バカロードその50 スパルタスロン直前 攻略(予定)ノート

公開日 2012年09月22日

文=坂東良晃(タウトク編集人、1967年生まれ。1987年アフリカ大陸を徒歩で横断、2011年北米大陸をマラソンで横断。世界6大陸横断をめざしてバカ道をゆく)

 スパルタスロンが目前に迫ってきた。半年間、日々変態的なトレーニングを課し、この身と心をサディスティックに痛めつけた。スピードを出さず、ひたすらゆっくり走り続ける練習も積んだ。100キロレースは8本こなした。今年こそは、何としても、何があろうとも完走するのだ。
 過去2年間はカン違いだらけの準備と行き当たりバッタリのレース展開で、ぼろぼろになってリタイアを重ねた。今年こそは準備周到に、より知性をみなぎらせ、アリの穴すらない完ぺきなる計画を立て、無敵のスパルタ王に挑戦状を叩きつける。その計画の書をまとめる。来年、参加予定の徳島のランナーもいらっしゃると小耳にはさんだ。参考もしくは反面教師になれば幸いです。

■スケジュール
9月25日(火) 関空→ドーハ(カタール)→アテネ
9月26日(水) アテネ市グリファダ地区・選手指定宿舎「ホテル・コンゴ」宿泊
9月27日(木) 選手登録受付、17時より大会説明会
9月28日(金) 7時よりレーススタート(アテネ・アクロポリスの丘)
9月29日(土) 19時レース終了(スパルタ・レオニダス像)
         20時頃スパルタ市中心部で表彰セレモニー 「ラコニア・イン」宿泊
9月30日(日) スパルタ市長との昼食会、アテネへバス移動
10月1日(月) 20時頃、アテネ市内で完走者表彰パーティ
10月2日(火) アテネ→ドーハ→関空(10月3日着)

 7泊8日、参加ランナーの標準的な日程である。もしこんなに長期で有給休暇を取れない場合は、日本出発日を1日遅らせ、ゴール後のセレモニーをすべてパスして2日早く帰国する手もある。身体が動くかどうかは別問題として。

■総費用
 スパルタスロン参加費は400ユーロ=約4万円。ランナーには、レース前後5泊分のホテル代金(朝・夜の食事込み)、バス移動、各種パーティでの飲食などが無償で提供される。これほどランナーを優遇してくれる大会があるだろうか。ギリシャ滞在時、ぜいたくをしなければ空港からの交通費以外はいっさい費用がかからない。日本からの航空運賃とあわせても約15万円だ。
 ギリシャ市内でのランナー指定の宿泊先は、グリファダ地区という海沿いのリゾート地に建つ「コンゴ・パレス」。立派なプールを備えた豪華リゾートホテルである。ランナーは1部屋に3名ずつ割り振られる。主催者経由で延泊申込すると9000円かかるが、ネットの宿泊予約サイトからだとシングルルームなら6000円前後で泊まれる。前入りしたい人は自分でネット予約すればいい。

■レース参加者
 今年は34カ国から351人がエントリーしている。
 最も多いのは日本人で70人、地元ギリシャから50人。以下ドイツ41人、イタリア23人、イギリス20人、ハンガリー18人、フランス13人、オランダ12人、台湾11人、フィンランド10人、アメリカ8人、ブラジル8人、ベルギー7人。5人以下の国は、スペイン、デンマーク、ポーランド、スウェーデン、オーストリア、スイス、スロベニア、ノルウェー、中国、アルゼンチン、カナダ、イスラエル、韓国、メキシコ、エストニア、キプロス、アイルランド、ポルトガル、南アフリカ、香港、シンガポール、グアテマラ。

