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2012年06月06日

徳島人5月号 実売部数報告1205_徳島人部数報告.pdf

徳島人5月号 実売部数報告です。
徳島人5月号の売部数は、3,793部でした。
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「月刊タウン情報トクシマ」「月刊タウン情報CU」「徳島人」「結婚しちゃお!」「徳島の家」の実売部数を発表しております。

2012年05月29日

バカロードその45 スパルタスロン・トレーニング 120日前
文=坂東良晃(タウトク編集人、1967年生まれ。1987年アフリカ大陸を徒歩で横断、2011年北米大陸をマラソンで横断。世界6大陸横断をめざしてバカ道をゆく)

 70年代。若きルポライター沢木耕太郎が「敗れざる者たち」で描いたのは、現役をとうの昔に引退したプロ野球選手が、復帰をめざして1日に40キロ以上のジョギングを続けている姿だった。けっして美しい物語ではない。精神に錯乱をきたした初老の男の哀れで切ない日々の繰り返しである。

  □

 どうしても、たどり着きたい場所がある。かつて世界に覇権を示し軍事国家として君臨したその地は、今は小洒落たカフェと農民が持ち寄る露天野菜市の立ち並ぶギリシャののどかな田舎町となった。スパルタ・・・たった1人の戦士の力が数百人もの兵力に匹敵したと言われる戦いのDNAは、この静かな街に住む人たちの身体のどこかに複写されているのだろうか。
 ギリシャの首都アテネを起点に、246キロ離れたスパルタの街へとゴールするレース「スパルタスロン」は、難攻不落の要塞である。
 制限時間は36時間。朝7時にスタートし、翌日の夜7時までにゴールに着かなければ失格となる。70カ所あるエイドすべてに時間制限が設けられている。 参加資格は100キロを10時間30分以内か、200キロ以上レースの時間制限内完走。この資格をクリアしたランナーが束になってかかっても完走率は30%程度だ。
 0勝2敗。ぼくのスパルタスロンでの戦績である。
 おととしと去年、2回出場して2度とも半分まですら進めなかった。1度目は91キロで時間制限にかかった。といっても関門のずいぶん手前から歩いていたけど。2度目は86キロであきらめた。走るどころか歩けなくなって、自分からリタイアを申し出た。
 負けた理由をあげるなら100個は軽い。敗北の素を並べて市場が開けるほどだ。だけど、とどのつまり、理由は1つに尽きる。
 「弱いから」。それだけである。
 強い人は、何としてもゴールまで行く。猛暑でも、土砂降りでも、気を失う寸前まで追い込まれても、強い人はゴールにたどり着く。そうじゃない人は、100個以上ある「完走できない理由」のいずれかの該当者となり、レースから去る。
 スパルタスロンの競技としての難しさはイコール克服の喜びの源泉でもある。速いだけでは完走できないし、長い距離を走れるだけでも完走できない。フルマラソンを2時間台で走る人も、フットレースで500キロを完走する人も、スパルタスロンは分厚い壁となって立ちはだかる。
 スパルタスロンというひとつの競技には、いくつもの解決すべきテーマが内在されている。スタートから80キロの関門までは、アップダウンの連続する道を1キロ6分で押していく力が必要だ。しかも、力を出し切ることなく、相当な余力をもって80キロを迎えなければならない。制限時間は9時間30分だが、ギリギリ突破するのは現実的ではない。そのあとの関門時間を考慮すると、少なくとも30分、なるべくなら1時間の余裕が欲しい。
 経験の浅いランナーの多くは、80キロまでに謎の体調不良に見舞われる。国内レースでは経験したことのない極端に乾燥した気候が、身体から水分をどんどん奪っていく。皮膚の表面に汗が浮かぶことはない。だから自分が脱水状態に陥っていると気づかない。乾ききった皮膚に強い直射日光が当たり、皮膚の表面温度が上昇する。熱くなった体温を放出できなくなり、身体がコントロールできなくなる。40キロまで物凄いスピードで走っていたランナーが、70キロあたりでゾンビのようにフラフラになっている様は珍しくない。
 80キロを越すとレースは様変わりする。ぶどう畑と荒野を抜け、1200メートル超の険しい山岳地帯を深夜に越える。疲労の極から1キロ9分のペースを守ることが困難になる。ランナーは大量の痛み止めと、それを上回る量の胃薬と整腸剤を、用法を完全に無視して喉に流し込みながら前進する。体力を使いすぎて内臓に血液がまわらない。走るためには栄養分を補給しなくてはならない。だけど衰弱した胃が受けつけず吐く。吐くと走れなくなる。だから薬剤の力を借りてでも無理やりに胃腸を働かせる。
 一昼夜かけて山岳地帯を抜けると、翌朝からは再び酷暑の地獄が待っている。消耗し、乾ききった身体にジリジリと焼けるような日射しが浴びせかけられる。このあたりの苦労は想像のらち外にある。ぼくはまだその地獄の入口までも行っていない。
 スパルタスロンのことを思い出そうとすると、自分が走っている最中の光景よりも、リタイア後に収容された大型バスの窓から見た場面ばかりが浮かぶ。エイドの脇に停車したバスは、規程時刻に届かなかった選手を順番に拾っていく。満席に近づくごとに車中にはムンとした汗の臭いが充満する。上に戻している人は珍しくない。吐き気はあっても胃のなかは空だ。胃液のすっぱい匂いが混じり合う。
 惨敗兵たちを乗せたバスは、次にリタイアするランナーを待ちながら、のろのろと移動する。車中からは、自分より前に進んでいる選手、まだあきらめていない選手の姿を見せつけられる。エイドに着くやいなや地面に尻餅をつき、そのままの姿勢で嘔吐する人。椅子に深く腰掛け、うつろな目で天を仰ぎ見る人。
 顔見知りの選手が現れても、声をかけることをためらう。「がんばれ」も「まだいける」も言葉にできない。どんなセリフも陳腐で的はずれな気がするのだ。彼らはまだ戦っている真っ最中であり、自分はすでに戦いをやめてしまった人。目の前にいる知人は、手の届かない場所にいる人。
 彼らはスタート地点とは別人の顔をしている。頬の肉がげっそりそぎ落ちている。1日半のレースで5〜10キロも体重が落ちるのである。人相が変わって当然である。
 自分よりはるかに強いランナーが、こんなにも衰弱している。その姿を見て、今の自分には無理なんだと自覚する。だけど、こうも思う。無理なんだけど、ここまで走りたい。きっと走れなくはない。
 真夜中。山岳地帯へとつづく長い長い峠の登り坂は、バスで移動していても終わりがないと思えるほど長い。収容バスが通る脇を、ヘッドランプの光を瞬かせて暗く険しい闇を黙々と走るランナー。言葉では表現しきれない、深い人間の営み。無益なもの、生産しないもの、ただ走るという行為に没頭する深い孤独。
 やがて山の天気は一瞬のうちに崩れ、豪雨が地表を叩く。行き場のない雨水が道路を川に変え、ランナーの足の甲まで水で浸す。ランナーは冷たい水流に抗うように、水しぶきをあげながら前へ前へと進む。この人たちは何と強いのか。その姿は神々しく、気高い。さっきまで自分がこのレースに参加していたとは信じられない。自分とは別次元の強さだ。

