ARCHIVES

2008年7月

  • 結婚しちゃお!秋号 発売中! kekkon0808徳島で大好きな彼との結婚準備を
    この1冊でも〜っと楽しく!

    地元徳島のウエディング情報が満載の
    結婚しちゃお!秋号が7月26日に発売されました。

    結婚式場をはじめ、衣裳店、写真館、
    ジュエリー、ブライダルエージェント、
    2次会・パーティ会場など
    徳島のウエディング情報満載です。
  • タウトク8月号を片手に、徳島を遊びつくそう! tokusima-tautoku0808☆徳島最強あそびまくり特集☆
    キャンプ場や温泉、ラフティングなど県内のレジャースポットをどどーんと紹介。この一冊があれば「夏休みどこに出かけよう…」なんて悩む必要はありません!今年の夏は徳島で思いっきり遊び倒そう。

    ☆「阿波おどり最強ガイド」と、史上最強の夏休み計画「夏本」☆
    今回はなんと特別ふろく付き。観光ガイドには載っていない地元民のみぞ知る楽しみ方が詰まった永久保存版の一冊。夜みんなで騒げる店、グルメやおしゃれの情報はもちろん、有名店から革命店まで揃う徳島のラーメン特集もあるので、県外の人にもオススメ!

  • 全部の細胞よ、力をくれ! 〜サロマ湖100キロウルトラマラソン〜
    文=坂東良晃(タウトク編集人)

     すでに50キロを刻んでいた。
     フルマラソン以上の距離を走るのは初めてだ。身体に異常はない。いや、ないわけではない。脚、背中、首、腕・・・ひととおり痛みが巡回し、全身が痛い。揺れつづけている内臓まで痛い。
     「ウルトラマラソンは、痛みがある状態が平常だと思え」という先達の言葉を、繰り返し唱える。ボロボロになってからが始まりだとあらかじめ覚悟してある。だからどのような痛みも苦にはならない。
     問題は体調ではない。レースの設計ミスをやらかしてしまったのだ。ぼくは前半の50キロを、ある言葉をつぶやきながら走った。
    「絶対に本気にならない、レースは55キロから、本気を出すのは70キロから」。
     心拍数をあげず、イーブンペースで関門をクリアしていけばよいと。
     マラソンランナーたちは、意外にこの「本気にならない」ことが難しいと知っている。走っているうちにどうしようもなく気持ちよくなってくる瞬間がある。身体が軽く、足がどんどん前に進む。もしかしたら今日は絶好調かもしれない。あんなに努力したんだから相当な実力が自分にはついたのだろう。そして知らず知らずのうちにトップスピードに達している。だがその至福の時は長くは続かない。2時間後には疲労困憊・ガス欠という巨大なツケがやってくるのだ。
     長いレースを走り切るには自制心が必要である。そのために用意した言葉が、「絶対に本気にならない」であった。しかし過ぎたるは及ばざるがごとしである。念仏のように「本気を出すな」とつぶやいているいちに、自己暗示にかかってしまい、あろうことか走りながら居眠りをしてしまったのである。20キロを過ぎて、気がつくと30キロ地点に達していた。途中の記憶はところどころあるのだが、意識上では一瞬であった。ノンレム睡眠状態でウトウトしながら10キロを走ったのだ。もちろんタイムを激しく落とした。
     昨晩、一睡もしなかったのが悪因である。緊張のためではない。スタート地点に向かうバスの出発時間が午前3時。ふだんはこの時間まで起きているから、寝ようとしても眠れない。そのままスタートを迎え、居眠り走という醜態をさらした。
     アホな判断をもつひとつ。スタート地点で最後尾をあえて選んだのである。2000人を越すこのウルトラランナーたちのなかで、自分は最も経験の浅い、鍛えこまれていないランナーだ。ドンケツからのスタートこそ自分の実力にふさわしい、と。
     スタートの号砲が鳴ってから、最後尾のぼくがスタートラインを越えるまでに2分30秒もの時間がかかった。「2分30秒もの」と、その時は考えなかった。13時間にもおよぶ長丁場のレースである。2分少々の誤差は何でもない・・・こんな大甘な考えが、後々どれほどの後悔を招いたか、その時点では知る由もなかった。

