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2015年2月

  • 日帰り湯100×桜最前線×音楽バー タウトク3月号 1503タウトク■徳島、淡路島、香川の立ち寄り湯100 日帰り「ゆ」処
    人気の温泉グルメ1位〜3位を調査。
    入浴料がお安くなるクーポン券40枚付き!
    ■お酒や料理に酔いしれて、身体いっぱい音楽を楽しめる
    徳島ミュージックバー紀行
    ■青春を謳歌する徳島の高校生たち
    おちんこま!!
    ■ついに最終エントリー!
    ミス制服グランプリ
  • バカロードその80真夜中のひとりごと
    文=坂東良晃(タウトク編集人、1967年生まれ。1987年アフリカ大陸を徒歩で横断、2011年北米大陸をマラソンで横断。世界6大陸横断をめざしてバカ道をゆく)
    初冬。東京で行われた神宮外苑24時間チャレンジ。まもなく解体工事のはじまる国立競技場のたもと、1.3kmの周回路を24時間休みなくぐるぐる走り回る大会だ。24時間走の世界選手権の代表選考会を兼ねた当大会は、超長距離レースではめったに味わえないガチンコ感に溢れている。 
     120人ほど集まった選手の7割ほどはフルでサブスリー、100kmでサブテンの実力を有している。要するに「スピードランナーのくせに200km以上走りたいというド変態」が集まった大会と言える。24時間走の歴代チャンプだけでなく、「さくら道」や「川の道」の王者クラスも参戦。いやーまさにドリームマッチ、年末特番的な華々しい雰囲気だ。
     有名ランナーがどんだけ居ようと、走る時間がまる24時間だろうと、ぼくには関係のないこと。スタートから全力あるのみ!で10km通過45分、42kmが3時間44分。潰れるまでは全力だぁ。果たして50kmあたりで順当に脚動かないモードに突入。ヘバッてからの20時間は長いったらありゃしないね。
     深夜には寝ぼけたまま千鳥足してたら、知らぬまに斜めに走っていたらしく、道路脇の植樹帯に身体ごとつっこんだ。こんもりとした植木に上半身から刺さり、足をバタバタさせてもがくという昭和ギャグ漫画にありそうな図。後ろから来たランナーに「何やってるの?」と不思議そうな顔で質問される。「ちょっと休憩してました」と不自然な嘘をつく。尖った枝が上半身のあちこちに裂傷を負わせたらしく、シャツは血まみれ。いったい何の競技やってんでしょうか、わたしは。
     ひょこひょこ走りで23時間が経過し、ラスト1時間は再び全力疾走に切り替える。思いっきり走るのは楽しい楽しい。狭い走路の脇にたくさんの観客が身を乗りだして応援している。周回ごとに人垣のなかに突っ込んでいくダイブ感。ツール・ド・フランスの山登りステージの光景そのものだ。
     結果、171kmという平凡な記録に終わったが、まあこれでよし。つぎ走るときは、もっとツッこんでやる。負けても負けても挑戦しつづけるのみ。他には選択肢が見あたらない。
         □
     さてさて。
     市民マラソンブームの起爆剤といえる東京マラソンが2007年にはじまり、それまでは走友会に所属する健脚派の晴れ舞台であったフルマラソンが「誰でも参加できる」レベルまでハードルが下がった。練習なんかしなくても、7時間もあれば半分歩いても完走できるわけで、それはそれで休日に42kmも歩くという行為はダイエットにも効果がありそうだし、心の浄化にもつながる。きらびやかなランニングウエアやシューズを大量消費することでスポーツメーカーは潤い、宿泊施設は満室、ピストン輸送するバス会社やTシャツなどグッズを製作会社、パンフレット印刷会社にもお金が回って良いことずくめである。
     昔は水道水しか置いてなかったエイドは、いまや屋台村のごとく充実し、地元の名産に郷土料理にとグルメフェスタ並みのサービスを提供している。フルマラソン大会のサービス過剰は、ウルトラマラソンの大会にも影響を及ぼしている。「よほどの変わり者」の集まりだった世界も、ごく一般的な市民が旅行レジャー感覚で参加するようになった。定員3500人のサロマ湖ウルトラがエントリー開始から1時間で締め切られ、定員2000人の四万十ウルトラに6000人以上の応募がある。手作り感覚の大会は少数となりイベント会社が仕切らないとままならない規模になった。そして、かつては「世捨て人な超人願望者」の集団であったはずの500kmレースなども瞬時にエントリー満杯になる時代とあいなった。
     こんな国民総ウルトラランナー時代にも、あまり人が集まらない超絶厳しーい大会があるのだ(知られてないだけかもしれないけど)。
         □
     沖縄本島一周サバイバルラン。
     那覇市を起点に、沖縄本島の海沿いを時計回りにショートカットなく外辺を一周するコース。400kmという長丁場ながら制限時間はわずか72時間。なおかつ、第1関門である島最北端の辺土岬へは162kmを24時間以内にクリアしなければならない。距離と時間のバランスだけみても、国内屈指の難易度の高さと言えよう。
     そして、途中ランナーをケアするサービスは何もない。
     エイドステーションなし。
     コース途中への荷物輸送なし。
     仮眠所・宿泊施設なし。
     選手は必要な荷物をすべて携帯し400kmを走り通さねばならない。舞台は沖縄とはいえ季節は冬。夜間は防寒服が必要であり、当然ライトや反射板などは必須である。島の北半分は道沿いにコンビニや自販機がほとんどなく、重量のある水分を背負わなくてはならない。
     せめてドロップバッグサービスだけでもあれば空身に近い状態で走れるが、当大会にはない。数kgの荷物を背負うとスピードは落ち、肉体への負担は大きくなる。
     さらに途中リタイアした場合、収容バスに乗るには料金を徴収される。第1関門の162kmからスタート地点帰りは3000円、第2関門の293kmからは2000円。ただでさえリタイアをして心を痛めているところに、更なる現金支払いという仕打ちが下されるのである。なんと厳しい大会か!