  □

 沢木耕太郎のルポルタージュを読んだのは30年も前なのに、ことあるごとに、かの選手の生きざまが頭をよぎる。「そうなりたくない」という気持ちと、「そうありたい」という気持ちが螺旋を描く。
 世の中の多くのまっとうな人は、ピリオドの打ち方を心得ている。自分でできる範囲はこれだけ、とラインを引くことができる。年齢を重ねれるほどに人生を達観し、穏やかに時を過ごす。でもぼくはラインが見えなくなった狂ったお年寄りの話が忘れられない。
 5月、67キロあった体重を61キロに絞る。あと1ヵ月でさらに6キロ落として55キロにする。全部で12キロ減量。朝は20キロのペース走。キロ5分25秒設定。重要なのは疲れないことだ。呼吸数と心拍数を平静時なみに保ちながら、楽に20キロを走り終える。追い込みはしないものの、4日目あたりから脚がずっしり重くなる。それでもペースを維持する。重くなってからの練習が実戦につながる。1日でも練習を休めば脚が軽くなってしまう。疲労が抜けた状態の練習は、役に立たない気がする。月に2度は100キロ程度のロング走をする。
 食事は1日1食のみ。ボウル1杯の野菜を食べる。喉が渇けばアサヒ・メッツコーラをガブ飲みするが、特保の価値はよくわからない。口さみしさはミンティア・ドライハードで舌を焼いて散らす。それでも腹が減ったらトマトで飢えをしのぎ、水道の蛇口を針金で縛った力石徹の地獄をしのぶ。
 スパルタスロンをライフワークにする気はない。もう二度とリタイアはしたくない。何が何でも今年、絶対にスパルタまで走りきる。脚を作り、高温に耐える身体に変え、鶏ガラ痩せになるまで絞り込む。何もかもやり尽くして、必ずスパルタのゴールにたどりつく。人生、うまくいくことなんてほとんどない。でも、たまにうまくいくことがある。それは偶然起こるんじゃなくて、針の穴を通すようなギリギリの可能性を信じて、無理やりこじ開けるものだ。
 レースまであと120日。100%無理だとは、とうてい思えない。どんな困難でも克服できる方法があるのではないかと思う。あきらめたら終わりなのだ。あきらめない限り、負けではないのである。ケンカの理屈と同じである。100回つづけて負けていても101回目に勝てば、それ以降は勝者なのだ。
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2012年05月21日

バカロードその44  運命の反り投げ
文=坂東良晃(タウトク編集人、1967年生まれ。1987年アフリカ大陸を徒歩で横断、2011年北米大陸をマラソンで横断。世界6大陸横断をめざしてバカ道をゆく)

