサーを使う。さすがに薄すぎやしないかとの懸念があったため、トランスエゾ1100kmをターサー1足で走りきった。問題なく80kmまではいけるはずだ。念のため、カカト部分には「SHOE GOO」という補修材をたっぷり盛っておく。これまた気休めだけど。
 80kmの大エイド・コリントスには2足目のシューズを送っておく。レース後半は、「HOKA ONE ONE スティンソンターマック(片足重量320g)」に交換。カカト部のアウトソールが4cm近くあり、荒れたアスファルト道や砂利道からの衝撃を和らげる。
 序盤で短距離用のターサーを使うのは危険とウラハラだが、元来スピードのないぼくは、どこかでリスクを冒す必要がある。クッション性の高いシューズでゆるゆる走っても関門に間に合わせる走力はない。80kmを8時間30分ってほとんど自己ベストのペースみたいなもんだし、残り時間5分、3分と追い込まれたときに、ロングスパートをかけられる余地が必要。ターサーと運命をともに、ターサーと一蓮托生。
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 この1年、たくさん走って、たくさん試した。身体に起こる症状に対し、自分の脳でうまくコントロールできるように、脳と身体を分離して走れるよう意識した。
 超長距離レースではリタイアもたくさんした。実感したのは、脳の自動調整システムが優れすぎているという点だ。生命が危機的状況に陥る前に、活動を停止させようとする司令塔としての機能だが、少々性能が良すぎて、いくぶん早めに停止ボタンが作動するようになっている。この停止ボタンを「押さなくていい」と言い聞かせるのは、これまた脳の仕事である。動きを勝手に止めようとする身体に「それはまだ早い。今からエネルギーを補充するからまだ動きなさい」と強制介入するのも脳だ。痛いも辛いも苦しいも脳が感じ、信号を発している。その注意深さ、慎重さといったらゴルゴ13並みである。
 だがしかし、絶対にこの厳しい壁に立ち向かい続けるのだ、絶対にあきらめないのだと、アニマル浜口並みの気合いを注入し続けるのも、自分の脳でしかない。レース前にしてすでに脳内にはさまざまなキャラクターが跋扈し、混乱の極に達している。もう何でもいい。ゴールにさえ行けたら、あとはどうなってもいい。