人は座って半畳、寝て一畳のスペースがあれば生きていける。
それ以上の財産は、持つほどに苦しいだけのことだ。
何も所有しないのがいちばん身ぎれいであり、また気楽でよい。
文=坂東良晃(タウトク編集人)
ぼくはわけあって、あちこちを放浪していたことがある。荷物はない。着の身、着のままである。
晩秋から冬にかけて、放浪者は厳しい季節をむかえる。東南アジアやインドあたりの無宿生活とは天地の差。熱帯では寝床の心配がいらないが、日本の冬野宿はとにかく寒いのである。テントや寝袋を持っておれば、キャンプサイトを探せばよいし、なくても公園や駐車場の片隅を拝借すればよい。というよりもテントがあるなら野宿者ではない。キャンパーは「趣味で寒いところで泊まりたい人」であって、野外で寝るのが好きなだけだ。放浪者は、好きこのんで放浪しているのではない。お金がなく、泊まる場所がないだけなのだ。今回は、放浪時代のぼくの経験を元に、親愛なる徳島の次世代放浪者たちに野宿マニュアルを贈りたい。
日暮れから夜明けまでの約12時間を過ごす場所、これは放浪者にとって非常に重要である。
「そんなに寒さが厳しいのなら、温かい昼間に図書館で寝て、夜は身体を動かしていたらいいじゃないか」と、一般市民の方は考えるかもしれない。しかしそれは人間の摂理にもとる行動ではないか。放浪者だって御天道さまを拝みながら生きていたいのである。また昼間の公共施設で眠るというのは、まともな神経の持ち主はできかねる所行だ。暖房が効いた公共施設に無人というシチュエーションはあり得ない。人がざわざわいる場所は気持ちが落ち着かないし、そもそも放浪者を歓迎してくれる雰囲気ではない。図書館や公民館のソファーは快適なのだが、自分の体臭が悪臭となり、周囲の方に迷惑かけていないかと心配になって眠れない。デパートのトイレは眠りに落ちようとしたら「コンコン」と誰かがドアをノックするし、公園のベンチで寝ていると、子供が顔をのぞきに来たり、石を投げつけられたりとイタズラにあう。いやほんと、昼間に心やすらかに横になれる場所ってないんです。だからやはり睡眠をとるのは夜間ということになるのだ。
さて、野宿生活の基本中の基本とも言える寝床について解説を試みよう。それぞれに一長一短がある。
(☆)鉄道駅(無人駅、24時間営業の有人駅)で眠る
チャリダーやライダーの定宿とも言える無人駅だが、睡眠に適しているとは言いがたい。少なくとも入口と改札口の間口2カ所が大きく開いているために、風の通りが良すぎる。自分の体温で周囲の空気を暖めることは不可能であり、寒さに凍えるだろう。また床やベンチが睡眠に向いていない。床はたいていコンクリート造りであり体温を奪う。ベンチにも問題がある。古い駅舎には木製の平らな長椅子に座布団が添え付けられていたりするが、近来は大半の駅で曲面で構成されたプラスチックの1人がけ用の椅子が設けられている。この椅子、人間が横たわると3〜4人分の長さになるが、椅子と椅子の境目が背中や腰に食い込んで痛い。まるで無宿者の存在を拒むがごとき(あたりまえか)責め苦である。この椅子で一夜を過ごせる強者はそうはいない。
(☆)公園で眠る
ベストセラー自伝「ホームレス中学生」で紹介され、著名になった公園の遊具で眠る方法だが、おすすめするに値しない。大体において都市部の公園は治安が悪い。深夜を問わずたくさんの人がやってくるのである。犬の散歩、不良、性的倒錯者、酔っぱらい、そしてお巡りさんなどである。いずれも放浪者にとっては敵である。遊具の中に潜んでいても犬はワンワン吼えるし、お巡りさんに出くわせば職務質問にあう。一晩中、誰かに起こされ応対する覚悟がいる。また遊具に使われている素材はみな「冷たい」のだ。コンクリート、鉄、ステンレス、石など、遊具は雨ざらしでも劣化しない素材で作られている。これらはすべて体温を奪う材質である。遊具の定番であるタコ型すべり台や立体迷路は、一時的な雨はしのげるものの、冬の寒さから身を守ってくれくれるものではない。
