バカロードその82 足のかいてんと完全燃走

公開日 2015年05月11日

文=坂東良晃(タウトク編集人、1967年生まれ。1987年アフリカ大陸を徒歩で横断、2011年北米大陸をマラソンで横断。世界6大陸横断をめざしてバカ道をゆく)

 ひさしぶりにフルマラソンを走るのだ。もとい、フルマラソンにはしょっちゅう出てるんだけど、久しぶりに真剣に走るのだ。
 3月22日のとくしまマラソンで足かけ7年、41本目。

 たくさん出てるわりに記録はさっぱりで、4年前に3時間24分を出してから、自己ベストを更新していない。それどころか4年間、いっぺんも3時間30分を切ってない。走るたびにタイムは遅くなっているけど、特に悔しさも感じなくなっていた。
 だってぼくウルトラランナーだからさー、6分ペースで長く走れたらいいのよ。スピードランナーが500kmで良い記録出せるわけじゃないしぃ、という屁理屈こねてスピードをあげる苦しい練習から目を背けていたのである。
 フルマラソン大会に出るのは、あくまで100?や250?レースのスピード強化が目的。キロ6分の余裕度を増すために、フルではキロ5分くらいで走っておこうかなんて、ロング走の練習みたいな意識でしたね。これも逃げ口上です。
 でもね、このたび珍しく反省したのです。
 ぼくより遙かに強くて24時間走の日本代表になるくらいの方が怪我や内臓疾患と戦いながら走っている姿を見たり、70歳を超えてもまだチャレンジし続けてる大先輩の青年のような夢を聞かせてもらったり。そんな風に長い距離をちゃんと走りきろうという意思のある人は、心肺を追い込むようなキツい練習をキッチリやってるし、何より真剣に走りに向き合ってる。
 いつまでもチンタラ走ってても、そこになんも価値のある物は生みだされないような気がしてきたんだよ。だから2015年、いざ頭を丸めて、日頃の行いを見つめ直し、半生を悔い改めたら、10km走からやり直しだよ! そして遠い昔に出した自己ベスト記録を今年は全部塗りかえるんだ。

 10km 42分17秒(2010年・羽ノ浦マラソン)
 ハーフ 1時間32分43秒(2010年・桜街道夢マラソン)
 フル 3時間24分04秒(2011年・海部川風流マラソン)
 100km 10時間22分14秒(2012年・サロマ湖ウルトラマラソン)

 わざわざ発表するほどのもんではないな。けど鈍足な今となっては、どやってこんなタイムを出せたのか信じられなくもある。昔の練習記録を見つめ直すと、日々の練習で走る10kmのタイムが良い時に、大会でも良い結果が出ていることに気づく。気づくの遅いけど。短距離が速い人が長距離も速い・・・そんな当たり前のことも、いざ自分のこととなると見えなくなるもんである。
 ほんじゃ、とにかく10kmを一生懸命走るって練習に特化してみよう。練習で出した自己ベストは4年前の43分10秒なので、まずはこれを追い抜こう、と決意したのが去年の11月頃。
 はーしかし、キロ4分30秒で走るのってホントに大変です。朝起きてから1時間くらいかけて気合いを徐々に高めて「オラ行くぞ、今日はオラオラ行くぞ」と獰猛な感じにならないと、なかなか4分30秒では走れない。特に最初の1kmはキツいです。
 自分にムチ打ちながら10kmを45分で走ることを基礎練として、慣れるにしたがい45分をゆっくり感じられるように、余裕をもって走れるようにする。
 45分走を1日おきに実施し、間の日は10キロを65分くらいでジョグする。疲労を抜くのが目的なので、脚の筋肉に力を入れないように気をつける。そして週に1度だけ、ほんとの本気で走る。11月からじりじりとタイムを縮め、12月にやっと43分台で走れるようになった。
 レースペースもキロ4分30秒を念頭に置いた。2月には「すもとハーフ」を1時間36分で、1週間後の「海部川」の30キロを2時間22分で通過した。だいたい4分30秒〜40秒でカバーできたのは良かったが、すもとは残り1kmでよれよれになったし、海部では30kmから足と腹と背中が攣りはじめてゴールまで半ば歩くハメになった。まだ42km走りきる脚はできてないようです。
 距離走はこれで止めておいて、再び10kmのスピードをあげる練習に戻した。2月の後半にやっと43分09秒を出し、練習10kmの自己ベストを4年ぶりに1秒だけ更新した。たった1秒だけど、4年前の自分を上回れたのは嬉しいね。人はその気になれば、何歳になっても向上してくのだな。未来は暗くない。
 3月に入ると、10kmまでならキロ4分15秒で走れるようになってきた。練習ベスト更新、42分32秒!

