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2010年10月05日

月刊タウン情報トクシマ9月号 実売部数を報告1009_タウトク部数報告.pdf

月刊タウン情報トクシマ9月号 実売部数を報告します。タウトク9月号の売部数は、
7,946部でした。詳しくは、上部のファイルをクリックしてください。
メディコムは、「月刊タウン情報トクシマ」「月刊タウン情報CU*」「結婚しちゃお!」の実売部数を創刊号から発表しつづけています。

雑誌の実売部数を発行号ごとに速報として発表している出版社は、当社以外では日本には一社もありません。実売部数は、シェア占有率を算出し、媒体影響力をはかるうえで最も重要な数値です。他の一般的な業界と同様に、出版をなりわいとする業界でも正確な情報開示がなされるような動きがあるべきだと考えています。わたしたちの取り組みは小さな一歩ですが、いつかスタンダードなものになると信じています。

2010年09月30日

バカロードその16 スパルタスロンへの道 2 連戦連敗の夏
文=坂東良晃(タウトク編集人、1967生まれ。18〜21歳の頃、日本列島徒歩縦断、アフリカ大陸徒歩横断など約1万キロを踏破。男四十にして再びバカ道を歩む、か?)

(前回まで=超長距離走の世界最高レースともいえるスパルタスロン。246キロを36時間以内、完走率30%前後の過酷なレース。実力をわきまえずエントリーしてしまったバカ男は、特訓と称して裸足で走りはじめたり、モヤシばかり食べたりと、怪しい方向へと道を踏み外しつつあった)


 スパルタスロンにゴールテープはない。
 レオニダス王の巨大な像の足の甲に触れる。それがゴールの証しである。紀元前480年、たった300名の兵を率い、100万人の軍勢を擁するペルシア軍に戦いを挑んだ(まゆつばな話)英雄レオニダス。そのゴールに直立する像の足元には、「欲しくば獲りに来い」と書いてある。
 なんと短く、誇り高く、人の心を動かす言葉か。
 求めるものは向こうから転がり込んではこない。自分から進んでいかなくてはならない。逆に考えるなら、目標は逃げはしない。レオニダス王は2500年もの間、スパルタに立っている。その場所に、自分の脚で、行けばいいだけのことだ。

 スパルタスロンという大一番に向けて、この夏ぼくは伝説ともいえる快進撃をつづけた・・・というストーリーであるはずだった。
 しかし現実の人生は、司馬遼太郎が描く剣士ほどに波瀾万丈ではなく、スコット・フィッツジェラルドの造り出す主人公のようにお洒落にはいかない。
       □
 6月初夏、今年も北海道の東のさいはてを訪れた。
 「さいはて」と呼ぶと地元の人に失礼なのかなと思う。ヨーロッパ人に日本を極東(ファー・イースト)と呼ばれるのと同様だ。東の極みってどーゆーことよ。お前ら中心に物事を考えるなコノヤロー、となる。いや極東と当て字をしたのは他ならぬ日本人自身か。    
 「さいはて」は漢字で書けば最果て。最も離れた場所って意味。地元民はそんなこと他人に言われたくないだろう。と思いきや、道東(北海道東部)に行くと、あちらこちらの看板に「さいはて」という言葉が踊る。さいはて市場にさいはてラーメン、旅情が観光産業をうるおし金を生むんだから、自ら最果てを名乗るもアリか。
 地元民の思いはともかく、ランナーにとってはこんな果ての地まで向かうことに大きな意味がある。仕事を休み、飛行機を乗り継ぎ、空港からレンタカーやバスで何百キロと移動してでも出場する100キロレース。サロマ湖100キロウルトラマラソンは、他の和気あいあいとしたウルトラ系の大会とは違うガチ勝負の緊張感がある。
 サロマは、ぼくにとって特別なレースだ。はじめて100キロに挑戦したのがおととしのサロマ。80キロの関門を超えて気を失いリタイアした。はじめて100キロを完走できたのも、このサロマ。1年前だ。記録は11時間45分。
 それから1年間に100キロ以上の大会を7本走り、ずいぶん自信をつけた。練習で走る30キロや50キロのペース走の感じなら10時間を切るのはさほど難しいことではなく、今年はうまくいけば9時間も切れると踏んでいた。
 スタートからキロ5分で入る。後半多少ペースダウンしても8時間台を出せるペースだ・・・という目論見は、わずか30キロで瓦解した。前日、開催地である北見市は気温37度を記録。地元テレビのニュース番組は、6月の観測史上、過去最高だと繰り返した。レース当日も、午前中から気温はぐんぐん上昇30度に達し、10キロをすぎると噴き出す汗でシューズが水浸しになった。タッポンタッポンと重くなったシューズを恨みながら、ほどなく強烈な疲労感が襲ってきた。「なぜこんな早くへばるのだ?マジか自分?」と責めてもどうにもならないのがマラソンってヤツである。マラソンはメンタル・スポーツと言われるが、一度へばった身体を精神力で蘇らせられるほど甘い競技でもない。クリーンヒットされヒザから崩れ落ちたボクサーが、根性では立ち上げれないのと同様だ。
 30キロで目標タイムをあきらめ、50キロでサブテンをあきらめ、60キロで自己ベスト更新をあきらめた。エイドで立ち止まらないという自分ルールを捨て、絶対にレース中に歩かないという鉄則も投げ捨てた。その先は、あきらめるモノも捨てるモノも見当たらなくなった。
 72キロのエイドでトイレに入り、お小水の準備にとわがナニを取り出すと、その先っぽが今まで見たことのない色・・・真紫色に変色している。もしかしてインポテンツになるのではないかとの恐怖におののき、「不能か、完走かの二者択一ならどっちを選ぶか」などと下らないテーマについて1時間も考えながら走った。
 やがて何もかもあきらめきったあと、せめて完走だけはという最低レベルの蜘蛛の糸にだけはしがみつき、12時間05分ゴール。よれよれで初完走した去年よりさらに20分も遅い。「サロマは暑すぎた」。それが自分を納得させる唯一の失敗理由だった。要するに、自分のせいじゃないって!

 7月、高知・汗見川清流マラソン。去年まではのんびりした田舎の行事って雰囲気だったが、今年からランナーズチップが導入されたり、木造のゴールゲートやら特産品マーケットなどが用意されたりして、立派なマラソンイベントに変わった。過去の9.7キロという中途半端な距離設定も、きちんと計測されたハーフマラソンの距離になった。中間の折り返し地点までは延々と登り、復路は下るだけ。キツい終盤のほとんどを下っていけるのはラクなコースといえる。最低でも1時間35分で走りたい。夏場にそれくらいのタイムを出しておけば、冬には1時間20分台にもっていける。道路の電光掲示板は朝から気温32度を示している。今日もまた激暑の予感がする。
 蛇行する山道をイーブンペースでゆく。坂道といってもトレイルレースに比べたら平地みたいなもん。登りながらキロ4分30秒でラップを刻んでいる。こりゃ後半の下りで4分10秒くらいまで上げれるから、とんでもないタイムが出るね!なんてウキウキ気分の痛快通り。
 ところが折り返しをUターンすると、身体が自分のもんじゃないような重さ。下り道だよ、楽勝の予定だよ、今からスピードアップするはずだよね。思いとはウラハラに脚には鉛、腕には鉄アレイ、頭は孫悟空を戒める輪っかがハメられたよう。やがてキロ4分台を維持できなくなり、5分30秒に落ち込む。筋肉が収縮を忘れ、タプタプした水袋になったかのよう。重いだけで仕事をしない。残り3キロ、ついに走れなくなり立ち止まる。道路脇に山水が噴きだしているパイプがあり、頭からドゥドゥと水をかぶる。不自然なほど全身びしょ濡れになってゴールするとタイムは1時間49分。服もシューズも着けたまま、水道水をホースで全身に浴びせながら、ハーフマラソンですら「完走」できないのかとうなだれる。
 「汗見川は暑すぎた」。練習のタイムトライアルでは、1000メートルでも、5000メートルでも速くなっている。レースに限って失速するのは「暑すぎるから」。そうに違いないって!

