バカロードその43 小豆島・寒霞渓ウルトラ遠足(とおあし)100キロ参加記 だからやめられない

公開日 2012年04月17日

文=坂東良晃(タウトク編集人、1967年生まれ。1987年アフリカ大陸を徒歩で横断、2011年北米大陸をマラソンで横断。世界6大陸横断をめざしてバカ道をゆく)

 午前4時、身震いする寒さ。
 夜明けまでは遠い。谷あいの夜の底の一角だけ人工の光が満ちている。気の早いランナーたちが装着したヘッドランプが照らす先。頭を動かすたびに白い輪が壁や地面に揺れる。どこかで熊よけの鈴がチリンチリンと鳴っている。小豆島に熊はいないはずだが山猿対策なんだろか。
 ウルトラマラソンがはじまる直前の独特の空気。張りつめた緊張感はない。自分がどうなってしまうのか想像もつかない100キロという距離。長い長い一日にどんな物語が生まれるのか。なるようにしかならないという無抵抗の境地。
 全ランナーの浮かれたつ気分が溶けあって、気温とはうらはらにムンという熱気が伝わる。
 主催者である海宝(かいほう)道義さんがマイクをとって挨拶をはじめる。
 ・・・中間エイドを50キロではなく41キロ地点に設けたのは、そこまで行く道が過酷であるため。80キロ過ぎに大きな崖崩れがありランナーは1人ずつしか通れない。夜間は危険であるため、遅くなったランナーは崖崩れポイントを迂回するショートカットコースを採る。この大会はタイムレースではない。先導車両はいないため先頭ランナーは自分で道を探す。そして、第一回大会である今大会が、地元の支援を受けて来年以降も続けられるかどうかは、ひとえにランナーの走りにかかっている。−−−
 いつもながら海宝さんには生の力強さが溢れている。どんな困難も笑って乗り越えてしまう明るさを放っている。海宝さんは日本人として初めて北米大陸横断レースを2度完走したウルトラランナーであり、一方で宮古島、しまなみ海道、さくら道などウルトラランナーに高く評価される大会を運営している。大会名に必ず冠される遠足(とおあし)とは、江戸時代に武士を鍛錬するために行われた長距離レースの名称である。
 カウントダウンの掛け声ともに定刻午前5時が訪れ、552人のランナーは先を争うことなく、静かに長旅の幕開けとなるスタートラインを越える。
 直後からはじまる急坂の両サイドには幾十ものロウソクの灯りが点されている。質素だけど、ぜいたくな気持ちにさせられるお見送りである。小さく揺れる炎に導かれ高度を上げていく。
 短いトンネルを抜けると池田港をとりまく商店街に入る。横を走っているのはサハラマラソン完走者の上土井さん。明日行われる京都マラソンの前日受付に間に合わせるため、夕方4時すぎのフェリーで神戸港に向かわなくてはならないと言う。ってことは遅くとも10時間以内でゴールしないといけないってわけか。「100キロの次の日にフルとか、アホですね」と最上級の誉め言葉を贈る。フル2時間50分の実力者はキロ5分でもゆっくりペースらしく楽しく話しかけてくれるが、ぼくは息が切れて返事できない。「早すぎます、早すぎます、こんなペースじゃ後半ツブれてしまう」と歩みを遅くする。
 商店街を抜けると暗闇の山道。いくつも分岐が現れる。道を間違えないため、他のランナーからはぐれないよう気をつける。前方に5人の集団が見えるがペースが速い。だが後ろを振り返るとヘッドランプが1個、見えるか見えないか。必然的に前を追わなくてはならない。標高180メートルの峠をエッチラオッチラ登り、急な下り坂を駆けおりる。北米横断レースで学んだ「脱力下り走」でもって休憩しながら筋力の回復を待つ。「脱力下り走」とは、脚にいっさいの力を込めず、ただ足の裏を前方遠目に振り出して重力の赴くままに坂を下る方法だ。これをやってる間に登り坂で急上昇した心拍数は平静値に戻り、大腿の筋肉から乳酸がすみやかに除去できる(気がしているだけ)。