(☆☆☆)バス停で眠る
徳島の人はピンと来ないだろう。しかし、北陸や東北、北海道などの豪雪地帯ではバス停は一軒家になっている。簡素なプレハブ小屋造りであったり、プチログハウス風であったりするが、いずれも風雪に耐える堅牢さがあり、入口にドアもついている。2畳ほどの狭いスペースを完全密閉できるため、大変温かいのである。バスが運行しない深夜に訪れる人はなく、まさに別荘地を訪れた気分。床材はおおむねベニヤ板などの合板材。天然木よりも保温力に優れている。野宿にうってつけの快適空間なのだ。
(☆☆☆☆)飯場(はんば)で眠る
ここで述べる飯場とは、土木建設現場などの跡地にある使われていないプレハブ小屋のことである。まず述べておくが、いくら使われていなくても他人さまの建造物に勝手にお邪魔するのは不法侵入という犯罪である。ちゃんと許可をいただきましょう(建て前です)。飯場は温かい。バス停以上に「人が休憩する場所」としての装置が整えられている。なかには寝具まで備えられている小屋もある。安眠をむさぼったら、早朝早々に旅立って誰の迷惑にもならないよう心がけよう。
(☆☆☆☆☆)廃車で眠る
まず述べておくが、他人さまの自動車に勝手にお邪魔するのは不法侵入たる犯罪であり、ヘタをすれば窃盗の容疑者として疑われる。だが、車ほど心地よく眠れる場所がないのも事実だ。シートはふかふかで体温を奪われるどころか保温効果は高いし、風よけとしてこれ以上の場所はない。郊外の山林地帯の道ばた、空き地には多くの廃車があり、そのなかから比較的新しく、窓ガラスが割れていない車を選べはよい。もちろん大型車ほど寝心地はよく、手足を伸ばして安眠をむさぼることができる。
(☆なし)その他、寝てはいけない場所
□橋の下
夏場には野宿の人気スポットとなる橋の下だが、冬場はブリザードが吹き荒れる。川べりはたいてい猛烈な風が吹いているものであり、橋脚の横は更に風が圧縮され、通り道になっている。雨や雪から逃れるために橋の下で寝ようとしても、風で体温はどんどん奪われ、凍死しかねない。
□拠点駅の駅前広場やコンコース
かつては若い旅行者たちの野宿場として、また情報交換の場として人気だったが、近来はどの駅前も美しく整備されすぎた。大理石張りの磨き込まれた床では、落ち着いてオチオチ横にもなることができない。駅前でフォークギターを囲み、肩を組んで「若者よ」を歌った時代は今は昔、いとおかしだ(そんなんしたことないけど)。
□学校
人の気配が失せひっそりとした体育倉庫や運動部の部室は、放浪者には魅惑的に映るだろう。しかし今どきの学校には宿直の方もいるし、警備員さんが巡回していたりする。あらぬ疑いをかけられ、しょっぴかれたりしないためにも公共のハコ物への無断侵入は控えよう。
□道ばた、軒先
天井のない場所で眠るのは避けるべきだ。温かい夏場ならば満点の星空をサカナに眠りにつくのはダイナミックこの上なく、若い諸君にもお勧めする。しかし、冬場に防寒具なしで道ばたで眠るのは、死と隣り合わせの所行である。疲労困憊して道ばたで寝ようとしたこともあるが、レム睡眠にも入れない。脳が眠ってはいけないと指示を出す。ビバーク(非常時の露営)慣れしたトップクライマー以外は、挑戦しない方がよいだろう。