 8月、北海道マラソン。夏場に行われる国内最大規模のフルマラソンの大会だ。おととしまでは制限4時間のシリアスレースだったが、去年から5時間に緩和され多くの市民ランナーが参加できる大会になった。とはいえ実業団選手にとって世界選手権の選考レースであり、札幌の中心街を駆け抜けるコース設定、テレビの生中継もあって、華やかで洗練された大会であることに変わりはない。
 最低でも3時間20分を切りたい。ゆっくり入って、25キロから徐々に上げていき、35キロから全力モードに入る、というレース計画でのぞむ。
 スタートの号砲が鳴る。極限まで脱力し、どこの筋肉にもいっさいの力を入れない、という意識を確認。「これはジョグだ、25キロまではジョグだ」とぶつぶつ唱える。
 息も切れず、沿道の応援に笑顔でこたえ、すがすがしく前に進む。キロ4分40秒前後でラップを刻む。これだけ力を入れずにこのタイムなら上出来。後半にたっぷり余力を残せている、と嬉しくなってくる。ただ両方のヒジから、したたるように汗が落ちていく。この分じゃ2〜3リッターはすぐに流れ出てしまいそうだ。
 20キロ手前で腕時計に表示されたラップタイムを見て、目を疑う。5分42秒で止まっている。距離表示の間違いかと思う。いやしかし日本陸連の主催大会で距離間違いなどあるはずがない。次の1キロは5分22秒、その次も5分41秒。勝負所の25キロのはるか手前で失速開始だ。「またかよ」と思う。サロマ、汗見川、そして北海道。いずれも終盤の勝負ポイントのはるか手前で自滅がはじまり、あとは対処しようがなくなるの繰り返し。
 1キロに6分かかりはじめる。何もかもから逃げだしたくなる倦怠感。水分補給しても胃から喉に逆流する。1キロが本当に遠い。走っても走っても次の1キロの看板が見えてこない。
 40キロ手前で脚がつるかつらぬかの微妙な状態がつづき、この感じから逃げたいと立ち止まって脚の屈伸をすると、そのまま完全に痙攣がはじまった。道路脇の街路樹のたもと、土のうえに座り込む。股関節と両脚と腹筋が痙攣して、どの関節も曲げられない。下半身をピンと伸ばした変な格好で、痙攣よ治まってくれと嘆く。
 ふと見れば、あちらこちらでランナーが倒れていて、大会スタッフが介抱している。担架が運ばれたり、サイレン音も高らかに救急車が近づいてきたり。大会スタッフがこっちに気づきにじり寄ってくる。ヤバイ、このままだと病院連行だ。ムリヤリ笑顔を見せ「ちょっと屈伸してまーす」と元気に挨拶、ヨッコラショッと立つフリをする。
 どんな落ち込んでもせめてサブフォーだけは、と攣ったままの脚で歩きはじめる。歩幅はわずか30センチのよちよち歩き。結局、40キロからの2.195キロに20分以上かかりゴールラインをまたげは記録は4時間05分。さて今回の失敗の言い訳は何にしようと考える。「札幌は暑すぎた」。そろそろこの理由は通用しなくなってきたんじゃないか?

 9月、猛暑はおさまる気配もない。東京で行われる神宮外苑24時間チャレンジは、24時間走世界大会の日本代表を決める重要レースだ。1周1.3キロの周回路を走り、24時間で走破した距離を競う。200キロを越えたら一流どころ。日本代表に選ばれるためには230キロ以上は稼ぎたい。
 しかしぼくときたら、この夏ハーフ、フル、ウルトラと、3本のレースすべてに失敗し、その悪夢を払拭しようと月間500キロを走り込み続け、肉体も精神も疲労困ぱい模様である。何かを達成したトップアスリートでもないのにバーンアウト状態。走る前からヘトヘトなのである。
 再び気温34度の熱帯日和のなか、直射日光を全身に浴びながら、黙々と周回路を走る。いや、やはり走れない。24時間走という競技は、この日に向け1年間きちんと準備をこなしても厳しいものなのだ。走る前からフラフラの人間に何ができようか。10時間もかけて80キロをようやっと過ぎたあたりで、それ以上走る気力が失せ、自ら走路を外れてアスファルトの地面にうつ伏せる。少し眠れば体力も回復するかと睡眠を試みたが、大会テント用の発電機のエンジン音が耳をついて眠れない。ムリにでも寝てしまおうと睡眠導入剤を飲むと、眠れない代わりに、江戸末期の庶民のような「ええじゃないか」的な投げやりで浮かれた気分に満ちてきた。もうこれ以上は走れはしない、ほれでええじゃないか。自分は弱い、そう認めざるを得ない、ほれでええじゃないか、ええじゃないか。
       □
 スパルタスロン出場に向けてこの半年、めいいっぱい走り込んだ。当然、走行距離に見合う実力がつくものだと信じてである。だが夏のレースは4本とも全滅。それもタイムが去年より遅くなったというレベルの失速ではなく、レースを途中棄権するに等しい失敗を重ねたまま、一筋の光も見えぬままギリシャに向かうことになった。
 ひとつだけはっきりしたことがある。現在の実力ではスパルタスロンの時間内完走・・・246キロを36時間以内完走は200%ムリだってこと。
 ならば、ならばである。
 どうせ負け戦なら潔い負け方をしよう。前半自重なんかせず、突っ込んでやろう。後半に力を溜めているうちに、関門の制限時間に引っかかって、不完全燃焼のままオメオメと帰国するくらいなら、無謀な賭けに出てやろう。スタートと同時にフルマラソンのレースのつもりで全力でいこう。あとは野となれ山となれだ。
 誰かに羽交い締めにされて止められない限り、ゴールのレオニダス王を目指して脚を前に繰り出そう。わずか300人で100万人の軍隊に突っ込んでいった(まゆつばですが)英雄の元に歩み寄るレースなのだ。
 「欲しくば獲りに来い」。
 獲りにいってやるさ。全力で。                   
                                         (次回いよいよ本番に突入)

2010年09月29日

涼やか良き季節、心から楽しめ! タウトク10月号発売! tautoku1010★秋しかできない遊び方★
暑さ過ぎ去り、お出かけのベストシーズン到来。実り豊かでメシもうまいぜ!ってことで遊&見&食、秋をこれでもかと堪能できるスポットとイベントを大放出。秋限定の貴重なグルメ情報からローカルな秋祭りまで、ぎっしり詰め合わせてます!

★カレーのおいしいお店★
家庭の味からエキゾチックな本場仕込みまで! 「うまい!」と思わず唸るカレーライスをご紹介します。好みの一皿がきっと見つかる!

