バカロードその139 日本徒歩縦断2700キロ おけけとぼくの旅

公開日 2020年01月07日

文=坂東良晃(タウトク編集人。1987年アフリカ大陸5500km徒歩横断、2011年北米大陸横断レース5139km完走。人類初の自足による地球一周(喜望峰→パタゴニア4万km)をめざし、バカ道をゆく)

 北海道の東のはじっこの方、根釧台地の真ん中あたりにある小さな田舎町の牧場で、ぼくは十八歳の夏を過ごした。
 春に入学した東京の大学には、入学式に出て以来、一度も足を踏み入れてない。金がないので他人の部屋に居候し、毎日ぶらぶらしていた。有り金あわせて四千円を切り、いよいよ食費にも事欠くに至って、さすがに働かないとマズいだろうという正常な判断をするようになった。
 

 コンビニで立ち読みした求人情報誌に「住み込み、三食付き、往復交通費支給」という夢のようなアルバイトを見つけ、その場で連絡先の電話番号を暗記し、店を飛び出して公衆電話に手持ちの十円玉をすべて投入して、採用してもらう約束を取りつけた。勤め先は、北海道の名も知らぬ町だった。
 東京から釧路行きのフェリーで船中2泊した。北海道が近づくと海面は黒みを増し、港湾の風景はグレーがかっていて色彩に乏しく感じられた。釧路港でタラップを降りると、これからの職場となる牧場のおじさんが迎えに来てくれていた。うながされるがままに年季が入ったライトバンに乗り込むと、車内には青臭い草の匂いと、動物の香りが充満していた。
 はじめて目にする道東の風景は、うねりのある牧草地が空と地面の境界までつづく緑一色の世界であった。牧草以外に目に映るものと言えば、1キロくらいの間隔で現れる牧場の看板と、土くれ道の先にあるエンジ色の屋根をした家。その周りを牛小屋だと思われる長ったらしい建物や、鉛筆を逆さにしたようなトンガリ屋根の倉庫が囲っている。興味深げに眺めていると、「あれはサイロっていうんだぁ」とおじさんが説明をはじめる。サイロというのは、中が空洞になった円筒形の倉庫で、底が井戸のように掘り込まれている。夏に刈っておいた青草を上から放り込んで、積み重ねておくとやがて発酵する。発酵した草はサイレージと言って栄養価が高く、冬の間じゅう乳牛に食べさせるのさー、と。
 1時間ほどかけて到着したのは、乳牛を百頭ほど飼育する酪農農家だった。無口で無骨だけど焼酎を呑むととたんに陽気になるおじさんと、小さくて丸々と肥えていて甘い物が大好きなおばさんが営んでいる。
 冗談好きのおばさんは、初対面のぼくに「あれー、女の子かと思ったよぉー、今度おばさんがお化粧してあげるからね、ホホホホ」と執拗に化粧と女装を迫ってきた。僕に女の子的な要素はなく、単にロン毛なだけだが、髪の毛を三つ編みにしたがるので勝手にさせておいた。無職で、三つ編みで、牛の乳搾りをする十八歳になるなんて、高校生だった3カ月前には想像もつかない展開である。
 牧場の仕事は「3日もしないうちに、自分には無理ですと帰ってしまう学生さんがいっぱいいる」そうだ。ハードでタフなのは確かだが、ぼくにはすべての作業が楽しく感じられた。
 起床は朝4時。ビニルヤッケとジャージのスボン、長靴、ニット帽がこの仕事の正装だ。まず牛舎に出て、夜中の間にたまった百頭分のウンチを掃除する。野球グラウンドを慣らすときに使う「トンボ」という道具があるが、それに似た鉄製のかき棒で、牛の周囲にこんもり山となったウンチを糞尿溝に落とす。オシッコがはねて湿った「敷ワラ」も捨てる。自動糞尿掃除マシンの電源を入れると、100メートル以上にも及ぶコンベアが動きだし、溝に落としたすべてのウンチを牛舎外へと運び出してくれる。
