熱砂に汗がしゅみこむのだ サハラマラソン参戦7カ月前「肉体いじめる」

公開日 2008年10月29日

文=坂東良晃(タウトク編集人)

 砂漠を230キロ、7日間かけて走るレースがある。世界で最も過酷なマラソン、とも呼ばれる。
 「過酷」といっても、無人の荒野を1人でゆく冒険の旅ではない。そこには主催者も医療スタッフもいてレースを管理している。食糧補給はないが、生きていくのに必要なミネラルウォーターは毎日支給される。脱水で失神して救護班の世話になったら失格にはなるけど、とりあえず救命処置はしてくれる。だから、生命の危機と戦うほどの過酷さではないのだ、そーだそれほど過酷じゃないんだ!と、我が身に言い聞かせながら、ペン先をぷるぷる震わせながら参加申込書にサインをした。
 来年の春、アフリカのサハラ砂漠で行われる「サハラマラソン」に出場するのだ。

 ってことで当コラムは、今後半年にわたって、執筆者の私めがサハラマラソンに向けて準備をすすめていく模様を、ドキュメンタリータッチで連載してゆきます。今まで自分のことはさておき、他人の悪口ばっかり書いてきた当コラム欄ですが、そのような過去の悪行の数々を反省し、傷つけた人たちに深くコウベを垂れつつ、口と文字だけで生きてきた自分が「何ほざいても、どんな理屈も通らない世界」をめざし、肉体をひたすらムチ打ち、真人間になっていく過程をお見せします。
 そして、どんな意味不明なことでもアホみたいに一生懸命やってみて、そんな人間でも生きていける余地を世の中は残してくれていて、なかなかどうして居心地の悪い場所じゃないってことを、十代、二十代の読者の皆さんに見てもらおうと思うのである。

 ではまず基本説明から。「サハラマラソン」とはどんなもんなのか。
 サハラマラソンは、モロッコの南部に広がるサハラ砂漠で開催される長距離マラソン大会だ。サハラ砂漠は北アフリカの面積の大半、東西6000キロメートルほどの広大な地域を占めているから、このマラソン大会はサハラの最北西端あたりで行われるイベントだと思っていい。
 全行程は約230キロ。これを7つのステージに区切り、初日から3日目までは毎日30〜40キロ、4日目と5日目は夜通しで走る80キロ、6日目は42.195キロ、最終日に17キロを走ってゴールする。毎日のタイムが正確に計測され、その合計タイムで優勝者や順位が決まる。この複数日タイム合算方式は、自動車レースのパリ・ダカール・ラリーや自転車レースのツール・ド・フランスなんかと似ている。ヨーロッパ人って、こんなん好きよね(サハラマラソンの主催者はフランスの会社です)。
 コースは毎年変更され、ランナーは事前に知ることはできない。大会の前々日に主催者から渡される「ロードブック」というコース地図を読んで、はじめて7日間の行程を知る。賞金マッチでもある同大会において、大会経験者と初出場者との有利不利の差を少なくするための工夫だ。ちなみに優勝賞金は5000ユーロだから、だいたい80万円くらい。ぼくには関係のないことですが。
 ランナーは1週間分の食料と寝床を自分で用意し、そのすべてをバックパックに背負って走る。スピードを優先させるため荷物は不要、という選択肢はない。最低6.5kgの荷物を持たなくてはならないのが規則。さらに1日につき最低2000キロカロリー分、7日間で1万4000キロカロリー分の食料を用意していないとペナルティーを課される。1日じゅう砂漠を走ってんだから2000キロカロリーでも少ないんだけどね。
 また、砂漠で生活するための最低限の用具の携行が義務づけられている。自分自身で準備すべき物は以下だ。
  バックパック
  寝袋
  懐中電灯・スペア電池
  安全ピン10本
  精度の高いコンパス
  ライター
  ナイフ
  強力な消毒剤・液
  解毒剤
  毒素抽出用のスネークポンプ
  警告用のホイッスル
  シグナル用の鏡
  アルミ製のサバイバルシート
 こりゃマラソン大会の持ち物っていうよりも金鉱脈を探しにいく荒くれ者たちの革袋の中身じゃな。さらに主催者からは次のサバイバルセットが支給される。
  緊急用の発煙筒
  固形の塩
  照明スティック
 要するに砂漠ではいつでも道を失う可能性があるし、毒蛇に嚼まれたりもするけど、一次的には自分でどうにかしなさい、発煙筒を炊いて鏡をピカピカ空に反射させていたら、後で助けには行きます・・・って大会サイドからのメッセージである。これらを全部まとめると食料控えめにしても10kg前後の重量となり、さらに主催者がくれる水も持たなくてはならない。ミネラルウォーターは1日約12リットル分が提供される。
 昨年の記録では、参加者は世界32カ国から801人。うち日本人は10人である。801人のうち95人が女性だ。選手たちは3月27日にフランス・パリに集合し、チャーター便でモロッコに向かう(ここまでは豪華)。そこからバスに乗り込み10時間近くかけて砂漠の中に設営されたビバーク・野営地点に向かう(いきなり貧しい感じ)。翌日には医療チェック・荷物チェックが行われ、合格する必要がある。3月29日にスタートし、ゴールにたどり着くのは7日後の4月4日だ。
 砂漠といってもコースは平坦ではなく、瓦礫状の石に覆われた山や、巨大な砂丘が行く手をさえぎる。昼間は35度〜50度の灼熱、夜になると10度近くまで下がる。宿泊地、といっても主催者が用意しているのは壁のないふきさらしの天幕。そこに毎晩ザコ寝ってわけだ。
 大まかな説明は以上。まあ細かなルールなど今から考えても仕方がない。灼熱の砂地を230キロ走り通す体力がなければお話にならない。コレ書いてる今は9月、レースまでわずか7カ月しかない。さっさと砂漠レースに耐えうる肉体づくりに取り組まなくてはならない。考えたトレーニング方法は主に2つ。

