NEW TOPIC

2007年04月14日

タウン情報CU 5月号でとびっきり楽しい連休計画を♪ tokushima-cu0705特集1
●大人の連休計画 80
いよいよゴールデンウィーク!
童心に返ってモノづくり。大人の見学&体験、
まんが、人形、石…おもしろアートの世界、
最近できたオシャレショッピングスポットなどなど。
きっと行ったことないトコ80コースとりそろえました。
そして…

2007年04月13日

2007年04月11日

月刊タウン情報CU*3月号 実売部数報告 cu0703_busuu.jpg cu0703_suii.jpg

月刊タウン情報CU*3月号 実売部数報告です。
タウン情報CU*3月号の売部数は、
6422部でした。
詳しくは、上部に表記してある画像をクリックしてください。
メディコムでは、自社制作している「月刊タウン情報CU*」「月刊タウン情報トクシマ」「結婚しちゃお!」の実売部数を発表しております。

2007年04月06日

月刊タウン情報トクシマ3月号 実売部数報告 tautoku0703_busuu.jpg tautoku0703_suii.jpg

月刊タウン情報トクシマ3月号 実売部数報告です。
タウン情報トクシマ3月号の売部数は、
8155部でした。
詳しくは、上部に表記してある画像をクリックしてください。
メディコムでは、自社制作している「月刊タウン情報トクシマ」「月刊タウン情報CU*」「結婚しちゃお!」の実売部数を発表しております。

2007年04月05日

フリーペーパーさらら 4月5日号発行! salala0405今回の特集は、ウワサのおいしいお惣菜。
なんと「焼いて」「このネタ(お寿司)握って〜」「揚げて」など注文してから調理してくれるお惣菜や、この時間にいったら揚げたてが買える!お店を紹介。
また、たとえ遠くてもぜひ買いに行きたい地元で大人気の極うまおかずなども紹介しています。
好評連載「徳島人の法則」は、「晩ごはんのときには、お味噌汁を飲みますか?」を大調査しました。

2007年04月03日

タウトク新企画! 徳島の歌をつくろう! tokushimasong.jpgその歌を聞けば、徳島の街の風景がアタマに浮かんできて、徳島の街の人だけが自然と口ずさめて、そして徳島ローカルで何やら異様にヒットしているミュージック!そんな音楽をつくってみんなで鼻歌フンフンうたいませんか?
名づけて『徳島ミュージックグランプリ』。
そこで、ドツくかどうか
けっこうスレスレの判断をしている。こいつをドツくか、ドツかないか。
ドツくリスクはたくさんあるけど、ドツくメリットはほとんどない。
けど、そんなことはさておき、ドツこうと思うときがある。
計算なんてしてる時間ないのです。

文責=坂東良晃(タウトク編集人)

その日、徳島駅前はつきぬけるような青空と白い雲。
眉山の緑がゆれ、乾いた風がスッとふきぬける。すがすがしい午前である。クリーニングしたてのパリッとしたシャツに、お気に入りのネクタイ。う〜んこんな日は、「仕事やるぞー」って気になるよね。
そんな爽快ウキウキ気分で駅前某所を歩いていると、ベンチに大股で座っている二十歳前後の男2人。首や腕からジャラジャラとアクセサリーをぶらさげ、キャップをかぶり、ヒゲをモッサーと生やしている。横幅が狭い商店街の通路いっぱいに足を投げ出している。おばあさんが歩きにくそうに通路の脇を通る。自転車のおじいさんが男の足を避け、よろけて倒れそうになる。
男の1人が大きな紙くずを地面に捨てた。
ぼくの頭の中で「ミシッ」となにかがきしむ音がした。口が勝手に動く。「おい、ほれ捨てんな。拾え」と言ってしまっている。あーやってしもたー。当然、若者は逆ギレを起こす。「オッサンコラ、何が言いたいんなコラ」である。おお怖い。
しかしながら、平日の朝から仕事もしてないヤツにえらそうに言われたので、ぼくは急速に機嫌が悪化していく。紙クズを拾い、片方の男のひざの上にポイッと置く。男はその紙クズを遠くに投げ捨てる。
ぼくのイライラは頂点に達し、とにかく顔をくっつけてやりたい衝動に駆られる。一方の男の股の間までにじり寄ると、2人は立ち上がり、ぼくの胸ぐらをつかむ。アイロンの入ったシャツがゆがみ、ネクタイの形が無残に崩れる。ぼくはそのまま相手のほうに真っ直ぐ突進する。男の1人はベンチに足を取られ、うしろにひっくり返る。頭突きを何発か入れる。はずみでぼくのメガネが壊れてしまう。何年も愛用しているお気に入りメガネである。
完全にキレたサラリーマン姿のオッサンというのは不気味なのだろう。男たちは「ここで待っとけよお前コラ」と言って、仲間を呼びに行くそぶりをみせ去った。念のため3分ほどそこで待ったが帰ってこなかった。
口の中がちょっと切れていて、鉄の味がした。なつかしい感じだ。

