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2010年9月

  • バカロードその16 スパルタスロンへの道 2 連戦連敗の夏
    文=坂東良晃(タウトク編集人、1967生まれ。18〜21歳の頃、日本列島徒歩縦断、アフリカ大陸徒歩横断など約1万キロを踏破。男四十にして再びバカ道を歩む、か?)

    (前回まで=超長距離走の世界最高レースともいえるスパルタスロン。246キロを36時間以内、完走率30%前後の過酷なレース。実力をわきまえずエントリーしてしまったバカ男は、特訓と称して裸足で走りはじめたり、モヤシばかり食べたりと、怪しい方向へと道を踏み外しつつあった)


     スパルタスロンにゴールテープはない。
     レオニダス王の巨大な像の足の甲に触れる。それがゴールの証しである。紀元前480年、たった300名の兵を率い、100万人の軍勢を擁するペルシア軍に戦いを挑んだ(まゆつばな話)英雄レオニダス。そのゴールに直立する像の足元には、「欲しくば獲りに来い」と書いてある。
     なんと短く、誇り高く、人の心を動かす言葉か。
     求めるものは向こうから転がり込んではこない。自分から進んでいかなくてはならない。逆に考えるなら、目標は逃げはしない。レオニダス王は2500年もの間、スパルタに立っている。その場所に、自分の脚で、行けばいいだけのことだ。

     スパルタスロンという大一番に向けて、この夏ぼくは伝説ともいえる快進撃をつづけた・・・というストーリーであるはずだった。
     しかし現実の人生は、司馬遼太郎が描く剣士ほどに波瀾万丈ではなく、スコット・フィッツジェラルドの造り出す主人公のようにお洒落にはいかない。
           □
     6月初夏、今年も北海道の東のさいはてを訪れた。
     「さいはて」と呼ぶと地元の人に失礼なのかなと思う。ヨーロッパ人に日本を極東(ファー・イースト)と呼ばれるのと同様だ。東の極みってどーゆーことよ。お前ら中心に物事を考えるなコノヤロー、となる。いや極東と当て字をしたのは他ならぬ日本人自身か。    
     「さいはて」は漢字で書けば最果て。最も離れた場所って意味。地元民はそんなこと他人に言われたくないだろう。と思いきや、道東(北海道東部)に行くと、あちらこちらの看板に「さいはて」という言葉が踊る。さいはて市場にさいはてラーメン、旅情が観光産業をうるおし金を生むんだから、自ら最果てを名乗るもアリか。
     地元民の思いはともかく、ランナーにとってはこんな果ての地まで向かうことに大きな意味がある。仕事を休み、飛行機を乗り継ぎ、空港からレンタカーやバスで何百キロと移動してでも出場する100キロレース。サロマ湖100キロウルトラマラソンは、他の和気あいあいとしたウルトラ系の大会とは違うガチ勝負の緊張感がある。
     サロマは、ぼくにとって特別なレースだ。はじめて100キロに挑戦したのがおととしのサロマ。80キロの関門を超えて気を失いリタイアした。はじめて100キロを完走できたのも、このサロマ。1年前だ。記録は11時間45分。
     それから1年間に100キロ以上の大会を7本走り、ずいぶん自信をつけた。練習で走る30キロや50キロのペース走の感じなら10時間を切るのはさほど難しいことではなく、今年はうまくいけば9時間も切れると踏んでいた。
     スタートからキロ5分で入る。後半多少ペースダウンしても8時間台を出せるペースだ・・・という目論見は、わずか30キロで瓦解した。前日、開催地である北見市は気温37度を記録。地元テレビのニュース番組は、6月の観測史上、過去最高だと繰り返した。レース当日も、午前中から気温はぐんぐん上昇30度に達し、10キロをすぎると噴き出す汗でシューズが水浸しになった。タッポンタッポンと重くなったシューズを恨みながら、ほどなく強烈な疲労感が襲ってきた。「なぜこんな早くへばるのだ?マジか自分?」と責めてもどうにもならないのがマラソンってヤツである。マラソンはメンタル・スポーツと言われるが、一度へばった身体を精神力で蘇らせられるほど甘い競技でもない。クリーンヒットされヒザから崩れ落ちたボクサーが、根性では立ち上げれないのと同様だ。
     30キロで目標タイムをあきらめ、50キロでサブテンをあきらめ、60キロで自己ベスト更新をあきらめた。エイドで立ち止まらないという自分ルールを捨て、絶対にレース中に歩かないという鉄則も投げ捨てた。その先は、あきらめるモノも捨てるモノも見当たらなくなった。
     72キロのエイドでトイレに入り、お小水の準備にとわがナニを取り出すと、その先っぽが今まで見たことのない色・・・真紫色に変色している。もしかしてインポテンツになるのではないかとの恐怖におののき、「不能か、完走かの二者択一ならどっちを選ぶか」などと下らないテーマについて1時間も考えながら走った。
     やがて何もかもあきらめきったあと、せめて完走だけはという最低レベルの蜘蛛の糸にだけはしがみつき、12時間05分ゴール。よれよれで初完走した去年よりさらに20分も遅い。「サロマは暑すぎた」。それが自分を納得させる唯一の失敗理由だった。要するに、自分のせいじゃないって!