 ある日、無性に揚げあんぱんが食べたくなり、パン屋さんに駆け込むと、運よくラスト1個だけ棚のトレイに乗っかっている。こんな幸運はあるだろうかとにんまりする。いくつかのパンとともに購入する。
 ホンダXR230にまたがり帰路につく。車高の高いオフロードバイクから眺める街の風景が好きだ。初夏の空気がジェットヘルの隙間からなだれ込む。左ミラーにひっかけたパン屋さんの袋が風にゆらぐ。
 単気筒エンジンの鼓動が腹に響くとともに、腸管がはげしく蠕動運動しはじめる。急速に空腹感が増す。頭の中で、さっき買った揚げあんぱんのことを考える。つやつやと油をまとわせた生地はほんのり温かい。歯をたてると表面の揚げた薄皮がシャリッとはかなく音を立て、中からジューシーな粒あんがほとばしるだろう。
 渇望感はむくむく膨れあがり、抑えることのできない欲望モンスターに変わる。揚げあんぱんを口にしたくて仕方がない。食べよう、今すぐ食べよう。数秒後の悦楽を想像して、大量の唾液をごくりと飲み込む。
 左手でクラッチレバーを握り、左足を蹴り上げてギアをサードに落とす。アクセルレバーを右手でコントロールし、時速40キロ程度に安定させる。ジェットヘルのシールドを上げる。左手で薄いポリエチレン袋に入った揚げあんぱんをおもむろに取り出す。いよいよだ。口元にパンを近づけ、かじりつこうと口を大きく開ける。
 その瞬間、親指と他の4本の指の間から揚げあんぱんがつるんと滑りだす。油に覆われた生地の表面とポリエチレン袋の間の摩擦係数は限りなくゼロに近い。ぼくの握力はその繊細な力関係を掌握できなかった。揚げあんぱんは唇をかすめて、相対速度40キロで後方に飛び去る。空を舞う揚げあんぱん。
 後方を振り返ると、アスファルトの路面にきつね色のパンが1個、ちょこんと鎮座している。それは実在する光景であるにもかかわらず超理念的な美術絵画のようであり、限りなく不条理な心象風景のようだ。
 揚げあんぱんを残したままバイクは走る。この身に起こった不幸な事態が飲み込めず、思考力は無になっている。落下地点より1キロほど離れたころ、落とした揚げあんぱんがどうなっているのか気になりだす。後方から車がどんどん来ている。パンはとうの昔に、大型SUVの高性能ブリヂストンタイヤに踏みつぶされペチャンコになっているに違いない。でも、そのままではいられない。急制動を効かせ右足を地面につき鋭くUターンをする。
 500メートル、400メートルと近づいていく。心の臓が高鳴る。ゆるいカーブを描いた道路の彼方にきつね色の物体がある。近づく。横を通り過ぎる。視界の隅で揚げあんぱんの状況を読み取る。無傷だ! 車道のちょうど中央部に落下したパンは、幾台もの後続車両の左右タイヤ間をかいくぐり続けたのである。再びUターンし、周囲の視線がないことを確認したうえ、路上のパンを拾い上げる。一点の傷もない、パン職人が形成したままの姿である。砂も埃もついていない。揚げ油がすべての塵芥をはじきとばしている。
 一度は手のひらからこぼれ落ちた揚げあんぱんを、いま噛みしめる。こんな美味しいパン、今まで食べたことあっただろうか。
  □
 ぼくはときどき我に返り、幸せの偏差値が低すぎることに唖然とする。
 男として生まれたからにはもっと大きな野望や到達点がないといけないのではないかとひとしきり反省する。
 朝鼻をかんだとき巨大な鼻クソがワインのコルク栓を抜くようにポンッと取れるたびに、夜寝ようとして枕の位置と後頭部がカンペキにフィットするたびに、限りない幸福感を覚えている場合なのだろうか(ぼくは、頭に合う枕を探し求めて12種類もの素材と形状の枕を布団の周辺に並べている)。
 不幸な出来事もレベルが低い。ランニング中に野良犬の脚を蹴ったためにワンワン執拗に追いかけられたり、電線もない場所で飛行中のカラスのフンが脳天を直撃したり、トイレで便座を上げるのを忘れて腰掛け、お尻が便器にはまったりと、毎日つまらない小事件にみまわれる。後生に語り継げるほどの大事件は起こらない。誰に言っても「ふーん、ほーなんじゃ」で終わる程度の出来事ばかりである。
 自分は今、この人生を四十数年生きているけど、もっと何か大きな衝撃とか、運命の分岐点はなかったのだろうか。ドラマや小説によく登場する「あのとき、自分はこうしていたら」っていう。
  □
 あった。1度だけあった。高校二年生のときだ。
 その頃ぼくは、プロレスラーをめざしていた。
 冗談ではない。1日にヒンズースクワットを1000回、カールゴッチ式腕立てふせを300回、ジャッキー・チェン式指立て伏せを100回。スクワットは「これ以上できない、という所からの1回が本当の練習の始まりだ」というジャイアント馬場の言葉を信じ、足下に汗の水たまりができるまでやった。
 電信柱を正拳で血が滲むまで殴る練習は漫画「空手バカ一代」に教えられた。本物の格闘家なら、パンチを放った際に電線に止まったスズメが落ちると描いてあった。
 家にあった白クマのぬいぐるみをスパーリング・パートナーとし、布団をリングに見立てて実戦正式の練習も積んだ。
 NWA世界ヘビー級チャンピオン、テリー・ファンクに、「いつかあなたのようなレスラーになります」といった主旨の手紙を書き、テキサス州の自宅にエアメールを送ったこともある。本人からではなく奥様から絵はがきの返事が届いた。冗談ではないのである。
 「週刊プロレス」「月刊ゴング」「週刊ファイト」、専門誌にはすべて目を通し、プロレス業界の動きを追った。各誌の編集長であるターザン山本、竹内宏介、井上義啓の名文に心躍らせた。
 試合結果を伝える熱戦譜の欄の片隅に、ときおり各団体の練習生募集の求人が出た。
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 □△○プロレス
 練習生募集!
 格闘技、スポーツ経験者歓迎。
 身長180センチ、体重80キロ以上。
 心身共に健康であること。
 履歴書と写真(上半身、全身)を送付のこと。
 書類審査、体力テストあり。
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 おおむね、このような内容である。
 体力テストの課目は、たまにレスラーのインタビュー中に出てくるので大体把握している。スクワット500回とか腕立て伏せ200回あたりである。また、マット上での受け身などの実技もあり運動センスを見られる。
 体力テストに関してはぼくの毎日の練習量より少ないから合格するに違いない。問題は体格である。身長が13センチ、体重も20キロ足りない。体重は食えば太るだろうが、身長ばかりは伸ばしようがない。大相撲の新弟子検査では、背丈足らずの中学生が頭頂部にシリコンを注射するという話を聞いたことがある。ぼくも来るべき入団検査の際は、どんな汚い手を使ってでも身長を伸ばさざるをえないと決意していた。
 機が熟せばいつでも練習生に応募できるよう、高校の生徒手帳に新日本プロレス、全日本プロレス、国際プロレスの道場の住所をメモした。
    □
