バカロードその8 風車に挑むバカ

公開日 2010年02月03日

文=坂東良晃(タウトク編集人、1967生まれ。18〜21歳の頃、日本列島徒歩縦断、アフリカ大陸徒歩横断など約1万キロを踏破。男四十にして再びバカ道を歩む、か?)

 サブスリー。自己記録の更新を励みに走る市民ランナーにとって、その言葉は陶酔するほどの憧れ。どんなに頑張っても手の届かない存在。ファンランナーでもなく、かといって研ぎ澄まされたアスリートでもない自分とは、明らかに一線を画す世界。
「自己ベストは2時間50分チョイです」なんてランナーに出会った日には、畏れおののき、鶏ササミ肉のような太腿の筋肉をしげしげと見つめ、頬ずりナメナメしたい欲望を押しとどめるのに必死。
 フルマラソンを3時間以内で走れるランナーは、全マラソン完走者のうち5%程度とされる。20人に1人しか到達できない選ばれし民の領域だ。
 ・・・と思っていた。
 2年前、6時間近くかけて精根尽き果てフルマラソンを完走したときには、自分が3時間台はおろか4時間台で走れることすら想像できなかった。村上春樹の著書「走ることについて語るときに僕の語ること」を5回読み直し、市民ランナーとして心情の同化を試みるが、フルを3時間31分台で走る小説家はファンタジーの世界の住人に変わりなかった。テレビ番組「ごきげんブランニュ」でサロマ湖100キロウルトラマラソンに挑戦した大平サブロー師匠の涙の完走劇を感動をもって見つめながら、しかし100キロという途方もない距離を12時間18分で走る師は、庶民とは別次元のアスリートだと理解した。特別な心肺能力と特別な脚力を与えられた凄い人たちだ、と。
 2年間毎日こつこつと走り、あちこちのレースに参戦しているうちに、彼らが特別なランナーではないことがわかった。
 レースでドン尻近くを走っていると、中間地点を折り返してくる上位のランナーとすれ違う。こっちはのろのろ走っているから彼らをよく観察できる。
 フルを2時間30分で走るトップグループの選手は、弓で弾かれた矢のごとく空中を滑空している。大腿部や上腕にムダな体脂肪は一片もついていない。ランニングシャツで隠された胴回りだって、必要かつ最小限の筋肉で覆われているだろう。エネルギーをロスする効率の悪い要素はランニングフォームから一切除外されている。地面を激しく鞭打つような足音。野性の草食動物がサバンナを疾走するような美しさだ。どれだけ走り込み、鍛え抜けばこうなれるのだろう。
 やがてサブスリーを狙うランナーの一群が現れる。二・三十台中心のトップグループに比べると、世代はぐっと幅広くなり五・六十代と見受けられる熟年ランナーがいる。2時間30分台の集団と明らかに違うのは、定型の「美しいフォーム」を逸脱したランナーが少なからずいる点だ。身体を斜めによじり、あるいは首を傾け、激しく前傾したり、腕を左右非対称に猛烈に振りながら走る人がいる。印象的なのは表情だ。30キロ地点を走る彼らの顔は、苦しみに満ちている。限界、まさに自分の限界ギリギリまで力を振り絞りながら、キロ4分15秒ペースを維持するために顔をゆがめ、息をあらげる。
 サブスリー集団が通り過ぎるとランナーはまばらになる。しばらく単独走がつづき、サブ3・5を目標とするあたりでぐっと人の厚みが増す。目標設定タイムが後になるほどに、表情は落ち着きを取り戻していく。彼らはつっこみすぎす、自重しすぎず、42キロという距離を理想的に走りきる「最良なる自分」を見つけるために黙々と行をこなしている印象だ。今まで失敗したレースから得た教訓を頭の中で呪文のように唱えながら走る。飛ばしたい欲望に耐え、休みたい欲望に耐え。
 どんどんと人間の塊が大きくなっていき、サブフォー狙いの大集団がやってくる。キロ設定5分40秒を守るために、人垣の後方で遮二無二食らいついている人もおれば、ラン仲間と談笑しながらレースを楽しんでいる人もいる。このあたりからは、壁を乗り越えようと苦悶するランナーと、ランニングを心から楽しむエンジョイランナーが入り混じりはじめる。