     7月、高知・汗見川清流マラソン。去年まではのんびりした田舎の行事って雰囲気だったが、今年からランナーズチップが導入されたり、木造のゴールゲートやら特産品マーケットなどが用意されたりして、立派なマラソンイベントに変わった。過去の9.7キロという中途半端な距離設定も、きちんと計測されたハーフマラソンの距離になった。中間の折り返し地点までは延々と登り、復路は下るだけ。キツい終盤のほとんどを下っていけるのはラクなコースといえる。最低でも1時間35分で走りたい。夏場にそれくらいのタイムを出しておけば、冬には1時間20分台にもっていける。道路の電光掲示板は朝から気温32度を示している。今日もまた激暑の予感がする。
     蛇行する山道をイーブンペースでゆく。坂道といってもトレイルレースに比べたら平地みたいなもん。登りながらキロ4分30秒でラップを刻んでいる。こりゃ後半の下りで4分10秒くらいまで上げれるから、とんでもないタイムが出るね!なんてウキウキ気分の痛快通り。
     ところが折り返しをUターンすると、身体が自分のもんじゃないような重さ。下り道だよ、楽勝の予定だよ、今からスピードアップするはずだよね。思いとはウラハラに脚には鉛、腕には鉄アレイ、頭は孫悟空を戒める輪っかがハメられたよう。やがてキロ4分台を維持できなくなり、5分30秒に落ち込む。筋肉が収縮を忘れ、タプタプした水袋になったかのよう。重いだけで仕事をしない。残り3キロ、ついに走れなくなり立ち止まる。道路脇に山水が噴きだしているパイプがあり、頭からドゥドゥと水をかぶる。不自然なほど全身びしょ濡れになってゴールするとタイムは1時間49分。服もシューズも着けたまま、水道水をホースで全身に浴びせながら、ハーフマラソンですら「完走」できないのかとうなだれる。
     「汗見川は暑すぎた」。練習のタイムトライアルでは、1000メートルでも、5000メートルでも速くなっている。レースに限って失速するのは「暑すぎるから」。そうに違いないって!

     8月、北海道マラソン。夏場に行われる国内最大規模のフルマラソンの大会だ。おととしまでは制限4時間のシリアスレースだったが、去年から5時間に緩和され多くの市民ランナーが参加できる大会になった。とはいえ実業団選手にとって世界選手権の選考レースであり、札幌の中心街を駆け抜けるコース設定、テレビの生中継もあって、華やかで洗練された大会であることに変わりはない。
     最低でも3時間20分を切りたい。ゆっくり入って、25キロから徐々に上げていき、35キロから全力モードに入る、というレース計画でのぞむ。
     スタートの号砲が鳴る。極限まで脱力し、どこの筋肉にもいっさいの力を入れない、という意識を確認。「これはジョグだ、25キロまではジョグだ」とぶつぶつ唱える。
     息も切れず、沿道の応援に笑顔でこたえ、すがすがしく前に進む。キロ4分40秒前後でラップを刻む。これだけ力を入れずにこのタイムなら上出来。後半にたっぷり余力を残せている、と嬉しくなってくる。ただ両方のヒジから、したたるように汗が落ちていく。この分じゃ2〜3リッターはすぐに流れ出てしまいそうだ。
     20キロ手前で腕時計に表示されたラップタイムを見て、目を疑う。5分42秒で止まっている。距離表示の間違いかと思う。いやしかし日本陸連の主催大会で距離間違いなどあるはずがない。次の1キロは5分22秒、その次も5分41秒。勝負所の25キロのはるか手前で失速開始だ。「またかよ」と思う。サロマ、汗見川、そして北海道。いずれも終盤の勝負ポイントのはるか手前で自滅がはじまり、あとは対処しようがなくなるの繰り返し。
     1キロに6分かかりはじめる。何もかもから逃げだしたくなる倦怠感。水分補給しても胃から喉に逆流する。1キロが本当に遠い。走っても走っても次の1キロの看板が見えてこない。
     40キロ手前で脚がつるかつらぬかの微妙な状態がつづき、この感じから逃げたいと立ち止まって脚の屈伸をすると、そのまま完全に痙攣がはじまった。道路脇の街路樹のたもと、土のうえに座り込む。股関節と両脚と腹筋が痙攣して、どの関節も曲げられない。下半身をピンと伸ばした変な格好で、痙攣よ治まってくれと嘆く。