20数年前、ぼくは阿南市の高校に通っていて、駅前でよく乱闘さわぎに巻き込まれた。といっても、たいていは殴られる側である。ほんとよく殴られた。
校内暴力の全盛期である。路上では知らない者が目が合うだけで火がついた。「ガンを飛ばしたか否か」が、あいさつのはじまりである。ドツきあいは、ドツきあいなりのルールがあり、たいていは頬っぺたか鼻を殴りあいっこする。そのあたりは殴っても派手に血がでるだけで、たいした怪我にはならないからだ。
ぼくはあんまし殴られるのは好きじゃない。汽車通の女子たちが見ている前で鼻からボタボタ血を流しているのは、かっこわるい。だから、一発目に相手の眉間か、眼球か、股間を殴るのである。このさい暗黙の了解は無視である。
相手は一瞬動けなくなる。スキをつくり、駅の改札の中に逃げ込む。改札まで追ってきたら、裏の田んぼまで逃げる。これが常套手段である。殴って、逃げる。それだけ。
当時のドツきあいは、今から思えば健全であった。一戦交える前に、みな自己紹介をしていた。
「わえは□□の△△やけど、お前、わえのこと知っとんかコラ」である。「われこそ、わしが□□の△△ちゅうことを知っとんかコラ」である。
かつて日本の武将たちも、果し合いの際は同じく名乗りあったと聞く。「やあやあ、われこそは○○藩は××が末裔、□□なるぞ。主君の名誉と〜」。まあ、当時は田舎のヤンキーたちにも、サムライ魂があったということか。

十代の頃は、しょっちゅう殴られたり殴ったりしていた。社会に出てからも殴られていた。
(前職の)土建屋の荒くたい男の世界では、暴力はあいさつみたいなものである。お気に入りのメガネはつぎつぎと壊された。前歯3本は折られてしまい、さし歯になった。口の中の切れた跡があちこちで肉芽となり、今でもモノを噛むときにじゃまくさい。
暴力によって命の危険にひんしたのは、インドとアフリカだ。インドでは強盗にナイフを突きつけられ、部屋の中に監禁され、何十分間も腹を殴られつづけた。胃を殴られるとゲロをもどす。インドの本職は、どこを殴れば精神的にきついかわかっている。プロには逆らえない。もっていた金を全部とられてしまった。全部といっても2000円くらいだが。
アフリカでは、カヌーで旅している最中に、周囲を3隻のカヌーに取り囲まれ川の上で組み伏せられた。6人のデカい男たちは、カヌー強盗である。ぼくを川に投げ捨て、ぼくの所有している丸太をくり抜いたカヌー(2500円で購入)を奪おうとした。川岸から百メートル以上離れている。泥水のような川に投げ捨てられたら終わりである。だが相手は、ドツきあいには弱かった。殴りあっているうちに、さっさとあきらめてくれた。そのかわり、敵の右ストレートで前歯をみごとに折られた。近辺に歯医者がなくて、こまった。

話はさかのぼる。
恥ずかしい話だが、15の頃、親父を殴ってしまったことがある。自分のやりたいことをどうしても理解してもらえなかった。親父は、ぼくに殴られた肩のあたりの腫れが引かず、しばらく病院に通った。親父もごく普通に鉄拳制裁をする人だったが、ぼくが殴った日から、親父は少しおとなしくなった。
晩年の親父は十数年間、癒る見込みのない難病と闘っていた。亡くなる寸前まで、親父はぼくに殴られた話をよくしていた。その話をするときは、親父はうれしそうに笑っていた。ぼくはその話をされると頭が上がらなくなる。とても情けなく、恥ずかしい話だからだ。ぼくが小さくなっているのを見て、親父は得意満面になっているのだ。
病気と闘っている親父はかっこよかった。多発性骨髄腫という病気は、全身の骨が骨折寸前の痛みに襲われる。腫瘍が骨を破るほどである。実際に骨折もした。しかし親父は、絶対痛いといわない。死が近づいているのを悟っても、どこまでも音をあげない。このかっこよさに二十年早くきづいていれば、親父の言うこと全部きいてやったのにね。

このごろは暴力を見かけることがなくなった。路上でのケンカなんぞ、何年も目にした事がない。学校では、先生がゲンコツで生徒指導すると、ちょっとした事件になる。お店で傍若無人にふるまう子どもを野放しにする親、うんざりするほど見かける。「パチン」と頬を張り、しつけをほどこすことを現代の親はしない。
周りに人がいる場所、始終監視された場所でのケンカや体罰が影を潜めた分、暴力は、家庭内の老人や幼児や女性に、あるいは学校や職場でのイジメにと、より弱い立場の人に向かっている。
暴力は匿名性のある場所で栄え、陰湿さを増している。
ニンゲンは、人間であるがゆえ自らを律することができるが、一方でニンゲンは動物でもあるから、怒りや暴力は抑えることができない。ニンゲンから暴力を奪うことができた国も、時代も、宗教も、今だかつて存在しない。ならば、いろんなサベツ問題と同じく、隠してしまうのではなく、日のあたる場所に引っぱり出してしまいたい。
スーパーで大暴れするおバカなガキのアタマを一発ポカッと殴って、しつけできない親に恥をかかせる社会でないと、ニッポンの暴力はもっと暗いものになっていく。叱られずに育った若者が大量生産され、傷つきやすいがゆえに社会適合できず、生涯ニート化したり、自殺率世界一の国を作っていく。