 キロ4分15秒となると、最初は抑えめに・・・なんて考える余地はなくなり、はなから全力疾走だ。サブスリーを出す人ってこのペースを42kmも続けるんだな、信じられない。別次元の凄さだとほとほと感心する。
 実業団や大学生の選手は、すごくゆっくり見えるフォームなのにキロ3分で走っている。彼らとぼくは、同じ人間なのにいったい何が違うのだろうか。
 そこで正月の「ニューイヤー駅伝」の録画を再生し、1区で区間賞をとった大迫傑選手のフォームを研究することにした。いきなり大迫を目指すのかって? あまり気にしないで下さい。野球少年がイチローのマネする程度のたわいもない戯れごとです。
 キロ2分50秒で突っ走る大迫を、真横から捉えたバイクカメラの映像で解析する。ふつうの再生スピードでは足さばきが速すぎて、何が起こっているかわからないので、スロー再生する。大迫は、蹴り脚の回転が他の選手と違う。地面を蹴った一瞬の後には、膝から下の下肢が折りたたまれ、カカトが腰高のお尻に当たる。フトモモの後ろ側とふくらはぎが小さくまとまったまま、体軸よりも前に振り出されると、今度は真っ直ぐに脚が伸び、グーンと引き戻された勢いで地面を強く捉える。世界の頂点を目指す大迫傑、さすがである。これは人間の動きではない。野生動物の持つ自然な美しさだ。獲物を捕らえるためだけについた筋肉。余計なものがひとつもない。ただ速く走るために機能を削ぎ落とした動き。米国オレゴンで修行を積み、ここまで走りの美しさを磨き上げたか・・・とぼくは満足した。なんせ佐久長聖高校2年のつるつる坊主頭の頃からのファンなのだ、俺キモっ!
 大迫くん、きっと恐るべきピッチ数を刻んでいるに違いないな、と再びスロー再生を駆使して歩数をシコシコと数えてみた。わたしはヒマ人なのでしょうか。はい、そうですヒマ人です。
 1分間にきっちり186歩だ。キロ2分50秒ペースで走っている大迫は、1000メートルを527歩でカバーしている。割り算すると1歩のストライドは約190cmと算出される。彼の身長170cmより20cmも長い。股が裂けてしまわないのかしら。着地後しばらくは空中を滑空してるから、こんな歩幅になるのか。
 「大迫、やっぱしハンパないって・・・」と発泡酒を飲みながら唸る。わたしはスポーツ観戦好きの平凡なおじさんなのだ。
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 世界の至宝・大迫傑に対して、自分ってどれくらいの歩数で走ってるんだろう、と俄然調味が湧いてきた。実測してみるべく、走りにでかけた。
 ピッチなんてストップウォッチ見ながら自分で「イチ、ニィ、サン」と数えればすむことだけど、新作ガーミン・フォアアスリート220にはピッチ数を計測できる機能がついてることを思い出した。腕なんかガンガン前後に振ってるのに、なんで着地衝撃の回数を数えられるんだろ? 腕ふりの回数を加速度センサーとかジャイロ機能とかで数えてんの? わけわからん技術だが、それ言いだすとGPSだってインターネットだってぼくの頭じゃ理解できないテクノロジーなんだから、深く考えるのはやめておこう。
 キロ4分30秒きっかりで走ると、ガーミンに表示されたわがピッチ数は185歩であった。
 ん、何かオカシくないか。走る芸術・大迫傑とぼくのピッチ数がほぼ一緒。
 「このガーミンめげとんちゃうんか」と、何度か計測し直してみる。途中で短距離ダッシュを入れたり、キロ6分でジョグしてみたり。ところが、スピードを変えてもピッチ数ってたいして変わらないんですねえ。179歩から185歩の間です。不思議です。狐につままれたみたいです。
 仮にぼくの能力が大迫並みだとすれば、わが走りも芸術の部類に属するのだろうか。そんなことはないよな。