     ふと見れば、あちらこちらでランナーが倒れていて、大会スタッフが介抱している。担架が運ばれたり、サイレン音も高らかに救急車が近づいてきたり。大会スタッフがこっちに気づきにじり寄ってくる。ヤバイ、このままだと病院連行だ。ムリヤリ笑顔を見せ「ちょっと屈伸してまーす」と元気に挨拶、ヨッコラショッと立つフリをする。
     どんな落ち込んでもせめてサブフォーだけは、と攣ったままの脚で歩きはじめる。歩幅はわずか30センチのよちよち歩き。結局、40キロからの2.195キロに20分以上かかりゴールラインをまたげは記録は4時間05分。さて今回の失敗の言い訳は何にしようと考える。「札幌は暑すぎた」。そろそろこの理由は通用しなくなってきたんじゃないか?

     9月、猛暑はおさまる気配もない。東京で行われる神宮外苑24時間チャレンジは、24時間走世界大会の日本代表を決める重要レースだ。1周1.3キロの周回路を走り、24時間で走破した距離を競う。200キロを越えたら一流どころ。日本代表に選ばれるためには230キロ以上は稼ぎたい。
     しかしぼくときたら、この夏ハーフ、フル、ウルトラと、3本のレースすべてに失敗し、その悪夢を払拭しようと月間500キロを走り込み続け、肉体も精神も疲労困ぱい模様である。何かを達成したトップアスリートでもないのにバーンアウト状態。走る前からヘトヘトなのである。
     再び気温34度の熱帯日和のなか、直射日光を全身に浴びながら、黙々と周回路を走る。いや、やはり走れない。24時間走という競技は、この日に向け1年間きちんと準備をこなしても厳しいものなのだ。走る前からフラフラの人間に何ができようか。10時間もかけて80キロをようやっと過ぎたあたりで、それ以上走る気力が失せ、自ら走路を外れてアスファルトの地面にうつ伏せる。少し眠れば体力も回復するかと睡眠を試みたが、大会テント用の発電機のエンジン音が耳をついて眠れない。ムリにでも寝てしまおうと睡眠導入剤を飲むと、眠れない代わりに、江戸末期の庶民のような「ええじゃないか」的な投げやりで浮かれた気分に満ちてきた。もうこれ以上は走れはしない、ほれでええじゃないか。自分は弱い、そう認めざるを得ない、ほれでええじゃないか、ええじゃないか。
           □
     スパルタスロン出場に向けてこの半年、めいいっぱい走り込んだ。当然、走行距離に見合う実力がつくものだと信じてである。だが夏のレースは4本とも全滅。それもタイムが去年より遅くなったというレベルの失速ではなく、レースを途中棄権するに等しい失敗を重ねたまま、一筋の光も見えぬままギリシャに向かうことになった。
     ひとつだけはっきりしたことがある。現在の実力ではスパルタスロンの時間内完走・・・246キロを36時間以内完走は200%ムリだってこと。
     ならば、ならばである。
     どうせ負け戦なら潔い負け方をしよう。前半自重なんかせず、突っ込んでやろう。後半に力を溜めているうちに、関門の制限時間に引っかかって、不完全燃焼のままオメオメと帰国するくらいなら、無謀な賭けに出てやろう。スタートと同時にフルマラソンのレースのつもりで全力でいこう。あとは野となれ山となれだ。
     誰かに羽交い締めにされて止められない限り、ゴールのレオニダス王を目指して脚を前に繰り出そう。わずか300人で100万人の軍隊に突っ込んでいった(まゆつばですが)英雄の元に歩み寄るレースなのだ。
     「欲しくば獲りに来い」。
     獲りにいってやるさ。全力で。                   
                                             (次回いよいよ本番に突入)
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  • バカロードその15 スパルタスロンへの道 1 ツァラトゥストラかく走りき
    文=坂東良晃(タウトク編集人、1967生まれ。18〜21歳の頃、日本列島徒歩縦断、アフリカ大陸徒歩横断など約1万キロを踏破。男四十にして再びバカ道を歩む、か?)