■日本からの航空便
 日本からギリシャ・アテネまでの直行便はないため、中東経由か欧州経由便を利用する。成田空港からは欧州経由が多く、関空発着は中東経由便が中心だ。関空からだとエミレーツ航空ならドバイ経由、カタール航空はドーハ経由、トルコ航空はインタンブールを経由する。運賃は、どの便も似たり寄ったりで燃油サーチャージ込みで往復で10〜11万円台だが、毎年1〜2万円くらい料金が変わる。
 エミレーツにしろカタールにしろ関空発はほぼ満席になるため、機内で横になれる期待はしない方がよい。カタール航空はエコノミークラスでも日本映画の本数が多く、邦画を3〜4本観て、うたた寝しているうちにドーハ空港に着く。イスラム圏の空港内はヒマをつぶせるような設備はなく(日本の空港よりは遙かにマシだが)、ちょっと散歩すればやることがなくなる。大会当日までは眠れるだけ眠って体力温存したいのでトランジット時間は仮眠室で寝る。仮眠室はエアコンが効きすぎており、軽量タイプの寝袋を用意しておけば快適だ。寝過ごしには注意したい。

■ギリシャの交通機関ストライキ対策
 政情不安定なギリシャではストライキは日常的。日本のように会社単位で行われるのではなく、公務員と民間労働者が連携し、全交通機関がストップする。タクシーすら動かないのである。空港に到着したのち敷地外に出たくとも何ひとつ乗り物はない、というおよそ先進国では考えられない、いや世界中のどの国でもありそうにない事態に直面する。さすがのインドだってリクシャーのオッチャンくらいは客待ちしてるだろう。
 この事態に移動手段として思いつくのは徒歩。だがアテネ市内まではおよそ25キロ。大会前にそんな距離を、重い荷物を持って歩きたくないという気持ちは誰しもが抱く。かといって空港からのヒッチハイクは望めない。スト破りの白タクシーも少しはいるが、競争率が高すぎて捕まえられない。
 残された手としては、困っている到着客を集めて大型バスをチャーターするか、あるいはレンタカーを借りるか。旅行会社所有のバス駐車場が空港右手にあるので、バスの運ちゃんと直接交渉して借り、割り勘する。レンタカーは1日6000円程度。左ハンドルでミッションが基本、道路は右側通行なので慣れてない人は事故に注意したい。車はたいていボロである。空港レンタカー窓口では国際運転免許証ではなく日本の免許証の提示を求められる。
 ギリシャでは「公共サービス」が機能しているという前提を捨てておく。最初から動いていないと考えておけば、不測の事態にも対応できる。たとえば、手荷物はスーツケースよりもバックパックの方がよい。移動距離が数キロなら、動かない乗り物を探すより、歩いて行動した方が結果的には速かったりする。コロコロ付きのスーツケースだとガタガタ道路は移動しにくい。

■レース当日までの過ごし方
 大会前日に選手受付が行われる「ホテルロンドン」へは、日本人選手指定のホテルから「トラム」と呼ばれる路面電車と徒歩で20分でいける。
 受付会場では医師の健康診断書の提出を求められる。一応ちゃんとした診断書を提出するのが筋だが、書面内容はほとんどチェックされてない感じである。
 エイドに預ける荷物の手続きもここで済ませる。ホテル内のプールサイドに全75CP(チェックポイント)のナンバーが書かれた大きな段ボール箱が置かれている。選手は、あらかじめ用意した補給物や照明具をビニル袋などに入れ、ゼッケンナンバーとCPナンバーをマジックで大書きし、自分が受け取りたいエイドの箱に放り込んでいく。しごく簡単で便利なシステムである。
 受付後、大会主催者からの説明会がある。いくつかの母国語ごとに説明テーブルが分かれ、日本語での説明もある。
 スタートまでに最低限しなければいけないのは以上。あとはホテルでゴロゴロしているか、ビーチで昼寝でもするか。路面電車を使えば、アテネ中心部の観光エリアまで乗り換えなしの1本でいけるので便利である。

