バカロードその124 黄色い太陽

公開日 2018年12月10日

文=坂東良晃(タウトク編集人。1987年アフリカ大陸5500km徒歩横断、2011年北米大陸横断レース5139km完走。人類初の自足による地球一周(喜望峰→パタゴニア4万km)をめざし、バカ道をゆく)

(前号まで=高校2年生の春休み、ぼくは3日間走りつづけて真夜中の高知駅にたどり着いた。段ボールを敷いて野宿していたぼくに声をかけたのはアル・パチーノ似の黒シャツ男。「ブローニュの森」という店へと誘われる。そこでは、全裸の男たちが身をくねらせ、男女が唇を吸い合う、世紀末的な退廃ムード漂う世界が広がっていた)

 男はグラスにバーボンを際限なく注ぎ足し、ナメられまいと熱い塊を喉に詰め込んでいるぼくの視界の中で、壁や照明がぐるんぐるんと回転しはじめた。
 「ブローニュの森」を出ると、まだ夜明けは遠く、霧雨がまとわりつく。階段の下で待機していたタクシーにふたたび乗せられる。男は「ぼくは店をやっているから、朝まで休んでいけばいいよ」とフロントガラスについた雨粒を遠く見つめる。
 タクシーは、小さな喫茶店の前で止まる。木製のドアを開けると照明の消えた喫茶スペース。小ぶりなカウンターに何席かのハイスツール。店の脇から階段が暗く伸びている。
 先に立った男について2階へと上がると、住居スペースらしき部屋がある。奥に二間続きの和室と、窓辺に小さな流し台。手前の部屋にはこたつがあって、奥の部屋との間はふすまで仕切られている。男は天井の蛍光灯、こたつ、テレビ、ビデオデッキ・・・と順に電源を入れていく。
 「おもしろいビデオがあるから観ない?」と言いながら、ぼくの返事に耳を貸すでもなく、デッキに入れっぱなしのビデオテープの再生ボタンを押す。男は、さほどビデオには関心がある風でもなく、流し台に取って返す。冷蔵庫から苺のパックを取り出し、一個ずつヘタをちぎり取り、水でよく洗う。白い皿に盛りつけ、たっぷりの練乳ミルクをかけて、こたつ机の上に置く。
 ぼくはビデオに集中する。
 ブロンドヘアの男性訪問販売員が、きれいに刈り込まれた芝生の庭を通りぬけ、瀟洒な邸宅に近づく。玄関のドアノッカーを叩くと、トビラを開けるのは褐色の肌をした美青年。年の頃は二十歳。広大なリビングルームに通された訪問販売員は、アタッシュケースを広げてセールスを試すが、視線をまっすぐ外さない美青年の魅力に抗することができない。二人は互いのシャツのボタンを外しあって一糸まとわぬ姿となり、肉欲の世界に溺れていく・・・という洋物エロビデオである。
 ぼくがそれを凝視している間、男はドリッパーに熱湯を注ぎ、2杯分淹れたコーヒーを手にこたつに座る。ビデオの感想を聞くでもなく、ビデオデッキの電源を落とす。会話がないまま苺をかじり、濃いコーヒーに黒砂糖を何個か落として飲む。
 しばらくの沈黙の後に、男はぼくに背を向け、おもむろに着替えをはじめる。
 シャツを脱ぐと痩せた背中が現れる。青いくらいの色白で、脂肪の欠片ひとつない。スボンを下ろすと、面積の小さな黒のブリーフをはいた尻が見える。
 スカイブルー色の上下のパジャマを取り出す。洗濯のりが効いていそうなパリッとしたシャツを羽織り、ゆっくりボタンを止めていく。部屋の境のふすまを開けると、奥の間はベッドルームだった。男は、ベッドにするすると潜り込むと、掛け布団を持ち上げて、こう言った。
 「こっちにおいでよ」
 事態は風雲急を告げる。
 人は死に直面した瞬間、目に映る光景がスローモーションとなり、あらゆる記憶が洪水のように脳のスクリーンに投影されるという。そのときのぼくには、確かにそのような現象が起こった。
 ---誘いを断ると、毒蛇のように襲いかかる男。やめてくださいと懇願するぼくにまたがり、衣服をビリビリに引き裂き、上気した瞳で見下ろしながら、若き身体を陵辱していく青パジャマ・・・。
 あるいは。恐怖がリミッターを超えたぼくは、流し台へとあとずさり、手にした包丁を男の下腹部をぬるりと刺す。青パジャマが黒く濡れ、足元に血溜まりが広がっていく。動転したぼくは、裸足のまま高知の闇夜へと飛び出す。パトカーのサイレン音が四方からこだまする街を、ぬめぬめした両手を壁になすりつけながら、路地裏を逃げ惑う・・・。