 その日は平日で、高校の授業の6時間目はさっさと辞退し、牟岐線に乗って徳島市立体育館にむかった。新日本プロレスの試合があるのである。当時、初代タイガーマスクが爆弾小僧ダイナマイト・キッドと抗争を繰り返し、長州力がはぐれ国際軍団と電撃合体し維新軍を結成するなど、空前のプロレスブームが巻き起こっていた。同級生たちも大挙して観戦に行くと張り切っている。だが、アントニオ猪木VSストロング小林時代からプロレスを見守り続ける自分にとって、最近ファンになった同級生たちとは会話のレベルが違いすぎて、お話にならないと感じていた。地上最強の格闘技でありながら人間の生き様をリングで表現する卓抜した舞台性。反骨、エゴ、嫉妬、暴力、正義と悪・・・人の深層に流れる感情や矛盾を、レスラーは一個の肉体と、研ぎ澄まされた言葉でみせる。ぼくにとってプロレスは人生そのものなのであった。だから急造ファンのくせしてリングサイド券などを買いくさった底の浅い同級生とは格が違うのである。本物のプロレスファンは二階席の最前列から俯瞰で試合を見守るものである。
 プロレス会場を訪れ、まずやるべきことは試合前の練習を見ることである。夜6時30分からの試合開始なら、選手たちは3時頃からリングを組み立てスパーリングを始めるのだ。プロレス生観戦歴の長いぼくは、徳島県内の主要体育館ならば、どの裏口や窓が施錠しておらず潜入可能か把握している。
 すかさず徳島市立体育館の裏手に回り、館内に忍び込んで二階にあがる。一階にはすでにリングが完成し、10人ほどのレスラーがスクワットをしたり、受け身をとったり、スパーリングをしている。
 メイン照明の消えた薄暗いリングで行われるレスラーの練習は、ふだん試合で見ている様子とはまるで違う。飛んだり跳ねたりの観客を沸かせる大技はいっさい使わない。ひたすら寝技、ひたすら関節技の応酬なのだ。
 おもしろいのは、試合では毎回負けているような初老とも言えるベテラン選手が、練習では圧倒的に強いのである。ふだんはテレビにも映らない前座レスラー・・・真剣に試合するわけでもなくコミカルなしゃべりで観客の笑いを取り、メインエベンター登場前の会場を温める役割を演じているベテランたちが、試合前にはスターレスラーをマットに這わせて、いいように弄んでいる。
 前座のコミックレスラーとして通に人気の荒川真が、仰向けに寝かせた若手レスラーの上に乗り、でっぷりした腹を相手の顔にのしかけて「ほら、逃げてみろ」と遊んでいる。若手は身長190センチはあろうかという大型レスラーだが、どれだけテクニックを駆使しても、暴れても、荒川真の腹から脱出できない。もがき苦しむ若手。荒川は、腹這いのまま他のレスラーと談笑しながら、ときおり若手の肘関節を極めて「マイッタ」をとる。本当に強い男、それは試合ではなく練習場にいる。
 2階席の片隅にしゃがんで、手すりの隙間から静かに練習を見つめる。それは至福のひとときであり、誰にもじゃまされたくない静謐な空間である。
 静けさが不意に破られる。二階席の後方がふいに騒々しくなる。
 「うわープロレスの練習しょんでーか、タイガーマスクおるんちゃうんか」
 「藤波おらんのん、長州おらんのん。おらんわ、知らんヤツばっかりじょ」
 「いけいけー、ドロップキックしてくれー」
 最悪である。現れたのは紫や黒のヤン服を着た金髪ドヤンキーの一群である。
 リング上と周辺にいるレスラーの多くがこっちを振り返り、ベテランレスラーが叫ぶ。「コラ、おまえら出て行け」
 よせばいいのにヤンキーが応戦する。「うわ怒っとーぞ。おまえらや怖わーないわー」
 最悪だ、最悪だこいつら。レスラーへの尊敬のかけらもない。なんでこんなクソ野郎どもがプロレス会場に来るのだ。
 すると、レスラーのなかで最も小柄な選手が、疾風のような素早さで階段の方へと駆けていく。
 「うわ、こっち来るぞ」とヤンキーどもは全員が逃げだす。
 ぼくは動かない。だってぼくは悪いことなど何もしていないのだ・・・開場前に忍び込んだこと以外は。
 若手レスラーが二階に躍り上がった頃には、こっちはぼく一人である。
 近づいてくるレスラーの顔、プロレス雑誌で見たことがある。若手の山田恵一だ。
 高校アマレスの有名選手からプロレスに転じ、メキシコで修行を積み、骨法など武道格闘技を取り入れたストロングスタイルを極める。そう、後にマスクをかぶり獣神サンダーライガーとなる男である。
 山田は、ぼくから20センチしか離れていない場所に仁王立ちする。そしてぼくのシャツの胸元をつまみあげ、首をぎりりと絞めあげる。キスできそうなくらい顔が近い。身長はぼくと大して変わらない。180センチじゃなくても入団できるのだ。細い一重まぶたの奥の瞳は、プロの看板を背負った圧倒的な自信に満ちている。
 「おいテメエ、レスラーなめんなよ」。かすれた声。ドスの効いた本気のセリフだ。
 だが、ぼくは気がつく。山田の脇がガラ空きになっているのだ。
 (殺るか?)と思う。
 今なら、こいつを投げられる。両脇から腕を差し込み、胸と腹を密着させて、背中の筋肉を総動員して後方にブリッジを決める。フロントスープレックス(反り投げ)である。相手は受け身を取れないまま、脳天から地面に叩きつけられる。下はコンクリートである。まさか高校生ファンが反撃に出るとは想定していない油断しきった山田なら、隙をつける。最強集団と謳われる新日本プロレスの若手のなかでも実力者とされる山田をここで投げ捨て、失神に追いこめば、ぼくは絶対にプロレスラーになれる。
 (殺るか?)
 全身の毛が総毛立ち、手のひらが汗に濡れる。古代から受け継いだ野生の本性である。体中の血管がマグマが脈動するように熱い。
 3秒、いや2秒。実際に流れた2秒の間に、ぼくの脳みそにはドーパミンが大量放出され、3週間分の試行錯誤と混沌と思索が行われた。
 山田は襟首から腕をほどき、ぼくの後頭部をパチンとはたいて「外に出てろ」と言った。そして歌舞伎役者よろしく振り返るとリングまで駆け降りていった。
 ぼくはすなおに体育館の外に出た。結局、山田に殺人投げを試みることはやめた。
 (今、ぼくが山田を完膚なきまでに投げきったら、彼のレスラーとしての未来を奪うだろう。そして最強集団・新日本プロレスの看板に泥を塗ることになる。だから今日のところは自重する。それが大人としての判断だ)
 そしてぼくは体育館の前で2時間くらいぶらぶらし、他の観客と同様に列に並んで正面入口でチケットを切ってもらい入場し、メインイベントが最高潮に達する頃には観客と声を揃えて「イノキコール」をおくった。それがぼくの居る場所。
 2階席からはデビュー前の練習生である山田恵一の様子がよく見えた。観客が投げたカラーテープを片づけたり、ビール瓶に入ったうがい水を運んだり、ロープのたるみを直したりしていた。コーナーポストの下から、先輩の試合を真剣なまなざしで見つめていた。それが彼の居場所。
 すべての試合が終わり、群衆とともに徳島駅に向かう。ポッポ街を歩きながら、ぼくはぼく以上になれる人生最大のチャンスを失ったことに気がついた。未来は自動的には変わらない。自分の手で変えなくてはならないのだ。大きな分岐点は何の前触れもなく目の前にポンと差し出される。その深い谷を飛び越える勇気のある人だけが、未来を変えられるのだ。
 世界は、変わる予感に、まったく満ちてはいなかった。