■エイドに置くもの
・エイド11(42キロ) 薬品セット
・エイド22(80キロ) 交換シューズ?、靴下、薬品セット、着替えシャツ
・エイド28(100キロ) ヘッドランプ、ハンドランプ、薬品セット
・エイド35(123キロ) 防寒ウエア、雨具、薬品セット
・エイド43(148キロ) 薬品セット
・エイド52(171キロ) 交換シューズ?、靴下、薬品セット、着替えシャツ
・エイド60A(197キロ) 薬品セット
・エイド68(223キロ) 薬品セット
 薬品セット=鎮痛剤(イブクイック、ロキソニン)、胃腸薬(ガスター10)、ワセリン(ヴァセリン・ペトロリュームジェリー)、絆創膏。
 交換シューズを2足としたのは、前半は暑さ対策の水かぶりによってシューズが濡れた場合の交換、中盤は山岳地帯通過時の天候崩れ対策。いずれにせよ、シューズが水浸しになると、皮膚表面がふやけて肉とずれ、ひどいマメの原因となる。念のための予備である。
 ヘッドランプは「ペツル・ティカプラス2」、最大光量70ルーメン。足元を照らすハンドランプはロードバイクのヘッドランプを利用。ハンドルレバーに固定する輪っか部分を指輪のように指にはめて使う。一般的な手で握るタイプのハンドライプでは、後半握力がなくなったときに辛い。夜を越すのは1晩だけだから新品電池なら電池交換は必要ない。
 鎮痛剤はひどい故障に見舞われたときに備えて。関節痛だけじゃなく、爪がはがれたり裂傷を負ったときにも数時間は効く。身体が乾ききっているので吸収が早く、効果てきめんだ。
 胃腸薬は、前半のゲロ吐き対策。後半は胃腸が機能しなくなるので、エイドの食料を飲み込むのと同時に服用する。
 マタずれ火祭り対策のワセリンは「ヴァセリン・ペトロリュームジェリー」。米国製で熱に強く粘度が高い。ワセリンにもいろんな種類あるけど、摂氏40度程度で水状になるものは役に立たない。
 各補給物は、百円均一ショップで入手したジッパー付きのB4版ナイロン袋に入れる。ジッパーなら受け取った荷物を返却する際に手間取らない。

■エイドで使いたい超初歩級ギリシャ語
 こんにちは=カリメーラ
 これください=フェルテムー
 おいしい=オレオ
 ごちそうさまでした=カリホネプシ
 ありがとう=エフハリスト
 さようなら=アディーオ
 海外選手の多くは地元ギリシャ人と英語で会話しているが、少しでもギリシャ語を覚えていけばエイドのおばちゃんたちにウケると思う。

■持って走るもの
 ウエストベルト(ゼッケンはこれにつける)、霧吹きスプレー、関門タイム表、薬品セット、お金(2ユーロ硬貨×5)。
 各エイドに用意された飲み物は、日本のようには冷えてない。ほぼ常温である。2ユーロ硬貨は、緊急事態的に体温を下げるため冷たい飲料を胃に入れる場合に備えて。コース沿道に自販機はないが、キヨスク的な商店はある。小銭を持って商店に飛び込み、冷蔵庫からペットボトルをサッと選んで代金をパチンと置く。「お釣りは取っといて」で店を去る。きっと世間話がはじまると10分くらい店主に捕まる。
 また、エイドごとに霧吹きスプレーのボトルに水を補給し、身体に吹きかけながら気化熱で体温を下げる。

■シューズ
・スタート用=アシックス・ターサー
・交換用=ミズノ・ウェーブアミュレット
・交換用=ミズノ・ウェーブエアロ10
 ギリシャの道路には小石やアスファルトのカケラが散在している。また材質はコンクリートのように堅い。本来はソールのブ厚いシューズを選択すべきなのかもしれないが、過去2度とも慣れていないシューズを履き、カカトから出血するなど故障の原因になった。今年は、ふだん履いているシューズを持っていく。ソールがすり減ってペラペラになった靴だけど、キック力でパンパン走るわけでもなく問題ないだろう。履きつぶし寸前の相棒シューズがいちばん信頼できる。

