文=坂東良晃(タウトク編集人、1967生まれ。18〜21歳の頃、日本列島徒歩縦断、アフリカ大陸徒歩横断など約1万キロを踏破。男四十にして再びバカ道を歩む、か?)
強くなるためにはどうしたらいい?と男なら生涯に10回は考える。そして実際に強くなろうと努力したことも2へんくらいはある。矢吹丈がノーガード戦法を披露すると、教室の後ろでツレ相手に両腕をだらりと下げ「どこからでも打ってこいや」とアゴをつきだし、そのままストレートを鼻っ柱にくらって涙するバカ。
「侍ジャンアンツ」番場蛮のハイジャンプ魔球をわが物とするために片足スクワット100回を課してこむら返りをおこすアホウ。ジャッキー・チェンが老師に鍛えられるシーンを好み、鉄棒に逆さまにぶら下がり腹筋しようとして首から落ちて意識を失うトンマ。ロッキー・バルボアがお馴染みテーマソングにのって片手腕立て伏せを左右交互におこなえば、翌日の部活前にはみな片手腕立て伏せをやっている単細胞。
こうやって男は、規格外のトレーニングによって自身の肉体がハガネのように強靱に鍛えられていく・・・なんて奇跡はわが身には決して起こらないと薄々気づいた頃に大人になる。
強さへの渇望、無敵の存在への憧憬をいつか失くしたまま幾年月が流れたか。今、ぼくは再び強くなろうとしている。プロレスの業界用語で「トンパチ」ってのがある。常識はずれの大暴走、シッチャカメッチャカな行動をするレスラーを指す隠語だ。日々これ無事に生きることに価値があると信じて数十年。そんなぼくの脳みそが、どーしようもないトンパチ菌に侵略されている。これは悪い病気だ。「強くなれるなら、どんなことでもやってやるぞオラーッ」ってチョーノみたいに毎朝、紀伊水道に昇る朝日に向かって叫んでいるわけだ。どこまで走っても倒れないタフネス、何万キロカロリー消費して、身体がバラバラに千切れるくらい痛くてもタップしない強さだ。
今年の大一番である「神宮外苑24時間チャレンジ」が目の前に迫っている。この大会は、日本で唯一の24時間走のIAU(国際ウルトラランナーズ協会)公認大会であり、2010年5月にフランスで行われる「IAU 24時間走ワールドチャレンジ」の日本代表選考会でもあるのだ。要するに、日本中からウルトラマラソンの超人たちが
集まり、日本代表の座を競うのだ。代表選手を決定する過程は厳密に定められてるんだけど、はしょって説明すれば、24時間で220キロ以上走れば選ばれる可能性が高い。
朝9時にスタートし、翌朝9時まで不眠不休。食ったまま走り、寝たまま走り、1キロ平均6分ペースで立ち止まらずに走り続けられたランナーが日本代表の栄冠を手にする。トップクラスの選手はフルマラソン2時間20〜30分台の記録を持ち、練習量も月間800キロ〜1000キロとスケールが違う。その怪物ランナーたちの末席に加えてもらった凡人ランナー1名がぼくである。しかし一本のスタートラインに等しく並び、気の遠くなるほど長丁場の戦いに挑むって点では同じ。必死の覚悟で挑むのだ。しかし「必死」って言葉はすごいね。必ず死ぬ、って書くんだもんね。人はよく「必死にやります」って言うけど「必ず死んでやります」って宣言してるんだよね、サムライ・スピリッツだね。
この夏は、「神宮外苑24時間チャレンジ」に向けてわがチキンハートをハガネに鍛え直すため、毎週のように大会に出まくった。
【やれやれな神戸24時間マラソン】 神戸総合運動公園内の一周2キロの周回路を24時間走る大会。浴衣姿でいちゃつくカップルの群れのなかをつっ走り、滝がごとしのゲリラ豪雨に打たれて新品のミュージックプレーヤーを犠牲にする。この果てしなき孤高感、エレファントカシマシの「明日に向かって走れ」を熱唱せざるをえない。70キロ走ったころ公園の道は激雨で濁流と化し、走行困難となって大会中止。控室テント(