使ってはならない暴力と、使うべき暴力がある。理不尽なことを止めさせるときに体を張れないのは情けない。そういうときは暴力を使う。たとえ自分がお縄をちょうだいしても、ぼくより立派な部下たちがカイシャを運営してくれているので、後のことは心配しないでいいだろう。どうしようもないバカに右ストレート一発くらいお見舞いできないんじゃあ、なんかね・・・イマイチな感じでしょ。

2007年03月30日

今世紀最大の進化を遂げたタウン情報トクシマ4月号! tokushima-0704特集は「トクシマのザ・ベスト・オブうまいもん150」。
イタリアン、フレンチ、中華から食べ放題まで
全22ジャンルのマチガイナイお店を150店紹介しています。
コイツは保存版!
そして、ついに開幕した
「トクシマファッショングランプリ」。
ウワサのおしゃれさんも載っている!


2007年03月29日

2007年03月24日

冬の剣山
今年の剣山は雪が少なく、気温もマイナス5度くらいと温かく、厳冬期という感じてはなかった。あまりトレーニングができないのも困ったもんである。仕方なく毎日、眉山を四つんばいで駆け上がっているのである。
tsurugi2 tsurugui1 tsurugi3

2007年03月19日

結婚しちゃお!創刊号 実売部数報告 kekkon06sokan.jpg

結婚しちゃお!創刊号 実売部数報告です。
結婚しちゃお!創刊号の売部数は、
1636部でした。
詳しくは、上部に表記してある画像をクリックしてください。
メディコムでは、自社制作している「月刊タウン情報CU*」「月刊タウン情報トクシマ」「結婚しちゃお!」の実売部数を発表しております。

2007年03月17日

肯定論
なぜか仏のような澄みきった心根である。
何もハラがたたない、ありのままの今を受け入れたい気分なんである。
頭痛薬の飲みすぎだろうか。1週間に30錠は飲みすぎなんだろうねえ。

文責=坂東良晃(タウトク編集人)

毎日毎日、報道番組じゃあいろんなことが問題になっている。
いろんな立場の人が、いろんな発言をし、これではイカーン!と叫ぶ。
しかしホントにいかんのだろうか。どうでもいいことなんではないか?

■ちきゅう温暖化
地球には4万年〜10万年サイクルで氷河期がやってくる。いちばん最近の氷河期が終わったのは1万年前、現在は間氷期と呼ばれる時代である。
氷河期と氷河期のあいだにも「小氷期」と呼ばれるプチ氷河期があり、200年前まで北半球は小氷期に襲われていた。小氷期時代には、作物の不作から飢餓や疫病が蔓延し、たくさんの集落があったグリーンランドは壊滅した。あまりろくなことがないらしい。
このように長い時間をかけて、地球は温まったり冷えたりを繰り返す。次の氷河期がやってくるまでには5万年くらいあるとされる。いったん氷河期に突入すると数万年はつづくので、現在の文明はいったんそこでリセットされる。繁栄を築き上げた生命体が決定的な打撃を与えられるのは、温かい時代よりも凍った時代である。
熱帯の動植物の繁栄ぶりにくらべ、寒帯のそれはいかにも乏しい。地球の動植物は、気温の高いほうを好むのである。少しでも氷河期の到来を遅らせるために、地球を温めるのも悪くはないよねー。
それよりも「エコ商品」とかの名目で、どんどん新商品をつくりつづける製造メーカーの矛盾はどうなんだろうね。そっちの方がよっぽど地球資源の枯渇への道をつきすすめてると思われる。

■少子高齢化
狭い国土に人口が密集しすぎているのだ。
江戸時代3000万人、明治時代初期3500万人、明治後期5000万人、昭和初期7000万人。戦後の異常な出産ブームによって昭和42年には1億人を突破した。1868年からの100年間で、人口は一気に3倍も増加したのだ。
これを異常繁殖と言わざるして何とする。現在の少子化は、「神の見えざる手」による人口調整機能が働いているのだ。人口が減れば土地の価値が下がり、家が安く買える。職場の近くに住めるから都市部の通勤地獄はなくなる。自動車が減り、交通渋滞がなくなる。昔のような受験地獄とやらもなくなり、求人倍率があがって失業率が低下する。
人口密度が高すぎると、人間は他人と精神的な距離をとろうと努力する。密集した環境ではコミュニケーション過多になりストレスが増大する。そのため無関心という鎧をまとう。都市の住人、マンション住人に必要な処世術だ。
このまま少子化が進行し、5000万人程度まで人口が減れば、人間と人間の間に理想的な距離感がうまれる。そこで人口調整機能はいったん収束し、ふただび男女2人が2人の子供を産むという維持型に変化するだろう。
少子化により、若い世代が年金負担に耐えられないといっても、それは人口維持型社会になるまでのガマンだ。戦後、爆発的な人口増加により国際競争力が高まり、餓えのない立派な国家が作られた。さまざまな社会基盤も整備された。
現在の若い世代は、ぼくも含めてそのおこぼれを食らって楽ちんに生きている。だから、せめて年金負担する義務ぐらいは背負わせてやればよい。