     しかしあらためて考えてみたい。本来自己責任において超長距離を走るということは、こういうことなんだろう。
     日本のジャーニーラン文化を1980年代頃よりつくりあげてきたレジェンドたちは、数百?、数千?の道のりを食料自己調達、野宿があたりまえの環境で走ってきたわけである。
     至れり尽くせりの現代のレースは、ランナーに過保護すぎるのだーっ!
     と息巻きながら沖縄入りしたものの、鬼の霍乱とはこのことか。半月前にひいた風邪が治まる兆しなく、熱は38度から下がらず、大量の粘り気のあるドロドロの痰が喉に詰まって気道に空気を通すのに難儀している。鼻のかみすぎで右耳が難聴になり、ほとんど聞こえない。
     鬱屈した気分は前夜になっても晴れない。しかし、超ウルトラなんてどうせ100kmも走れば病人同様。体調が良かろうと悪かろうと10時間もすれば条件は同じ・・・と繰り返し自分に暗示をかける。
     スタート地点の沖縄国際ユースホステルは、那覇市の中心部にある。基本的にランナーは歩道を走るため、集団にならないよう5人ずつ3分おきのウエーブスタートが行われる。お昼の12時に第1陣が出発していった。
     参加者は29人で、多くの人がプレ大会や試走会を経験しており、すでにコースは熟知しているようだ。
     400kmという距離を考えれば、ゆっくりペースで走りはじめたいのが人情ってもんだが、なんせ第1関門の162km・24時間をクリアするにはキロ6分程度で進まないと間に合わないことは感覚上わかっている。案の定、ぼくの属する第6ウェーブの小集団もキロ5分台のハイペースで進んでいく。
     発熱で頭がぼーっとし、体力も落ちているぼくは、集団のペースに合わせるのでギリギリ。10kmもいかないうちに息が激しく荒れはじめ、全身に浮かんだ汗はサラダ油のようにヌルヌルしている。こんな汗、流したことないぞ。これが脂汗ってやつなのか。
     事前に「エイドはないよ」と脅されていたけど、実際は34km地点の「残波岬」の先端に沖縄そばを食べさせてくれる非公式エイドを出してくれていた。しかし4時間02分かけてそこに到達したものの固形物を食べる余力はなく、公園の芝生のうえに倒れ込むことしかできなかった。
     29人の選手のうちぼくの周囲に姿が見えるのは2、3人のみで、残波岬を出てしばらくすると全員に抜かれた。人気のない海辺の道をとぼとぼと走る。体調が良ければきっと感慨もひとしおな沖縄の海に沈む夕陽や、米国文化と琉球色が混沌となったエキゾチックな看板や、そこかしこから漏れ聴こえる沖縄民謡の調べも、何ひとつとして心に届かない。日が暮れて足下が見えにくくなるとペースはキロ8分台に落ち、どう計算しても120km以上先にある第1関門に間に合いそうにない。元よりこの遅れを取り戻そうという気力が湧かない。この時点で完走できる可能性はなくなり、しかし自らリタイアするきっかけもなく、目的を見失ったまま夜道を走りつづける。果たして人は、完走する可能性もないのに何十?も走られるものだろうか。否、である。希望があるから苦しさを乗り越えられるのだ。
         □
     絶望のなかで心はいっそうシニカルかつ虚無的になる。走るという行為はつくづく無益であって、他人を便利にする何物も生産してないなーと自省的な思いにとらわれはじめる。250kmや500kmレースに費やす恐ろしいほどの労力。この分の熱量をそのまま別の労働なりボランティア活動なりに充てれば、おおいに社会の役に立つのにな。生産性の伴う時間を削り取りながら、膨大な時間とエネルギーを自らのエゴイズムに使用している。
     仕事の合間のちょっとした息抜き程度の趣味なら、まだ日常生活にプラス効果はある気がするが、超ウルトラに費やす労力は趣味の域をはなはだしく逸脱していて、脚は壊れてコンドロイチンをガブ飲みしても軟骨の減りに追いつかず、情緒不安定にも陥り不定愁訴な患者となるわと、健康面においては良いことはない。唯一、体重20kg減という大幅ダイエットに成功したが、これも病的と言えなくはない。
     ランナーになる前に比べると、極度の甘党になったな。精魂枯れ果ててたどり着いた自販機やコンビニで飲む高糖度の炭酸飲料の美味しさったらないよな。舌が痺れて脳にぶどう糖混じりの血液の濁流が流れ込むあのドーピング的快楽。日常生活にもその甘味フラッシュバックが残り、仕事中には1時間おきのコーラ摂取が欠かせず、真夜中は頻尿トイレ起床にあわせて2倍に濃くした粉末アミノ酸ドリンクを1リッター飲み干すようになった。完全に糖尿病予備軍である。