     50キロまでは順調だと思えた。50キロの時間制限も楽々越えることができた。けっこう簡単なんじゃないか、自分も今日からウルトラランナーの仲間入りかよ〜、と気分をよくするほどであった。
     ところがそこから地獄が待っていた。事前に大会パンフレットを読むだけではわからなかった「関門」というハードルである。
     50キロから60キロ=1時間05分
     60キロから70キロ=1時間10分
     70キロから80キロ=1時間15分
     それぞれの距離を、この時間でクリアしていかなければならない。
     ちょっと説明しておくと、10キロを1時間で走ることは、ふだんなら何ということもないのである。ゆっくりと会話しながら走れるスピードだ。レース前、ぼくはそういう意識でしか、この時間設定を見ていなかったのである。しかし50キロを走り終えた「痛みがある状態が平常」な身体には、生半可ではないタイムであるってことに、今ごろ気づいたのである。
     イーブンペースが保てない。
     歩幅が伸びない。
     前傾姿勢がとれない。
     タイムを維持するために必死になる。
     必死になると心拍数があがり、息が荒れる。
     疲労感が急速に増す。

     60キロ。関門の7分前にようやく飛び込む。ひと息つく暇はない。10キロ先の関門閉鎖の時間が迫ってくる。

     走る。
     走る。
     走る。

     息を喘がせ、5センチでも先にと脚を前に送る。だんだんと景色が目に入らなくなってくる。他のランナーたちと交わす言葉もなくなる。
     「明鏡止水」とは正反対の、雑念に心が支配される。レースの後半で、何でこんなスピードマッチのようなハメに陥ってるのだ? スタートラインまでの2分30秒を無駄にしなけりゃよかった。応援の人と会話したりして余裕を見せたっけ。ああ、あの時間を取り戻したい。
     徳島からわざわざ北海道の端っこまでやってきて、完走しなくちゃ何の意味があるっていうのか。この1年、毎朝10キロ走り、週末には20キロ、30キロを踏んだ。大雨に打たれ、向かい風に抑えつけられ、ギラギラ太陽に焼かれても、脚を壊しながら走ってきたではないか。動物性脂肪の食物を断ち、大好きなアイスクリームも食べず、しまりなく太った身体から脂肪分だけで17キロ落とし、マラソンの関連書物を20冊読破した。
     すべてこのサロマ湖の、この100キロレースのためじゃないか。

     70キロ。
     制限時間の2分前に飛び込む。
     1キロごとにタイム管理しなくては、とうてい間に合わなくなってきた。1キロを7分で走る。7分で押していかなければ、次の関門に間に合わない。ふだんなら口笛吹きながらでも走れるスピードなのに、今は必死の形相、一瞬でも心が折れるとアウトだ。
     痛みには負けない。しかし、心肺機能の能力以上のペースで30キロを押していくのは厳しい。レースを止めようなどとはまったく思わないが、「この1キロはすこしペースを落としてもいいんじゃない?」という甘いささやきが聞こえる。そのたびに、自分で自分を鼓舞する。「負けてどうする。今、ペースを落としたらレースを捨てるようなものだ。全力で走れば関門には間に合うじゃないか」