 牛のエサは9割が干し草だ。一年前の夏に刈り、ロール状に丸めておいた牧草を、農業用のフォーク(悪魔のイラストに登場する三つ槍のアレそのもの)に大量に絡め取り、ズルズルと引きずっては、牛の口元に置いていく。
 干し草の上には「配合飼料」と呼ばれる物をスコップでふりかける。乾燥させたトウモロコシやさまざまな穀物、魚粉を混ぜた栄養食で、牛は目をむいて喜ぶ。飼料タンクの下に一輪車のネコ車を設置し、山盛りいっぱいに積んでから牛に配ってまわる。油断していると、食欲旺盛な牛がアゴでネコ車を引き寄せ、派手にひっくり返してしまうので用心する。
 ウンコ掃除とエサやりの次に、もっとも大切な作業である搾乳にとりかかる。まずは人肌よりも熱めのお湯をバケツに汲み、湯に浸したタオルで牛の乳房をきれいに拭いていく。夜中に腹ばいになっているうちについた汚れをぬぐうとともに、湯で乳房を刺激することで、母牛は条件反射的にオッパイを分泌しようとする。半日分の牛乳をためこんで膨らんでいる乳腺が、さらに張りを増し、乳首から白いミルクがぽたぽたと垂れはじめる。
 牛乳を収獲するには、ミルカーと呼ばれる吸引口が4コあるタコ足状の道具を使う。ミルカーを、人の頭上50センチほどの位置に張り巡らされたミルクパイプに接続すると、仔牛が乳首を吸うようなリズムで拍動をしはじめる。それを母牛の4本の乳首にスポスポと吸いつかせると、勢いよく乳がほとばしりだす。
 1人の搾り手は、同時に5台ほどのミルカーと、乳房を拭うためのバケツを移動させながら、牛舎の隅から順に搾乳していく。
 牛ごとにオッパイの容量が違い、乳房が大きいほどかかる時間は長い。また、4つの乳房それぞれに個性があり、乳を放出し終えるまでに時間差がある。搾り終えると同時に、ミルカーの吸引口を外さないと、乳房にダメージを与えてしまう。外すのが遅れて「空搾り」になったり、早すぎてミルクを残しすぎると、乳房炎という病気にかかる。
 この作業をうまくこなすために、毎日飽きるほど牛たちの乳房を眺めて、個体差を頭に叩き込んだ。大根のように巨大なの、小ぶりでチャーミングなの、4本がバラバラの方向を向いているの、ばあさんみたいに皺くちゃなの。牛ごとに搾乳の好き嫌いもある。「早く搾ってよ」とモウモウせがむのが大半だが、後ろ足で人間を蹴飛ばして嫌がるのもいる。
 朝に晩にと、牛の乳ばかり観察していると、夢の中までオッパイ一色になる。ピンク色の何百という乳房に圧し潰されそうになり、窒息しかけて跳び起きたりした。
 朝の牛舎仕事が済むと、今朝搾ったばかりの牛乳と一緒に朝メシを腹にかきこみ、屋外の仕事にでかける。冬の間に雪の重みで倒壊した放牧場の囲いを修復したり、トラクターに乗って牧草地に肥料を蒔いたり、冬場のエサを確保するための牧草をサイロに詰めたりする。
 北海道の最果てとも言える道東では、一年のうち七、八カ月も続く冬場を乗り切るために、夏が最盛期のわずか二カ月ほどの間に、集中的に働くのである。朝4時から夜7時頃まで、食事の時間を除いて動きっぱなしだ。その労働が、一年間の牛乳の品質や収穫量となって表れる。
 牧草の刈り入れが始まるまでの期間、ぼくは放牧場を有刺鉄線で囲う作業を一人で進めていた。一年の大半を牛舎で暮らす牛たちだが、夏の間だけ牧場に放たれ、柔らかい若草がある場所を移動していくのだ。
 牛は、その鈍重な印象とはかけ離れたジャンプ力がある。人間の肩の高さの位置で、有刺鉄線をたるみなく張っておかないと、飛び越えて外に出てしまう。逃げ出しても、行くあてはないので、その辺をうろつく。何年かに一度、脱走した牛たちが、鉄道の線路上や住宅街に群れをなして歩いてきてしまい、騒動を起こすことがあるそうだ。