 今までぼくは勘違いしていた。足が速い人は当然ピッチ数も多いんだろうと思っていたが、実際は違うみたいだ。
 サブスリーレベルの人でも、5時間で走る人でも、ランナーの実力に関係なく、男性はだいたい180歩から190歩あたりに収まるのである。
 一方、女性のピッチ数は男性よりも更に多くて、185歩から195歩くらい。あの高橋尚子さんや野口みずきさんレベル、つまり世界最高レベルのランナーでも200歩から210歩というから、ピッチ数だけみれば超一流ランナーと市民ランナーで5%程度の違いしかないってことになる。
 それなのに、スピードはキロ3分00秒ペースと6分00秒では倍も違う。つまり速い人と遅い人の差が生じる主たる原因は、ストライド幅の違いということになる。
 も一度自分の走りに戻ってみる。4分30秒の間の歩数は832歩、1000メートルを832歩だから割り算すると歩幅は120cmである。せ・・・狭い。身長くらいの歩幅で軽やかに走ってるイメージだったのに。仮に大迫選手とぼくが、せーのドンって走りだしたら、1歩ごとに70cmも差が開いていくのか。はーっすごい差だ。
 このストライドの差は、なぜ生じているのか。10センチや15センチの違いなら、フォーム改造とか着地方法とか股関節の可動域を広げるとかで、技術的なアプローチがあるのかもしれない。だが70センチもの差は、もっと単純な理由から生まれているはずだ。
 人によるストライド長の違いを数的に視覚化するなら、縦軸に脚の筋力、横軸に体重の軽さという単純な一次関数のグラフが描けるのではないか。ストライドの狭さは、脚力に対して体重が重すぎることに起因していると思う(あくまで想像です)。
 数週間後に迫っている「とくしまマラソン」までに脚力を向上させられるのか。無理だ。だって、もう疲労抜きに入っとかないと、バテバテの過労おじさんでスタートブロックに立つことになる。イチかバチかだ。体重を重めにしておいて、ラスト2週間で一気に落とすという方法を試してみる。フリース重ね着して厚底シューズにパワーアンクル巻いて、合計3kgの重しをつけた状態で距離走をし、本番は軽いシューズとウエアで合計500g程度まで着衣重量を減らす。
 レース2週間前から一気に減量に入り、体重を5kg落とせば、練習のときより7.5kg軽い状態で走れる。短期の体重調整は難しくない。食事を緑黄色野菜と海藻メインにして、塩と砂糖とアルコールを抜けば、翌朝には1.5kgくらい体重が落ちている。1週間もあればマイナス5kgはいくだろう。
 レース3日前の木曜日からは正常な食事に切り替える。肝臓や筋肉中にグリコーゲンやミネラルがなくなればガス欠、脱水になる。食べたものが12時間後にウンコとなって排出されるように、毎日規則正しく同じ時間、夜7時に食事する。朝7時には必ず排便する習慣を徹底して、レース当日はスタート2時間前に大腸を空にする。
 完ぺきだ。練習はよくできているし、減量も脳内プラン段階では完ぺきである。吉野川の土手の上を、美しく滑空するストライド190cmのわたくしが見える。どこかで潰れるのかな、そのままゴールまで飛んでいけるのかな。初めてフルマラソンに挑戦するときみたいにわくわくしてるな。前半、すごい向かい風じゃないといいなー。

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 漫画編集者であり、ウルトラマラソンの父ともいえる夜久弘さんがお亡くなりになられた。
 たくさんの著書を通じ、ウルトラマラソンに懸ける人々の姿を描き、世に伝えられた。

 「完全燃走」

 夜久さんにいただいた言葉を胸に、全力で走りたい。