     走る。あえぐ。
     あえぐ。走る。
     走る。あえぐ。

     まるで短距離レースを競っている感じ。この苦行があと何時間つづくのか?
     周囲のランナーたちのペースも落ちている。ある人は脚が痙攣し1歩も進めなくなっている。別のランナーは関門通過をあきらめたかのように道ばたに座り込み、ぼう然とサロマの景色を眺めている。こんなに鍛えた人たちだって苦しいんだ。70キロ走って、まだ全力で走れる自分はたいしたもんじゃないかと、わが身をなぐさるてもやる。
     80キロの関門はスタートからちょうど10時間で閉鎖される。残り2キロ地点で、関門の1分前にクリアできることがわかる。
     大丈夫だ。このペースさえ崩さなければ、手を抜きさえしなければ、80キロを越えられる。80キロの関門を過ぎれば、ひと息つける。80キロから100キロまでは3時間もの時間設定がされている。どんな不格好でも80キロのラインを越せば、完走のお墨付きをもらえるに等しいのだ。
     関門を越えたら5分だけ休憩しよう。連続30キロも全力疾走したのだから、5分くらい身体にご褒美をやってもいい。給水所に用意された冷えたスイカやオレンジをゆっくり食べよう。高校生ボランティアの励ましの声を全身に浴びよう。そしてエネルギーを蓄えたら、またゴールを目指そう。
     とにかくもう大丈夫だ、間に合う。
     残り1キロ。どこまでも続く直線の広い道なのに、関門が見えてこない。おかしいな、と思う。距離表示がおかしいのかな。しかしこの大会は伝統的な大会だし、距離を間違えたりはしないだろう。あと1キロを7分でカバーすればいいのだ。この苦しさをあと7分だけ我慢すればいい。
     コースは広い直線道を折れ、ふいに蛇行した山道に入った。
     そして、それは目の前に突然現れた。想像を超える傾斜の登りの坂道である。
     「うそだろ?」である。この25キロというもの完全に平坦な道だったのである。関門まで1分という計算は、道がフラットであることを前提としていた。こんな登り坂があるなんて、冗談だろ?
     残り何百メートルあるかも定かではないが、登り坂用の自重した走りをしていては間に合わない。そのままのスピードでつっこむ。
     息が続かない。いや続かないでは困る。足も手も、自分のものではないくらいに動かす。今つぶれて一生後悔するくらいなら、このあとどうなってもいいから走りきってやる。身体じゅうの細胞という細胞すべてに残っている力があるなら、少しずつでもいいからエネルギーをくれ! 残りカスもないほどに真っ白に燃えてくれ! 何でもいい、あるものを全部出しきってでも走り続けろ!
     周囲に何があるか、よく見えなくなってきた。
     ただ登り坂があり、ただ走る。
     視界の奧に、黄色い人工物が現れる。黄色い大型時計が刻々と秒数を刻んでいる。
     関門だ、関門があった。
     大勢の人が声も枯れんと叫ぶ。あと1分ですよ!間に合いますよ! そうだ、間に合うのだ。苦しさに妥協してはいけないのだ。力を抜けば、心が折れたら、間に合わないのだ。

     関門を越える。残り38秒。
     直後に黒と黄色の工事用のポールが80キロラインの上に渡される。ああ、関門ってこうやって閉じられるんだな、初めて見た。ポールの向こうで間に合わなかったランナーたちが精根尽きたようにしゃがみこむ。
     道の横にブルーシートがタタミ3畳分ほど引かれている。
     そうだ、ここで5分間休むんだっけ。自分でそう決めたんだから、休んでいいんだっけ。
     ブルーシートに腰を下ろす。そして仰向けに寝ころぶ。

     幾十にも重なる緑の木々が風に揺れる。
     こずえと葉が当たるざわめきが耳に心地良い。
     美しい色彩をほどこした小鳥たちが、何十羽と舞い飛ぶ。
     熱された全身にそよ風がサラサラと触れ、癒してくれる。
     柔らかな羽毛布団のような布地に身体じゅうがつつまれる。
     気持ちいいなあ。
     本当に気持ちいい。

     こんな気分に今までなったことあったっけ。これは普通の気持ちよさの度合いを越してる。快楽?快感? どんな言葉でも言い表せない。ああ、この状態がずっと続けばいいのに・・・。
     突然「大丈夫ですか!? 大丈夫ですか!?」という男性の声、右腕をつかんで揺り動かされる。
     「あっ、眠りこんでしまっていたのか」と目を覚ます。いったい何分間、寝てしまったのだろう。腕のストップウォッチを見ると、関門通過から5分が経っている。走らなくちゃ。もうゆっくり走っても100キロ完走は確実なんだから。そう思い、立ち上がって、走り始める。
     ん? 真っすぐ進まないぞ。アレ、アレ? これヤバイな。大阪国際女子マラソンの福士選手のラストみたいになってる。走るとコケるな。今まで1度も歩かなかったけど、ここまで来たらいいや。早足で歩いてでもゴールを目指そう。
     歩く。
     アレ? やっぱり真っすぐ歩けない。限界越えちまったのか? 確か5分前まで猛スピードで走っていたのに、この激変ぶりは何?
     それから1時間以上、歩いたり、走ったり、座り込んだり、寝ころんだり、ふたたび歩いたりした。しかし、身体の中から湧きだしてくるべきエネルギーが、何も出てこない。「枯渇」という言葉以外に表しようのない状態なのだ。
     天国のように美しい原生花園のお花畑、その向こうで夕陽を受けて目映いほどに光るオホーツクの海、北海道にしか存在し得ないと思わせる空色の絵の具を塗りたくったような青空。そして、ゴールを目指して走り去るランナーたちの「シャッシャッシャッ」という耳慣れた靴底の音。

