公開日 2018年12月21日
文=坂東良晃(タウトク編集人。1987年アフリカ大陸5500km徒歩横断、2011年北米大陸横断レース5139km完走。人類初の自足による地球一周(喜望峰→パタゴニア4万km)をめざし、バカ道をゆく)
スパルタスロンとは毎年9月下旬、地中海に面したギリシャで行われる総距離246.8km、制限36時間の超長距離マラソンレースである。
スタート地点を首都アテネの中心部にあるアクロポリスという遺跡直下とし、ゴールを古代戦闘国家として繁栄したスパルタ市に置く。
今でもわが国で使われる「スパルタ教育」「スパルタ指導」など厳しいしつけを意味する言葉は、2500年前に都市国家スパルタで行われた幼児教育や軍事鍛錬をルーツとする。たとえば産まれた直後の男児をワインで洗い、痙攣を起こした子は強い兵士になる見込みがないと、実の親が崖から投げ落として殺すほどであった。7歳には軍人としての教育がはじまり、生き残ると12歳から30歳までフリチンで生活させられる(理由は不明)。思春期にずっとフリチンとは同情する。
その厳しさたるや、コンプライアンスに反するとみれば国民から袋叩きに会い、ウケ狙いのバイトテロするだけで個人情報丸はだかにされ、ちょっと浮気すると総人格否定が行われる、現代の日本国に匹敵するハードボイルドな国家だったわけだ。
2500年の紆余曲折をへて、現代のスパルタ市はワインやオリーブオイルの生産が盛んな、いたって平和な避暑観光地となっている。
さて僕はこのスパルタスロンに連続8年にわたって参加し、目も当てられないほど惨めなリタイアを繰り返している。その敗戦史をたどってみよう。
□2010年 1回目/91.0kmリタイア
荘厳な雰囲気に舞い上がってしまい、入りの20kmをキロ4分台ペースで突っ込むと、50kmすぎから嘔吐がはじまる。猛烈な直射日光にアブられ、汗が止まり皮膚がチリチリ焼ける。87kmエイドでスイカを食べすぎて気持ち悪くなり、ゴールへの意欲を失ってチンタラ歩いているうちに関門アウト。
□2011年 2回目/83.4kmリタイア
スタート前に右足甲を疲労骨折しており、歩くだけでもフーフー息が荒い。鎮痛剤を大量服用して臨んだが、早々に薬が効かなくなる。それでも耐えて走っていたが、ぶどう畑の中で、お散歩中の少女と子犬に追い抜かれたショックから自らゼッケンを外す。
□2012年 3回目/38.8kmリタイア
スタート後2時間ほどで気温が40度近くに上昇し、自分でわかるほど蛇行しはじめる。30km少々で道ばたのバス停小舎でうずくまると、目の前が白くなり意識が混濁する。先のエイドまで歩いたが自力で立てなくなり、肩を貸してもらって収容車に運ばれる。車の中で水を2リットル飲むと、体調は元どおり元気になる。
□2013年 4回目/87.7kmリタイア
もう二度と暑さには負けない!と決意。8月の月間走行距離1300km、レース5日前にギリシャ入りし、暑熱順化のために100km以上の走り込みを行う。すると疲労が蓄積しすぎたかスタート直後からまったく身体が動かず。もがき苦しんだものの第一関門コリントス(80.0km)を越えるのが精いっぱい。
□2014年 5回目/112.9kmリタイア
昨年の失敗を糧に、過度な走り込みを中止し、疲労除去を徹底する。4日前にギリシャに入するとホテルの自室に引きこもり、ベッドの上に横たわったまま1日18時間眠る。食事にも出かけず、日本から持ち込んだアルファ米を食べつづける。するとスタート直後からまったく身体が動かず。はじめて100km計測ラインを突破したが、畑のあぜ道やそこいらへんで何度も仰向け大の字になってグロッキー。しばし星空を眺めて終わり。
□2015年 6回目/83.4kmリタイア
またもやひどい熱中症にやられ、60kmすぎに道ばたに座り込む。第一関門コリントス(80.0km)に着いたときは、指先は震えて靴ひもが結べず、口もきけないほど衰弱。第一関門は越えたが、1km進むのに20分以上かかりはじめ、その先にある撤収済みのエイドで自らリタイアを申し出る。
□2016年 7回目/132.6kmリタイア
はじめて第二関門ネメア(123.3km)を突破。しかしそこが限界で、嘔吐の連チャンでガス欠に陥る。全身疲労と猛烈な睡魔に抗えず、真夜中のガレ場の道を眠りこけながらフラフラ歩き、イバラの木に突っ込んで大流血。撤収作業をしているエイドにたどり着いた所で、自分からギブアップする。
□2017年 8回目/164.5kmリタイア
自ら編み出した「スパルタでやってはならないこと百戒」を唱えながら走る。はじめて第三関門リルケア(148.3km)を突破。その後も調子よく進んでいたが、標高1200mのサンガス山の登り下りで横殴りの暴風雨に遭い、夏山で遭難するおバカな素人登山者のように低体温症になる。瀕死の状態でエイドにたどりつき、全部の服をはぎとられ、おじさんに抱きかかえられてジ・エンド。
ちょっとずつゴールに近づいてはいるものの、最長到達点からまだ80km以上も残している。その先でランナーを容赦なく襲うという、レース2日目の灼熱の太陽、いつ果てるともない無人の荒野と長い登り坂。課題をいくつも残しながら、完走にはほど遠い所に僕はいる。40代で完膚なきまでの敗戦つづきなのに、50代で勝てる可能性なんてあんの? ねえよ! 体力は落ち、頭にカスミがかかり、尿の切れも一段と悪い。つまり肉体的にはすでにジジイの境地。人生にミラクルというものはあるのだろうか。奇跡の権利カードを生涯3回くらい引けるのなら、そのうち1回を今年のスパルタスロンで使わせてくれ。ギリシャ神話の神々よ、もう後がないのでお願いします。 (つづく)