2012年05月17日

さらら5月17日号を読んで、からだを動かせる公園へGO!! tokushima-salala0517.jpg外で思いっきりからだを動かすには、ちょうどいい季節がやってきた。え、でもどこで運動すればいいかわからないって!? そんなあなたにおすすめ。今回の特集では、本格的なアスレチックから、ジミ〜にこたえる遊具まで、様々なアトラクションが楽しめる公園を紹介! 子どもも大人も遊びながら運動しよう。
また、表紙で連載中。今世紀型「徳島県民」の姿をあらわにする「トクシマ調査団」では今回、徳島県民のお風呂の熱さに対する思いに迫った。冬でも比較的あたたかな風土だから「ぬるめ」が多いかと思いきや、、、「わいは断然熱めや〜」という意見が! …多いのはどっち!?

2012年05月12日

CU6月号 心ときめくお流行り店&神コスメ tokushima-cu1206
■お流行り店
カフェに雑貨、すてき宿にヘアサロンなど女の子の“好き”がたくさん詰まったお店をジャンル別にどーんとご紹介。どれも好きすぎて、ときめきがとまらなくなりそう!

■神コスメ
メイクは女子にとってもはや魔法。そこで、素敵なレディーに格上げしてくれる神的コスメアイテム・鬼カワメイク術を美容部員さんに聞いてみました。今すぐチェックして、女子力アップを目指そう。

2012年05月11日

徳島人6月号、発売中!! tokusimajin1206■人事院よ見ろ、これが地方の中小企業の実態ぞ!徳島人の給料を大公開!銀行員、看護師、保育士、医療事務、漁師、大工、美容師、製造業…噂には聞くが本当の給料いくら?
■徳島から16万人が消える?
どこまで進む徳島の人口減少!?
山村からも都市部からも人が凄まじい勢いで減っていく。助任小1695人→754人、富岡小1302人→673人、小学校閉校この1年で6校。子どもの数は半減、全国有数の高齢者比率県になる…

2012年05月10日

月刊タウン情報トクシマ4月号 実売部数報告1204_タウトク部数報告.pdf

月刊タウン情報トクシマ4月号 実売部数報告です。
タウトク4月号の売部数は、5,979部でした。
詳しくは、上部のファイルをクリックしてください。
メディコムは、「月刊タウン情報トクシマ」「月刊タウン情報CU」「徳島人」「結婚しちゃお!」「徳島の家」の実売部数を創刊号から発表しつづけています。

雑誌の実売部数を発行号ごとに速報として発表している出版社は、当社以外では日本には一社もありません。実売部数は、シェア占有率を算出し、媒体影響力をはかるうえで最も重要な数値です。他の一般的な業界と同様に、出版をなりわいとする業界でも正確な情報開示がなされるような動きがあるべきだと考えています。わたしたちの取り組みは小さな一歩ですが、いつかスタンダードなものになると信じています。

2012年05月09日

月刊タウン情報CU4月号 実売部数報告1204_CU部数報告.pdf

月刊タウン情報CU4月号 実売部数報告です。
CU4月号の売部数は、4,728部でした。
詳しくは、上部のファイルをクリックしてください。

長らく雑誌の実売部数はシークレットとされてきました。雑誌は、その収益の多くを広告料収入に頼っているためです。実際の販売部数と大きくかけ離れ、数倍にも水増しされた「発行部数」を元に、広告料収入を得てきた経緯があります。
メディコムでは、その悪習を否定し、「月刊タウン情報トクシマ」「月刊タウン情報CU」「徳島人」「結婚しちゃお!」「徳島の家」の実売部数を創刊号以来、発表しつづけています。
徳島人4月号 実売部数報告1204_徳島人部数報告.pdf

徳島人4月号 実売部数報告です。
徳島人4月号の売部数は、4,157部でした。
詳しくは、上部のファイルをクリックしてください。

メディコムでは、自社制作している
「月刊タウン情報トクシマ」「月刊タウン情報CU」「徳島人」「結婚しちゃお!」「徳島の家」の実売部数を発表しております。

2012年05月03日

皆の老後の準備にさらら5月3日号が迫る! tokushima-salala503  年金や消費税アップのニュースを見ていてふいに気になる老後のこと。「みんなもう準備しているの?」「でも準備って何をすれば…?」。今回の特集は、そんな「老後のお金」に迫りました。今回は30代・40代の方の現在の準備状況などをアンケート調査。また、60代の方から退職後のリアルな家計やアドバイスをお聞ききしました。
 表紙で連載中の「トクシマ調査団」。今回は「徳島県民は料理にソースをじゃぶじゃぶかける」という仮説を立て、調査スタート! あなたのまわりには、天ぷらやカツをソースでひったひたにして食べている人はいませんか? 今、徳島県民のソース事情が明らかに!

2012年04月27日

とくしま結婚しちゃお!夏号 発売中 sichao2012natsu春夏のウエディング情報が満載!特集は徳島女子の結婚観。結婚直前の女性50人へのアンケートをもとに、結婚準備から挙式、リアルな人生設計まで、ビミョーな女ごころを大分析。

また結婚しちゃお! から式場やプロデュース会社に資料請求をすると、お得な特典が受けられる企画もあり。なかには挙式代やウエディングケーキ、送迎バスが無料になるなど驚きのスペシャルプランを用意しているお店も。これは絶対に見逃せないっ!
食べ放題×おでかけスポット100で連休の予定はバッチリ!タウトク5月号 tautoku1205★最新おでかけスポット
遊び疲れるのもまた喜び!キュートな動物とふれあえる動物園や、アトラクション満載の遊園地、遊びながら学べる博物館など最新おでかけスポットをジャンル別にご紹介。ゴールデンウィークに役立つ情報が満載!
★食べ放題の店60
イタリアンに中国料理、和食もあればスイーツも。徳島に食べ放題の店はこんなにあるんです!新メニューや新店舗情報など、タイムリーな食べ放題ニュースも見逃すな!

2012年04月20日

新築写真が1200枚、建築のプロが220人載っている徳島の家 新築本の最新号が登場!ie03.jpg売り切れ続出、つねに品薄状態だった徳島の家の最新号がついに発売されました。
なんと今回は新築物件をたくさん掲載した新築本に加え、リフォーム本も同時発売しています。
新築本は青い文字、リフォーム本は赤い文字ですので、書店で見つけたらぜひ両方ご覧くださいね。
どちらの本も、徳島で活躍する工務店や建築家、エクステリア、塗装会社、リフォーム専門会社など住宅のプロがたくさん登場しています。その会社・事務所の技術が盛りだくさんに詰め込まれています。
徳島でマイホームを建てたい人、リフォームを考えている人には必読の1冊です。
大ボリュームの徳島の家はそれぞれ1冊500円!

2012年04月19日

さらら4月19日号で、大人の社交場“お風呂”の魅力を知ろう salala2012-0419.jpg温泉や銭湯に行くと、地元の常連さんに出会うことがある。まるで従来からの友人のように親しく話をしているから尋ねてみると、このお風呂で知り合った仲だと言う。そんな外湯だからこそ出会える楽しみに迫った、特集「お風呂は大人の社交場だ」。
また、4月から表紙で連載中の「トクシマ調査団」。今回は、「徳島県民は300メートル以上の距離は車に乗る」という仮説のものと、調査を開始! 車がないと不便ともっぱら言われ続けている徳島だからこそ見えてくる、徳島の県民性とはいかに…。あなたは、何メートル以上の時に車のキーを手にしますか?