     80キロ通過タイム9時間59分22秒。
     リタイア地点、はっきりせず。
     ぼくのレースは終わった。

                □

     80キロの関門前後のことを思い出そうとすると、何やらオレンジ色のフィルターがかかったような映像しか頭に浮かばない。ところが通過後ブルーシートに腰を下ろしてからの異様な情景は鮮明である。もし「あの世の入口」があるとしたら、あんな感じなんだろうか。ほんならあれば臨死体験ってヤツ? んなワケないか。
     今となっては「大丈夫ですか!?」と揺すり起こしてくれた男性も、実際に存在したかどうか確信を持てない。どこまでが夢で、どこからが現実なのか、境界があいまいだ。

                □

     人生、悔しいことはいくらでもある。しかし100キロを走りきれなかった悔しさは、身もだえするほどである。この失敗は、世の中のせいにも、身の上のせいにもできない。相手が強すぎたなんて言い訳もない。ケアレスミスも「勝負は時の運」もない。自分の能力不足、練習不足。それしか理由がないのだから。
     もう一度、もう一回チャレンジしたい。
     1日に100回くらい、頭の中で繰り返す。
     アーッ、もう一回走りたい!
  • CU8月号片手に夏を大満喫。今回のCU8月号は… tokushima-cu0808.jpg特集 ☆女ゴコロときめき料理ベストテン☆
    この時期にしか食べられない!この時期だからこそ美味しい!そんな料理をジャンル別にランキング形式で大紹介〜♪
    ●シャッキリ夏野菜●パッションスイーツ●スタミナにんにく料理●さっぱり日本そば●冷製パスタ●タレがからまるうなぎ●スパイスたっぷりカレー●旬の夏魚●南国料理●肉汁あふれる焼肉
    夏バテなんてしてるヒマなんてないほどどれも魅力的☆☆☆
  • 雑誌をつくろう その11「若者が嫌いダーッ!」
    文=坂東良晃(タウトク編集人)

     若者が嫌いだ!
     もう一度叫ぼう。若者が嫌いダーッ!
     ソクラテスの時代から、オッサンは今どきの若者が嫌いって決まっているのダーッ!
     皆さんは若者が好きだろうか。ぼくは本当に大嫌いです。前途ある若者をバックアップしてやるのが大人の務め・・・だなんて心の底から思っている人なんているのだろうか。「若者には無限の可能性がある」とか「若者には夢がある」とか取りあえず言っておかないと若者ウケしないから、世のオッサンどもは朝礼や会議やミーティングで、さかんに若者を持ち上げてみせる。
    しかし、一転居酒屋の掘りごたつに足を下ろせば、逆の論調に変化するわけである。
    「最近のクソガキは世の中ナメきっとんなー」
    「腹が痛けりゃ病欠、頭痛がしたら病欠、心がしくしく痛んだら病欠、どんだけ貧弱う〜」
    「会社辞めるという連絡を親にさせる。子離れできない親もホイホイ子供の言うこと聞く」
    「研修してもらって当然という顔。課題を出せば泣きが入る。誤認逮捕で留置所に入れられたような絶望的な表情をしやがる」
     こんなしごく真っ当な本音を隠して、職場では若者に理解のあるオッサンを演じる・・・涙ぐましい努力に頭が下がる。
     