■「下流階級」の増加
年収300万円=低所得者層などと称されるのは、世界広しといえどニッポンだけである。儲けすぎだ。
分不相応なブランドものを身につけ、車を生涯に5度ほど買い替え、住宅を1度は買う。つつましやかに一生をおくろうとするならば、そのような消費生活をする必要はない。
個人的充足感、他人に対する優越感、もっと便利にもっと楽にという欲望がそうさせる。こんな消費者たちがものすごいサイクルで買物をつづけて初めて、今の経済は維持可能型となる。しかしそんな快楽状態は長続きしないだろう。
欧州やアジアの古い街のように、1回建てた家を500年くらい修繕し続け住む覚悟があれば、生活費だけ稼げれば苦労はしない。
景気変動など気にしないところまで達観すれば、何も苦労はしない。
「下流階級」と呼ばれる、社会に無関心で向上心に著しく欠ける人たちの登場は、今の消費社会へのアンチテーゼである。資本のメカニズムが働けば働くほど、富は偏重する。「下流階級」は増大し、やがて新しい革命の火種になる。フランスの暴動はその前兆だ。少しずつしかし加速度を増しながら、その布石が打たれている。

■食品不安
人間が自分の糞尿で育てられない量や品質を農作物に求めはじめた瞬間に、食品は安全性を失ったのである。消費者が安価で美しい野菜を求めるなら、農家は農薬害虫をコントロールし、土壌を化学物質で肥やすしかない。
安価で、美しく、化学物質で汚染されない食べ物なんて、無理な注文である。消費者はムチャを言いすぎなのである。そのような身勝手な消費者がいる限り、企業の偽装表示は巧妙さを増していくだけだ。自分の排泄物で田畑を肥やす覚悟のある人だけが、安全な食料を口にしてもよい。

■敵対的買収
企業は、人間の労働力や地球資源という本来はお金には変えられないものに対し、ムリヤリ値段をつけて売り買いをしている。それが資本主義というものであり、株式会社を経営する者なら、そういった資本主義の仕組みはわかっておくべきである。
人や自然に値段がついているのだから、企業の売り買いなど簡単にできるのが自然だ。上場企業ならば自分の会社の価格を万人に公開しているようなもんだ。株券を市場に売りに出すというリスクを犯し、莫大な資金を調達するというメリットをとってきたのだから、今さらいい歳をした老人経営者たちが「会社を買わないでくれ」なーんて、何を言っているのだろうか。
本当にヘンな人が多いな、特にメディア人には。

■寄付されないほっとけない世界の貧しさ
「ほっとけない世界の貧しさ」を訴え、手首にホワイトバンドを巻くのが去年はやった。
ホワイトバンドの購入費がほとんど寄付に回されてないと知ってガッカリしたり、文句を言う人がいたが、あのCMのうさんくささを見たんなら、最初から怪しいと思わないといけない。そもそも300円程度払って、きれいにパッケージされた商品を手にし、慈善心を満足させてもらったうえで、更に寄付にまでお金が回ると考えるほうがおかしい。要するに最初から自己満足なんだから、あとでぐぢぐぢ文句は言わないこと。本当に「貧しい人たち(このフレーズ自体、上目線すぎる)」とやらに直接寄付したければ、チャラチャラしたもの買わなくても、いくらでもまっとうな寄付団体はある。

■外来品種のペットの放棄
有史以前より動植物は他の移動する物体・・・風や海流、動植物、人間によって、移動し続けてきた。すべての大陸で繁殖する人間なんてその最たるもの。馬やラクダの背に乗って、アフリカ大陸から全世界に拡散したのが人間だ。ブラックバスなどの外来品種が、ニッポンの湖沼で生態系の上位に立つことによって、希少品種の絶滅が心配されている。
しかし、なぜ動植物が絶滅寸前の希少品種になったのかといえば、人類がまとう衣類やアクセサリー、食料品として消費されてきたためだ。
あるいは人間が安全に暮らせる村・都市づくりのために、殺害捕獲され、絶滅に追い込まれてきたのである。多くの動物を肉をむさぼり食いながら、小さな虫や川魚やカニの未来を愁う。それが人間のかかえた矛盾である。

