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2013年2月

  • バカロードその55 自傷行為としての地球一周
    文=坂東良晃(タウトク編集人、1967年生まれ。1987年アフリカ大陸を徒歩で横断、2011年北米大陸をマラソンで横断。世界6大陸横断をめざしてバカ道をゆく)

     極端な徘徊老人。
     あるいは3周乗り遅れのフラワームーブメント。
     哲学はなく、ただ衝動あるのみ。
     走って地球一周したい。
        □
     スタート地点は南米最南端。南米最南端という称号がどの地を指すかといえば実ははっきりしない。アルゼンチン領の最南の街「ウシュアイア」か、さらに南方面に10キロ移動し、ビーグル水道を越えたチリ領のナバリノ島にある「カポ・デ・オルノス」という村か。 南米の先っぽのホーン岬は複雑すぎるリアス式海岸で、どこが南のはしっこなんだか特定しようがない。実際行ってみりゃ、わかるんだろうけどね。ビーグル水道といえば進化論のダーウィン先生が乗ってた「軍艦ビーグル号」が名高いけど、200年も昔にこんなとこまで船で来てたんね。
     ホーン岬から太平洋岸を北上し、南北に細長いチリを縦断するとこの国だけで4400キロ。途中で飽きたらアンデス越えしてアマゾンの湿地帯を抜けるか。いずれにせよ南北アメリカ大陸の分水嶺であるパナマ地峡まで8500キロ。パナマ運河にはアメリカ橋って名のでっかい橋が架かっている。この橋の真ん中が南北アメリカ大陸の境界ってことか。
     中米諸国を小刻みにステップアップすると、メキシコ、米国、カナダとたった3国で分割統治する北米大陸入り。いやはや、贅沢な領土支配っぷりだねぇ。アメリカ合衆国はキラびやかなサーフコーストつづく西海岸は避け(そんな気分じゃない)、ルーツ・オブ・アメリカを遡る東海岸か、中西部と五大湖地方を突っ切るド田舎コースか。
     カナダ、アラスカを経て、北米大陸の最西端まで1万9000キロ。凍てつくアラスカ、変化のない風景の毎日を過ごすのは、相当な精神力が必要だろうね。そもそも道がなくて海沿いに小さな村落が点在しているだけ。こりゃ地獄かな。
     北米大陸とユーラシア大陸が最も接近しているのはベーリング海峡。アラスカ州プリンスオブウェールズ岬からシベリア東端のデジニョフ岬までは、直線距離で86キロ。
     ベーリング海峡のほぼ真ん中にダイオミード諸島がある。米国領のリトルダイオミード島と、ロシア領のビッグダイオミード島が東西に並んでいて、その2島を隔てるわずか3.6キロの水道が、北米大陸とユーラシア大陸の中間である。アメリカ合衆国とロシアという2大国の国境と、さらには日付変更線まで通っている。冷戦時代ならここが共産主義と資本主義の思想境界である。人類が設定したいろんなラインが、この狭い海に束となってうねっている。
     日本人のご先祖でもあるモンゴロイドの一群が1万年前にこの海を歩いて渡り、北米大陸を開闢する礎となった。人類は、帆船と六分儀を駆使して大西洋から北米大陸に到達したのではなく、「歩いていった」のである。
     ベーリング海峡は1年のうちで2月のみ全行程が凍結する。2月の気温は氷点下40度。しかし海面は完全氷結しているのではなく、浮遊する流氷の塊が常時移動している。ここを単独徒歩で抜けるのはヒマラヤの7000メートル峰登頂クラスの難易度だ。
     厳冬期の徒歩横断が難しい場合、最も水温があがる真夏に泳いで渡る。米側から36キロメートル泳いでリトル島へ、リトル島は幅2キロちょい。東西世界を隔てる3.6キロを泳いでビック島へ。幅3キロのビック島西海岸から再び35キロメートル泳げばユーラシア大陸到着だ。真夏といえど水温5度、早い海流の中を泳ぎ切れるのか。ボートをチャーターし、サポートをつけるとしても難題であることに変わりはない。厳冬期よりは成功確度は高い? あきらめてカヌーで行くか・・・なんかヤだな。
