バカロードその42 100キロマラソンへの誘い

公開日 2011年12月28日

文=坂東良晃(タウトク編集人、1967年生まれ。1987年アフリカ大陸を徒歩で横断、2011年北米大陸をマラソンで横断。世界6大陸横断をめざしてバカ道をゆく)

 78万人徳島ウルトラマラソンランナーの皆さん、いよいよウルトラのシーズン開幕ですよ!
 ナニ、ちょっと気が早いんじゃないかって? いやいやそんなことありません。100キロレースは5月〜6月に集中しており、エントリーは主に1月から始まります。
気分的には完全開幕パンパカパンです。6月までに開催される主要100キロレースをあげてみます。

1月15日 宮古島100kmワイドーマラソン(沖縄)
3月10日 小豆島・寒霞渓100kmウルトラ遠足(香川・初開催)
3月24日 伊豆大島ウルトラランニング(東京)
4月22日 奥熊野いだ天ウルトラマラソン(和歌山)
4月22日 チャレンジ富士五湖(山梨)
5月20日 星の郷八ヶ岳野辺山高原100kmウルトラマラソン(長野)
5月27日 えびす・だいこく100キロマラソン(島根)
6月02日 しまなみ海道100kmウルトラ遠足(広島・愛媛)
6月02日 阿蘇カルデラスーパーマラソン(熊本)
6月10日 飛騨高山ウルトラマラソン(岐阜・初開催)
6月10日 いわて銀河100kmチャレンジマラソン(岩手)
6月17日 隠岐の島ウルトラ100km(島根)
6月24日 サロマ湖100kmウルトラマラソン(北海道)