     100km、200kmと走り終えた直後、脱水カラカラの身体に流し込む生ビールが、喉から胃に落ちてく悦楽もランナーになって知ったのはプラスポイントと言えるかな。ビールを一段と美味くするため、ゴール手前20kmほどは給水しないくらいである。アルコール分が内臓から周辺細胞へと浸潤していく感覚はステロイド駆けめぐるジャック・ハンマー。この感覚を再現するために、毎日1時間は長風呂して体重を1.5kg落とした直後に、マッサンでおなじみシングルモルトな高度数アルコールを摂取。たちまち脳細胞はパーリーナイト!って絶対身体に悪いよね。
     走っても走っても走るのやっぱ苦手だな。
     ぼくは平静時の心拍数が1分に70回とラット並みに速いのである。高橋尚子さんや前田彩里選手の心拍数が40回以内でマラソンの適性がすごいんですよ、なんて増田明美トークが飛び出すたびにがっかりする。そういうのって後天的な努力じゃどうにもなんないよねぇ。
     血圧は上が170台。降圧剤を飲んで血圧ノートをつけねばならない高血圧症である。他人が「ジョクペースでいきましょう」と楽しくおしゃべりランしてるペースでも、苦しくて苦しくて仕方がない。たまーに併走しながら「笑顔でいきましょう!」なんて爽やかさを強要してくるハイテンションなランナーいるけど、いまいましくて仕方がないな。こっちは吐き気しかしてねーんだから笑顔なんて出せるかよケッ。
     あまりに嫌々走ってる様子を見とがめて、「楽しくないのに何で走るんですか?」って何度か聞かれたことがある。うまく答えられたためしないけど、すごく苦手なことだから走っているんだと思う。
     世は個性尊重の時代だから、「好きなことをやりなさい」「得意なことをやりなさい」と強迫観念のように大人たちは子どもたちに押しつけるけど、そんな特別な才能をもって生まれた人なんて、ほとんどいない。好きなことなんて、実際にやろうとすれば大変すぎてぼくは何にもできやしなかった。
     「自分の足でどこまでも遠くまでいく」。きっと本来ぼくがやりたいことなんだろうけど、走力も根性もないから、苦しさにあえぎながら、毎回断念を繰り返している。好きなことへの適性がない悲運にうなだれるしかない。
     走ることを楽しいと思えないし、いい結果も出せないし、自分に満足できるレースなんて3年に1回くらいしかないけど、ぼくは走ることをやめないし、走り続ける。
     極限環境において人間の本性がむき出しになるのだとしたら、ぼくに元から備わっていて役立ちそうなのは嫌らしいほどの執念深さだけかな。喧嘩の敗北や商売の失敗ってのは、自分でそうジャッジするから負け&失敗なんだと思ってる。だからウルトラマラソンだって100回リタイアしても、敗北は永久には続かない。絶対にいつかうまくやりこなしてみせる。いつかみごとに勝ち切って、負けた分を全部取り返してみせるって思いこんでる。
           □
     80kmで走るのをあきらめ歩く。一歩でも前にと戦っているのではない。動くのをやめると寒くて凍えるので仕方なく歩いているだけだ。冷たい霧雨が舞い、全身を濡らす。ぼくは荷物を極限まで減らしたため、着ているTシャツと短パン以外は服を持ち合わせていない。街灯ひとつない真っ暗な道の奥にコンビニの灯りがみえる。雨をしのぐために店に入り、カップヌードルを買ってお湯を入れて食べる。信じられないほど美味しい。こうやってまた中毒がひとつ増えるのだ。そういえばもう24時間以上、何も食ってないんだもんな。
     有名な観光地の「美ら海水族館」の手前、スタートからちょうど100kmあたりで明け方近くとなり、首尾良く那覇空港行きの路線バスがやってきたので、何の迷いもなく乗った。
     やっぱり超長距離レースは苦しくて、寒くて、痛い。これが生きるということなのだろう。
     レースも人生もうまくいかないことの繰り返し。でもきっといつかはいいことがあると信じている。
    ※当レースは29人中完走者が4名という、やはり非常に苛烈なものとなりました。来年は過酷を求めるマゾヒスティクなランナーたちが大集合するに違いありません。
  • バカロードその79あぶくのごとく沈んだり浮いたり
    文=坂東良晃(タウトク編集人、1967年生まれ。1987年アフリカ大陸を徒歩で横断、2011年北米大陸をマラソンで横断。世界6大陸横断をめざしてバカ道をゆく)
    (前回まで=ギリシャで行われる247km36時間制限の超長距離レース・スパルタスロンに4連敗中のぼくは、今年もしょうこりもなく出場したが、例年どおり50kmあたりから嘔吐をはじめ、105kmあたりで体が動かなくなって道ばたに倒れてしまった)
     