徳島で活躍する住宅のプロ170人が登場!徳島の家[実例700]創刊!!tokushimanoieかねてより月刊タウン情報トクシマや月刊タウン情報CUでご案内をしておりました、徳島の家[実例700]がいよいよ創刊しました! 地元徳島の工務店、ハウスメーカーが110社、建築事務所が50社掲載されていて、業界のプロフェッショナルたちの家づくりを見ることができます。その住宅実例総数は700棟以上、352ページにわたって様々な写真が掲載されているという圧倒的なボリュームの本です。「そろそろマイホームが欲しいな」と思っている方は必読。徳島の家[実例700]は書店、コンビニ、スーパー、キヨスクでただいま好評発売中です。500円です。

2010年09月16日

さらら9月16日号で、徳島のご当地調味料をいただき! tokushima-salala0916広大な自然に囲まれた徳島で作られた調味料。それらには、素材や味にこだわった作り手の様々な思い入れがありました。さぁ、地元が生んだオリジナルのポン酢やたれ、ドレッシングでこの食欲の秋をもっと満喫しちゃいましょ。しかも、なんと66名の方に、紙面で紹介した調味料をプレゼント!

また、表紙で大好評連載中の「さらランキング!」。今回は、いくつになってもおしゃれでいたい女性のために、20代女子が秋冬のおしゃれアイテムとその着こなし術を提案してくれました。今、注目されているファッショントレンドとは…?


2010年09月14日

CU10月号でお腹いっぱいになろう! tokushima-cu10食欲の秋到来!と、いうわけで今月のCUは女性たちのお腹も心も満たす2大特集!

■特集1「売れてるケーキ、ベスト5」
徳島の人気パティスリーの絶品ケーキが目白押し!ふわふわスポンジにやさしい味の生クリーム、彩りを添えるフルーツには秋の味覚・栗やあけびが仲間入り。ほか、プリンやロールケーキなど「今すぐ食べたい!」となること間違いなしのラインナップ。

2010年09月03日

バカロードその15 スパルタスロンへの道 1 ツァラトゥストラかく走りき
文=坂東良晃(タウトク編集人、1967生まれ。18〜21歳の頃、日本列島徒歩縦断、アフリカ大陸徒歩横断など約1万キロを踏破。男四十にして再びバカ道を歩む、か?)