 ハァハァハァ、よだれがたれてきませんかー! 極上の美肉が何種類も目の前に差し出されてる状況ですよ。あたしを食べてと脂をしたたらせているんです。たまらんたまらん。
 42キロのフルマラソンでもなく、250キロのロングディスタンスでもない。100キロには独自の魅力があります。100キロがどうしてそんなにヨイのか。基本的なとこから押さえていきましょう。
 まず、心拍数をそんなに上げなくてもいいってとこが魅力です。
 フルマラソンに参加するランナーは達成すべき目標タイムを胸に秘めてレースに挑んでいます。自己ベスト記録を目ざすなら心肺を強烈に追い込んだ状態で3時間、4時間と走る必要があります。心拍数だと150〜180拍/分くらいかな。日常生活では経験しないレベルの負荷を心臓にかけてます。重い敷き布団を庭に日干しするくらいの労働では心拍はこんなに上がりません。有酸素と無酸素のボーダーを綱渡りし、息もたえだえ、オノレの限界を超える! フルマラソンにもいろんな楽しみ方あるけど、それなりに走り込んだランナーの42キロという距離への向かい合い方はこうだと思う。
 一方、100キロマラソンの運動負荷は120〜150拍/分で十分です。これより心拍数を上げてしまうと、半分の50キロも行かないうちに潰れてしまいますから。120拍/分程度の強度の運動なら、周囲にいるランナーとチンタラ会話をしながら走り続けられます。このイージーさが良いのです。
 フルのレース中、1キロのペースが3秒遅れるだけでショックを受け、挽回を期して走っているランナーに対して、「そのシューズ超かっこいいですね、おろしたてですか?」とか「次のエイドって、アンパンありましたかね。ぼくは粒あんに目がありませんでねぇ」なんてのん気に話しかけたらひんしゅくです。
 100キロマラソンではフルほど追い詰められた雰囲気がないため、レース中盤以降は周囲のランナーと世間話を交わしながら走る場面が増えてきます。今まで出場したレースの思い出に始まり、ゴール会場に生ビールが売ってるかどうか、愛娘が連れてきたイケ好かない男の話まで、いろんなテーマを語りあい共にゴールを目指します。
 70キロすぎて周りにいるランナーとは、抜きつ抜かれつの関係になります。ここまで同じペースってことは走力的には似通ったものだから、「お先に」と恰好よく先行したつもりでも、何キロか先で「また会いましたね」と追いつかれます。同じ走力のランナーとは、別の大会でも似たような位置を走ることになり、何度か再会を果たすうちに戦友と化していきます。
 市民マラソンブームはウルトラマラソンの世界にも波及していて、最近はメイク直ししながら走ってるギャルやら、ふだんは引きこもっているというニート君もいてバラエティに富んでいます。基本的にはマァ、ハイテンションで元気でユニークな人たちです。住んでる場所も、人生の歩み方も違う、マラソンでもなけりゃ絶対に遭遇することのない人たちと、旧知の仲のようになっていきます。
 そんな100キロでも、一応ランナーたちは目標タイムを設定しています。時間内完走が最初の大きなハードルです。100キロレースの制限時間は長い大会で16時間、いちばん短いサロマでも13時間です。途中、歩きを交えても、諦めなければ達成できるタイム設定です。特別に屈強な身体やスピードを持っていなくても、休まずにトコトコ走り続ければ、誰しもが完走しウルトラランナーという称号を得ることができます。がんばれば達成できる目標だけど、相当がんばらないとゴールまでたどり着かないというスレスレ感が人の情感を強く刺激するのかもしれません。実力のある人は、サブイレブン、サブテン、サブナインと、1時間刻みで目標を上げていきます。10時間を切り9時間台に突入する「サブテン」はウルトラランナーにとって大きな勲章ですが、フルマラソンのサブスリーほどの難関ではありません。キロ6分を淡々と刻んでいけば達成できる記録です。研ぎ澄まされた運動能力がなくても、がまん強さや地足の強さでカバーできます。サブテンをクリアした暁には、まだ達成していないランナーから「サブテンですって、すごい!」と一瞬だけ尊敬してもらえる場面があるのが嬉しいところです。一瞬ね。更にその上の8時間台に突入する「サブナイン」は、一般ランナーには雲上の世界です。フルのサブスリーに匹敵する難易度でしょう。
 100キロのベストタイムを狙いたい時は、コースがほぼ平坦なサロマを目標レースにする人が多いようです。一度サロマで出してしまった記録を、他の大会で塗り替えようとすると大変です。フラットコースの大会は他には思い当たりません。100キロの大会の多くは、コース中に大変な山越えが組み込まれています。標高500メートル級の峠越えや、累積標高1000メートルを超すアップダウンが待ちかまえています。ただでさえ距離が長いのに、見上げるような登り坂や、ヒザが砕けるかという下り坂を走らされるわけですが、ウルトラランナーたちは坂道が好きな人が多いように見受けられます。前方に峠道を発見したら盛り上がっている人が少なからずいます。ぼくも最初は何が楽しいのかわかりませんでしたが、今は坂道が好きです。何か大きな壁を乗り越えたいから、誰に頼まれもしないのにわざわざ100キロなんて走ってるわけで、そんな性癖の持ち主なら、急坂はアンジェリーナ・ジョリーのくちびるぐらい魅力的に見えているのかも知れません。
 100キロの大会では市街地を走ることはほとんどありません。海岸線や山岳地帯や田園の中の細い道を、交通ルールを守って走ります。走るのは車道ではなく歩道部分です。競技にかかる時間が長すぎて、一般車道を通行止めにして行うフルマラソンのようにはいかないからです。当然、交通規制はされてないので車がビュンビュン横を走っています。もし交差点の赤信号に差しかかったなら、行儀よく青信号を待たなくてはなりません。だからあまりアセッてタイムを狙っても仕方ないのです。
 そんなのんびりした100キロマラソンでも、さすがに60キロ、70キロを越えたあたりから身体のあちこちが悲鳴をあげはじめます。壊れやすい部位は、ヒザ、股関節、足首、足の裏あたりでしょうか。ちょっと太めの人は、揺れつづけた腹の脂肪と筋肉のつなぎ目が痛いなんて言いますし、下をうつむいて走る人は首の後ろがカチコチになります。腕ふりを力強く続ける人は二の腕に筋肉痛が起こります。衣類と皮膚がこすれやすい股間、おなか、脇の周辺は、赤く衣擦れし、ヤケドみたいにヒリヒリ痛みます。
 標高の高い場所や吹きさらしの海辺を走るため、気候の変化も激しいです。30度を超す酷暑、残雪を横目に走る酷寒は通常コンディションの範疇です。土砂降りの雨でも身体が浮き上がる大風でも、大会が中止になることは滅多にありません。
 苦しさのあまり何度も走るのを止めようと思い、自分を納得させられるリタイアの理由を考えます。ちょろっと足を踏み外して崖から1、2メートル落ちて、捻挫してみようかなんて危険な考えを抱きはじめたりします。時折、追い越していく選手収容バスの車中に、関門で引っかかったランナーの影を見、羨望のまなざしを送ったりします。収容バスに憧れるあまり、ちょっとペースを落として、わざと関門に引っかかってみようか、なんて悪い心も芽生えます。100キロレースでは、自分の心の奥底にしまわれていたダメな部分がすべて白日の下にさらけ出されるのです。そのたびに「自分はこんなに弱いのか」とガッカリします。それでもあきらめずに走り続けているうち、「自分はこんなに強いのか」と若干見直してみたりもします。
 ゴールしたときの気持ちは、100人おれば100通りの感慨があると思います。ぼく個人としては、毎回ガッカリしながらゴールラインを越えています。専門のカメラマンがゴールシーンを撮影してくれているので、せっかくだしガッツポーズは取りますが、「あーあ、またダメだった」と思いつつ手をだらしなく挙げています。そそくさと前に進むと、地元の女子高生が完走メダルやタオルをかけてくれます。なぜかたいてい可愛い女子高生です。男性ランナーへのサービスなんでしょうね。その辺に空き地を見つけたら「もう走らなくていい」と嬉しくなり地面に倒れます。寝転がっているとすごく気持ちがいいのですが、5分もすれば気持ちよさも薄れ、ついでにレース中の苦しさも忘れ、「次だ次だ次だ、今度こそちゃんと練習して、まともに走りきってやる!」といきり立ちはじめます。そしてヤケ酒がわりの生ビールを探しにいきます。いつだって不完全燃焼、それがぼくの100キロです。
 いつの日か心の底から突き上げるガッツポーズをたずさえてゴールテープを切れる日が来るんでしょうか。今年こそやれる!と根拠なく信じている自分はバカなんでしょうか。日々、大会要項を見比べては目標レースを決める勇気なく、ランネットを閉じたり開いたり。スタート地点やゴール地点に近い安宿を見つけたり、格安で行ける交通手段を探し出したりしてほくそ笑む。そんなこんなで100キロマラソン・シーズンが静かに幕を開けるのでした。