■レースの組み立て方
【0〜80キロ】
 スタート直後から絶対に飛ばさない。大レースになればなるほどボクは舞い上がり、狂ったようにオーバーペースで入る失態を何度も演じてきた。絶対にキロ6分よりペースを上げない。6分〜6分30秒を徹底厳守。ランナーズハイになったら中島みゆきの「ファイト!」を歌い暗い気分に引き戻す。
 今年の8月下旬、アテネでは気温40度を記録している。レース日も30〜35度は必至。気温以上に直射日光ビームが肌を焼く。白シャツ、白アームカバー、白キャップで肌を覆い光をはね返す。
【80〜123キロ】
 80キロ地点にある街、コリントス。毎年20〜30%のランナーがわずか80キロでレースを終える。暑さとダラダラ坂道が制限9時間30分クリアを困難なものにする。
 コリントスに達した段階でダメージを負っていたら10分程度の休憩をとる。無理やり突き進んでもダメージは更に深刻化し、後で動けなくなるだけだ。10分の休憩を取って体調を元に戻すバカ練習はたっぷりやってきた。10分のタイムロスをおそれない。
【123〜171キロ】
 123キロのネメアの大エイドには、パスタ、ピラフなど食料が山積みされている。胃腸障害がなければ無理にでも喉に押し込む。ここで長そで長ズボンのジャージを着る。山岳地帯に入るので天候が崩れる可能性があるので雨ガッパも準備しておく。街灯のない暗くて長いサンガス山麓へのアプローチ坂を登り、荒涼としたガレ場のつづら折れ登山道に入る。1200メートルの登りはとにかく歩く。睡魔や衰弱との戦いはここら辺がピークか。つらいかつらくないかって、もうとうに限界は超えているだろう。それでも前に進める人だけに栄光の光が射すのだ。
【171〜246キロ】
 ここまで来れたら、あとは耐えるしかない。どんな体調不良、故障に見舞われているかによって展開は違うものになるが、どっちにしろ走力もクソもない根性の世界だ。走れなくても歩く。必死に前をめざす。脚を前に繰り出している限り1キロ8〜9分ペースは保てる。関門時間どうこうというより、今その瞬間の自分のベストを出す。自分の弱さに引っ張られず、ちょっとずつ、より困難な選択をする。「歩きたい」という誘惑に負けずに走り、「休みたい」という願望に打ち勝ち、歩く。246キロの距離や36時間のタイムリミットと戦っているのではなく、今自分がいる場所から100メートル先までをちゃんと走れるかの勝負。今までもそうだった。
【ゴール】
 ゴールのことは、現時点では想像を絶しているのでイメージはまったく湧かない。完走者は英雄レオニダス王の巨大な像の足下に手を添える。月桂樹の冠を頂き、陶器で水を飲む。係員に足の裏を洗ってもらい、衰弱しておれば点滴を受ける。回復を待って選手専用タクシーで宿舎まで送り届けられる。今年こそそんな立場になれるだろうか。いや、絶対なるのだ!

■レース後
 レース全日程終了後の夜にスパルタ市の中心部にある広場で大々的な優勝者表彰セレモニーがある。広場には観客があふれ、表彰式というよりは街のお祭りといった雰囲気。ステージ上では地元の中高生らによる演奏会や、子どもたちの格闘技演舞などのお披露目がある。全ランナーの顔写真が巨大スクリーンに映し出され、優勝者インタビューが行われる。テレビで生中継され、打ち上げ花火で祝福される。スパルタランナーであることを誇りに思えるはずだ(完走できた場合・・・ですが)。

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 さて、完走もしたことないのに、けっこう語ってしまいました。完走もしたことないのに、ノウハウだけ積み上がりました。この情けない存在に今宵、終止符を打ってきます。何年かに1度しか出てこないクソパワー、いま覚醒させます。