 ブレーキングの概念がない脱力走は自分の能力以上にスピードが出る。前方の集団を追い越してしまったため目標物がなくなり、道の分岐点では慎重に地面に朱書きされた矢印を追う。ふたたび180メートルまで登ると夜がしらじらと明ける。前にも後ろにもランナーの姿が見えないため道が合っているのか心配になりだした頃、10キロのエイドが現れひと安心する。花粉症で鼻水がたれているぼくを見かねてスタッフの方が「はい、鼻かんでくださいー」とテッシュペーパーをくれる。テーブルの大皿には真っ赤な大粒イチゴが山盛り。いくらでもどうぞ、という言葉に甘え6個ほど口に放り込み、エサをほおばるハムスター的な膨らんだ顔でエイドを出発する。「前に20人くらいしかおらんよ」と聞き、マズいマズいまた暴走気味だとさらにペースを落とす。
 山麓まで快適なダウンヒルを楽しみ、小豆島一の繁華街である土庄の商店街に突入。といってもまだ午前7時前ゆえお店はどこも開いていない。早朝の見知らぬ街を旅人気分で散策ランしたのち、大型リゾートホテルの建ち並ぶ海沿いの国道436号線に出る。干潮時に沖の小島と砂州でつながるエンジェルロードは「恋人たちの聖地」とされ観光新名所だが、あいにく走路からは若干離れている。汗ドロドロのオッサンが1人で訪れる場所でもないから別段気にしない。
 20キロを1時間55分で通過。疲労感はまるでなく、半年ほど悩まされてきた脚の甲の痛みもない。この調子でいけば10時間を切れる・・・わけないかと思いつつ、密かに奇跡を期待する。
 島内放送のスピーカーから大会に関する説明が流れる。「本日、島内を100キロ、ウォーキングする大会が行われています。応援をよろしくお願いします。車の通行にはくれぐれもご注意を」といった内容。そうか、車道じゃなくて歩道を走る建前上、行政的にはウォーキング大会ってことになってるのね。しかしウルトラマラソンの大会ってたいてい人の気配のない田舎道を孤独に走るのが定番だから、島あげての応援態勢ってのが嬉しくも慣れず、背中がむずがゆい。
 20キロすぎから再び山道に入り、細かなアップダウンを繰り返す。ときおりエーゲ海の村落のような風景が現れる。山腹に広がるオリーブ畑、白い風車の塔、さすがギリシャのミノス島と姉妹島を提携してるってだけある。
 32キロでいったん海岸沿いに出ると、すぐにキビスを返し、険しい山岳が連なる島の中央部へと向かう。小豆島随一の景勝地である「寒霞渓」を目指すのだ。だらだらとした登り坂は徐々に斜度を増し、前方に天を衝くがごとくそびえ立つ垂直の絶壁が近づいてくる。併走するランナーと「あのテッペンまで行くんですよねぇウフフ」「きっとそうなんでしょうねぇウフフ」とマゾ感たっぷりに微笑返しする。
 絶壁ばかりに見とれてはいられない。なぜか路上はウンコだらけなのである。鹿の仕業か猿の脱糞か。とにかく恐るべき量のウンコが足の踏み場もないほど転がっている。ランナーにとって命の次に大事なシューズでグニョリと踏んづけないよう細心の注意を払う。
 ロープウェイの山麓駅・紅葉亭に突き当たると、そこからは優雅にロープウェイに乗車し、天空から奇岩が林立する風景を眺められる・・・わけはなく、裏手の遊歩道というか完全なる登山道に入る。ロープウェイ山頂駅まで標高差312メートル。つづら折れを50回、いや100回くらい繰り返して高度を稼ぐ。樹林の陰にちらほら見えるランナーたちの大半は走るのをあきらめ歩きに徹しているが、モーレツな勢いで駆け上がっていく荒武者もいる。生粋のトレイルランナーならタッタカ登れるんだろうけど、こちとら息をゲボゲホ言わせて歩くので精いっぱい。35キロまで10時間切りペースで順調に走っていた頃の淡い夢はいまや露と消え、1キロ16分台まで落ちる。こりゃダメだ〜。
 道のすぐ脇に大猿が腰掛けている。その距離3メートル、逃げるそぶりもなくじっとこちらを見つめている。(こいつら、朝っぱらから何やってんだ?)という上目線の表情だ。ニャロメ!