 先頭集団の通過から1時間ほどの間に、とても丁寧に、そして緻密に分類された博物館の展示物のように、階層化された人間絵巻が展開される。体型は徐々に重みを増す。ショート丈のレーシングパンツがロングスパッツに変わり、ミドル丈のトランクスやランスカになる。厳しい表情は春の雪融けのように緩んでいく。
 そして気づかされるのである。サブスリーランナーが特別な運動能力を与えられているのではないと。より自分を追い込み、3時間という長い長い時間(それは日常過ぎていく時間の感覚とは明らかに違う)、一定の苦しみに耐え抜いた人が得られる称号なんだと。設定タイムより遅れた10秒を取り戻すために、どれほどの努力を要するのか。風呂上がりに缶ビール片手にボーッと眺めるTVCM1本15秒とは明らかに異なる時間の価値。レース中の10秒の重みといったら!
 やがてモーレツに自分に腹が立ちはじめる。サブスリーなんて無縁の世界と決めこみ、ガス欠だの膝が痛いだのと理由をつけてジョグペースで走っている自分にだ。般若顔で2時間59分を狙うオッチャンランナーの苦しさを数値化すれば、ぼくの
「こんなツラいこと二度としたくない」欲求など屁でもない。
 ぼくは、まだ何も努力してないではないか。やれるかどうかの検討に入るのは、やるべきことをやった後の話だ。
 サブスリーを狙おう。できる、何ごともできると思いこむことがスタートだ。できるかどうかわからない、ではダメだ。大いなる勘違いでいいのだ。巨大な風車に戦いを挑んだドン・キホーテになるのだ。ゆくぞサンチョ・パンサ!高らかに鉦を鳴らせ!世の中、勘違いしたもん勝ちだ!
 毎日の1本1本の練習にテーマを持とう。目的のない練習、ランニングはしてはならない・・・この教訓は、瀬古利彦著「マラソンの神髄」の受け売りである。瀬古さんは駅伝やマラソン中継の実況席でいつも素っ頓狂なことを言っているヘンなおじさんと一般に思われており、実際そうなのだが、決してそうではないのだ! キリスト、アッラー、ブッダに並び立たせたいほどの神様・仏様・瀬古様なのだ。
 瀬古さんへの深い愛についてはいつの日か語るとして、ぼくは今まで日々ダラダラと長時間走っていただけで、追い込みトレーニングが根本的に欠如していた。トレーニングに充てられるのは1日に1〜2時間。限られた時間で、自分をマックス追い込む方法を考え、実行しはじめた。
□週3回、200m〜1000mのインターバルを決めた本数やる。
□週末は20〜30キロのペース走。設定4分30秒〜4分45秒。
□つなぎのジョグ+ウォーキングは、サブスリーできるフォームへの矯正を考えて行う。
□月1回の10000mタイムトライアルで38分をめざす(今は42分。あと3分半縮める)
□補強運動の徹底。特に腹筋・背筋の補強を毎日各100回×2セット以上。また、体幹および身体の側面の細かな筋肉を増強させる。
□体重を63キロ→55キロ以下まで絞る。体脂肪率9%以下にする。
 現状、けっこう重い体重を背負って(身長167センチ、体重63キロ、体脂肪率16%)、フル3時間30分まで達した。もっと追い込み、さらに絞り込めば3時間切れるのではないか。いや絶対に切れる!
 商売をやるくらい真剣にランニングを突き詰めればいいのだ。商売は結果がすべて。結果を出すためには、綿密に計画を立て、攻め所を見つけ徹底的に攻める。 経営計画を時系列で設定するように、ランニングの目標にもタイムリミットを設けよう。2010年内に3つの目標を達成する。
目標 フル3時間を切る。
目標 100キロ10時間を切る。
目標 スパルタスロン(246キロ)に出場し、時間内完走(36時間)する。
 できなければまた来年・・・は許されない。もしできなければオカマになる。オカマになって世界を制す。ケツ掘られたくないのなら、死ぬ気で走れ自分!