     後方の暗闇からヘッドランプの灯りが揺れながら近づいてくる。現れたのは恩人ともいえる方である。はじめてこのレースに出場した5年前、スパルタスロンという競技のもつ素晴らしさ、完走する価値の高さ、挑戦しつづける意味について教えてくださった。彼についていけなければ完走はできない、と思い立ち上がる。必死で後ろにつこうとするが、やはり体が動かずじりじりと離れされていく。
     110km13時間53分。余裕時間が再びゼロになる。エネルギーを体内に入れないと置かれた状況は変わらない。エイドにあったブドウを20粒ほど無理やり口に押し込み飲みくだすが、しばらく走ると吐き戻してしまった。もうぼくの周りにはランナーはいない。ここ30km間で追い越してきたランナーたちは皆リタイアしたのだろう。
     113kmのエイドに着いたときは、閉鎖時間に対してすでに5分も遅れていた。エイドの裏手にある民家の軒先に倒れ込む。動けない。2、3分そうしていたら、大会役員らしき人が横にしゃがんで話しかけてくる「まだ走るのか?」。
     「まだぼくは走ってもいいんですか?」と聞き返す。「君が走りたいなら」と真剣な顔。「はい、まだ走ります」と答えて立ち上がる。エイドに陣取った20人ばかりのスタッフが、「日本人よ、ストロングだ」と総手の声援と拍手で見送ってくれる。
     勇ましく再出発したものの、つづら折りの急坂の途中で歩くのも困難になる。ここから4km先のエイドまでよろよろと歩いて何時間かかるというのか。立ち止まったまま考えて、それから腰掛けてしばらく考えて、もういっかい道ばたに仰向けになって暗い空をぼうっと眺める。
     もがき苦しむわけでもなく、地を這いずって前進する根性も見せられず、自らギブアップしようとしている。それなのに悔しいとも悲しいとも、特別な感情が湧いてこない。1年間これに懸けてきたのにさ。どうなってんだよ自分。
     立ち上がって、元来た道を引き返す。エイドにたどり着くと、スタッフたちは驚きもせず「よくやった、よくここまで来た」と言う。巨漢のおじさんスタッフが抱擁してくれる。隣にすごい美人おねえさんスタッフがいたのになと残念に思う。
     椅子に腰をかけさせられ、ゼッケンと計測チップを外され、リタイアの署名をする。
     フタが開いたままのクーラーボックスに、飲み物を冷やすためのクラッシュアイスが山盛りになっている。これから片付け作業がはじまるんだろう。両の手のひらいっぱいに氷を取り、ガリガリとかじりつく。死肉にあさりつくハイエナみたいに氷の塊にむしゃぶりつく。枯れ果てた体に染み込んでいく。狂ったようにひたすら貪る。
     見かねたエイドのおじさんが、ぼくの肩を優しく抱いて「その氷はあまりきれくないからペットボトルの水にしときなさい」と止めてくれる。ぼくは氷の塊を決して手放そうとせず、いつまでも虫のようにかじり続ける。
              □
     レースが終わってしまった。1年間、この日に懸けてきたのに。
    奥田民生が熱唱する「I'M A LOSER」が頭骨の中でわんわん反響している。枝にぶらさがった瑞々しい果実をもぎとろうと、何度ジャンプして手を伸ばしても空振りする。届かない。何にも届かない。かすりもしない。そんな映像が頭の中で繰り返される。負け、負け、負け、負け、負け。スパルタスロン5連敗、弱すぎる。
     元々、スポーツマンにあるまじき陰鬱な空気をまき散らしているタチだが、帰国後はさらに拍車がかかった。ものぐさがひどくなり、外出先でズボンのチャックが2cmくらい開いていてもキッチリ閉めようと思えない。職場ではだいたいボーッとしている割に、発作的にろくでもない事を思いつき、現状打破な行動をおっぱじめてうさんくさい目で見られる。部下には役立たず扱いされ、居場所をなくして片隅で小さくなっている。家に帰ればタタミ二畳分のスペースから移動する気力がなく、布団に横になったまま入院患者の要領でビールを口の脇からずるずるすする。
     日課であった朝のランニングにでかけなくなった。朝起きて、ランニングウエアに着替えて、外に飛び出すのは、それなりの気力が必要なのだ。
     1年365日、毎日2時間前後は走っていたから、走るのをやめると時間を持てあます。ここ何年も、仕事と走ること以外やってなかった。酒も博奕も社交も、いったん遠ざかれば元にはもどれない。