リフォームのプロによるすごい技が大集合!徳島の家 リフォーム本[実例300]ie03re.jpg徳島の家の新築本に加えて、リフォーム本も同時発売いたしました。
長年悩んでいた家の使い勝手や見た目を感動的に変えるすごい技がたくさん載っています。ぜひご覧くださいね!

☆初めてのリフォーム大全集
「えぇ! この家がこんなにきれいになるん?」と驚きの一軒丸ごとリフォームや、今話題の省エネリフォーム、耐震リフォームなど、数々の家の悩みに応じたリフォーム技術が目白押しです。「誰にお願いしたらいいのか分からない」という悩みも、100社のプロが掲載されているのできっとぴったりの会社に出会えます。

☆住人の不満を解消するリフォームテクニックを集結
「家が寒いから何とかしたい」という悩みに対するリフォーム技術は会社の数だけあります。そこで、家へ抱き続けた悩み12種類に対して、88個の解決方法を写真入りで解説しています。我が家にぴったりのリフォームをここで見つけてください。

☆気になる太陽光発電情報
エコな暮らしを目指す人が増えているなか、太陽光発電に注目している人も多いと思います。太陽光発電ってどのぐらいでモトがとれるのか、そもそもどんなメリットがあるのかを詳しく紹介しています。

もちろん、リフォーム本も無料で資料請求ができます。興味のある会社・事務所が見つかったらぜひ利用してくださいね。

 

 

 

2012年04月17日

バカロードその43 小豆島・寒霞渓ウルトラ遠足(とおあし)100キロ参加記 だからやめられない
文=坂東良晃(タウトク編集人、1967年生まれ。1987年アフリカ大陸を徒歩で横断、2011年北米大陸をマラソンで横断。世界6大陸横断をめざしてバカ道をゆく)