 牧場は一辺が数キロメートルもあって、はじっこまで見通せない。地平線まで届くかと思うほどのバカっ広い土地に5メートルおきに鉄の支柱を打ち込み、その間に有刺鉄線を張っていく。まるまる一日かけても端までたどり着かない。つくづく北海道は広いのである。
 見渡すかぎり草の緑と、空の青の二色構成だ。人の気配はまるでなく、自分のたてる足音以外に音もなく、どこかの惑星に置き去りにされたような不安感につきまとわれる。
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 自衛隊の演習地に近いこの町では、市街地を貫く幹線道路を、カーキ色をした輸送トラックや機動車が平然と走っていて、周囲の朴訥とした農村風景と違和感がはなはだしい。
 夜の牛舎の仕事を終えると午後7時をまわっている。たいていの日は、疲れてすぐ寝床に入るのだが、ときおり街の若い衆に誘われて夜の街にでかけた。
 夜の街といっても、むろん大げさなものではない。鉄道駅から延びるメイン道路と、それに交差する何本かのだだっ広い通りに、スナックやバーが何軒か立ち並ぶ飲み屋街だ。目立った産業といえば酪農しかなさそうなこの街に、夜の店が軒を連ねているのは自衛隊の基地や宿舎が近いためだ。
 どこの店も、カウンターの隅にコートの襟を立てた細川俊之が座ってそうな何の変哲もない内装。申しわけ程度にしつらえられた安い家具のテーブル席。レーザーディスクか8トラのカラオケマシンが置いてある。たいてい二十代から三十歳前後の女性が1人か2人で接客をしているが、客もカウンターの中に入って酒を作ったりしているので、誰が経営者なのかわからない。
 オレンジがかった薄ぼんやりとした照明の下に集まる人たちは、この街で生まれ育った未婚の女性と、それに自衛官が大半であった。アルコールが回ってくると、決まって語られるのは恋物語。誰もかれもが、自らのラブストーリーを甘く感傷的にしゃべる。
 将来を誓いながら任期切れとともに街を去っていった自衛官を恨むでもなく。家庭持ちだと知りながら刹那の恋に身を焼いたり。いずれ街を去る日が来る自衛官や、農家のアルバイト学生と、地元の若者たちの恋は期限付きの恋だ。戻るべき場所のある「内地」の人間とは対象的に、この街で生まれた女性たちは、恋人が去ったあとも待ちつづける。あるいは後を追いかけて街を出る。ハッピィエンドのない鎌田敏夫の脚本のような、あるいは藤圭子が吐露する怨歌のような話は、果てることがない。
 初対面のぼくに彼女らは饒舌だった。いつかこの地を去る「東京の学生さん」は、秘めたる想いを吐き出す相手として最適なのかも知れない。
 酪農アルバイトは、夏が過ぎると無用となる。牧草の刈り入れ期が終わり、短い夏がいっぺんに秋にとって代わられると、朝夕の牛舎の仕事以外はやることがなくなる。住み込みとしては、夏と同額の賃金と三食を提供してもらうのが心苦しくなってくる。
 ぼくは町をあとにし、東京までの1600kmを二十数日かけて走った。十代のうちにアフリカ大陸の赤道直下を歩いて横断する計画を立てていた。実現させるためには強い脚を作っておく必要があった。
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 その冬から春にかけては、シベリア抑留所の強制労働なみにキツいと評判の、東京湾の埋め立て地にある運送会社で働いた。深夜勤務で12時間、ぶっとおしで重い荷物を10トントラックから下ろし、また積み込んだ。4割増し賃金の土日も働き、月給は40万円を超えた。