     暇を持て余し、お菓子づくりなぞをはじめてみた。調理道具や型を買いそろえ、小麦粉や米粉をこねこねし、オーブンの焼きあがりを待つ。素材の調合比率や、泡立て方、温度を細かく変えていき、有名ケーキ店並みの柔らかくて食感のいいスポンジ生地を焼けないか試行錯誤する。台所の床は粉まみれになり、オーブンは2度白煙をあげた。
     ランニングをしている頃は毎日ヘトヘトで布団にもぐり込んでいたが、走らなくなると寝つきが悪く、夜が恐ろしく長い。夜長の閑に耐えられず口径の大きい天体望遠鏡を買いこんで星の観察をはじめる。月面のクレーター、木星の縞模様、土星の輪、著名な星雲と、ビギナーらしく順に観察していく。文化系な趣味を持てた悦びにひたろうと、エスプレッソマシンでコーヒーなんぞ淹れて、マグカップ片手にベランダで小一時間を過ごしてみたりするが寒くてすぐ撤収。
     過去を清算するには断捨離に限ると、家の大そうじに取りかかり、「棺おけに入れなくていいもの」という観点でモノをゴミ袋に詰め込みだすと、押し入れが空っぽになった。ハードルあげすぎだなこりゃ。
     いろんな方面に手を伸ばしてみるが、何かが足りない。何か、というか走るのが足りない。ランニングをやめてわかったのは、走るという行為は趣味ではないってことだ。他に代替が効かないのだ。走ることに充てていた1日のうち2時間を、写経をしたり野鳥を観察して過ごしても、ああ今日ぼくは何かをやったぞ、一日を精いっぱい生きたぞ、という感じを得られないのだ。走るのが大好きなわけでもなく、走ってすがすがしい気持ちになるわけでもないのに。
     そもそもなんで自分は走ってたんだろう。目標タイムをクリアしたり、順番が何番だとか、難易度の高いレースを完走するだとか、それはそれでひとつの努力目標にはなるけど、そのために走りだしたわけじゃないよな。ランナーが100人いたら100通りの走る意味が存在している。ぼくは、その瞬間、瞬間で全力ってもんを出したいから走りだしたんだよな。ただ今という時間を、つっ走りたかった。心臓を打ち鳴らし、地面を蹴って、前に向かって突き進んでいくのだ。レースをうまくマネジメントしたいのではない。余裕をもって後半ビルドアップしたいのでもない。ヘバッてもいい。ひっくり返るまで追い込みたかったのだ。
     いつしかそんな原点を忘れて、名のあるレースに完走したいがために、「自重、自重」ばかり考えて、でも結局たいした走力ないからリタイアの繰り返し。スタートラインからリタイアするまで1度も本気で走る場面なく、不完全燃焼な排気ガスをブスブス煙らせて、収容バスの乗客になる。ほんとつまらないことを何年もやってた。
     体重80kg以上あったデブな頃、10kmを1時間20分以上かかってゴールして、芝生の上で仰向けに寝ころんだ時の満足感、今でも強烈に残っている。水色の空の色がきれかったな。
     人間以外の動物ってきっと時間の観念はないよね。「明日までには獲物を3羽つかまえておこう」とか「生きているうちに子孫を10子は残そう」なんてビジョンを持たない。今ハラが減っている、だから目の前に現れた獲物を食う。無性にヤリたい気分、だから生殖する。きっと今という点の時間でしか生きていない。人間だけが未来のことを考える。そして夢を見たり、絶望したりする。でも実際、先のことなんか小指の先ほどもわからないんだ。今やるべきことをやってないのに、未来なんてないんだ。動物のように刹那で生きていたい。この瞬間を全力で走るという単純な理屈だけに貫かれて。
     そして、また走りはじめた。
        □
     四万十川ウルトラマラソン。 もーね、メチャクチャ走ってやろうかと思ったんだ。スタートのピストル鳴ったら小学生のかけっこの勢いでぶっ飛ばすんだ。オープニングアクトをバラードから入るインディーズバンドなんてクソだろ。3キロ先で倒れてもいいから、今最大限のエネルギーを放出するんだ。前半抑えて後半は落とさないようキープなんてセオリーはゴミ箱にポイだ。キロ何分ペースとかどーでもいい。息を切らしてただ走れ。
     四万十ウルトラは15kmから21kmの間に600mの標高差の峠を越える。青い息を吐きながら峠の頂上まで全力で登る。死んでも歩かないぞ。峠の先には急激な下りが10km待っている。着地衝撃なんて知ったことか。地球が重力というアドバンテージをくれてるんだ、ありがたく受け取るぞ。パンパン足音を打ち鳴らして、出せるだけのスピードを出すんだ。
     50kmを4時間40分で通過。ふくらはぎがぴくぴくケイレンしている。攣るんなら攣ればいいさ。いけるところまでいくぞ。