 今、ランナーたちの間でベアフット=裸足ってのがキーワードになっていて、ぼくもときどきシューズを脱いで走ってみたりしている。ウルトラマラソン用のブ厚いソールでも100キロ走れば膝バキバキ傷めるのに、裸足なんかで走って大丈夫なのか? そんな疑問をかかえたまま、恐る恐る硬いアスファルトの上に無防備な裸足で踏み出してみた。どれほどの衝撃がカカトや足首、膝を襲うんだ?という危惧は、20メートル先できれいに消えた。衝撃などなかったのだ。
 シューズなら地面から反発力をもらうべくバシバシ叩きつけるところだが、裸足で同じことしても跳ね返るわけもなく、適度にゆるく脚を繰り出してみる。わが足裏は、オッサンの足とは思えぬほどペタペタかわいらしい足音を立て、やわらかく着地する。少しスピードをあげてみる。うほ〜裸足だとカカトってぜんぜん接地しないのね。前足部で着地し、リリースまで一度もカカトをつけない(微妙に触れるけど)。試しにわざとカカトから着地してみるととても走りにくい。全体重を硬いアスファルトに乗せるには、あまりにカカトの骨は小さく、肉は薄い。
 少し頭がこんがらがってくる。3年前にメタボ腹をかかえてランニングをはじめた頃にむさぼり読んだ20冊を上回るランニング教書では、「カカトから着地して、つま先から抜くのが正しいフォームです」との説明がスタンダードであった。有森裕子さんはじめ実績あるランナーたちがそう述べているのはなぜか? 対して「足裏全体で同時に着地すべき」という論調もあるが、カカト着地派が6:4で優勢と思われる。ましてや「つま先から着地しなさい」なんて書いてる本は見たことがない。唯一例外が、最も尊敬すべきマラソンランナー中山竹通さんのインタビュー記事。現役時代には「カカト着地ではテンポが遅れるため、カカト着地の時間を省略し、つま先着地で素早く切り返していた」という主旨のことを述べている。
 ランニングシューズを製造するスポーツメーカーは、新発売シューズではこぞってソール部分のクッションを強化する傾向にある。エアーやゲルや特殊素材をはさみこみ衝撃吸収性をアピールする。オーバープロネーションを補正する角度をつける。そうやってヒザや足首にかかる加重を減らしてケガのリスクを下げ、タイムまでも向上させる、と高らかに謳う。やっぱしカカトから着地するのが正しいのか?
 つま先着地でペタペタと走りながら思索にふける。脚は気持ちよく回転運動をつづけている。ぼくは静かな感動につつまれていた。「人間の脚って、こんなに良くできているのか」と。シューズを履いているときはまるで気にしていなかったが、指先がグイッグイ地表を掴みとる作用を果たす。サバンナの草原を疾走する肉食獣の前脚のように。長らくシューズの中に押し込めてきて(ランニング教書では靴ヒモは強めに締め、指の先っぽから1センチくらいはシューズ内にスペースを空けるように指導されている)、まったく機能を果たしていなかった指先が、シューズから解き放たれたとたん、古代からの記憶を取り戻したがごとく野性の動きを再現する。
 いったい全体、「正しい走り方」って何なんだろう? このようなドシロウト・ランナーの迷いに明快なヒントを与えてくれるのが、アメリカ合衆国においてベアフット・ランニングを爆発的に広めたクリストファー・マクドゥーガル著「BORN TO RUN」だ。チマタで流布されているランニングの常識をゴミ箱にポイする勢いの内容ゆえ、刺激
が強い。ぼくのように活字情報に毒されすぎて、ランニングフォームがぐちゃぐちゃになってるようなタイプの人なら、激しい迷いに突入する可能性もあるが、恐いもん見たさで読んでみて下さい。
 さて裸足ランニングはまだ日本では市民権を得られていないため、すれ違うウォーカーやジョガーたちの困惑した表情にさらされることになる。彼らは、目の前で起きている事態に、どう判断を下してよいかわからないのだ。笑うでもなく、目で追うでもなく。チラッと視線を送っては、見てはいけないものを見てしまったかのようにササッと目をそらす。一般に、ちょっとイカれた人を目撃したときの反応だ。恥ずかしい、だが対処法はない。黙って恥ずかしさに耐えるか、あるいは誰も歩いてない午前6時頃に走るか。そりゃ、しょうがないよね。ぼくだって裸足で道路を走ってる人見たら、浮気がばれて奥さんから逃げだしてきたんか?って疑うくらい想像力の及ぶ範囲は限られている。
    □
 9月、世界で最も歴史ある超長距離レース「スパルタスロン」が開催される。全世界からつどいし超長距離界のスーパースターたちが、ギリシャの歴史遺産や荒野を舞台に、昼夜にわたる戦いを展開するのだ。
 今年は9月24日から25日にかけて行われる。アテネ市街の著名な遺跡・アクロポリスの丘をスタート地点とし、ゴールは246キロ彼方のスパルタの町。日本では「スパルタ教育」の名で知られる戦士の都市だ。ランナーはフィニッシュの儀式として古代スパルタ王である英雄レオニダスの銅像の脚にタッチ、あるいはキスをする。その後、古代ギリシャの白装束をまとった見目うるわしき女性からエウロタス川のしずくが葉っぱに乗せて、あるいは古代の壺を模した器で与えられる。いずれも、2500年前にこの区間を一昼夜で走りきった戦士が行い、また施された行為の再現なんだろう。
 この大舞台に参戦する。「参戦」といえば勇ましくもカッコいいが、スーパースターたちとマッチアップするほどの走力はない。ドン尻でもいいから完走狙い、制限時間の10秒前でもいいから完走狙い、それに尽きる。自分の体力、知力すべてを動員し、何ごともうまい塩梅で進んだうえに、あと一歩も走れない・・・という所まで追い込みきって、ようやく完走できるか、それでも無理かの当落線上。それがもっかの実力である。
 246キロメートルを36時間以内に走る。この数字だけみれば、走れるような気がしなくもない。単純計算で1キロを8分イーブンで走り切ればいいからだ。楽勝かもしれないな〜、と去年の今頃、つまり何もわかっていない頃には楽観していた。
 出場エントリーにあたって過去のデータを調べた。昨年の2009年大会は、完走者133人に対し、リタイアは187人。完走率41.6%である。大会の出場資格は100キロを10時間30分以内の公式記録か、200キロ以上のレースの完走記録が必要。そんなランナーたちが半数も完走できないのだ。去年はきっと酷暑で落雷も落ちて、暴れ馬が乱入でもしたんだろう。で、昨年参加した方に聞いてみると「去年は涼しかったよ〜」とか。涼しくて4割かよ! 昨年以前も完走率は例年30%〜40%が標準で、酷暑の年は25%を切っている。ややや、完走率25%って何だ〜?
 慣れない英語やギリシャ語と戦いながらエントリーを終えると、レースの詳細が書かれた案内書が郵送されてきた。ずらりと並ぶ細かな数字・・・どうやらエイドステーションのリストである。全行程中、75カ所ものエイドがある。そして各エイドの撤収時間がイコール関門になっているようなのだ。
 このタイムが非常に厳しい。まず入りの19.5キロの関門閉鎖が2時間10分。ここをセイフティーに越えるにはキロ6分を切っていく必要がある。いきなりけっこうなスピードを要求されるのだ。その後、フルマラソンの距離に相当する42.2キロ地点が4時間45分、100キロ関門が12時間45分である。これは後半にスタミナを温存して出せるタイムじゃないぞ! 100キロのレースに出て、12時間で走りきってゴールラインを越えたあとは、ぼくの場合ひん死の重傷レベル、ほとんど動けなくなる。そこから再び立ち上がり、残り146キロを24時間以内で走るエネルギーは残っているのだろうか? 
 この時期、ギリシャのエーゲ海沿いの昼間の気温は40度を超す。コース後半は山岳地帯に突入し、1000メートル級の山越えが2カ所ある。峠では摂氏5度付近まで降下する。うひょひょ、もう無理な気がしてきた。
 この大会に出場するため春から月間500キロを走り込んでいるが、参加選手の多くは800〜1000キロを走っている。1日平均30キロを平然と走れる人たちの完走率が30%〜40%ってわけね。うーん、こりゃ踊るしかないね。
       □
 スパルタスロン出場が決まってからは、体脂肪率を落とすために、1日の食事回数を1回(元々だけど)にし、主食をモヤシ、キュウリ、もずくにしている。徹底的に体重減少をはかる。レース後半のオールアウト(まったく身体が動かなくなる状態)を防ぐために、体重は10グラムでも軽くしたい。気力も及ばぬ極度の疲労は、25万歩にも達する脚の移動によってもたらされる。1歩にかかる体重負担を減らすことが、レース100キロ以降の成否を左右する。
 また、給水をしない練習をしている。過去の超長距離レースでは、水を摂取しすぎて低ナトリウム血症的な症状に襲われ、空ゲロえずきながらオールアウトが定番。今年のサロマ湖100キロでも水5リッター飲みまくり自滅。そんな失敗を繰り返している。体質を根本から変える必要がある。
 一般論はよく知っている。「科学的な」研究によりランニング中の給水の必要性は、スポーツ医学界からも、飲料メーカーの研究室からも提唱されている。練習中の運動部員やマラソンランナーらの熱中症による死亡事故のニュースは毎年絶えない。
 一方、ケニアのトップランナーが集結するエルドレッド近郊のカプサイト・キャンプでは、30キロ程度の練習中なら、ランナーは給水しないという。走行中はおろか、起床してから午前の練習を終えるまで水やスポーツドリンクは採らない。練習を終えた後に、何時間かかけてミルクティー(成分の大半は生乳)2〜3リットルを少しずつ飲む。ぼくたちが日頃耳にするアミノ酸やら電解質やら浸透圧とは無縁の世界で、21世紀初頭のマラソンの歴史が築かれている。フルマラソンの歴代世界10傑のうち2位から10位までの9人はケニア人なのだ。
 20年くらい前までは、日本中の運動部で練習中に水を飲むのは絶対禁止だった。ぼくたち非科学的・根性論世代は、水を飲まず、ウサギ跳びと手押し車をし、監督や先輩から顔面ビンタを食らいながら、根性ってヤツを鍛えられた。こんな「プレイボール・侍ジャイアンツ・がんばれ元気」世代は、どうも「科学」がビジネスと結びついて見えるときは少し疑ってかかるクセがある。いっぽうで非科学的な根性論を無条件で受けて入れてしまう。大学の実験室のトレッドミルや血液検査装置やモーションキャプチャーで計測された科学的データでは計り知れない、突き抜けた境地ってのが人間にはあるはずなんだ。
 20〜30キロを無給水で走るトレーニングをはじめると、後半バテなくなってきた。科学的根拠はむろんない。気のせいなのかもしれない。でもそこが人間のおもしろいとこ。ここぞってときに発揮できるタフさってのは、数値では管理できない何か、体内から噴きだす負のオーラやら、わけのわからないド根性やら、要するに理屈じゃない所から発生するんだ。
 何十年間も運動をせず、ただデブるにまかせていた凡人たるオッサン、ただのスポーツ観戦愛好家だったぼくが、ドキュメンタリー番組でしか観たことのないテレビの向こうの世界・・・スパルタスロンの舞台で戦うには、正常なことをしていては追いつかない。「馬鹿になれ、とことん馬鹿になれ」との猪木師匠のポエムと心中覚悟。力石徹が1日トマト1個で生き、谷口タカオが距離3分の1ノックをしたように、シューズを脱ぎ捨て、水涸れした身体でモヤシをむさぼり、バカ世界に入滅する。

2010年09月02日

さらら9月2日号で、夏の疲れにサヨナラしよう! salala0902とにかく暑かった今年の夏。外に出るだけで汗が止まらず、いつも以上に疲れが溜まったのでは?
今回は「私のカラダ、何とかしたい! 第2弾」。頑固な筋肉のコリをほぐしたりリンパに溜まった老廃物を排出するマッサージや、今注目のよもぎ蒸し、足を使った珍しいマッサージ“フーレセラピー”などをしてくれるお店を紹介。さらに体を内側からも元気にしてくれる飲食店の美味しいメニューもあります。秋はもうすぐそこ。夏の疲れは今すぐ解消して、美味しいものも楽しいこともいっぱいの秋を迎えましょう♪

表紙のさらランキングは、「気になるダイエットランキング」がテーマ。
みんな流行のダイエットを自己流にアレンジして楽しくシェイプアップしているよう。やっぱりダイエットは楽しくないと続かないですもんね〜。やってみたいダイエット法は見つかりましたか?