□その一・重量対策。10kg以上のバックパックを背負い、柔らかい砂地を走りまくる。
□その二.長距離対策。50〜100キロメートルの長距離を余裕こいて走りきる脚力と心肺能力を身につける。

 まずは重量対策だ。50リットルの登山用のザックにテントやら米やら荷物を適当に詰め込んで10kgにし、ランニングを開始した。走りだしてわかったのは、体がすごく前傾になるってことだ。あたり前なんだけど、重量物を背中にくっつけているから後ろに反り返れば倒れてしまう。荷物とのバランスをはかるため、体が勝手に前傾のポジションを選択する。その姿勢では、空身で走っているより遙かに背面の筋肉を使うことがわかる。特に大腿部の後ろ、ハムストリングスと呼ばれる筋肉をモーレツに動員している。
 肩にかかる負荷は、ウエストベルトをきつめに絞ることで軽減される。しかし、ウエストベルトを強く締めたまま、酷暑の砂漠を走り続けられるかどうか疑問がある。もっと重量全体を身体のあちこちに散らす方法があるのではないか。これは課題だ。
 自宅の近くに海岸があるので、そのまま砂浜に走り出してみる。
 乾燥した砂地では、足が10センチほど砂にめりこみ、アスファルト走の3倍以上のエネルギーを消耗する。波打ち際の硬く湿った砂の上なら道路を走る負荷と変わりないから、つい楽な方を走ろうとする誘惑にかられるが、それではトレーニングにならない。あえてアップダウンのある砂地をひたすら走る。3キロも走れば、道路を10キロ走ったくらいの消耗である。うー、やっぱしキツいな。
 沖では南からの低気圧が運ぶ波に乗ってサーファーたちが気持ちよさそうにターンを切る。あるいは砂浜では季節外れのビキニパンツをケツに食い込ませた男女がキャッキャとじゃれあっている。嗚呼それに比べて、運ぶ理由もない荷物を肩に食い込ませて、砂塵を舞い上げながらゼエゼエあえぐ毎日ってどうよ。人生の選択を間違えたか、究極の自虐プレイか、いっそマゾヒスティック・ミカ・バンドでも結成するか!? (つづく)