     61km、唯一の大エイド・カヌー館では1秒たりとも立ち止まらない。ドロップバッグに入れた手製の「補給物資をガムテープで貼り付けた駅伝風タスキ」を取り出す。輪っか状にしたヒモに、エネルギーバーやゼリー、粒あん、鎮痛剤をガムテープで貼りつけたものだ。こいつを首からぶらさげて、走りながら補給する。マラソン会場によくいる「変なおじさん」風情だが気にはしない。大エイドの誘惑なんて断ち切ってやる。多少休憩をとった方がいいタイムが出るのかも知れない。でも休みたくない。休んで脚を回復させたくない。
     65kmあたりで完全に潰れた。潰れたあとの35kmは長かった。それでもラスト10kmは遮二無二走った。スパルタスロンの参加資格である10時間30分をぎりぎり切る10時間28分でゴールした。ああ、ぼくはまだヤツに挑戦する意思を持ち合わせているのだな。もうやめようとあれだけ思ったのにな。
     ゴールすると立ってられないくらいフラフラだった。汗まみれの服のままブルーシートに横たわり、体育館の天井を眺めながら、アボのことを思った。飼い犬のことじゃないですよ。漫画「worst」に登場するチョイ役のヤンキー高校生。現役高校生最強の男・花木九里虎に、喧嘩を売り続ける桜田朝雄(アボ)という雑魚キャラ。毎回ワンパンチでノされて、たぶん半永久的に勝てっこないのに、しつこくタイマンで挑戦しつづけるアホな男。連戦連敗、でもなぜか精神的にはまったく敗者ではない。ぼくはアボになりたいんだ。
  • バカロードその78遠くまで地団駄を踏みにゆくのです
    文=坂東良晃(タウトク編集人、1967年生まれ。1987年アフリカ大陸を徒歩で横断、2011年北米大陸をマラソンで横断。世界6大陸横断をめざしてバカ道をゆく)
    5度目のスパルタスロン(※)なのであった。4連敗中ゆえに、参加回数を口に出すのもはばかられる。できれば人知れず内緒にしておきたいのだが、秘密にしておくほどの重大事でもない。思いつめたオッサン一名の心がささくれ立とうが自律神経がおかしなことになろうが、それでも地球は順調に回転している。
     ギリシャ入りして4日間、ホテルのベッドか海辺に敷いたゴザの上で寝そべりつづけている。4日寝太郎で疲労は完全に抜けおちたとみる。春から3000km以上走り込んでいるわりに、ケガや痛みはどこにもない。苦手とする徹夜走は何度もやった。酷暑にも、暴風雨にも耐えた。
     過去4度、大雑把だったレース中の補給についても、綿密に計画を立て物資を用意した。全25カ所にカロリー補給の食品、ダメージ回復系アミノ酸などのサプリ、さらにあらゆる体調異変に対応できる薬品セットを置いた。これを万全と言わずして何を万全とするのか。今年はダメな要素が見あたらない。今回ダメなら走るのやめる。やめてもいい。やめられるかな。
     朝7時、小雨しょぼ降るパルテノン神殿を後に、アテネの市街地へと石畳の坂を駆け下りていく。調子はどうだ。よくわからない。なんとなく体が重いけど、それは4日間運動を控え、ガツガツと食べ続けたせいだ。この重さは運動エネルギーに化け、しだいに霧散してゆくだろう。体調なんて走ってるうちにどんどん変わる。気にする必要などないのだ、と気にする。
     10km通過1時間01分。設定ペースどおりゆっくり走ってるんだけど、どういうわけか楽だって感じがしない。鼻歌まじりで50kmまで5時間の予定なんだがなぁ。鼻歌出てこんな。
     好調とも不調ともいえない微妙な感じでキロ6分を刻んでいく。「飛ばさない、飛ばさない」と呪文を唱えているのは、実際はそれ以上のスピードを出せないアセりを隠すためである。
     20kmを2時間02分、30kmは3時間05分。設定ペースすら守れない。
     小雨はやがて本降りとなった。排水溝のない路面にあふれ出した水は、川の流れとなって道路を横断する。飛び越えられる幅ではないので、仕方なくシューズをびしょ濡れにして直進する。
     40km4時間11分、50km5時間20分。ひどいタイムじゃないけど問題は余裕のなさだね。案のじょうムカムカと気持ち悪くなってきて1回目の嘔吐。スパルタスロンでのゲロなんて、小粋なイタリア料理屋におけるバースデー客へのサプライズケーキ、あるいはコンサートにおける2回までは続くアンコールに等しい。まさにお約束、驚くには値しないのである。ぼくの虚弱な胃腸は、製薬会社が苦心して開発したあらゆる整腸剤や胃粘膜保護剤、胃酸抑制剤の効能を凌駕して、ゲロの噴霧をギリシャの大地に浴びせかけるのだ。
     60km6時間34分。立体交差の道路の脇に腰かけてゲェゲェとやってるうちに、ほとんどの後続ランナーに抜き去られる。顔見知りの男性ランナーの方が「行こう!スパルタまで行こう!」と声をかけてくださる。「ちょっと3分だけ休憩してるとこです」と嘘をつく。やさしい女性ランナーの方が「私の後ろはもう人はいないわよ」と教えてくれる。