 会社のロッカー室の床でボロ毛布にくるまり寝て、白めし無料の社員食堂で梅干しと福神漬けで食事を済ませたら、生活費はいっさいかからない。半年で200万円ほど貯めた。そしてアフリカへの最後のトレーニングのため、日本最北端の宗谷岬から、九州南端の鹿児島・佐多岬まで約2700kmを走ることにし、夏を前に再び北海道へと向かった。
 宗谷岬への道中、去年世話になった牧場に「ちょっと挨拶するだけ」のつもりで訪問した。ところが、発酵した牧草や、牛の糞尿の匂いを嗅いでいるうちに、たまらない気持ちになった。金を得るために運送会社に缶詰めで働いた東京での日々に比べて、この場所で過ごした夏の数カ月は、なんとおおらかで豊かだったか。
 「しばらく家にいて、たくさん食べて、太ってから行けばいいんだ」とおばさんは言う。
 「鹿児島まで歩くなんてバカなことはやめて、冬が来るまでここで働きなさい」とおじさんは言う。
 甘い言葉に誘われて、来週には来週にはと出発を先延ばしにしているうちに、三カ月も居着いてしまう。このルーズさが、日本縦断行をあらぬ事態へと向かわせる。
 牧場には二匹の飼い犬がいた。いちおう毎日エサを与えているから「飼い犬」なんだろうけど、鎖につながれた都会のペット犬とは違い、勝手気ままに野山を駆け回り、年中泥だらけで、見た目は野犬と大差ない。夜だってどこで寝ているのかわからない。牧場の飼い犬だから、いざとなれば牛を追ったりするのかと思えば、牛が怖いらしくて近寄らない。
 しかし「アタシらは飼い犬」という意識はあり、大声で名前を呼ぶと、遠方から全速力で駆けつける。人懐っこいカワイイやつらである。
 ところが一年ぶりに再会した二匹は、ずいぶん様子が違った。名前を呼んでも気だるそうなトロンとした瞳で無表情にぼくを一瞥し、どこかへ去っていく。おばさんによると、一匹は歳をとってお婆さんになったから、もう一匹は「誰かにヤラれちゃった」ということだ。つまりお腹に子供がいるのである。
 ある日を境にぷっつり姿を見せなくなった母犬は、数日後に牧草地の隅っこの盛り土に掘った穴ぐらから、意気揚々と登場した。遅れて三匹の子犬も這い出してきた。土にまみれて真っ黒だが、三匹とも白犬だ。
 さてここからの展開は、この街を覆う幾百の恋物語ほどにはロマンチックなものではなく、ペットを飼う家庭ならよくあるお話だ。「今でも二匹飼ってるから、これ以上はねぇ、残念だけど」ってわけで、家族みなで四方八方に頼んでまわり、ひと月かけて二匹の貰い手は見つかった。しかし、三匹のうちいちばん臆病で、人見知りし、もこもこ毛深いという理由で「おけけ」と名づけたメス犬が残ってしまった。引き取り手のないおけけは、牛舎を遊び場にして、牛の敷きワラの上をころころ転げ回って遊んでいる。このままでは「良くない判断」の方に傾いていきそうである。
 ふだんのぼくは、道ばたで雨に濡れる捨て犬、捨て猫を抱きあげてやるような慈悲の心は持たない。それなのにこの無邪気に遊ぶ仔犬を生かしたいという柄にもない感情が湧いている。
 盛夏をすぎた北海道はとたんに秋の匂いを濃くし、万物が生き生きと栄えた夢のような季節が終わったことを伝える。ひと夏の間に何十センチと伸びた牧草は勢いを失い、牛舎の牛たちは「外に出たい」と鳴くのをやめた。朝には息が白くたなびき、冷え込みが強くなってきた。
 出発のときが迫っているのだ。十月の声を聞かないうちに旅立たないと、豪雪の東北や北陸で雪に閉じ込められてしまう。
 おけけは・・・連れていく。とりあえずの場当たり的な措置。しかし他の方法がない。生後1、2カ月の仔犬にはいい迷惑だ。毎日50km以上、狭いリュックのなかで揺られ、あるいは硬いアルファルトの上を歩かされる。
 何も知らないおけけは、仰向けになって腹を見せ、手足をバタバタと振っている。(つづく)