2010年08月26日

次のお休み、温泉巡ろ!タウトク9月号発売! tautoku1009★四国・淡路の80湯巡り★
自然いっぱいの露天風呂から遊べるアミューズメントスパまで、四国4県&淡路のお湯をドドンと81ご紹介! 好みのお風呂を見つけて、次の休みはリフレッシュ!

★ひわさうみがめトライアスロン・リポート★
今年で11回目を迎えたひわさうみがめトライアスロン。参加者たちの激闘、地域のサポート、そして感動のゴールシーンに密着しました!

2010年08月19日

さらら8月19日号を読んで…夏山へ行こう! tokushima-salala0819山登りは暑くてしんどい?
いいえ、登った人しか出会えない植物や絶景、そして登りきったときの爽快感は何ともいえないものがあります。
今回はさらら編集部のスタッフが初心者でも登りやすい4つの山にチャレンジしました。
思わず「やっほ〜!」と叫びたくなる夏山へ行ってみませんか?

そして、表紙で好評連載中のさらランキング!
テーマは「この夏試してみたもんランキング」。
「暑いですね〜」が挨拶がわりになっている今年の猛暑。
でも、そんな今だからこそできることもたくさんあります。
この夏徳島の人が試してみたいろんなことを参考に、暑い残暑を乗り切っていきましょう。

2010年08月16日

月刊タウン情報CU7月号 実売部数報告1007_CU部数報告.pdf

月刊タウン情報CU7月号の実売部数を報告します。CU7月号の売部数は、
4038部でした。詳しくは、上部のファイルをクリックしてください。

長らく雑誌の実売部数はシークレットとされてきました。雑誌は、その収益の多くを広告料収入に頼っているためです。実際の販売部数と大きくかけ離れ、数倍にも水増しされた「発行部数」を元に、広告料収入を得てきた経緯があります。
メディコムでは、その悪習を否定し、「月刊タウン情報CU」「月刊タウン情報トクシマ」「結婚しちゃお!」の実売部数を創刊号以来、発表しつづけています。

2010年08月10日

ランチタイムには手放せない!CU9月号発売 tokushima-cu1009◆特集◆「とくしま気まぐれランチ」

洋食・イタリアン・フレンチ・和食・中華・韓流・多国籍etc…徳島で食べられる様々なランチをご紹介。新しくオープンしたレストランのオススメからあの人気店のこだわりメニューまで注目の最新ランチ情報をこれでチェック!

2010年08月06日

月刊タウン情報トクシマ7月号 実売部数報告1007_タウトク部数報告.pdf
1007_タウトク部数推移.pdf

月刊タウン情報トクシマ7月号 実売部数を報告します。タウトク7月号の売部数は、
8598部でした。詳しくは、上部のファイルをクリックしてください。
メディコムは、「月刊タウン情報トクシマ」「月刊タウン情報CU*」「結婚しちゃお!」の実売部数を創刊号から発表しつづけています。

雑誌の実売部数を発行号ごとに速報として発表している出版社は、当社以外では日本には一社もありません。実売部数は、シェア占有率を算出し、媒体影響力をはかるうえで最も重要な数値です。他の一般的な業界と同様に、出版をなりわいとする業界でも正確な情報開示がなされるような動きがあるべきだと考えています。わたしたちの取り組みは小さな一歩ですが、いつかスタンダードなものになると信じています。

2010年08月05日

夏のお休み、お出かけ計画にさらら8月5日号を! 0805salala「次のお休み、どこか遊びに行きた〜い!」と旅行の計画を立てている方も多いはず。
今回はおでかけ時に必ず使う交通機関のオトク情報や駐車場のをお出かけ好きな徳島の人にお聞きしました。県外に遊びに行く際によく使う飛行機や高速バス、フェリーのお役立ち情報、県内をマイカーで移動する際気になる主要駐車場の料金、さらには飲み会時には重宝する代行サービスなどの話題をお届けします。
また表紙で好評連載中の「さらランキング」は、とっておき夏レシピランキング!
食欲も落ちるし、台所に立つのもしんだ〜い…そんな夏でも食べられる簡単&ウマッなとっておきレシピをお聞きしました。このレシピをぜひ参考にして、暑さに負けずに夏を乗り切りましょう!

2010年07月31日

バカロードその14 一歩足を前に出せば一歩ゴールに近づく 〜日本横断「川の道」フットレース・520キロ参加記〜
文=坂東良晃(タウトク編集人、1967生まれ。18〜21歳の頃、日本列島徒歩縦断、アフリカ大陸徒歩横断など約1万キロを踏破。男四十にして再びバカ道を歩む、か?)

(前回まで=東京湾岸を出で、長野県を経由して新潟は日本海へと至る520キロ、国内最長クラスの超長距離フットレースにタウトク編集人が挑戦した6日間の記録。スタートから5日目の昼には394キロを踏破し、第三関門である新潟県津南町の宿「深雪会館」に着いた)