■マンション違法建築・偽造建築
一戸建てを建てる場合なら、多くの施主は時間を惜しんで建設現場を見に行く。基礎工事はちゃんとしてくれているか、間取りは注文どおりか、梁や柱をいいかげんに建てていないか。
同じ不動産物件であるマンションを買おうとするとき、飼い主はディベロッパーに対してあまりに全幅の信頼を置きすぎであったのだ。「パンフレットに安全設計だと書いてあったから信用した」ではだめなのだ。だってパンレットっていうのは、売り主が勝手に書いて、勝手に印刷したものだ。その内容が正しいかどうかなんて、第三者は誰も認定してないんだからね。相手を信じすぎだ。

■個人情報保護
個人情報など気にしない。へたに貯め込もうとするから自分の情報流出が気になる。金がなければ、何も気にならない。

■ニート
一般的には、働く気がなく、向上心を失ったダラけた人たちのことを指すが、それで食っていけるんならそれでいいんじゃないか。不労所得があり、住む家もあり、特にぜいたくもする気がないのなら、逆になぜ働く必要があるのか?
ニートが働かないおかげで、働いている人へ富(資産)が徐々に移行するのである。お金持ちが必死に働けば、ますます富がその人に集中してしまう。そりゃ困るよ。
金持ちの三代目はバカって決まっている。それも「神の見えざる手」によってバランスが計られているのだ。だから親が財を成したお家の息子さん、娘さんはニート化してもらい、働かなくてよろしい。今は食っていけても、50歳になったあたりで悲惨なことになるのは目に見えるが、若いとき楽したのだからそれでよい。
親の蓄財分が、まじめに働いている人に移行していくのだから、それでいいではないか。

■喫煙
酒がOKでタバコがNG、という理論の根拠がわからない。
酒を飲んでいる人に殴られたことはあるが、タバコを吸っている人にからまれたことはない。
酒に溺れて家庭をこわした人は知っているが、タバコに溺れて家庭をこわした人は知らない。
飲酒運転で人を殺した事例はたくさんなあるが、喫煙運転の問題はあまり聞かない。
喫煙は、呼吸器や循環器系の病気の確率をあげることは事実だろう。しかし、人間は何かをやるために何かのリスクを選ぶ。
自動車運転のリスクは年間9000人の死亡事故として現れているが、だからといって運転をやめたりはしない。
タバコよりも化粧品や食品に含まれている化学物質の方が、長期的には有害ではないと誰が言い切れるか。喫煙者はどうどうと喫煙権を主張しよう!

■ふたたび株価上昇
バブルに熱狂し、はじけて底に沈んだ15年をすっきり忘れ去ってふたたび狂える素敵なニッポン人に乾杯。

2007年03月15日

CU4月号でお気に入りのカフェを見つけちゃお! tokushima-cu200704特集1
●とくしまのカフェ&スイーツ 大好き200店
駅前カフェや海辺カフェ、隠れ家的珈琲店などから
乙女心をくすぐる苺たっぷりスイーツ、
匠の技が光る和菓子などなど…
2007年最新版の徳島人気カフェ&スイーツが勢ぞろい!
そして…
さらら 3月15日号発行しました! salala0315今回の特集は、玉子のスマイルレシピ!
朝食・メイン料理・添え物・おやつ何でもに使える
万能食材「玉子」の簡単レシピを紹介。

みそと和えて、
寿司めしと合わせて、
食パンにのせて、
いろいろ茶碗蒸し…
などなど、すぐに作れる玉子料理プラス
玉子を調理するコツも掲載しています。

2007年03月09日

イージーな場所からはじめよう
なにかをやるのに勇気とかはいらない。
そんな七面倒くさいことよりも、じぶんがアホであることに気づけばよい。
多芸多才な人物などそうはいない。普通の人は1コか2コくらいのことしかできない。
ぼくなんかそれすら満足にできたためしない。だから、その1コのことしかやることねーんだ。
そんな感じでやっていけばいいのだ。

文=坂東良晃(タウトク編集人)


ぼくは昔、ひきこもっていたことがある。
そんなに長い期間じゃない。はっきり思い出せないが、1年までは長くない。
ひきこもった理由は、自分でもよくわからない。そのときぼくは18歳であり、とりあえず何をしていいか、わからなくなってしまったのだ。
学校を辞め、仕事もせず、何もせず、遊ぶお金もなく、日のあたらない部屋でじっとしているのが、もっとも楽ちんな生き方であった。家賃1万2000円のボロアパート部屋にトイレはなく、牛乳パックの中にモヨオしたものを放出していた。食事はほとんどとらず、体脂肪がなくなり、背中で腕が組めた。相当ひどい状態であったことは確かだ。
自宅ではない都会の片隅のだったため、ほんとうに長い間誰とも話さなかった。部屋から出たときは外の景色がすごく白く見えた。人と話をしはじめたときにはロレツが回らなかった。