といってもブルーシート1枚張ってるだけ)が吹っ飛ばされないようシートを棒で押さえつづけた真夜中午前3時。神戸まで来てぼくは何やってんだろう、やれやれ。と村上春樹なら文末に記すと思われる。
【ヒーローになれるトライアスロン中島大会】 「中島」は愛媛県松山市の三津浜港からフェリーで1時間の瀬戸内の島。選手500人ほぼ全員が前日から島に入り、民家にホームステイしたり公民館に宿泊する。ぼくは公民館にザコ寝したが、清潔なシーツと布団が用意され、中学校の寮の浴室(ピンク色した女子浴室)も貸してくれた。前夜祭では食べきれないほどの料理が振る舞われる。炭水化物メシのみならず刺身やサザエと海の幸も満載、ビール飲み放題。「みかんとトライアスロンの島」とうたい24年もの歴史を経た大会だけあって、島民の意気込みは並々ならぬもの。島出身の選手によると、島の子どもたちは物心ついた頃からトライアスロンを見て育ち、幼き彼らにとってトライアスリートはスーパーヒーローなんだとか。そんな心温まる談話を聞いたもんだから、沿道の子どもたちの前を走るときは、劇画ヒーローのような男前の顔をしようと努力。爽やかに片手をあげ「やーどうも、ボクたち、ありがとう」なんて挨拶をバイクとランの間じゅうやってたもんだから、通常の倍ヘバった。
【ぐでんぐでんの北海道マラソン】 今シーズン初のフルマラソンは、前夜に焼酎1ボトルをストレートで飲み干すという暴挙を犯し自滅。当日の朝、目覚めると体中からアルコール臭漂っている。こりゃマズい、いざアルコールを抜かん!と籠もったサウナ30分が更に災い。水分・塩分両方抜けたため20キロで両脚が攣り、泣きたい気分になり、いっそ泣いて同情を買おうと涙腺を拡げてみたが絞り出す水分もなく、ただ変な顔をして走った。枯れ果てフィニッシュ3時間49分。反省、二度とこんな愚挙はしません。
【野獣走の眉山】 眉山の山中を獣のように走る。ひたすら走る。眉山はトレイル練習の最高のゲレンデ。すぐ山に取りつけて、いきなりシングルトラックの山道に入り、快適なアップダウンがある。特に徳島市名東町の地蔵院から阿波おどり会館までの東西眉山横断コースの往復は、2時間ほどの追い込みに最適だ。痩せた尾根上の縦走路は、北に佐古、南に八万の街並みを見下ろす格好で「徳島の屋根を走ってる」って気分にさせてくれる。登山者優先を大原則としつつ、ビュンビュン飛ばせて心肺に刺激入れを行える理想の道である。
【詩人になれる田宮】 徳島市陸上競技場は市民ランナーの練習場として最適。学生が練習していない時間帯ならトラックを独り占めして、使用料は100円ポッキリ。今どき100円でできるレジャーなんて馬券、舟券1枚分。4円パチンコ球なら25個。それぞれ一瞬で露と化す。かたや陸上競技場に100円払えばイヤってほど遊べるのだ。観客も選手もいない競技場を疾走する切なさはユーミンの「ノーサイド」的哀愁に満ちており、これ読んでるあなたが詩人なら名曲のひとつも紬ぎ出せるはず。あいにく才能に乏しいぼくは、無人のトラックをドタドタ走り、芝生の観客席に仰向けに倒れて、ガス欠になった2009とくしまマラソンを思い出して後悔の涙をほろほろ流すだけ。
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8月の月間走行距離は500キロ。劇画的イマージュの世界では今ごろサイボーグ並みの強い心臓と脚力を手にしているはずだが、走れば走るほどに疲労蓄積、筋肉崩壊、骨密度低下、寝ちがえ筋ちがえは日常茶飯。中年男子の本性があばき出されるばかり。本気度100パーセントの「神宮外苑24時間チャレンジ」まであと1週間。はたして矢吹丈のように真っ白な灰になり、番場蛮のオヤジがごとく鯨の腹を突き破って生き伸び、トンパチ王・橋本真也が叫んだ「小川、俺ごと刈れ!」ほどの生命の熱量を発生させられるだろーか?する!