     ぼくの部下は全員が若い。平均年齢24歳くらい。今スタッフは50人チョイいる。春には10人も入社してきたからまた増えた。ぼくはこいつらのことが嫌いだ。
    「社員のことを嫌いなんて言っていいの?」との心温かなご心配は無用だ。「ぼくはなるべく嘘をつかない」「ぼくはたいていのことは内緒にできない」と部下に宣言してあるので、好きでもないものを好きというのは約束違反になる。嫌いなんだから、素直に嫌いと言ってよいのだ。
     若者の何が嫌いか? そのすべてが嫌いだと言ってよい。
     若いというだけの理由で、自分には何か特別な才がある、と根拠なく考えているゴウ慢さが嫌いだ。
     仲間うちで「かわいー」「かわいー」と誉めあって、得意気になっている顔が嫌いだ。
     何かというとケータイを取り出して、誰かにメールを送ろうとするのが嫌いだ。
     お肉とジャンクフードばっかり食っているから、おならが臭いのが嫌だ。
     肩からブラヒモ、背中からパンツを見せて、エロカワとか言ってはしゃいでる女どもが嫌いだ。
     ふだんおとなしいのに、酒を飲んだら急に勇ましくなって職場改善とか言いだすヤツが嫌いだ。
     親に生活費を見てもらっているのに、自立しているかのごとき言動をするのが嫌いだ。
     恋愛をつかさどる脳みそがモンスター級に肥大しているのが嫌だ。
     高価な革のコートやブーツをはいて、地球環境とかの心配をしてるのが嫌いだ。
     自らの労働に、法定最低賃金以上の価値があると信じているのが嫌だ。
     たいして可愛くもないのに、自分はそれなりのポジションにいると信じているのが嫌いだ。
     「お金がない」といつも言っている割に、自分の食いたい物や着たい服にはバンバン金をかけるのが嫌いだ。
     なにかちょっとある度にブログやミクシィに書き込むのが嫌いだ。
     誰にも怒られたことがない、誰にもビンタを張られたことがない、ぬくぬくした生い立ちが嫌いだ。

     春という季節が嫌いだ。春には大学を卒業したてのトンデモナイ野郎どもがやってくるからだ。。
     今どきの22歳は、苦労の「く」の字も知らないのが大半を占める。採用面接で「今までで一番苦労した話してみて」とリクエストすると、「大学祭の準備で徹夜が続いたけど、それを克服して、無事お好み焼き店を出せた」みたいな話ばかりだ。
    あるいは「サークルで仲間の意見が合わなかったんだけど、何度も話し合って無事ひとつになれた」みたいな。ほれって苦労話でなくて、楽しく退屈な青春ストーリーだろ。
     自己紹介なんて聞いてしまった日には、金太郎飴がメビウスの輪と化したくらいの無限連鎖が続くのである。
    「私は他人とコミュニケーションをとるのが得意です」
    「私はたくさんの人と出会いたいです。そして出会った人とのキズナを大切にします」
    「今まで築いてきた大切な人とのネットワークを・・・」
     コラーッ!10人中10人が同じこと言うなーっ! オメエら、面接会場に来る前にガストかどこかで打ち合わせしてきたんかーっ?とぼくは暴発寸前に至る。
     なぜ全員が同じ言葉を発するのか。その理由がわからない。一番売れてる面接マニュアル本にそう書いてあるのか。学校の進路指導説明会で就活担当の先生がそう言えとアドバイスするのか。それとも流行りの商業的ミュージシャンが語る愛だキズナだ出会いだ、というセリフを真に受けているのか。全国の大学が「コミュニケーション学科」みたいな謎めいた学科をポコポコ造り出したからか。そーいや、異文化コミュニケーションで名を馳せた語学学校は破綻したか。
     とにもかくにも他人様との過度なコミュニケーションを信奉する全体主義者の党員たちが、どこか知らぬ草むらの奧の工場で大量生産されているような不気味さが背筋に走る。どんな社会でも、それがたとえ理想郷だとしても、意見の一致を見すぎている人間集団は不気味であり危険だ。