 それとも。甘美な男の誘惑に敗れ、ベッドへといざなわれたぼくは、押し寄せる快楽の予感にうめき声を漏らす。何かの儀式のように、あらかじめ定められたルートに従って舌を這わしていくアル・パチーノ。目を閉じ、腰を突きだして、十六歳の青春に別れを告げるいたいけな少年の頬につたう涙・・・。
 とにかく数分後の自分は、今の自分ではない。運命の荒波にさらされている。
 勇気ある冒険家ならば、自らの意思で、いずれかの道へ一歩踏み出すだろう。トビラを開ければ、そこには未踏の世界が広がっているのだから。
 だが現実のぼくは、走馬灯に映るドラマチックな演者とはほど遠く、ひたすらビビっているのである。
 「イヤですよ。こっちのこたつで寝ますよう」
 「なに言ってんの? ヘンな子だな。そっちじゃ寒いだろう。こっちで一緒に寝ようぜ」
 「そう言われても困りますって」
 押し問答がつづく。すると男は突如、さっきまでの柔和な仮面を外し、欲望の牙を露わにする。
 「おい、いいかげんにしろよ! 何のために今まで一緒にいたと思ってるんだ!」
 ぼくはその瞬間、理性というものを無くす。心臓の筋繊維が激しく収縮する。半鐘のごく打ち鳴らされ、全身の血管に大量の血が押し出される。手と足の20本の指先が痺れ、視界の奥に稲光がチカチカとまたたく。
 獣のスピードで男の上にのしかかり、パジャマの襟首を両手でつかんで、男の後頭部をベッドに叩きつける。言葉にならない唸り声を上げて、現時点での力の上下関係をはっきりさせる。
 抵抗する力を失った男の目は、気弱な山羊の目のように生気なくひからびていった。
 「ごめんなさい。もう言わないから、別々に寝ていいから、ごめんない」と半ベソをかいている。
 馬乗りにした男から降りたぼくは、こたつの部屋へと戻る。
 男は、天井の蛍光灯を消し、豆電球だけが灯る薄暗い部屋で、自分の過去についてぼそぼそと語り続ける。
 男性しか愛せないと気づいた学生時代のこと。愛した人との最後は、いつも一方通行な思いに支配されていたと思い知らされた日々。学校が春休みや夏休みになる時期に、一人旅の若者をハントするために、夜ごと高知駅へとでかけては声をかけて・・・声が消えていく。
 男は布団にくるまり、眠りについた。
 もう何も起こらなかった。
 夜明けは近く、ぼくはまんじりともせず、白けていく空を窓越しに見つめながら、人生というものについて少し考えた。昨日の夜、この男に出会ってから経った時間を指を折って数えてみる。6時間だ。本当に6時間なのか? 何日分もの時が過ぎ去ったように思える。
 夜が明ける。彼は流し台で顔を洗い、歯を磨き、脱いだパジャマを丁寧にたたむ。二人で部屋を出て、階段を降りる。階下の彼の店ではなく、近くの喫茶店へと歩いていく。モーニングを二人分頼むと、コーヒーにハムエッグがついてくる。「今からどこに行くの?」と聞かれたが、ぼくの頭の中には答えがない。果たしてぼくは、今からどこへ向かうのだろう。
 男の家に戻り、荷物をまとめて出発することにする。今いる場所がどこかわからないので、高知駅の方向を指をさして教えてもらう。
 店の前の道路で、この場にふさわしい別れの言葉が見つからずにいると、男は哀願するような顔になり「最後だからさわらせてくれる?」と言う。もう、これ以上、彼につらく当たることはできなかったので「うん」とうなづく。道ばたで股間をさわらせているのも変なので、店の中に引き返す。男はぼくの股間にそっと手をあてがい、しばらくそのままでいた。仕方がないので、ぼくはその間じゅう、店の白い壁を見つめていた。
 男と別れ歩きだすと、正面から射す太陽の光が黄色かった。
 「アレをやりすぎたら、太陽が黄いろーに見えるんぞ」と教えてくれたのは高校の同級生のカメオ君である。
 確かに、ぼくのマナコに映った太陽は黄色く、いつもより大きく見えた。黄色い太陽はさんさんと光の粒子を地上へと降らせ、街やぼくの輪郭は、その影響を受けてゆらめいていた。 (つづく)