     ユーラシア大陸の最東端・デニジョフ岬に上陸後は一路シベリアを南下する。大陸横断のルート候補は2つ。中国・チベット自治区を経てヒマラヤ越えをし、ネパール、インドへと下るルートか。あるいは新彊ウイグル自治区からキルギス、タジク、ウズベクを抜ける中央アジアルートか。アルカイダの戦士たちが支配する地域は避けておきたいので、パキスタン北部とイラン南部は迂回したい。ってことは中央アジアルートを選ぶことになるんだろうね。地球一周には「世界の屋根」越えであるチベットルートは諦めたくないけど・・・道半ばで首ちょんぎられるのもイマイチだし悩む。
     文化の坩堝であるアジア最後の地は、ヨーロッパとの境目とされるトルコのボスボラス海峡。海峡をまたぐボスポラス橋は歩行通行が禁止されてるので、ベーリング海峡以来の水泳横断しかないね。幅1キロくらいと吉野川程度、温帯だし国境衛兵もいないから、問題ないか。
     欧州路に入れば、現代科学や哲学、政治・社会制度のほとんどを生み出した地、ギリシャやイタリアに興奮を抑えられないだろう。快適に心滅ぼされ、沈没しないようにしたい。後ろ髪引かれながらユーラシア大陸の最西端はポルトガルのロカ岬を目指す。有名な「ここに地終わり海始まる」の石碑がある場所だ。
     ベーリング海峡からロカ岬まで1万7000キロ。いやはやユーラシアの何たるデカさよ! そして最後の大陸アフリカへと針路を南に向ける。
     ユーラシアとアフリカ、2つの大陸がいちばん接近しているのはジブラルタル海峡。イベリア半島最南端のタリファ岬と、モロッコ間が最も接近しており距離15キロメートル。ジブラルタル海峡を泳いで渡る人はそう珍しくない。2大陸間を泳ぐっていう物語は、冒険心をくすぐるものがあるからね。海流の流れが激しいが、週に2度くらいは「凪」の状態になる。その日がチャンスだ。
     モロッコ上陸後は、この旅においてアラスカ〜シベリア間に匹敵する難易度、サハラ砂漠の縦断が控える。車道の途絶えた砂の海を3000キロ、途方もない道程をゆく。バックパックでは消費する水と食料を背負いきれないため、リヤカーかラクダが必要になる。リヤカーのタイヤは砂地に重く沈み、一方ラクダは気性が荒く、飼い慣らすのは難しい。サハラ砂漠の中央部にあるマリ共和国は、ぼくが最も尊敬する冒険家・上温湯隆が1975年に横断を試み、夢なかばにして22歳の若さで命を落とした墓標の地だ。あえてサハラ越えをせず象牙海岸、奴隷海岸を迂回する安全策もあるが、ぼくは22歳の上温湯隆が朽ちた場所に行きたい。飢えと渇きの中で彼の目に映った世界を、見てみたい。
     砂漠を抜けると一転、世界最大の流域面積を誇るコンゴ川流域の大ジャングル。そして政府の支配及ばぬ無政府地帯が国土の多くを占めるコンゴ人民共和国、アンゴラ、ナミビア。撃たれなきゃいいけど、撃たれないスベなんてあるのかねえ。
     アフリカ大陸は最短ルートを選んでも9500キロ。最も困難で、苦しい旅になる。長い旅の最期の地は南アフリカ共和国の喜望峰・・・といきたい所だが、実際んところ最南端は喜望峰ではなく、アガラス岬という名も知られぬひっそりとした岬なのだ。カツオドリくらいは歓迎の嘶きをあげてくれるかな。ここがぼくにとっての「地終わる」場所だ。
     4つの超大陸がたった2つの海峡、それも合わせて100キロメートルの狭い海でしか隔てられていないのが興味深い。つまり全大陸は、ほぼ連結している。
       □
     地球一周、4万5000キロの旅。1日50キロ走行すれば900日。実走行3年、実際にかかるのは、うまくいって4年ってとこか。
     100%、誰のためにもならない行為。無益で、非生産的で、ただ走るだけ。社会的な意義はない。チャリティーを促さず、社会起業に通じず、偉大なる人類史をたどらない。戦争を肯定し、時の社会制度に準じ、雄弁なカウンターカルチャーを前に言葉を失う。
     ただ無心に自分を傷める、自傷行為である。手間暇のかかる大袈裟なリストカッターだ。エグい思いをしないと、生きている実感を伴わない。身体がフラフラになってないと、生きていることを認められない。途中で破綻しようと、目的地にたどり着こうと、充足感はない。その先に何もないことを知って、頭をうなだれる。
     それでも、やらなければならないリストの最上位にある。いつやれるだろうか。そんなに先のことではない。
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