     当社には、二十一世紀型の暴君が次々と現れる。入社1週間目にしてこんなリクエストをしてきたヤツがいる。
    「私は他人に叱られて伸びるタイプではなく、誉められると伸びるんですね。昔から○○ちゃんは、誉められたらすごく頑張るよねって皆言ってくれるんです。だから私のいい部分を誉めていただけませんか」と言う。
     そくざに右斜め45度から延髄切りをくらわしてやりたくなるのをグッと堪える。おまえは、小出監督のランニングスクール・小出道場にでも入部して「天才だね」と誉められ続けるがよい!
     ちょっと希望職種を聞いてしまったがために、とんでもない要望を引き出してしまった事もある。
    「そうですね〜、私は事業を統括する仕事をしたいと思います。私は他人に命令されるとやる気がなくなりますし、目的もなく何年も下積みをこなすのはムリです。学生時代のアルバイト先でも、○○さんは人の上に立つと能力を発揮するタイプだねって主任に言われましたし」
     チクショウめ、鼻の穴から指つっこんで目の玉ポンッて出してやろうか!と全身をワナワナ震わせながら耐える。おまえは、アントンハイセル事業でも統括して世界の食糧危機を救うがよい!
     先日は、入社1年目の女性社員が暇そうに横綱あられを食べていたので質問してみた。「来週採用試験があるので聞いておきたいんだけど、今どきの新卒学生はどうして皆同じ志望動機を言うの? 君はなぜウチの会社を選んだんだっけ?」。すると、彼女は横綱あられをバリボリしながら明るく述べる。
    「今どきの学生さんには本音で語る志望動機なんてないんですよ。私がこの会社に就職したんだって、いつまでもキレいでいたいからって理由ですから。ほら、人前に出ている女性は何歳になっても美しさを保てるって言うじゃないですか。ここの会社は取材とかで人前に出る機会が多いだろうなって想像したんですよね」
     おもしろいギャクを言うなあと感心し顔を見つめたら、どうやら真剣そのものである。クソーッ、お前のそのブ厚いファンデ顔を、大谷晋二郎ばりの顔面ウォッシュ攻撃で拭き取ってやろうか!
     あるいは、企画会議に出席して何のアイデアも出さず、居眠り寸前の新入社員が堂々と見解を述べる。
    「こういう会議の場では、もっと意見を言いやすいような雰囲気を作ってほしいんですよね〜。もっと楽しいムード作りをしたら、みんな自由にアイデアを言い合えて、会議が活性化すると思うんですよぉ」
     わかった、今後わが社の会議は、死霊やハゲタカが群れ飛ぶ秘密結社の地下アジトの粛正会議のような雰囲気のなかで行ってやる。

     こんな欲望むきだしの野獣的な連中を、まっとうな社会人に改造するのは至難のわざではないだろうか。何の共通項もないアカの他人が、ある日集まって突然運命共同体になる、それが企業である。特定の思考回路をもって集まる団体・・・宗教法人や政党やNPOやボランティア組織に比べ、営利企業とはほんとマカ不思議な人間集団なのだ。有名企業で給料がいいならその場に集まる理由はわかる。生活の安定であり、企業の看板が自らのアイデンティティの一部となる。しかし我々はその対極みたいなとこにいるしなぁ・・・。そんな不思議ユニットに起こる現象や問題を解決できる処方箋はどこにもない。そして、彼ら以上にバカまる出しで生きてきてしまったぼくは対処のすべを知らない。ただ祈り、ただ怒る。
     さて、こんな連中も夏が過ぎ、落ち葉が道を濡らす頃には、それなりに苦労もし、たどたどしくも社会人敬語を使いはじめ、根回しを知り、そして知らぬ間にぼくよりも全然立派な社会人になっているのである。人間ってやつは、本当にすごいなと思う。
  • 月刊タウン情報トクシマ6月号 実売部数報告 tautoku0806_busuu.jpg tautoku0806_suii.jpg

    月刊タウン情報トクシマ6月号 実売部数報告です。
    タウン情報トクシマ6月号の売部数は、
    9266部でした。
    詳しくは、上部に表記してある画像をクリックしてください。
    メディコムでは、自社制作している
    「月刊タウン情報トクシマ」「月刊タウン情報CU*」「結婚しちゃお!」
    の実売部数を発表しております。
  • 月刊タウン情報CU*6月号 実売部数報告 cu0806_busuu.jpg cu0806_suii.jpg

    月刊タウン情報CU*6月号 実売部数報告です。
    タウン情報CU*6月号の売部数は、
    6111部でした。
    詳しくは、上部に表記してある画像をクリックしてください。
    メディコムでは、自社制作している
    「月刊タウン情報CU*」「月刊タウン情報トクシマ」「結婚しちゃお!」
    の実売部数を発表しております。
  • SALALA7月3日号の特集は「新鮮野菜&果物の見分け方」スーパーテクニック! tokushima-salala0703
    今回のSALALAの特集は「新鮮野菜&果物の見分け方 スーパーテクニック」です。
    あなたは野菜や果物を選ぶとき、
    どれがおいしいのかと思ったことはありませんか。
    そこで、野菜や果物の見分け方をJAの方や市場の方、野菜ソムリエの方、
    はたまた目利き主婦に聞き込みしました!
    その聞き取り情報を一挙公開しちゃいます。