文=坂東良晃(タウトク編集人、1967年生まれ。1987年アフリカ大陸を徒歩で横断、2011年北米大陸をマラソンで横断。世界6大陸横断をめざしてバカ道をゆく)
新入社員を18人雇った。人数なんかあんまし考えずに、ヘンテコな学生が来たら「やりたいなら入る?」と言ってたらやけに増えてしまった。でも、まいっか。働く人がいっぱいいたら、本だってたくさん作れるしね。
取材をしたり記事を書いたりするのは完全家内制手工業だから、少人数で大量生産ってわけにはいかないんだ。たくさん雑誌を作るなら、たくさん人手がいる。マニファクチュア以前の非効率産業の典型みたいな仕事である。
面接にきてくれた学生さんとは陰鬱な感じでトークする。地獄の底からぬらぬらとはい上がってきたような暗さで。
ほんまにウチになんか就職するのかい。絶滅危惧種レッドリストの紙媒体ってヤツを扱ってる仕事ですよ。はやりのエコロジーとはまったく真逆の商売ですし。1年間に1500トンも紙資源を使っておるのです。人間関係なんて最悪だしね。デブはデブと罵られ、アイプチはアイプチと容赦なく指摘される。いたわったり、つながったり、共有する感じはないのですよ。
かくいう私も大のコミュニティ嫌いでね。宴会、接待、法事からソーシャルネットワークまで、人の集まる所をコソコソよけながら路地裏の影の部分を踏んで歩いてます。今どきスマホやタブレット持ってないならクソジジイで済むけど、ケータイすら持ち歩かないんだからクロマニヨン人レベルでしょ。
毎年の昇給の約束もできないし、ボーナスも確約できないよ。だって来年、会社があるかどうかなんて自信ないから。2年後どころか、しあさって何が起こるのかすら予測する能力ないんです。もしキミに何か秀でた能力があったり、他の素敵な会社から内定もらえそうなら、なるべくウチには就職しない方がいいよ!(キリッ!)
ふつーこんな説明されたら、就職しないよねぇ。ところが、最近この絶望プレゼンテーションが通用しない。自虐マンガ的におもしろく説明してるんじゃなくて、マジで先のない会社なんだって!ってド迫力でせまっても、耳に入っている様子はない。
ここまで人を説得できなくてオレ大丈夫なのか、と鬱に入る。
大手就職サイトのマーケティト・リサーチの資料を読めば、若者の安定志向はずいぶん強まってるらしいけど、そんなタイプの人は現れない。知名度のある会社に就職して、良い報酬を得て、雇用が安定していて・・・という我欲むき出しな人なんてホントに存在してるのかな。ウチみたいな「地方の出版社」なんて究極のニッチで働きたいとやってくる若者だから、激しくバイアスがかかってるけどね。
学生さんといろいろ話してると、もしかして人類はひとつの進化を遂げようとしているのではないか、と疑うほどの変節が起こっている。
いわゆる無我の境地ってーの? 藤波辰巳でおなじみの「無我」。
いい会社に入ったねと持ち上げられたい世間体もなく、たくさん稼いでいい暮らしをしたいって贅沢への欲もない。お金への執着なく、物欲もない。カッコイイ車に乗ったり、高級リゾートで羽を伸ばしたり、ブランド物で身を固めたりする気がハナからない。
金を使う興味も少なけりゃ、もらう方の興味も少ない。あやしいベンチャーやNPOを名乗る場所でタダ働きしてる学生が少なくない。無給スタッフ、ボランティア、インターンシップ、社内起業メンバー、サポーター・・・いろんな名前で「無給の奉仕者」に甘んじている。この状況、ドラッカーが描いた無給スタッフが活躍する未来社会の序章なんだろうか。
「お給料はないけど、タダでPC環境使わせてもらってるし、周りもいい先輩ばっかりで、やりたいことをやらせてくれるんですー」と満足気である。キミをタダ働きさせてるぶん会社は利益を得てるよ、と茶を濁すと、「そんなことないですよ。社長さんは『自分は給料を取ってない。社会に貢献さえできればいい』とおっしゃってるので、信用できる人ですぅ」とマザー・テレサみたいな微笑。さすがに大人の口車に簡単に乗せられすぎでは、と心配になり、ワル知恵働く悪党の発想方法や、経営者のいやらしい蓄財方法について可能な限り説明する・・・2時間くらい軟禁して。へんな面接だと思ってるんだろうね。
彼らは、シェアハウス的な居住空間を求めている。金銭の授受のないフェアな関係。日々変化に富んだイベントがあり、ともに考え問題を解決していく一体感のあるつながり。世俗の垢にまみれてない若者なら、そんなデモクラシー感を社会に求めても仕方ないか。給料もらわなけりゃ、立場的には経営者やら上司とほぼ対等だもんね。対価のない所に義務も責任も発生しない。
そういうのを夢想だと笑ってしまえばお終いだけど、人口の大半がそういう意識へ移行完了したときには、次なる社会システムができるのかもしれない。競争がなければ生産性は一気に下がるけど、消費と蓄財と長寿に価値を見いださない種族なら、経済は進化する必要がない。実体経済がダダ下がりになればマネーゲームも終了、金融工学の天才たちも失業だ。
われら人類にも、フラット組織は過去にいくつか存在していた。アメリカ先住民に代表される原始共産制と呼ばれる私有の概念のない資産共有のコミュニティだ。多くの原始的な人間集団でも同様だったはずだが、狩猟時代でしか成り立たないシステムだった。農耕が興り、蓄財の概念が人々に発生すると、たちまち壊れてしまった。
地球上でほぼ唯一残っている共産主義の残骸は中国共産党だが、「共産」どころか資本主義社会以上の独裁の権化となっている。フラットを追い求めると独裁への逆転現象が起こり、富める者と貧しき者の差は世界最大になるという不思議なおとぎ話を13億人の実験場で見せられている。
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やることのない夜は星を見上げる。
地球以外の天体に知的生命体がいたとしたら、完全なるフラット組織を作り上げている知性もいるんだろう。どっちかいうと、核弾頭を搭載した大陸間弾道ミサイルを同種族間で向けあって、50年に1度くらいのペースで大量殺戮しあってる知的生命体の方が稀少な存在なんだろな。人間から「欲」という感情が少しずつ目減りしていき、千年くらいかけて賢人化していけば、理想社会に近づいていくのだろうか。 どっちでもいいか。どのみち寿命尽きるまでに、目玉の大きい賢い宇宙人が誘拐してくれる日も来ないだろう。眠い、寝るか。