ゴールへ
新潟県津南町〜新潟県新潟市 126キロ

 「はい起きて!もう出発するよ!時間だよ!」と身体をぐらんぐらん揺さぶられる。
 布団のなかで「ふぁ、ふぁい。おはよう、ごじゃいまふ」と生返事をする。目を開けると見知らぬ男性が顔をのぞきこんでいる。3秒見つめあう。(この人だれなんだろう・・・知りあいだったかな)。事態がつかめず、ぼーっとしていると「あ、ごめんなさーい。人ちがいでしたー」と男は去っていく。時計を見る。3時間くらい睡眠をとる予定だったが、布団にもぐりこんでから1時間しか経っていない。人ちがいでムリヤリ起こされたわけなんだけど腹は立たない。このレースも5日目、どんな事態も素直に受け入れる素地ができあがっている。あらゆる出来事は偶発的に起こっているものだが、見えざる力によって導かれる必然とも言えるのだ。
 階下に降り、「おはようございまふ」とスタッフに告げる。足元はおぼつかず、ロレツは回っていない。「おはよう」と言ってしまった後で、今が夕方であることに気づく。
 「ぼく、スタートしまふ」と告げると、あちこちに待機していた大会スタッフがガバッと立ち上がる。荷物を持ってくれ、玄関の外まで出てくれる。「じゃあがんばって」と大勢で見送ってくれる。スタッフの皆さんも徹夜態勢でバックアップしてくれているのだ。こんな心温まる大会ってあるだろうか。泣けてくるよな。
 おぼつかない足取りでスタートを切ると、セクシーなチャイナドレスを艶やかにまとった魅惑の女性が、しばらく併走してくれる。これは昨晩から見続けている幻覚なのだろうか。いや幻ではない、大会を初日からサポートしてくださっている美人の方だ。ぼくはフイの2ショットに舞い上がってしてしまい「ふだんは何をなさっている方なのでふか?」などとお見合いの席のような質問をすると、丁寧に答えてくださった。この頃、ぼくの知能指数はIQ30くらいしかない。
 お姉さまは津南の街並みを背景にいつまでも手を振ってくれる。山田洋二監督が撮るロードムービーののワンシーンのような素敵な場面だ。ぼくは、さしずめさすらいの旅に発つ高倉健といった役どころか。いや、武田鉄矢がいいセンか。幻覚でないことを後に証明するために、写真を撮らせてもらう。
 この520キロにもわたる長い旅を、途中3カ所に設けられた宿泊所を境に4つのステージに見立てると、今日と明日が最終ステージである。明日の夜9時までに日本海に対面し、再び折り返して新潟市の温泉施設「ホンマ健康ランド」にたどり着けば、時間内完走の栄誉を手にする。栄誉といっても誰かに誉められるわけでもない。完走者の唯一の証しは「永久ゼッケンナンバー」のホルダーになるってこと。「川の道」が開催され5年、いまだ2ケタナンバーは61番が最大値である。つまり完走者は過去61人しかいないってこと。ゴールまで120キロ、残り30時間。さあ、永久ナンバーめざしてトコトコ走るか!と気合いを入れる。
 津南の山村風景は本当に美しい。河岸段丘の斜面や平地に建つ民家、棚田が立体ジオラマを造りだす。車道脇にはまだ高さ50センチほども残雪がある。津南町は日本を代表する豪雪地帯である。集落中に水の流れる音がささやく。雪融け水が水路を走っているのだ。多くの民家の脇にはコンクリ造りの大きな水槽がある。2メートル四方ほどもあるから小さなプールのよう。釣った山魚を養殖しているのかなと思ったが、雪を溶かすための水溜まりだとわかる。 
 小学校の校庭に見たこともない巨大な桜が咲き乱れ、風に散った花びらが道路をピンク色に染め上げている。「コノ国ハ、本当ニ、ウツクシイ・・・」。ラフカディオ・ハーン目線で日本の原風景を感慨深げに見つめる。この頃、ぼくの知能指数はIQ20くらいしかない。
 夕暮れどきに十日町市に着く。商店街には人間を抽象的に模した彫像があちこちに屹立しているのだが、何やらヒソヒソと話しかけてくるような気がして怖くなって逃げる。長い長い商店街を抜けると、夜のとばりがすっかり落ちていた。
 夜が深くなるにつれ、得体の知れない影に脅かされる。電柱や街灯のたもとに人影が見える。影は見えるのに、近づくとそこには誰もいない。
 背後から足音や呼吸音が近づく。ランナーかと思い話しかけると、真っ黒い影が揺れていて物質はない。
 左隣に長い髪をバサバサ揺らしながら女性がついてくる。右隣を見ても女性がいる。やがて10人くらいの女性に囲まれる。みな青白い顔をしている。明らかにこの世の物ではない。下半身から鳥肌がせり上がってくる。
 これが川の道フットレースを走るランナーの多くが観るという幻覚ってヤツか。幻覚ってこんなリアルなのか。幽霊のようにボーッと浮かび上がっているのではない。確かにぼくは感知している。眼球で捉えているのではなくて、脳みその奧のスクリーンに投影されている。極度の睡眠不足、あるいは痛みや疲労から逃避するために、脳が勝手に暴走をはじめている。
 427.2キロ地点(CP20・新潟県小地谷市魚沼橋)通過。ヘッドランプの瞬きが前後に見える。ああ、近辺にランナーがいるんだと安心する。
 闇からぬぉっと現れた人物。その外見、ランナーというよりはヒットマン、菅原文太のヤクザ映画に出てくるような顔。右手に妖しく青光りするマシーンをたずさえている。また幻覚か?と畏怖するが、博多弁で喋りだすので現実世界の人だとわかる。彼は福岡から来た江口さんという。手元で光り輝くのは、携帯GPSマシンのようだ。江口さんは、「GPS最高ばい!」と嬉しそうに説明してくれる。
「あと○×キロで小地谷市ばい、GPSでわかるったい」「スタートから400キロ越えたばい」と15分に1回くらいGPSをチェックしている。ちょうどぼくも自力で紙地図を見るのが面倒くさくなっており渡りに船とばかりに「GPSならあとなんキロですか?」と何べんも聞く。すると「あと12キロっちゃね。順調ばい」などと江口さんは答えてくれる。(確かにGPS最高たい!)とぼくも共感しはじめた頃、江口さんが意外な話をはじめる。
 「昨日は危なかったばい。道を10キロも間違ごうて死ぬかと思うたじぇ」
 (んなアホな、そのGPSあかんのんちゃうん?)。共感は醒め、元どおり紙の地図を頼りにする。
          □
 2人で小地谷の街を目指していると、正面からヘッドランプが近づいてくる。変だ、このコースに折り返しなどない。70代の熟年ランナー、渡邉さんだ。「こっちに来たらダメですよ。ゴールはあっちですよ」と説明する。すると「いやー、自分がどこにいるかわからないから、この辺を走り回ってたんだよ、ほほほほ」と笑ってらっしゃる。余裕があるのやらないのやら。道がわからなければ、じっとしていたらいいと思うのだが、大丈夫なんだろうか。いや、今の状況、誰が正常で誰が幻覚の中を走っているのかは、誰も判断できないのである。
 明け方は寒さが厳しい。コンビニで雨合羽を調達する。1枚500円するけど、耐え難い寒さをしのぐには充分である。合羽を上半身に羽織り、コンビニの前に座って休憩していると、1人の客が店に入っていく。しばらくすると店内から「御用だ!御用だ!」と大声がする。
 (ああ、なるほど。さっきの客は強盗だったんだ。岡っ引きが今、悪党を捕まえているんだな)と思う。(岡っ引きがいてくれるなら、強盗が乱入してきても安心だな)と胸をなでおろす。だが、コンビニの中に江口さんを残してきたことに気づき、(強盗の人質になんかなってないだろうな)と心配になる。店の中をのぞき込んでいると、江口さんが出てくる。「強盗が入ったでしょう?大丈夫でしたか」と質問する。江口さんは問いかけには答えず、関係のない話をはじめる。どうやら捕物帖はなかったようだ。(ああそうか、現代に岡っ引きはいないよな)とようやく気づく。もはや自分を正常だなんて断言などできない!
           □
 小地谷市の郊外にある自宅を開放し私設エイドを設けている「和田さん」は、川の道ランナーたちのアイドルだ。和田さんの逸話は少なくない。曰く「和田さんは極度に親切で、よく(何かいるものないか?)と聞いてくれる。つい口走ってしまうとわざわざ買いに行ってくれた」「日本酒が大好きな和田さんは、新潟の地酒をランナーに(飲んでいけばいいよ)とお勧めしてくれる」「先頭集団が和田さん家でへべれけに酔っぱらってしまった」とか。ランナーたちは、和田さんとの再会を楽しみに、終盤の行程を乗り切ろうとする。
 薄ぼんやりと夜が明け始めた頃、和田さん家に着く。1階の車庫ガレージに置かれたテーブルの上には山盛りの食料がある。カップ麺、パン、果物、お菓子、漬け物、キムチ、ちまき、そしてビールに日本酒! あっけに取られていると、和田さんが「何でも食べればいいよ」「温かいもの食べなさい」と、どんどんお薦めしてくれる。噂に違わぬ無類の優しさだ。
 ガレージの裏には仮眠所がしつられられている。5〜6人が一度に横になれるよう、大量の毛布が用意されている。ここで眠れば、制限132時間以内にゴールにたどり着くのは無理かもしれない。でも、これ以上起きているのは不可能だ。今できるのは眠ることだけと毛布にくるまり惰眠を貪る。入眠後30分、先着ランナーの三遊亭楽松さんが起こしてくれる。ゴールまで75キロ。時速5キロで進めばギリギリ間にあう時間だ。和田さんに別れを告げると「これ持っていけばいい」と、リュックに大量のちまきを入れてくれる。先頭ランナーの通過から最後尾のぼくまで、何十時間もこうやってランナーの世話をしてるんだろう。ぼくもいつかこんな風にランナーを応援したいなと思う。
 445.1キロ地点(CP21・新潟県小地谷市越の大橋)からは、楽松さんと江口さんがペースを作り、ぼくが追従する。道中3人。楽松師匠の歩きは速い。時速6キロのハイペースだ。しかも休憩をまったく入れない。ぼくの壊れた足の裏ではペースについていけない。歩きの2人に追いつくために、走りをはさむ。100メートルくらい先行したら、シューズと靴下をぬぎ、足の裏を冷やす。追いつかれたら急いでシューズをはき、追いかける。それを何度か繰り返す。
 457.7キロ地点(CP22・新潟県長岡市)、長岡市は新潟県下第二の都市だけあり、中心市街地も大都会ってフンイキ。商店街を抜けたコンビニの駐車場で休憩を取る。やっと休憩だ、うれしい。ぼくは朝ごはんにアイスクリーム2本を食す。この数日、大会から提供される食事以外はアイスクリームしか採っていない。グロッキーなぼくのかたわらで、楽松師匠がシューズを脱ぎ、足の裏のマメの治療をはじめる。でかい!長さ10センチはあろうか。楽松師匠はそのマメの皮を、ジョキジョキとハサミで切り取っていく。ぼくの足の裏よりよっぽどひどい状態じゃないか。それなのに「痛い」も「つらい」もなく、ひたすらに力強く歩き続けている。ぼくは自分が情けなくなる。そしてこれ以上、脚の遅いぼくのペースに楽松さんをつき合わせてはいけないと思う。