     今、ランナーたちの間でベアフット=裸足ってのがキーワードになっていて、ぼくもときどきシューズを脱いで走ってみたりしている。ウルトラマラソン用のブ厚いソールでも100キロ走れば膝バキバキ傷めるのに、裸足なんかで走って大丈夫なのか? そんな疑問をかかえたまま、恐る恐る硬いアスファルトの上に無防備な裸足で踏み出してみた。どれほどの衝撃がカカトや足首、膝を襲うんだ?という危惧は、20メートル先できれいに消えた。衝撃などなかったのだ。
     シューズなら地面から反発力をもらうべくバシバシ叩きつけるところだが、裸足で同じことしても跳ね返るわけもなく、適度にゆるく脚を繰り出してみる。わが足裏は、オッサンの足とは思えぬほどペタペタかわいらしい足音を立て、やわらかく着地する。少しスピードをあげてみる。うほ〜裸足だとカカトってぜんぜん接地しないのね。前足部で着地し、リリースまで一度もカカトをつけない(微妙に触れるけど)。試しにわざとカカトから着地してみるととても走りにくい。全体重を硬いアスファルトに乗せるには、あまりにカカトの骨は小さく、肉は薄い。
     少し頭がこんがらがってくる。3年前にメタボ腹をかかえてランニングをはじめた頃にむさぼり読んだ20冊を上回るランニング教書では、「カカトから着地して、つま先から抜くのが正しいフォームです」との説明がスタンダードであった。有森裕子さんはじめ実績あるランナーたちがそう述べているのはなぜか? 対して「足裏全体で同時に着地すべき」という論調もあるが、カカト着地派が6:4で優勢と思われる。ましてや「つま先から着地しなさい」なんて書いてる本は見たことがない。唯一例外が、最も尊敬すべきマラソンランナー中山竹通さんのインタビュー記事。現役時代には「カカト着地ではテンポが遅れるため、カカト着地の時間を省略し、つま先着地で素早く切り返していた」という主旨のことを述べている。
     ランニングシューズを製造するスポーツメーカーは、新発売シューズではこぞってソール部分のクッションを強化する傾向にある。エアーやゲルや特殊素材をはさみこみ衝撃吸収性をアピールする。オーバープロネーションを補正する角度をつける。そうやってヒザや足首にかかる加重を減らしてケガのリスクを下げ、タイムまでも向上させる、と高らかに謳う。やっぱしカカトから着地するのが正しいのか?
     つま先着地でペタペタと走りながら思索にふける。脚は気持ちよく回転運動をつづけている。ぼくは静かな感動につつまれていた。「人間の脚って、こんなに良くできているのか」と。シューズを履いているときはまるで気にしていなかったが、指先がグイッグイ地表を掴みとる作用を果たす。サバンナの草原を疾走する肉食獣の前脚のように。長らくシューズの中に押し込めてきて(ランニング教書では靴ヒモは強めに締め、指の先っぽから1センチくらいはシューズ内にスペースを空けるように指導されている)、まったく機能を果たしていなかった指先が、シューズから解き放たれたとたん、古代からの記憶を取り戻したがごとく野性の動きを再現する。
     いったい全体、「正しい走り方」って何なんだろう? このようなドシロウト・ランナーの迷いに明快なヒントを与えてくれるのが、アメリカ合衆国においてベアフット・ランニングを爆発的に広めたクリストファー・マクドゥーガル著「BORN TO RUN」だ。チマタで流布されているランニングの常識をゴミ箱にポイする勢いの内容ゆえ、刺激
    が強い。ぼくのように活字情報に毒されすぎて、ランニングフォームがぐちゃぐちゃになってるようなタイプの人なら、激しい迷いに突入する可能性もあるが、恐いもん見たさで読んでみて下さい。