ひきこもり中、かろうじて、かすかに、蜘蛛の糸でつながった程度の細い希望があった。
アフリカにいってみたいということであった。ぼくは子供の頃からアフリカが好きであった。「アフリカの動物図鑑」という写真集は500回くらいながめても飽きなかった。アフリカにいけば、確かに自分の生きていられるスペースがあるんじゃないかと思っていた。
「これをやりたい」というような前向きな目標ではなかった。「それくらいしかやることがない」というたったひとつの残された選択肢であった。それ以外に、やることがないのである。だからぼくはアフリカに向かった。アフリカには1年チョイいた。濃密な1年チョイだった。そこで何があったかは長くなるのでまた話させてね。

そんな感じで10代から20代にかけてバックパッカーを4年間やった。
バックパッカーとは、何もしないでも構わない気楽な場所を見つめるために、ボロ雑巾のような身なりで、食うや食わずで過酷な移動をしつづけるという、おおきな矛盾をかかえた生物である。
バックパッカーの一日は長い。
1泊100円程度のホテルはアジアにはざらにある。特にインドや中近東には、1泊50円を切るような大部屋がある。土の上にムシロをしいただけの宿もあれば、ちゃんとしたシングルベッドをあてがってくれる宿もある。シラミとノミとダニだらけだが。
朝は眠れるだけ眠り、もうこれ以上マブタを閉じることができない!というトコまで寝る。
起きればすでに日は高い。のろのろと服を着替え、枕もとのフルーツを食べたり、 ぼーっと天井を見たり、2度読んだ小説の3度目を読みはじめたりする。
夕方くらいに服を着て、街をぶらぶら散歩する。特に用事もない。あまりに長く同じ街にいるので、いろいろな店の人と顔見知りになっている。新しい店に入るのは面倒くさいので、ほぼ毎日同じ店に入る。お茶と野菜いためを注文して、そのまま店に居座る。誰か知り合いの人が現れたら2時間くらい話しをする。お茶を5杯ほどお代わりしているうちに、深夜になり店じまいとなる。仕方なく部屋に帰り、まどろみが深くなるまでハッパの香に酔う。明け方になってようやく眠くなり、服を着替えることもなく、ごろっと横になり眠る。

こんな自堕落な生活を、何カ月もつづけるのである。な〜んにも生産もせず、労働もせず、メシを食って、本読んで寝ているだけなのだから存在意義などまったくない。生産せず消費は一人前にするという生態系に入っているのかいないのか不明生物である。
このように、バックパッカーの生活内容は「ひきこもり」と同然である。「あの人、部屋にひきこもってる」と言えば、大丈夫ですか?と心配されたりするが、 「あの人、世界を旅してるらしい」と言えば、いいねえとうらやましがってくれる人だっている。しかし、両者やってることは大差ない。

今、ニッポンのひきこもり人口は80万人とも120万人とも言われている。それぞれの人が、それぞれの理由でもってひきこもり、あるいはぼくのようにたいした理由もなく部屋と一体化する人もいるのだろう。
誰からも同情されるような辛いきっかけもあれば、そんなつまらないことで・・・と舌打ちされるも人もいるのだろう。
よく社会問題にまつりあげられるひきこもりはニートとともに「GDPを○パーセント引き下げる」などと、勝手に経済予測に組み込まれたりもしている。ひきこもりたちが、GDPに悪影響を与える以外に、どれほど社会に対して負荷を与えているのかは定かでない。
タダメシ・カラ出張・過剰な退職金などと税をムシバむ役人や議員のオッサンどもや、性的倒錯を隠して教師になるキモ男や、おせっかいこの上ない環境保護運動家とくらべて、どっちが社会的害悪なのか。

今ぼくの周りにも、部屋から出てこれない人たちが何人かいる。彼らの気持ちはさておき、家族は疲弊する。10代のうちはまだいい。20代、30代、40代と年齢を重ねてくると、親は疲れ、そして老いていく。子供がいる二階の部屋まで食事を運ぶことも重労働になってくる。近所・世間の目も、たいへんな重圧となって家族を刺す。親は、自分亡きあとの子の行く末を案じて、朝に夕に暗澹たる気持ちになる。このような状況は、決して幸せなものではない。

ひきこもっている人たちが、このタウトクのような「いざ外に出よう」的な情報誌を読む可能性は少ない。しかし、何かの手違いでこの雑誌が手元に届き、このページを読み、奇跡的にこの行まで読み進んでいるとしたら、あと少しだから、最後まで読んでください。
キミが脱出する場所は、そこの部屋の中じゃない。気楽な場所は、じつはアチコチにたくさんある。意外と楽しく、誰からも干渉されない場所がある。
蒸し暑い工場の中、鉄くずだらけの作業場の隅、まっすぐな夜の道を走る運転席の中、 単純作業がつづく深夜の構内、コンクリートを型枠に流し込む工事現場・・・。そういった場所では、律儀な人たちがキミにやるべきことを与えてくれる。今日やるべきことをやることだけを考え、なるべくきっちりやる。明日のことは明日考える。あまりしゃべる必要はない。ただもくもくと生きてみる。周囲の人たちは、わりと優しい。