 40キロの表示とともに樹林帯を抜け、ロープウェイ山頂駅がある観光スポットらしき広場に着く。ようやく41キロの大エイドステーションである。スタート前にあずけた荷物袋からチューブ入りのワセリンを取り出し、股間に塗ろうと試みるが、寒さのためジェル状のワセリンの粘度が増し、どんなに握ってもチューブの穴から出てこない。
 少し休憩をしようかと思ったが、動きを止めていると寒くて仕方がない。エイドに用意されたオニギリを3個口に投げ入れ、スポーツドリンクで流し込みながら、早々に出発する。
 ロープウェイ駅の横に、煉瓦仕立ての豪華な建物がある。美術館かな?と自動ドアの外から覗きこむと公衆トイレだった。噂の冷暖房つきのゴージャス「1億円トイレ」である。これは試さざるを得ないと、1億円分のリッチさを味わいながら存分に用を足す。
 寒霞渓の周遊道路をさらに登る。太もも、おしり、ハムストリング、ふくらはぎ、すべてがパンパンで、ぎこちなく走る。
 車道の両側に残雪がつきはじめ、しだいに積雪量が増していく。気温はいったい何度なんだろう。きっと0度前後なのではないか。標高は700メートル超。瀬戸内海の温暖な気候を想像していた身に寒風が吹きつける。
 45キロのエイドが遠くに見えると、スタッフの方が何ごとか叫んでいる。「焼き鳥ありますよー!」「名物、焼き鳥食べてってくださーい」。近づけば、炭火コンロの上に串に刺さった数種類の焼き鳥がタレの輝きも眩しく焼き上がっているではないか。しかも「ビールもありますよ。一杯いかがですか」と魔のささやき。迷うことなく焼き鳥を右手に、紙コップに満々と注がれたビールを左手に炭火居酒屋気分を満喫する。残雪の中、一気飲みするビールのうまさったらありゃしない! おかわりの誘惑を振りきり、さっきとは別人の元気さでエイドを飛び出す。水分枯渇した五臓六腑にアルコールが染みわたり頭クラクラ。「ゼッコーチョー中畑清です!」と控えめに叫ぶ。中畑清的ハイテンションで前ゆくランナーをガンガン追い越していく。麦ホップ・パワー全開である。
 10キロ以上つづく果てしない下り坂では、またもや秘技「脱力下り走」を投入。脚と循環器を休ませながらキロ5分台でパカパカ下る。
 後方から名前を呼ばれるので振り返れば、昨夏、北米横断レースでサポートクルーをしていただいた浪越保正さんがいた。70日間にわたって、ずっとぼくの走りを支えてくれた恩人と、初めてランナーとして併走できることに感激する。浪越さんは来るべき今夏のトランスヨーロッパ・フットレース2012(デンマーク〜ジブラルタル海峡間4175キロ)に出場される。今年に入ってからも九州縦断や沖縄本島一周を行うなど脚づくりに余念がない。現役のスーパー・ジャーニーランナーについていけるはずもなく、3キロほど併走させてもらい軽く置いていかれる。
 標高差700メートル分を下って内海湾岸の国道に復帰。このあたりには醤油工場が点在し、観光客向けに土産物店やソフトクリーム売り場を開いている。醸造された醤油の香ばしい匂いと「醤油ソフトクリーム」の看板や模型。しまった、小銭をしのばせてくればよかった!と前を通るたびに後悔する。
 60キロからは「二十四の瞳映画村」が先端近くにある田浦岬の海岸線を行く。早くも65キロ地点の折り返しを経てきたトップクラスのランナーとすれ違う。ギリシャで行われているスパルタスロンで何度かお会いした著名ランナーの方々が声をかけてくれる。こんな山岳コース込みの100キロを8時間台から9時間台前半のスピードで走ってるのに、立ち止まって挨拶までしてくれる。もー、圧倒的な力の差である。