     さて裸足ランニングはまだ日本では市民権を得られていないため、すれ違うウォーカーやジョガーたちの困惑した表情にさらされることになる。彼らは、目の前で起きている事態に、どう判断を下してよいかわからないのだ。笑うでもなく、目で追うでもなく。チラッと視線を送っては、見てはいけないものを見てしまったかのようにササッと目をそらす。一般に、ちょっとイカれた人を目撃したときの反応だ。恥ずかしい、だが対処法はない。黙って恥ずかしさに耐えるか、あるいは誰も歩いてない午前6時頃に走るか。そりゃ、しょうがないよね。ぼくだって裸足で道路を走ってる人見たら、浮気がばれて奥さんから逃げだしてきたんか?って疑うくらい想像力の及ぶ範囲は限られている。
        □
     9月、世界で最も歴史ある超長距離レース「スパルタスロン」が開催される。全世界からつどいし超長距離界のスーパースターたちが、ギリシャの歴史遺産や荒野を舞台に、昼夜にわたる戦いを展開するのだ。
     今年は9月24日から25日にかけて行われる。アテネ市街の著名な遺跡・アクロポリスの丘をスタート地点とし、ゴールは246キロ彼方のスパルタの町。日本では「スパルタ教育」の名で知られる戦士の都市だ。ランナーはフィニッシュの儀式として古代スパルタ王である英雄レオニダスの銅像の脚にタッチ、あるいはキスをする。その後、古代ギリシャの白装束をまとった見目うるわしき女性からエウロタス川のしずくが葉っぱに乗せて、あるいは古代の壺を模した器で与えられる。いずれも、2500年前にこの区間を一昼夜で走りきった戦士が行い、また施された行為の再現なんだろう。
     この大舞台に参戦する。「参戦」といえば勇ましくもカッコいいが、スーパースターたちとマッチアップするほどの走力はない。ドン尻でもいいから完走狙い、制限時間の10秒前でもいいから完走狙い、それに尽きる。自分の体力、知力すべてを動員し、何ごともうまい塩梅で進んだうえに、あと一歩も走れない・・・という所まで追い込みきって、ようやく完走できるか、それでも無理かの当落線上。それがもっかの実力である。
     246キロメートルを36時間以内に走る。この数字だけみれば、走れるような気がしなくもない。単純計算で1キロを8分イーブンで走り切ればいいからだ。楽勝かもしれないな〜、と去年の今頃、つまり何もわかっていない頃には楽観していた。
     出場エントリーにあたって過去のデータを調べた。昨年の2009年大会は、完走者133人に対し、リタイアは187人。完走率41.6%である。大会の出場資格は100キロを10時間30分以内の公式記録か、200キロ以上のレースの完走記録が必要。そんなランナーたちが半数も完走できないのだ。去年はきっと酷暑で落雷も落ちて、暴れ馬が乱入でもしたんだろう。で、昨年参加した方に聞いてみると「去年は涼しかったよ〜」とか。涼しくて4割かよ! 昨年以前も完走率は例年30%〜40%が標準で、酷暑の年は25%を切っている。ややや、完走率25%って何だ〜?
     慣れない英語やギリシャ語と戦いながらエントリーを終えると、レースの詳細が書かれた案内書が郵送されてきた。ずらりと並ぶ細かな数字・・・どうやらエイドステーションのリストである。全行程中、75カ所ものエイドがある。そして各エイドの撤収時間がイコール関門になっているようなのだ。
     このタイムが非常に厳しい。まず入りの19.5キロの関門閉鎖が2時間10分。ここをセイフティーに越えるにはキロ6分を切っていく必要がある。いきなりけっこうなスピードを要求されるのだ。その後、フルマラソンの距離に相当する42.2キロ地点が4時間45分、100キロ関門が12時間45分である。これは後半にスタミナを温存して出せるタイムじゃないぞ! 100キロのレースに出て、12時間で走りきってゴールラインを越えたあとは、ぼくの場合ひん死の重傷レベル、ほとんど動けなくなる。そこから再び立ち上がり、残り146キロを24時間以内で走るエネルギーは残っているのだろうか? 
