公開日 2017年08月19日
文=坂東良晃(タウトク編集人、1967年生まれ。1987年アフリカ大陸を徒歩で横断、2011年北米大陸をマラソンで横断。世界6大陸横断をめざしてバカ道をゆく)
ウルトラランナーって年がら年じゅう、クソ暑いかクソ寒いなかを走ってるよねぇ。熱中症への意識の高まる昨今では、気温35度を超せば運動部やスポーツイベントは活動中止になるのがふつう。危険度を判断する基準も進化していて、熱中症予防の目的で考案された「WBGT・湿球黒球温度」の値を用いて、より科学的に人体への影響を図ろうと試みられています。
「WBGT・湿球黒球温度」の算出要素は、気温10%、湿度70%、地面や壁からの輻射熱20%です。この比率、ランナーの皆さんなら納得するよね。大会本部テントの涼し気な日陰に置いてある温度計と、カンカン照りのアスファルト上で感じる暑さはまったくの別物です。
でもって「WBGT」指数では、31度を超すと「高齢者においては安静状態でも熱中症を発生する危険性が大きい。外出はなるべく避け、涼しい室内に移動する」との指針がある。そうそう、夏の暑さは、お年寄りにとって死にも直結する悪因なのです。
かく言うわたくし、若者か高齢者かと問われれば、明らかに高齢者の部類に属するお年頃です。猛暑日には冷房の効いた甘味処で白玉あんみつなどをついばんでいたいものですが、いざレースとなれば、いつまでも木陰でグズグズと休憩してはいられません。
体力充実した中学生や高校生ですら活動休止している酷暑環境で、物忘れがひどくて日々ボーッと過ごしている中年男子が、100km、200kmと走りつづけてよいものでしょうか・・・と疑問を呈しても誰も答えてはくれません。嫌なら走らなければいいのです。誰か怖い人に命令されたわけでもないのに、好きこのんで勝手に走ってるバカにつける薬はありません。
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アスリート体質のランナーならいざ知らず、気温が35度を超すとなると、凡庸なランナーならば体温調節機能のスペック外です。
自動車のエンジンには水冷・空冷があって、内燃機関がつくりだした熱を、風や水を使って下げています。人間なら血液や汗が「水冷」にあたります。毛細血管や汗腺は、車の部品でいえばラジエターでしょう。一方「空冷」の役目は皮膚表面が担ってます。
昭和中期の頃には、自動車が道ばたでエンコして煙をもくもく出してる場面をよく見かけました。エンジンの出す熱を外に放出する機能が低かったんでしょう。現代の車では滅多にありません。
車に比べて人体はそれほど短期間に進化しません。中年太りの暑がりオヤジが、ある日一念発起してウルトラマラソンを始めたからといって、急に暑さに強くなったりはしません。
真夏、走ってる最中に深部体温は40度近くまで上がります。そして外気温が35度を超すと、この発生した体温の逃げ場がどこにもなくなります。だから気温35度を超すと大多数のランナーはオーバーヒートします。では、どうすればいいのでしょう。
そこで昭和40年代製の旧タイプの冷却システムしか持っていない中年男であるわたくしが、真夏のレースを乗り越えるために無駄骨を折りつづけて得た暑熱対策をまとめてみました。
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①使える外部手段はすべて使う。最強アイテムはやはり氷。
体温を最も効率よく下げられるのは言うまでもなく氷です。熱脱離が速く、溶け終わる瞬間まで効果が持続します。
エイドにブロックアイスを用意してくれている大会が、以前よりは格段に増えています。エイドのないマラニックなら、コース上にあるコンビニで購入します。
特に頭皮一帯と首まわりは、可能な限り氷を使って冷やし続けるべきです。帽子の中に入れて頭頂部を冷やし、首まわりにはタオルや手ぬぐいで氷を巻いて結びます。その際、後頭部の頚椎部分だけじゃなく、左右のエラの下あたりにある動脈部分に氷があたるように巻きます。この場所を通った血液はそのまま脳内に流入するので、「回復した気分」に達する時間が短いです。しかし実際はいったん熱中症に陥ると肉体全体にわたってダメージを受けています。そうそう簡単には回復しないので、「回復した気分」に過ぎないと理解しておきましょう。