 午前4時、身震いする寒さ。
 夜明けまでは遠い。谷あいの夜の底の一角だけ人工の光が満ちている。気の早いランナーたちが装着したヘッドランプが照らす先。頭を動かすたびに白い輪が壁や地面に揺れる。どこかで熊よけの鈴がチリンチリンと鳴っている。小豆島に熊はいないはずだが山猿対策なんだろか。
 ウルトラマラソンがはじまる直前の独特の空気。張りつめた緊張感はない。自分がどうなってしまうのか想像もつかない100キロという距離。長い長い一日にどんな物語が生まれるのか。なるようにしかならないという無抵抗の境地。
 全ランナーの浮かれたつ気分が溶けあって、気温とはうらはらにムンという熱気が伝わる。
 主催者である海宝(かいほう)道義さんがマイクをとって挨拶をはじめる。
 ・・・中間エイドを50キロではなく41キロ地点に設けたのは、そこまで行く道が過酷であるため。80キロ過ぎに大きな崖崩れがありランナーは1人ずつしか通れない。夜間は危険であるため、遅くなったランナーは崖崩れポイントを迂回するショートカットコースを採る。この大会はタイムレースではない。先導車両はいないため先頭ランナーは自分で道を探す。そして、第一回大会である今大会が、地元の支援を受けて来年以降も続けられるかどうかは、ひとえにランナーの走りにかかっている。−−−
 いつもながら海宝さんには生の力強さが溢れている。どんな困難も笑って乗り越えてしまう明るさを放っている。海宝さんは日本人として初めて北米大陸横断レースを2度完走したウルトラランナーであり、一方で宮古島、しまなみ海道、さくら道などウルトラランナーに高く評価される大会を運営している。大会名に必ず冠される遠足(とおあし)とは、江戸時代に武士を鍛錬するために行われた長距離レースの名称である。
 カウントダウンの掛け声ともに定刻午前5時が訪れ、552人のランナーは先を争うことなく、静かに長旅の幕開けとなるスタートラインを越える。
 直後からはじまる急坂の両サイドには幾十ものロウソクの灯りが点されている。質素だけど、ぜいたくな気持ちにさせられるお見送りである。小さく揺れる炎に導かれ高度を上げていく。
 短いトンネルを抜けると池田港をとりまく商店街に入る。横を走っているのはサハラマラソン完走者の上土井さん。明日行われる京都マラソンの前日受付に間に合わせるため、夕方4時すぎのフェリーで神戸港に向かわなくてはならないと言う。ってことは遅くとも10時間以内でゴールしないといけないってわけか。「100キロの次の日にフルとか、アホですね」と最上級の誉め言葉を贈る。フル2時間50分の実力者はキロ5分でもゆっくりペースらしく楽しく話しかけてくれるが、ぼくは息が切れて返事できない。「早すぎます、早すぎます、こんなペースじゃ後半ツブれてしまう」と歩みを遅くする。
 商店街を抜けると暗闇の山道。いくつも分岐が現れる。道を間違えないため、他のランナーからはぐれないよう気をつける。前方に5人の集団が見えるがペースが速い。だが後ろを振り返るとヘッドランプが1個、見えるか見えないか。必然的に前を追わなくてはならない。標高180メートルの峠をエッチラオッチラ登り、急な下り坂を駆けおりる。北米横断レースで学んだ「脱力下り走」でもって休憩しながら筋力の回復を待つ。「脱力下り走」とは、脚にいっさいの力を込めず、ただ足の裏を前方遠目に振り出して重力の赴くままに坂を下る方法だ。これをやってる間に登り坂で急上昇した心拍数は平静値に戻り、大腿の筋肉から乳酸がすみやかに除去できる(気がしているだけ)。
 ブレーキングの概念がない脱力走は自分の能力以上にスピードが出る。前方の集団を追い越してしまったため目標物がなくなり、道の分岐点では慎重に地面に朱書きされた矢印を追う。ふたたび180メートルまで登ると夜がしらじらと明ける。前にも後ろにもランナーの姿が見えないため道が合っているのか心配になりだした頃、10キロのエイドが現れひと安心する。花粉症で鼻水がたれているぼくを見かねてスタッフの方が「はい、鼻かんでくださいー」とテッシュペーパーをくれる。テーブルの大皿には真っ赤な大粒イチゴが山盛り。いくらでもどうぞ、という言葉に甘え6個ほど口に放り込み、エサをほおばるハムスター的な膨らんだ顔でエイドを出発する。「前に20人くらいしかおらんよ」と聞き、マズいマズいまた暴走気味だとさらにペースを落とす。
 山麓まで快適なダウンヒルを楽しみ、小豆島一の繁華街である土庄の商店街に突入。といってもまだ午前7時前ゆえお店はどこも開いていない。早朝の見知らぬ街を旅人気分で散策ランしたのち、大型リゾートホテルの建ち並ぶ海沿いの国道436号線に出る。干潮時に沖の小島と砂州でつながるエンジェルロードは「恋人たちの聖地」とされ観光新名所だが、あいにく走路からは若干離れている。汗ドロドロのオッサンが1人で訪れる場所でもないから別段気にしない。
 20キロを1時間55分で通過。疲労感はまるでなく、半年ほど悩まされてきた脚の甲の痛みもない。この調子でいけば10時間を切れる・・・わけないかと思いつつ、密かに奇跡を期待する。
 島内放送のスピーカーから大会に関する説明が流れる。「本日、島内を100キロ、ウォーキングする大会が行われています。応援をよろしくお願いします。車の通行にはくれぐれもご注意を」といった内容。そうか、車道じゃなくて歩道を走る建前上、行政的にはウォーキング大会ってことになってるのね。しかしウルトラマラソンの大会ってたいてい人の気配のない田舎道を孤独に走るのが定番だから、島あげての応援態勢ってのが嬉しくも慣れず、背中がむずがゆい。
 20キロすぎから再び山道に入り、細かなアップダウンを繰り返す。ときおりエーゲ海の村落のような風景が現れる。山腹に広がるオリーブ畑、白い風車の塔、さすがギリシャのミノス島と姉妹島を提携してるってだけある。
 32キロでいったん海岸沿いに出ると、すぐにキビスを返し、険しい山岳が連なる島の中央部へと向かう。小豆島随一の景勝地である「寒霞渓」を目指すのだ。だらだらとした登り坂は徐々に斜度を増し、前方に天を衝くがごとくそびえ立つ垂直の絶壁が近づいてくる。併走するランナーと「あのテッペンまで行くんですよねぇウフフ」「きっとそうなんでしょうねぇウフフ」とマゾ感たっぷりに微笑返しする。
 絶壁ばかりに見とれてはいられない。なぜか路上はウンコだらけなのである。鹿の仕業か猿の脱糞か。とにかく恐るべき量のウンコが足の踏み場もないほど転がっている。ランナーにとって命の次に大事なシューズでグニョリと踏んづけないよう細心の注意を払う。
 ロープウェイの山麓駅・紅葉亭に突き当たると、そこからは優雅にロープウェイに乗車し、天空から奇岩が林立する風景を眺められる・・・わけはなく、裏手の遊歩道というか完全なる登山道に入る。ロープウェイ山頂駅まで標高差312メートル。つづら折れを50回、いや100回くらい繰り返して高度を稼ぐ。樹林の陰にちらほら見えるランナーたちの大半は走るのをあきらめ歩きに徹しているが、モーレツな勢いで駆け上がっていく荒武者もいる。生粋のトレイルランナーならタッタカ登れるんだろうけど、こちとら息をゲボゲホ言わせて歩くので精いっぱい。35キロまで10時間切りペースで順調に走っていた頃の淡い夢はいまや露と消え、1キロ16分台まで落ちる。こりゃダメだ〜。
 道のすぐ脇に大猿が腰掛けている。その距離3メートル、逃げるそぶりもなくじっとこちらを見つめている。(こいつら、朝っぱらから何やってんだ?)という上目線の表情だ。ニャロメ!
 40キロの表示とともに樹林帯を抜け、ロープウェイ山頂駅がある観光スポットらしき広場に着く。ようやく41キロの大エイドステーションである。スタート前にあずけた荷物袋からチューブ入りのワセリンを取り出し、股間に塗ろうと試みるが、寒さのためジェル状のワセリンの粘度が増し、どんなに握ってもチューブの穴から出てこない。
 少し休憩をしようかと思ったが、動きを止めていると寒くて仕方がない。エイドに用意されたオニギリを3個口に投げ入れ、スポーツドリンクで流し込みながら、早々に出発する。