     この時期、ギリシャのエーゲ海沿いの昼間の気温は40度を超す。コース後半は山岳地帯に突入し、1000メートル級の山越えが2カ所ある。峠では摂氏5度付近まで降下する。うひょひょ、もう無理な気がしてきた。
     この大会に出場するため春から月間500キロを走り込んでいるが、参加選手の多くは800〜1000キロを走っている。1日平均30キロを平然と走れる人たちの完走率が30%〜40%ってわけね。うーん、こりゃ踊るしかないね。
           □
     スパルタスロン出場が決まってからは、体脂肪率を落とすために、1日の食事回数を1回(元々だけど)にし、主食をモヤシ、キュウリ、もずくにしている。徹底的に体重減少をはかる。レース後半のオールアウト(まったく身体が動かなくなる状態)を防ぐために、体重は10グラムでも軽くしたい。気力も及ばぬ極度の疲労は、25万歩にも達する脚の移動によってもたらされる。1歩にかかる体重負担を減らすことが、レース100キロ以降の成否を左右する。
     また、給水をしない練習をしている。過去の超長距離レースでは、水を摂取しすぎて低ナトリウム血症的な症状に襲われ、空ゲロえずきながらオールアウトが定番。今年のサロマ湖100キロでも水5リッター飲みまくり自滅。そんな失敗を繰り返している。体質を根本から変える必要がある。
     一般論はよく知っている。「科学的な」研究によりランニング中の給水の必要性は、スポーツ医学界からも、飲料メーカーの研究室からも提唱されている。練習中の運動部員やマラソンランナーらの熱中症による死亡事故のニュースは毎年絶えない。
     一方、ケニアのトップランナーが集結するエルドレッド近郊のカプサイト・キャンプでは、30キロ程度の練習中なら、ランナーは給水しないという。走行中はおろか、起床してから午前の練習を終えるまで水やスポーツドリンクは採らない。練習を終えた後に、何時間かかけてミルクティー(成分の大半は生乳)2〜3リットルを少しずつ飲む。ぼくたちが日頃耳にするアミノ酸やら電解質やら浸透圧とは無縁の世界で、21世紀初頭のマラソンの歴史が築かれている。フルマラソンの歴代世界10傑のうち2位から10位までの9人はケニア人なのだ。
     20年くらい前までは、日本中の運動部で練習中に水を飲むのは絶対禁止だった。ぼくたち非科学的・根性論世代は、水を飲まず、ウサギ跳びと手押し車をし、監督や先輩から顔面ビンタを食らいながら、根性ってヤツを鍛えられた。こんな「プレイボール・侍ジャイアンツ・がんばれ元気」世代は、どうも「科学」がビジネスと結びついて見えるときは少し疑ってかかるクセがある。いっぽうで非科学的な根性論を無条件で受けて入れてしまう。大学の実験室のトレッドミルや血液検査装置やモーションキャプチャーで計測された科学的データでは計り知れない、突き抜けた境地ってのが人間にはあるはずなんだ。
     20〜30キロを無給水で走るトレーニングをはじめると、後半バテなくなってきた。科学的根拠はむろんない。気のせいなのかもしれない。でもそこが人間のおもしろいとこ。ここぞってときに発揮できるタフさってのは、数値では管理できない何か、体内から噴きだす負のオーラやら、わけのわからないド根性やら、要するに理屈じゃない所から発生するんだ。
     何十年間も運動をせず、ただデブるにまかせていた凡人たるオッサン、ただのスポーツ観戦愛好家だったぼくが、ドキュメンタリー番組でしか観たことのないテレビの向こうの世界・・・スパルタスロンの舞台で戦うには、正常なことをしていては追いつかない。「馬鹿になれ、とことん馬鹿になれ」との猪木師匠のポエムと心中覚悟。力石徹が1日トマト1個で生き、谷口タカオが距離3分の1ノックをしたように、シューズを脱ぎ捨て、水涸れした身体でモヤシをむさぼり、バカ世界に入滅する。
  • さらら9月2日号で、夏の疲れにサヨナラしよう! salala0902とにかく暑かった今年の夏。外に出るだけで汗が止まらず、いつも以上に疲れが溜まったのでは?
    今回は「私のカラダ、何とかしたい! 第2弾」。頑固な筋肉のコリをほぐしたりリンパに溜まった老廃物を排出するマッサージや、今注目のよもぎ蒸し、足を使った珍しいマッサージ“フーレセラピー”などをしてくれるお店を紹介。さらに体を内側からも元気にしてくれる飲食店の美味しいメニューもあります。秋はもうすぐそこ。夏の疲れは今すぐ解消して、美味しいものも楽しいこともいっぱいの秋を迎えましょう♪

    表紙のさらランキングは、「気になるダイエットランキング」がテーマ。
    みんな流行のダイエットを自己流にアレンジして楽しくシェイプアップしているよう。やっぱりダイエットは楽しくないと続かないですもんね〜。やってみたいダイエット法は見つかりましたか?