熱中症対策には、ワキの下や股関節付近の動脈を集中的に冷やすことは常識ですが、ランニング中にワキとマタに氷を挟むのは無理です。動脈にこだわらず、両手に氷の塊を持ち、あらゆる体表面に塗りたくるのがよいです。衣類から露出している顔、腕、太腿に加えて、シャツやパンツにも塗りつけましょう。
衣類はビショビショに濡らしすぎると、体温の放散が繊維内の水にジャマされ、気化熱の効果が発揮できません。霧吹きスプレーで吹きつけた程度に薄く濡らし、乾ききる前にまた濡らすようにします。これがいちばん体温を下げやすいです。
いちいち立ち止まって身体に塗っていると、どんどん関門までの余裕時間がなくなるわけだから、すべて走りながらの行為です。
氷が入手できない場合もあるでしょう。コンビニがない田舎道なら、昔ながらの商店で売っているアイスクリームを活用します。パウチ容器やチューブ入りのクーリッシュやパピコを氷の代わりに使います。
氷、アイスクリームともになければ、ボトルの水をうまく活用します。頭からジャブジャブ水をかぶってる人がいますが、得策ではありません。ボトルから手のひらに少しずつ受け、体表面に薄く塗りたくります。
水の持つ気化熱(液体が気体に変わる時に周りから熱を奪う)を最大に利用する最良のツールは「霧吹きスプレー」です。霧吹きだと手持ちの水を減らすことなく、水量に対して最も効率よく皮膚表面の温度を下げられます。といっても、スプレー容器をもって走るのは邪魔くさいと感じる人が大半でしょう。そのときは昭和のプロレスラー・・・ザ・グレート・カブキやグレート・ムタがよくやっていた「毒霧」の要領で、口に含んだ水を霧状にして吹き出し、身体に浴びせかけるテクニックを習得しておきましょう。2、3回練習すればできます。周りにランナーがいるときは迷惑なのでやめといてください。
ドラッグストアには、アウトドア活動用の涼感・冷感スプレー製品が多く販売されています。使っているランナーも少なくないですが、それら製品の多くは原料のメントールなどに「冷たく感じる」作用があるだけで、実際に体温を下げるわけではありません。ガムを噛んだりミントティーを飲むとスースーするけど、口の中の体温が下がっていないのと原理は同じです。
だからレース中に冷感スプレーを使用して、熱中症予防バッチリと信じ切っているのに、体温は高いままというのは危険です。高体温状態が10時間以上つづく夏のレース時に、体温調整アイテムと信じて使うのは間違っています。
②着衣カラーの影響は大きい。
「体温を下げる」という点では、衣類やシューズの色も重要です。
直射日光の下では圧倒的に「白」が有利です。気温50度以上まで上昇するバッドウォーター・ウルトラマラソン(米国カリフォルニア州・217km)や、砂漠を走るアドベンチャーレースでは、全身シルバーや白色で覆われたダボダホのウエアをまとっている選手の姿が見られます。
色による熱吸収率や太陽光の反射率については、学術的な研究結果を見つけられませんでしたが、ペンキメーカーや外壁施工の企業による自社調べの数値が公開されています。
そこでは色による違いは顕著です。最も優れた反射色は銀色で反射率90%、つづいて白80%、黄色60%、金色50%、オレンジ30%、赤20%、青10%、黒5%といったところです。銀色のシャツはあまり販売されていませんから(帽子はあります)、安価で簡単に入手できるのは白色のウエアです。
③足の裏の熱を外に逃がすには。
気温が40度付近になる場合、アスファルトの路面温度は50度を超すことはザラです。疲れ果てていても、路上に腰かけられないほどののフライパン状態になっています。地面の高熱はシューズのアウトソール素材を伝わり、内部まで侵入してきます。足裏の体温それ自体も、数十万歩もの着地から高温化しているので、内に外にと熱されて、こもった熱の逃げ場がなくなります。シューズ内の温度が上昇しっぱなしになると、足裏の腫れや水ぶくれの原因となります。ひどい時には、剣山の上を走っているような激痛をもたらします。
そんなときは迷いなくシューズの指先部分を刃物で切り裂きます。いきなりバッサリ切るのが不安なら、最初は爪先2cmくらいの切れ目でよいでしょう。それでも効果が薄ければ、ざっくりと指全体が露出するように穴を開けます。
指先を露出させるとシューズ内の通気性が一気に良くなり、足裏全体が冷やされます。