 この頃から寒霞渓に登ったダメージが現れはじめ、ストライドが全然伸びなくなりキロ7分台に落ちてしまう。こりゃ9時間台どころか10時間台も厳しい。先はまだ40キロ近くある。ガムシャラに走って6分に戻すか、ツブれないよう7分台でトコトコいくか考えてみるが、選択の余地もなく脚が動かない。岬を往復し70キロを越えると脚はほとんど棒。幹線道路のため交差点が多いのをいいことに、わざと赤信号に引っかかるタイミングで走り、「赤信号だから止まるのは仕方ない。ほなって交通ルール守らないかんし」などと見事な言い訳をつくりながら信号のたびに地べたに尻をついて休憩する。
 75キロの大エイドでは、島の美しいお姉さま方の「食べなさい食べなさい」攻めを全面的に受け入れ、ぜんざい2杯、みそ汁、オニギリ3個、まんじゅう2個、パン、イチゴ5個、はっさく、ほか食料を大量に胃に落とす。
 血糖値急上昇でフラフラさまよい走る姿を見かねたか、地元の方々が何度となく話しかけてくれる。「朝5時から走ってるんでしょう。大変ねえー」「75キロも走ったの。偉いわー。あと25キロがんばって」「小豆島はいいとこよ、美味しいもの食べていって」。
 78キロあたりで疾風を放ちながら追い越していく女性が登場。サロマ、宮古島、サハラといろんなレースで出会っては励ましあうランニング仲間、生稲裕子さんである。「なーんか地元の人と楽しそうに話しして、手ぇふったりして芸能人みたいだね〜」とニカニカ笑い、豊かなつけまつ毛をそよ風になびかせている。「私、ちょっと前からラストスパートに入ってるから、お先に〜」と余裕を見せつけて去っていく。どんどん離れていくド茶髪でドピンク・ウエアな背中を遠くに見送りながら、突如として、猛然とハートに火が着く。
 (うぅ、この人には負けれん。あと22キロ、全力でいったる〜!)
 ギアを全開にしキロ5分ペースに戻す。ゼーゼー唸りながらハーフマラソン的全力疾走を開始。なんだまだ脚は動くじゃないか。やっぱしウルトラは筋肉で走るんじゃなくて気持ちで走るもんなんだな。「うりゃー」と生稲さんを追い越すと、前方のランナーをつぎつぎに捕らえては鮮やかに抜き去る(ま、皆マイペースで走ってるから追い抜くことに価値はないんだけど)。
 瀬戸内海の四国本土側に、象の鼻のように突き出した三都半島をぐるっと一周20キロゆけばゴールなわけだが、ここが最後に用意されたクライマックス。平坦な道はほとんどなく、100メートル程の尾根筋を3度、4度と越えていく。いつ果てるともない急坂を心臓をバクバク収縮させて登りきれば、ヒザをガクガク震わせて下る。今日は一日中こんなことやってるな。苦しいはずなのに、なんとなく楽しい気分に満たされていく。そういや、この半年は脚の故障でまともに走りきれたレースなんて一本もなかった。フルマラソンでは5時間以上かかり、ウルトラは早々にリタイアか、完走してもビリ近くか。脚の痛みなく走れるのは何百日ぶりだろう。
 追いついたランナーと声をかわす。「最後の最後までこんなに登らせやがって」とぷんぷん怒っているオジサンも、「もう脚がぜんぜん動かないです。これがウルトラなんですね」と泣きべそかいてる若者も、なんだか楽しそうである。みんな朝から晩までアホほど走って、身体じゅう傷めて、それで満足してるなんてね。ほんとうに愉快な人たちだ!
 岬が気候の分水嶺になっているのか冷たい風が吹きぬける。最後の小山を越えるとゴール会場の「小豆島ふるさと村」が視界に入る。夕陽が瀬戸内海の海原を薄紅に染めている。フィナーレにふさわしい情景じゃないかと感慨に浸る。だが曲がりくねった道の先を目を凝らし追うと、遠く会場の向こうの山の中腹まで、大回りして走らされるみたいだ。わはは、まだ終わりじゃないのか。サディステック極まりないな!
 やっぱしウルトラマラソンって楽しすぎる。ゴールしてしまうのがもったいないぞー!