     70km7時間55分。そうとう危険水域に入ってきた。ここからは登り坂がつづくのだ。80kmの大エイドを9時間30分以内に越えないと失格なのである。10km先の関門が果てしなく遠く感じる。また今年もダメなのか。頭を抱えて「あ゛ーーーーっ」と叫ぶ。脳みそをフライパンに入れてぐちゃぐちゃにかきまわして炒めたい。オレなんで毎年こんな苦手なことをやるために、地の果てまでやってきては、吐瀉物と屈辱にまみれては、収容バスの乗客に成り下がっておるのだ? もっと自分が得意なことってなかったっけ? ほら小学校の先生が子どもたちに向かってアドバイスしてくれるじゃないですか。「何か自分の得意なことを見つけなさい」って。オレ、スパルタスロン苦手なんだよマジで。暑いのダメ、徹夜ムリ、内臓虚弱。なんでこんな不得意なことに人生の70%くらいのエネルギー費やしてんだよ。日本に帰ったら得意なジャンルに趣味を変えよう。得意なことってなんだろう・・・はて、考えてもなんも出てこないですな、ハァー。
     ネガティブスピリッツの青い炎をたぎらせていると、その怒りからか、ペースがキロ5分台に戻ってきた。チクショー、チクショーとコウメ太夫をリピートさせて関門になだれ込む。80km9時間27分、第1大エイド・コリントスの関門閉鎖3分前だ。ほぼビリなのに余裕なし子でヒィヒィだ。
     ここまで履いていたアシックス・ターサーを、エイドに預けていたホカ・オネオネというシューズに履き替える。アウトソールが4cmとブ厚く、履くだけで身長が高くなるシークレットブーツの役割も果たす超長距離向けのモテ系シューズだ。いやこの際、モテ系は関係ないか。まわりに誰もランナーいないんだからねえ。シューズ履き替えと計測チップ交換に手間取り、3分を要したため余裕時間ゼロとなる。さっさと出発しないと次の関門がすぐやってくる。スパルタスロンは全75カ所あるエイドすべてに閉鎖時間が設定されている。大半のエイドの優しきスタッフの方々は、数分の遅れを見逃してくれる大らかさを持ち合わせているが、中には時間どおり厳密に通せんぼするギリシャおじさんもいる(正義はおじさんにアリなんだけどね)。つまり、やはり決められた時間をちゃんとクリアしていかなければ完走はできないのである。
     エイドを慌てて飛び出すと、さっきまでのグロッキー状態に反し、ふつうに走れていることに驚く。息は乱れず、脚はさくさく進む。オリーブやオレンジが実る農園のなかの小道を軽快にゆく。単独ビリだったが、遠く前の方にランナーの後ろ姿も見えてきた。いけんじゃない、オレいけんじゃないと本日初のポジティブ思考局面。
     90km10時間49分。過去一度も到達したことのない古代コリントス遺跡のある街に入る。街路は花々で飾られ、カラフルな装飾のカフェが並ぶ、おとぎ話の挿絵のような場所。こうやって知らない街に自分の足で入っていく瞬間がオレ好きなんだー。
     街を抜けてオリーブ畑の細道をイギリス人のベテランランナー的風貌の方と併走していると、彼から「ビートルズを唄おう」という提案があり、数少ないレパートリーの中から「オール・ユー・ニード・イズ・ラブ(愛こそがすべて)」を選び、2人でけっこうな大声でわーわー歌いながら走る。やがて彼を支援しているサポートカーが横につき、車内の皆さんと大合唱がはじまる。何だこれは、スパルタスロンに楽しい局面なんてあるのかよ。
     調子に乗りはじめれば次々と前をいくランナーを追い越す。うぉーなんか自分がデキる人みたいだ。そうかキロ7分くらいのペースでも順位はどんどん上がっていくんだ。
     100kmを12時間15分、エイド閉鎖10分前に通過。あらかじめ立てた計画より30分遅いけど、とにかく100kmまでたどりついた。前方に影をなす小山にも等しい巨大な岩塊に夕陽が落ちていく。紅色の空が世界を赤く染めていく。いつも収容車のなかから寂しく眺めていた風景を、ランナーとして路上の視点から見ているのだ。それはすごくうれしいことだ。
     商店が軒を連ねる賑やかな街に入る。子どもたちがペンとスケッチブックを手にサインを求めて近づいてくる。スパルタスロンでは珍しくない光景であり、完走経験の豊富なランナーは「たくさんサイン求められて困った」と悩ましい顔をするが、初体験のぼくは書いてみることにする。なんせ他人様からサインを求められるなんて、交通違反のお巡りさんからのを除けば、生涯で初の出来事なのだ。ちゃんと漢字の達筆でしたためてあげる。