シューズを切る際に気をつけたいのは、切り目の位置です。地面すれすれの下の方を切ると、つま先で蹴りあげた小石が入り込み、たびたびシューズを脱いで石を落とさなければならなくなります。なるべく爪先のアッパー部分を切りましょう。
すごく単純なことですが、道路のどちらか側に日陰があるのなら、それを選んで走ることも大事です。道を左右に移動してのランは多少の遠回りではありますが、冷たい日陰の路面で足裏のダメージを軽減させられれば、その貯金は日没後の50km、100km先で生きてきます。
④胃薬に頼らない。
胃薬と一概に言っても、薬品によって患部へのアプローチの方法が違います。ウルトラランナーがよく使うのはH2ブロッカー系です。H2ブロッカーは胃酸の分泌を抑えます。次にスタンダードなのは、胃粘膜を保護して胃酸を中和するタイプ、また胃粘液を増加させて胃粘膜を守るタイプです。ほかには消化を促進したり、胃の痛み自体を抑えるものもあります。
ウルトラランナーの間では、ロキソニンやボルタレンなど強い鎮痛効果のある錠剤を、用量以上に飲みながら走ることが一般化していて、そういう人は鎮痛剤と胃薬をダブル飲みしています。医者ではないぼくの根拠のない意見ですが、激しい運動中でなおかつ水分枯渇状態で、第一種医薬品や処方薬をダブル飲みするのは、いくらなんでもヤリ過ぎではないかと思います。
レース中に嘔吐が止まらなくなり、それでも完走をあきらめたくない場面はいくらでもあるでしょう。ぼくも今までいろんな胃薬を服用しました。H2ブロッカーの代表的な市販薬「ガスター10」を飲んで劇的に吐き気が収まった経験があります。しかし別のレースではまったく効き目がなかったりもしました。おそらく同じ「嘔吐」でも、時と場合によって原因が違うためだと思います。シロウト療法では、どのタイプの胃薬がその時点で最も適切なのかは判断しようがありません。
また、胃薬の副作用として起こる反応の方が、いっそう肉体にダメージを及ぼす気がしています。たとえば胃酸を抑制する薬を飲むと、食べ物はおろか水分さえも消化吸収しにくくなり、血液などから筋肉へと栄養が供給されなくなってハンガーノック状態に陥ることがあります。そうなってしまうと「こればマズい」と無理にジェルやコーラを飲んでエネルギー切れを脱しようとします。しかし胃はマトモに動いていないので、それらを受けつけず、反射的な反応として吐いて戻そうとします。
結果、ハンガーノックだけでなく、塩分やミネラル類なども体内に取り込めなくなり、脚ばかりか腹筋や両手指まで攣りはじめます。嘔吐が続くと「吐く」という行為自体に体力が奪われ、精神的にも擦り切れます。この暗黒のスパイラルが繰り返され、戦意が失われていきます。これが、ぼくが暑さに敗れていく典型的な過程です。
「嘔吐」は症状のひとつに過ぎません。循環器はじめ全身の機能不全による結果が嘔吐となって現れているのであって、胃内容物の逆流はハデな現象のひとつです。やむなく胃薬に頼らざるを得ない状況に陥ったときには、すでに手遅れである場合がほとんどなのです。極度に根性、人間力のあるランナーはコレを乗り越えていきますが・・・。
冒頭に挙げた「胃薬に頼らない」とは、胃薬を絶対に飲まないという意味ではありません。レース展開として、制限時間や関門までの余裕タイムが3時間、4時間とあるときは胃薬の世話になるのも選択のうちです。ゆっくり効いてくるのを待てるし、急激な副作用にも対応できます。でも3時間もあるのなら、ただ横たわっておれば体力は回復するだろうから、あえて薬を頼らなくてもよいとも言えます。
大切なのは「胃薬を必要とする状況に自らを追い込まない」ことです。
そのためには、
・残り距離に対して自分がキープできる速度以上にスピードを上げない。
・直射日光の下では、さらにスピードを20%以上落とす。
・呼吸を荒げたり、心拍をドキドキ鳴らす走り方をしない。
・関門を越えるためにスパートを繰り返す状況をつくらない。
・氷や水を使い、体温を下げる努力をしつづける。
・他人のペースに合わせない。特に知り合いが後ろから追いついてきたときには注意。ペースは追いついてきた人の方が上。並走しているうちは脳に刺激が与えられ楽に感じるが、取り残された後にダメージが出る。
これらの自己コントロールが必要です。
(次号につづきます)