それから、こういうことする人は少ないかもしれないけど、おすすめします。
すこしお金がたまったら・・・15万円くらいで十分なんだけど、お金持ちのあまり住んでない国・・・平均的に豊かじゃない国に出かけてみよう。アジアなら、バングラディシュ、ラオス、カンボジア、インド。田舎に行けば、10万円あれば1年くらい余裕で定住できる。
そして、そこで何カ月か、何年かくらしているうちに、今までとても重要だと考えていたことが、ささいな、つまらない、どうでもいいことだったと気づく日がくる。
ぼくは旅先で、たくさんの「ニッポンでは生きられない、って主張する人」たちにであった。そんな相当問題アリな人物でも、何年か旅しているうちになんとなく自然と帰れるようになるのだ。不思議なものでね、気持ちが平坦になるんだね。

ぼくは今、けっこう普通の社会生活をおくっているけど、やっぱしアフリカにでかけていったときと同じで、「これしかやることがない」という 1つの選択肢(選択肢とは言わんか・・・)のなかで生きている。それが「雑誌づくり」ということでコノ文章を書いているわけだが、やることが1つしかないと、とても気楽になる。なんも迷いがないからだ。「あーでもない、こーでもない」と考えることがまったくない。要するにアホの悟りである。

自分が死ぬまでに選ぶたったひとつの選択肢は、そうそう見つかるもんではない。多くのニッポンの若者は、自分にいろんなことが出来そうであるがゆえに、迷ったり悩んだりしている。実際はいろんなことなどできないのにね。可能性は無限なんかじゃない。超有限だ。
50歳になっても、70歳になっても、「自分の人生これでいいのかなあ」と迷っているおじさんたちもいる。どっちかいうと、その方が多い。迷ってるほうが一般的だ。
だから、キミも何年かけてもいいのだ。なにかがひらめくまで部屋ん中で考えるのもいいけど、部屋の外にもイージーな場所はたくさんある。だから、出ようかどうか考え中の人は、外に出たほうがよいとおすすめする。
気楽な場所で、気楽に考えたら、そのうち答えも見つかるだろ。

2007年03月08日

月刊タウン情報CU*2月号 実売部数報告 cu0702_busuu.jpg cu0702_suii.jpg

月刊タウン情報CU*2月号 実売部数報告です。
タウン情報CU*2月号の売部数は、
6406部でした。
詳しくは、上部に表記してある画像をクリックしてください。
メディコムでは、自社制作している「月刊タウン情報CU*」「月刊タウン情報トクシマ」「結婚しちゃお!」の実売部数を発表しております。

2007年03月07日

月刊タウン情報トクシマ2月号 実売部数報告 tautoku0702_busuu.jpg tautoku0702_suii.jpg

月刊タウン情報トクシマ2月号 実売部数報告です。
タウン情報トクシマ2月号の売部数は、
8672部でした。
詳しくは、上部に表記してある画像をクリックしてください。
メディコムでは、自社制作している「月刊タウン情報トクシマ」「月刊タウン情報CU*」「結婚しちゃお!」の実売部数を発表しております。

2007年03月04日

ビーチ漂流記参 フィリピンのボラカイ島(今宵は大火事なり)
shima3ビーチ通りに立ち並ぶレストランやカフェは100軒を超える。夜ともなると世界中の美食がここに終結って感じの光景が見られる。インド、イタリアン、メキシカン、ジャマイカン、ネパール、ポルトガル、タイめし、中華、和食など、まさに玉石混合、なんでもありのグルメテーマパーク的様相を示している。
ハングル語が目立つ。コリアンメニューや韓国焼肉の専門店が50メートルに1軒は店を構えている。「モンゴリアンバーベキュー」も人気だ。30種類ほどの食材を、丼に山盛りにして一気に鉄板で焼く。これが正統なモンゴル料理だとはにわかには信じがたいが・・・。
カフェやカウンターバーが多い。いくつかのカフェは、夜になるとバイキング料理店に変身する。シーフードが10品くらい、野菜サラダや、フルーツ、スープもあって、240円ほどで食べ放題だ。こりゃ安い。
ビーチに面した店はみな、砂浜にテーブルと椅子を並べキャンドルを灯す。そして、周辺のヤシの木々をライトアップするのである。ヤシの木に囲まれたスペースに1客ずつダイニングテーブルを用意する店もあり、恋人たちは海と星空を2人占めできるという趣向。シーフードや肉を網焼きする白煙がもうもうと立ちのぼる。アコースティックやロックバンドの生演奏を聴かせる店も10軒ほどあり、お金がなくてもビーチに寝っ転がって音楽を聴ける。
かくして、ビーチ通りは匂いと音楽と光にあふれる。
物売りの子供たちが、光るアクセサリーを振り回し、通りを闊歩する。誰もかれもが同じ商品を売っている。観光客に声をかけるでもなく、売り子はただ商品を振りまわしているだけ。何やってんだろ。あるいは極彩色のネオンサインの横で、物乞いの女性や子供が、路上に並ぶ。服装はボロきれであり、髪の毛は何年も洗っていない。このような乞食を、この島は排除しないのである。
おそらく大半のリゾート島なら、彼らのような存在を強引に無いものとするだろう。ぼくの目には「寛容な世界」と映るけど、ごく普通の観光客にとっては、えぐい光景かもしれない。彼らは砂浜にべったりと座り込んでいるだけで、あまり積極的にはモノを求めない。だから収入もほとんどなさそうである。いずれにしても、商売っ気のないのがこの島の住人の特長であり、そんなことで食いぶちにありつけるのだろうかと、逆に心配させられる。