 ロープウェイ駅の横に、煉瓦仕立ての豪華な建物がある。美術館かな?と自動ドアの外から覗きこむと公衆トイレだった。噂の冷暖房つきのゴージャス「1億円トイレ」である。これは試さざるを得ないと、1億円分のリッチさを味わいながら存分に用を足す。
 寒霞渓の周遊道路をさらに登る。太もも、おしり、ハムストリング、ふくらはぎ、すべてがパンパンで、ぎこちなく走る。
 車道の両側に残雪がつきはじめ、しだいに積雪量が増していく。気温はいったい何度なんだろう。きっと0度前後なのではないか。標高は700メートル超。瀬戸内海の温暖な気候を想像していた身に寒風が吹きつける。
 45キロのエイドが遠くに見えると、スタッフの方が何ごとか叫んでいる。「焼き鳥ありますよー!」「名物、焼き鳥食べてってくださーい」。近づけば、炭火コンロの上に串に刺さった数種類の焼き鳥がタレの輝きも眩しく焼き上がっているではないか。しかも「ビールもありますよ。一杯いかがですか」と魔のささやき。迷うことなく焼き鳥を右手に、紙コップに満々と注がれたビールを左手に炭火居酒屋気分を満喫する。残雪の中、一気飲みするビールのうまさったらありゃしない! おかわりの誘惑を振りきり、さっきとは別人の元気さでエイドを飛び出す。水分枯渇した五臓六腑にアルコールが染みわたり頭クラクラ。「ゼッコーチョー中畑清です!」と控えめに叫ぶ。中畑清的ハイテンションで前ゆくランナーをガンガン追い越していく。麦ホップ・パワー全開である。
 10キロ以上つづく果てしない下り坂では、またもや秘技「脱力下り走」を投入。脚と循環器を休ませながらキロ5分台でパカパカ下る。
 後方から名前を呼ばれるので振り返れば、昨夏、北米横断レースでサポートクルーをしていただいた浪越保正さんがいた。70日間にわたって、ずっとぼくの走りを支えてくれた恩人と、初めてランナーとして併走できることに感激する。浪越さんは来るべき今夏のトランスヨーロッパ・フットレース2012(デンマーク〜ジブラルタル海峡間4175キロ)に出場される。今年に入ってからも九州縦断や沖縄本島一周を行うなど脚づくりに余念がない。現役のスーパー・ジャーニーランナーについていけるはずもなく、3キロほど併走させてもらい軽く置いていかれる。
 標高差700メートル分を下って内海湾岸の国道に復帰。このあたりには醤油工場が点在し、観光客向けに土産物店やソフトクリーム売り場を開いている。醸造された醤油の香ばしい匂いと「醤油ソフトクリーム」の看板や模型。しまった、小銭をしのばせてくればよかった!と前を通るたびに後悔する。
 60キロからは「二十四の瞳映画村」が先端近くにある田浦岬の海岸線を行く。早くも65キロ地点の折り返しを経てきたトップクラスのランナーとすれ違う。ギリシャで行われているスパルタスロンで何度かお会いした著名ランナーの方々が声をかけてくれる。こんな山岳コース込みの100キロを8時間台から9時間台前半のスピードで走ってるのに、立ち止まって挨拶までしてくれる。もー、圧倒的な力の差である。
 この頃から寒霞渓に登ったダメージが現れはじめ、ストライドが全然伸びなくなりキロ7分台に落ちてしまう。こりゃ9時間台どころか10時間台も厳しい。先はまだ40キロ近くある。ガムシャラに走って6分に戻すか、ツブれないよう7分台でトコトコいくか考えてみるが、選択の余地もなく脚が動かない。岬を往復し70キロを越えると脚はほとんど棒。幹線道路のため交差点が多いのをいいことに、わざと赤信号に引っかかるタイミングで走り、「赤信号だから止まるのは仕方ない。ほなって交通ルール守らないかんし」などと見事な言い訳をつくりながら信号のたびに地べたに尻をついて休憩する。
 75キロの大エイドでは、島の美しいお姉さま方の「食べなさい食べなさい」攻めを全面的に受け入れ、ぜんざい2杯、みそ汁、オニギリ3個、まんじゅう2個、パン、イチゴ5個、はっさく、ほか食料を大量に胃に落とす。
 血糖値急上昇でフラフラさまよい走る姿を見かねたか、地元の方々が何度となく話しかけてくれる。「朝5時から走ってるんでしょう。大変ねえー」「75キロも走ったの。偉いわー。あと25キロがんばって」「小豆島はいいとこよ、美味しいもの食べていって」。
 78キロあたりで疾風を放ちながら追い越していく女性が登場。サロマ、宮古島、サハラといろんなレースで出会っては励ましあうランニング仲間、生稲裕子さんである。「なーんか地元の人と楽しそうに話しして、手ぇふったりして芸能人みたいだね〜」とニカニカ笑い、豊かなつけまつ毛をそよ風になびかせている。「私、ちょっと前からラストスパートに入ってるから、お先に〜」と余裕を見せつけて去っていく。どんどん離れていくド茶髪でドピンク・ウエアな背中を遠くに見送りながら、突如として、猛然とハートに火が着く。
 (うぅ、この人には負けれん。あと22キロ、全力でいったる〜!)
 ギアを全開にしキロ5分ペースに戻す。ゼーゼー唸りながらハーフマラソン的全力疾走を開始。なんだまだ脚は動くじゃないか。やっぱしウルトラは筋肉で走るんじゃなくて気持ちで走るもんなんだな。「うりゃー」と生稲さんを追い越すと、前方のランナーをつぎつぎに捕らえては鮮やかに抜き去る(ま、皆マイペースで走ってるから追い抜くことに価値はないんだけど)。
 瀬戸内海の四国本土側に、象の鼻のように突き出した三都半島をぐるっと一周20キロゆけばゴールなわけだが、ここが最後に用意されたクライマックス。平坦な道はほとんどなく、100メートル程の尾根筋を3度、4度と越えていく。いつ果てるともない急坂を心臓をバクバク収縮させて登りきれば、ヒザをガクガク震わせて下る。今日は一日中こんなことやってるな。苦しいはずなのに、なんとなく楽しい気分に満たされていく。そういや、この半年は脚の故障でまともに走りきれたレースなんて一本もなかった。フルマラソンでは5時間以上かかり、ウルトラは早々にリタイアか、完走してもビリ近くか。脚の痛みなく走れるのは何百日ぶりだろう。
 追いついたランナーと声をかわす。「最後の最後までこんなに登らせやがって」とぷんぷん怒っているオジサンも、「もう脚がぜんぜん動かないです。これがウルトラなんですね」と泣きべそかいてる若者も、なんだか楽しそうである。みんな朝から晩までアホほど走って、身体じゅう傷めて、それで満足してるなんてね。ほんとうに愉快な人たちだ!
 岬が気候の分水嶺になっているのか冷たい風が吹きぬける。最後の小山を越えるとゴール会場の「小豆島ふるさと村」が視界に入る。夕陽が瀬戸内海の海原を薄紅に染めている。フィナーレにふさわしい情景じゃないかと感慨に浸る。だが曲がりくねった道の先を目を凝らし追うと、遠く会場の向こうの山の中腹まで、大回りして走らされるみたいだ。わはは、まだ終わりじゃないのか。サディステック極まりないな!
 やっぱしウルトラマラソンって楽しすぎる。ゴールしてしまうのがもったいないぞー!
 

2012年04月13日

CU5月号 とくしま、スイーツ大図鑑 tokushima1205
■とくしま、スイーツ大図鑑
人気のカフェやパティスリー、和菓子屋さんで話題を呼んでいるおやつがジャンル別で大集合! 徳島のおやつ事情をチェックして、幸せな甘〜い時間を過ごして。

■最新! 春のおでかけスポット
暖かい天気に爽やかな風…おでかけ気分が盛りあがる季節がやってきました! ちょっと車を走らせて、友だちや家族と素敵な思い出作りをしよう。

2012年04月12日

徳島人5月号、発売中!! jin_1205 ■国の基準が不透明」と自治体は口を揃えるが・・・
多くの市町村が拒否、受け入れ表明ゼロの現実
自分の町に受け入れるべきか反対か。
はたして徳島県民のホンネはどこにある?

■徳島で最も危険な交差点はココだ!!
事故が多発する交差点ワースト10

交通事故で最も多いのは交差点周辺での事故。徳島で事故が頻発しているのはいったいどこなのか、昨年の事故統計をもとに危険箇所を徹底チェック!!