 「ぼく、先に行ってます」と言い残し、できるだけ前進しようと最速スピードで走りだす。ゴールまで60キロちょい。多少の無理をしケガしても、前進さえしつづければ、ゴールできるはずだ。
 走る、走る。前方に「後半ハーフ」の選手が見えてきた。何とか追いつこう、追いつきたい。広いバイパス道に出る。気温がぐんぐん上がる。アスファルトからの輻射熱と自動車の排気。真夏の野球グラウンドのような熱気の中を、猛然と走る。足の裏がドッチボールのようにブヨブヨと膨らんでいる。痛み止めをガブ飲みする。すでに40錠入りの鎮痛剤は残りわずかだ。
 歩道橋の日陰で足を冷やしていると、長岡のコンビニに置き去りにした江口さんが何かに取り憑かれたような猛スピードで走り去っていく。(やばい、置いていかれる!)慌てて後を追いかける。江口さんのペースは速く、遠ざかりそうな背中が視界から失われないよう食らいつく。この大会で何度目かの猛スパートだ。10分も走ってようやく追いつく。
 「おー来たか!どこ行っとったとや?」と江口さん。すごく元気だ。会話もままならなかった昨晩とは別人である。ハーフマラソン並みのハイペースに、ぼくは併走したり後ろにくっついたりしながら負けじと走る。
 江口さん、なぜかムチャクチャ熱い!
 「あんたの走りはなかなかいいばい!」と誉めてくれる。
 「がんがん行くばい!」と自らを奮い立たせている。
 「頭をがんがん冷やせばよかったい!」と氷を頭に乗せる。
 「痛みは慣れるばい、慣れて治すたい!」と激痛に戦いに挑む。
 「最高、最高ばい!」と叫ぶ。
 このオッサン、何者!? こんなバカランナー見たことない、素敵だ! 2人でレースをやってるくらいのデッドヒート。ほんと脚ぼろぼろなのに、完全にバカである。長岡市郊外から三条市までの10キロをこの調子で爆走した。ハイペースで走るのって気持ちいい!
 481.1キロ地点(CP23・新潟県三条市)。昨年出場したサハラマラソンの相棒、男子大学生の山口洋平君から電話が入る。ぼくのゴールを見届けるために、はるばる茨城から夜行バスでやってきたのだ。彼もまた酔狂な男なのである。「どこに行ったら会えますか」と問うので、「ゴール会場からこっちに走ってきたらいつか会えるんちゃう?」と返す。せっかく遠路はるばるやってきたのだ。ゴールでひたすら待っていてもつまらない。ここはひとつラスト40キロくらいを走らせて、思い出のひとつも作ってやろう、というぼくの粋な配慮である。
 新潟市郊外の気の遠くなるような直線ロードの彼方、揺れる陽炎のなかからフラフラになって現れた山口君は、20キロ以上を全力で駆けてきたらしく自爆状態である。明らかに新品の真っ白な肌着シャツを着ている。元々走る気などなかったから、急きょ安物の服を買い求めたのだ。サハラ砂漠を2人で遮二無二走ったときから、ぼくは20歳も年下のこの若者にシンパシーを感じ、尊敬している。
 サハラマラソンの最終日、強烈な岩場、ガレ場の難コース42.2キロを3時間台という信じられないタイムで駆け抜けた彼は、走り終えたあと何時間も立ち上がれなかった。喋ることすらままならないほど衰弱していた。ふだんは陽気でエロいだけの今風の若者が、自らを極限まで追い詰める姿にぼくは打たれた。そして自分自身の中途半端な燃焼ぶりを悔いた。記録や、順位や、完走や・・・走りはじめた目的はそんな所にない。自分の限界を超えたいと思った。だから砂丘をはいあがり、山岳を攀じ登り、数百キロのレースにエントリーする。それなのにぼくは一度もスッカラカンになるまで追い込めない。だから、小学生の校内マラソン大会ですら走りすぎて救急車で運ばれたこのバカ男を尊敬する。いつか彼のように限界をつき破る走りをしたい。
 山口君にペース管理とチョコエクレア補給をしてもらいながら進む。走っても、走っても、ゴールの制限時間に間にあうペースまで上がらない。511.2キロ地点(CP24・新潟市新潟ふるさと村)を越えると、信濃川の土手にあがる。すっかり日は落ち、信濃川の川面に新潟市街の夜景が映る。夜が訪れると再び幻想の世界に入り、ビルの上に大きな赤鬼が座っているのに驚いたり、ぼくの勇姿を見届けるためゴール会場にオバマ大統領が待機しているという情報が入ったりした。なぜかオナラが止まらなくなり50発くらいこいた。尻の括約筋にもエネルギーが行き渡らなくなっている。屁が止まらないまま、ついに日本海に達する。
 516.3キロ地点(CP25・新潟県日本海岸)。
 日本列島の山越えた反対側、東京湾からここまで6日間、長らく対面を夢見つづけた日本海は真っ暗闇の彼方にあり、そこが海かどうかもわからない。闇の向こうから女性の姦しい声が聞こえてくる。「イエーィ!日本海よー!イエーィ!」。(わ、なんだなんだこりゃ)と驚く間もなく、3人の熟女たちが登場し、「イエーィ!サイコー!」と凄いテンションで体当たりされる。肉弾的な勢いに押され、ぼくは後方に尻餅をつき、受け身の取れぬまま、仰向けにすっ転ぶ。熟女たちの歓迎のパワーを受け止める反射神経と筋力はない。これは幻覚ではない、なぜなら倒れて打ったケツが痛い、だからリアルな現実だ。彼女たちは大会スタッフなのだろうか、選手サポーターなのだろうか? とにかく全身全霊で歓迎して下さっているようだ。あるいは酔っ払い?
 この宴を、冷静に見つめている視線に気づく。ずいぶん先に進んでいるはずの江口さんが悠然とチェアに腰掛けお茶している。「江口さん、まったりしてる時間ないっすよ。制限時間ギリですよ」とうながすと、「じゃあ一緒にゴールするたい」と腰をあげる。熟女たちの歓迎で5分ほど時間を使ってしまったため、まったく余裕がない。ゴールまで残り3.7キロ、ハイペースで走らないとタイムオーバーだ! 江口さんは、「けっこう脚にきとるばい」と言いそろりそろり足を進める。 「江口さん!のんびりしてる間ないですよ。マジで時間ギリギリですから!」と急かしても、彼は「もうここまで来たらゴールしたようなもんばい。スタッフにも電話で連絡してあるし、問題ないたい」と全然走ろうとしない。江口さんがあまりに自信満々なので、ぼくも(日本海まで来たらゴールってことにしてくれるんかなぁ)などと思いはじめる。この頃、ぼくの知能指数はIQ10まで急下降し、正常な判断能力はない。
 ところが制限時間まで残り10分を切ったあたりで、江口さんの携帯電話が鳴る。どうやら先にゴールした知人ランナーから(このままじゃ制限時間内ゴールができないよ!)と怒られているようだ。電話を切ったとたん、どんなに急かしても走らなかった江口さんが「間に合わんばい!」と猛スパートをはじめる。
 置き去りにされアゼンとするぼくと相棒・山口君。南無三、追走開始だ。しかし、体力の残り火は少なく、脚はよれよれ。先行する山口君が地図を片手に残りの距離を確認しながら叫ぶ。「このままじゃ、やっぱ間に合わないっす。走ってください!」。ぼくはジョグペースでしか進めない。
 なにやら急速に時間内ゴールするのが嫌になってくる。(ここで時間内完走できんかったら記録上はリタイアってことになるな。そしたら悔しくなって来年も出場せざるを得んようになる。ほの方がええなぁ)なんて考える。来年も走れるって想像すると嬉しさがこみあげニヤニヤ笑いはじめる。「あー、なんかやる気なくしてる。真剣に走ってください!」。振り返った山口君が呆れかえっている。「520キロ走ったけど、最後は熟女に押し倒されてゴールに間に合わんかったとかネタとしておもろいだろ? 今回はほの結末でええわ」。なんと心地よいやる気のなさよ!
 (やっと時間から解放された、ぼくは今、自由だ! さらば川の道よ、また来年会おう)などと感慨にふけりながら新潟の夜景を愛でつつチンタラ走っていると、遠くのビル陰からもの凄い勢いで誰かが近づいてくる。手にはスターウォーズのライトセーバーみたいな赤く光る武器をもっている。男は大声で何やら怒鳴っている。とっさに(わぁ、赤鬼!)とびっくりし、一瞬(殴られるか?)と身構える。
 もちろん殴られはしなかった。どうやら大会関係者のようだ。ライトセイバーかと思った光る物体は誘導棒だった。男性スタッフが大声で叫ぶ。「急いで、急いで! 制限時間迫ってますよ!永久ナンバーがかかってますよ!全力で走って!」。誘導棒でぼくを鞭打つかのように、叱咤激励が入る。その瞬間(全力でいかなければ!)とスイッチが入る。全身の筋肉にゴーサインが入る。100メートルスプリントの勢いで猛スパートをかける。おぅ、まだこれだけ走れる熱量があったんだ。身体が気持ちいいくらい前にすっ跳んでいく。脚が空中でぐるんぐるん回転する。ゴールの白いテープが遠くに見え、スローモーションのように近づいてくる。やっぱし全力疾走は気持ちいい、最高だ。残り1分、残念ながら制限時間に間に合ってしまいそうだけど、でもまぁいいか。来年もまた、出ればいいんだから。
               □
 520.0キロ地点(ゴール・新潟県「ホンマ健康ランド」)。タイムは131時間58分12秒・・・つまり5日と11時間58分12秒だ。48人の520キロコース出走者のうち時間内完走は31人。もちろんぼくがビリである。
 ゴールテープの真横に「ホンマ健康ランド」の玄関がある。気力やら根性やら魂やらを総動員してゴールしたあとは、もう走れないし、歩けない。だから這っていける距離に宿泊施設を用意してくれてる主催者のはからいが嬉しい。
 「ホンマ健康ランド」の入口フロアには、ともに川の道を走った懐かしい面々が、もう一歩も歩けないと座り込んでいる。出会ってから数日なのに旧知の同級生に再会したような気がする。みな微笑んでいる。完走した人も、リタイアした人も、これ以上出せないという所まで力を振り絞った。だから緩んだ顔の筋肉で力なく笑っているんだと思う。
 巨大な温泉施設である「ホンマ健康ランド」の浴室には、魂が抜けたようなランナーのシカバネがあちこちに転がっている。兵共が夢のあと。ゆっくり眠ってください。お風呂で溺れないように、風邪をひかないように。皆さん、おつかれでした。
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 レースから1カ月が経った。レース前に比べ体脂肪率が16%→10%に落ちた。足の裏のマヒがようやく取れはじめた。夢の中で3日に1度は川の道を走っている。目が覚めるとレース中じゃないことに気づいてがっかりする。苦しくて、痛くて、眠くて仕方がなかったあの世界に、はやく戻りたいとムズムズする。520キロを冗談交じりに駆け抜けていったタフなランナーたちに早く再会したい。これはきっと中毒なのだ。