     102km、街の中心にデンとカフェが鎮座するこれまた宮崎アニメに登場しそうな街。沿道から「ブラボーブラボー」の声援が届けば、自分が英雄になったみたいな気分にひたる。この街は大型収容バスの起点であり、80kmから102km区間にリタイアした選手を夜まで待っている。毎年ぼくは、街はずれの歩道のうえに腰掛けて、街へと駆け込んでくるランナーたちに拍手を送っていた。ついさっきまで同じ路上にいたはずなのに、力強く走っているランナーたちは生命力にあふれ、まるで別の宇宙で、別の競技をしている手の届かないスーパースターのようだった。いつもぼくはこの街で、名もなきひとりぼっちの観客だった。今は違う、今はヒーローの一味なんだよう。
     エイドに預けていたヘッドランプを装着する。夕陽の薄明かりでかろうじて輪郭が見えていた街は、郊外に出る頃にはとっぷりと闇夜に包まれた。前後にランナーがいないため、コースが合っているのかどうか不安になり、分かれ道のたびに立ち往生しては時間をムダに費やす。ぼくは夜目の効かない鳥目でもある。
     夜の到来にあわせるかのように好調さはなりを潜め、両方の足は大砲の弾を仕込まれたかのごとく、ずっしり重くなる。その変化は急速に起こる。変化が急すぎて対応に苦慮する。原因も、とるべき処置もわからない。この文章を書いてる今ならわかる。嘔吐をはじめたのが50kmあたり。その後7時間むかつきから固形物をとらず、飲んだドリンクもすぐに吐き戻すのがつづいた。議論の余地もなくハンガーノックの典型、脱水症状のはじまりはじまりである。
     前に進む気力はあるのに、動けないのにイラだつ。
     道ばたにひっくり返る。休もう、3分だけだ。まだ時間はあるはずだ。3分の間に回復させるんだ。
     3分が経っても立つ気がしない。4分、5分と時が過ぎていく。おいおい自分よ、「どんなに潰れても一歩でも前に進む」なんてほざいていたのは誰だっけ。客観的に見るところ、失神寸前までも追い込まれてないよね。意識ははっきりしてるし、ロレツも回っている。精神的にはまったく正常。つまり重度の肉体的限界には達していない。それなのになぜぼくは、道ばたに倒れているのでしょうか。 (つづく)
    ※スパルタスロンとは、ギリシャで毎年行われる超長距離レースである。247kmを36時間制限で走る山あり谷ありの過酷な道のり。完走率は暑い年は20%、涼しい年は60%と気候の影響を受ける。
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    簡単にかわいく作れるアイデア満載のお弁当。
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    ■徳島を懐かしもうシリーズ
    思い出の吉野川遊園地
    ■人気校に潜入取材
    春の個別指導塾ガイド
    ■最新OA危機、セキュリティ、デザイン住宅
    オフィス・住宅の環境を整える
  • タウトク・CU・徳島人1月号 実売部数報告月刊タウン情報トクシマ1月号、月刊タウン情報CU1月号、
    徳島人1月号の実売部数報告です。

    タウトク1月号の売部数は、5,529部
    1501_タウトク部数報告.pdf

    CU1月号の売部数は、4,376部
    1501_CU部数報告.pdf

    徳島人1月号の売部数は、3,993部
    1501_徳島人部数報告.pdf
    でした。

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    長らく雑誌の実売部数はシークレットとされてきました。雑誌は、その収益の多くを広告料収入に頼っているためです。実際の販売部数と大きくかけ離れ、数倍にも水増しされた「発行部数」を元に、広告料収入を得てきた経緯があります。メディコムでは、その悪習を否定し、「月刊タウン情報トクシマ」「月刊タウン情報CU」「徳島人」「結婚しちゃお!」「徳島の家」の実売部数を創刊号から発表しつづけています。
  • うちんくの冷蔵庫、片付け大作戦!さらら2/5号 tokushinma-salala150205■勇気を出して、扉を開けるときがやってきた  
    うちんくの冷蔵庫、片付け大作戦!
    ●「徳島友の会」の方に聞く、片付けの極意
    〜買った食材をどういれるかが大事!〜
    ■めんどくさがりやさんのためのお風呂掃除術!
    ■風邪のひきはじめには、金柑酒!
    ■ホームパーティーのときのマスキングテープ使い
    ■喉が痛くなったときのレモンの紅茶シロップ