何日間かホワイトビーチをうろうろしているうちに、理想のバンガローを発見した。「モナリザ・イン」はツイン1泊5600円だが、窓を開けるとすぐそこが海辺である。宿の入口に「セックス目的の旅行者お断り!」との大きな貼り紙がある。何十年も使われている磨きの入った床材が美しい。
気性の強そうな女性オーナーがホテルの隅々まで管理し、ゴミひとつない状態をキープしていることがわかる。海に面したデッキに重厚なハンモッグが吊るされていて、読書にうってつけだ。迷わずいちばん海に近い部屋にチェックインする。夕暮れどきに、水平線に沈む夕日が窓の障子をオレンジに染める。
で、出発までの数日をこのお気に入りの宿ですごすうちに、とんでもないことが起こってしまった。いつものようにお昼からジョギングと水泳と筋トレをし、夕刻のまどろみをむさぼっていると、外から絶叫とも悲鳴ともつかない声が聞こえ、目を覚ます。
ねぼけマナコでドアを開けると、外は戦場のようになっていた。宿の裏側にある市場からオレンジの火柱があがっている。乾いたヤシの木の皮が、巨大な火の粉となって強風にあおられこっちに向かって飛んでくる。その火の塊がバンガローの屋根に落ちると、たちまち屋根が猛火につつまれる。2分としないうちに、右も左も火の海と化した。
パスポートが入っているザックをつかみ部屋を逃げだすと、あたりは黒煙でつつまれている。目に激痛が走りまぶたを開けることができない。炎が熱風をなり全身をたたく。熱い。
プロパンガスのボンベに引火したのか、背後で爆発音が連続する。空から爆撃をうけているような感じ。幸いかな一番海に近い部屋だった。目は見えなくなったが、海の方向だけは把握している。
ぶじホワイトビーチに逃げたら、千人ほどの絶望的な顔をした村人や旅人が立ち尽くしている。火の粉をかぶった人が海に飛び込み、家財道具や店の商品を棚ごと背負った人たちが、白砂の上に荷物を積み上げていく。
部屋を脱出した5分後には、ぼくのいたバンガローの屋根が発火し、数分で建物全体が崩れ落ちた。村じゅうの人たちが、大声をあげながら海の水をバケツリレーで運び、鎮火させようとしているが、猛火を前にあまりに無力である。
火はつぎつぎと燃え広がり、島の集落数百軒を焼く大火事となる。
「タリパパ」と呼ばれる島最大の商店街や、島唯一の市場のすべてを焼き尽くして鎮火するまでに、それからまるまる1日を要した。荷物はみな焼けてしまった。あのとき、村人の叫び声で目が覚めなければ死んでいた。

人間の生死などどこに境目があるかわからないなと思う。火事から2日たって、まる焼けになった「モナリザ・イン」の女性オーナーに宿代を払いにいった。オーナーは瓦礫の跡片付けをしていた。そしてぼくの姿を見ると懐かしそうに微笑んだ。
「あんた生きていたんだね。心配したよ。こっちはごらんのとおり何もかもなくしてしまったよ!
お金も何も残ってないよ! けどあんたが今くれたお金で今夜の食事は豪華にできそうよ、ワッハッハ!」と近所のおばちゃんたちと「ラッキー、ラッキー」と盛り上がっている。黒炭が林立する焼け焦げた愛するホテルを前に、ふつうなら絶望しそうなものだが、前向きに生きる人間の心根というものは凄いものだと胸を打たれる。

はてさて、「たまの休暇を楽しむサラリーマンによるリゾート島紀行」だったはずのこのリポートは、
かくして壮絶な幕切れとなったわけです。さて、この島の評価はどうしよう?
ビーチの環境 ☆☆☆☆☆
食べ物 ☆☆☆☆
ホテル関係 ☆☆☆
街の楽しさ ☆☆☆
治安 ☆☆☆☆☆
こんなとこなのかなあ。ぼくとしては、アジアビーチとしては最高評価に近いです。この島は6月から雨季に入るという。といっても、雨がザーザー降りになるわけでもなく、晴れの比率がいくぶん落ちるくらいと考えておいてよさそうだ。
風はめちゃ強いらしいけど、ウインドサーファーにとっては悪くない環境だ。宿によっては料金が30パーセントほど安くなり、観光客も少なくなって実はねらい目なのだそうだ。・・・とお勧めしすぎるのもどうかと思います。雨季に行ったことないしね。みなさん試してみてください。