2010年07月30日

徳島のウエディングまるわかり♪ 「結婚しちゃお!秋号」発売中! 2010akigo今回の特集は「結婚式のプラス1アイデア」。徳島で活躍中のウエディングプランナーに、結婚式をもっと楽しくするアイデアを徹底的に聞き取り調査。例えば、ボートに乗って新郎が入場!?、 本格的なゴスペルの歌声にうっとり…など、結婚式のアイデアがたっぷり詰まっている。さらに、この特集は来館者やご成約のカップルに向けて、スペシャルな特典が満載。これから結婚式を挙げようと考えている人は隅々までチェックしてね。

2010年07月29日

徳島の飲食店740店掲載! 「はらペコ団」発売中!! tokushima-harapekodan「今日はどこで何を食べようかな?」と思ったときに、この「はらペコ団」を開いてみてください。しっぽり食べたい本格和食、名店ぞろいのイタリアン、毎日気になるアノ店のランチ、夜はやっぱり飲めるご飯、景色もごちそう!大自然ごはんなど…計41ジャンルに徳島県内のごっつい美味しい飲食店740店を掲載しています。その日の気分にあった食べたいものが必ず見つかるハズ。活用しやすいB5サイズに内容がぎゅうぎゅうに詰まったこの一冊で空腹感を満たしてください! マイカーやバッグに忍ばせてみてね。
定価1000円。徳島県内の書店やコンビニなどで好評発売中です。