バカロードその143 おけけとぼくの旅5~日本徒歩縦断2700キロ

公開日 2020年06月05日


文=坂東良晃(タウトク編集人。1987年アフリカ大陸5500km徒歩横断、2011年北米大陸横断レース5139km完走。人類初の自足による地球一周(喜望峰→パタゴニア4万km)をめざし、バカ道をゆく)

(前号まで="アフリカ大陸徒歩横断"を目論む十九歳のぼくは、前哨戦として北海道宗谷岬から鹿児島県佐多岬へと日本列島縦断二千七百キロの徒歩行を始める。生後間もなく保健所行きになりかけていた北海道犬「おけけ」を道づれに。旅をはじめて一カ月が過ぎようとしていた。風雨日和の北陸路でぼくは、最初の頃はお荷物に感じていたチビ犬に恋しはじめている自分を知りガクゼンとするのだった)

 ぼくが七十歳になって、皺くちゃのジジイになっても、自分の核を失いたくない。
 日曜の午後に川釣りにでかけたり、日当たりのいい縁側で猫のノミを取ってやったりする平和を手に入れたとしても、ぼくは自分の核を失わない。
      □
 十月二十一日、石川県小松市。オバケの出そうな古い納屋で夜を越す。ガラス窓が破れていて、めちゃくちゃ寒かった。昨日の夜、しのびこんだ時はわからなかったけど、床には埃が雪のように積もっていて、起きだすと顔も服も真っ白け、白犬のおけけは全身灰色になっている。
 国道八号線をひたすら歩く。途中でおけけがついてこなくなった。十分くらい待ったけど姿を見せないので引き返すと、茶色をした何か汚い物を食っていて、「やめろ」と言って引き剥がそうとしたけど言うことを聞かないので、頭をドつく。おけけを殴るのは初めてだ。驚いたおけけはひどく鳴く。昨日の朝から、ぼくもおけけもメシにありつけていない。国道沿いには食堂や商店がなくイライラする。やっと見つけた小さなスーパーで、マグロの缶詰と牛乳を買ったけど、おけけはどちらにも口をつけずに、朝から水ばっかり飲んでいる。ぼくはコインスナックで二百円のうどんを食べる。店のおばさんに犬連れなのを見つかり、大騒ぎされたので逃げだす。
 石川達三の「青春の蹉跌」を二日がかりで読み終える。残りのお金が一万円を切り(これがぼくの全財産だ)、ますます旅がつらくなる。
 夕方、バス停のベンチに寝そべって、ここまで日記をつける。
 風が樹木を揺らし、黒い雲がトグロを巻いている。空が本格的に荒れはじめるまでに少しでも前進したいので、休憩もそこそこに歩きだす。ベンチの下で丸くなり、つむじ風に転がる空き缶を不思議そうに見つめているおけけを揺すって「行くぞ」と声をかける。いつものように「クオン」と返事する。
 一キロほど歩いているうち、おけけはどこで拾ったのか白いTシャツを口にくわえ、ズルズル引きずりながら必死の形相でついてくる。その顔がおかしくて、ぼくは声をあげて笑う。
 再び歩きはじめる。
 突然、道の横にある住宅の庭から、飼い犬の大型犬が激しく吠えだす。同時にぼくは振り返る。
 威圧感のある犬の咆哮に驚き、一瞬車道に飛び出したおけけが見える。カーブの向こうから猛スピードで白いスポーツカーが現れる。「おけけ」と叫ぶ間もなく、車と彼女が交錯する。コン、と小さな音がする。全身の細胞が真っ白に凍りつく。「おけけ」と声にならない声を出す。
 「クン」と小さく鳴いたおけけは、ヨロヨロとこっちに向かって近づいてこようとしている。それを見て、安心する。ぼくの足元までたどりついたおけけは、その場所でころりと横に倒れる。
 おけけの目玉が、どんどんろうそく色に濁っていく。
 彼女の上に馬乗りになって、名前を何度も呼ぶ。耳と鼻の穴から、少しだけ血がこぼれる。
 身体はまだ温かく、このぬくもりが失われないうちに、なんとかしなければいけないと思って「オイ、オイ」と耳に口をつけて叫ぶ。四本の脚から、首から、唇から、力がなくなっていく。
 おけけを抱き上げる。ノドの奥から熱い塊が何個も何個も溢れだし、ゲエゲエと首を絞められた鶏のような声を出して、ぼくは泣く。涙より鼻水がたくさん出てくる。ダラダラ流れてくる。ヨダレもたくさん垂れ落ちる。
 動かなくなったおけけを抱えて、脇道から雑木林に入り、国道の擁壁の上まで回り込んで、丘の上に登る。ちょっとでも景色のいい所に埋めようと思う。落ち葉が降り積もった腐植土に穴を掘り、おけけを横たえる。口の隅っこに少し血がにじんでいる以外は、いつものように眠りこけているように見える。おけけの上に柔らかい土と落ち葉をかぶせる。

 国道に戻ると夜になっていた。
 ぼくは走り続けた。
 自分を痛めつけることで罪をつぐなえるのだろうかと思った。走っても走っても苦しくならない。足の裏にできかけていたマメが靴の中でべちゃっと裂けたのがわかった。さっき食べたうどんと胃液の全部を三回に分けて吐いた。四回目は何も出てこなかった。暗闇はどこまでも続いていた。ケシ粒ほどの街の灯も見えなかった。この世界に誰も存在せず、地上に一人取り残されたような気がした。
 全力疾走した。歩道の脇に穴ボコがあって、左足をスボリと突っ込み横転した。引っかかったスネから血が流れた。いい気味だと思った。血はいつか止まり、傷はカサブタとなって、やがてポロポロとはがれ落ちるだろう。でもおけけの流した血はドクドクといつまでも止まることはない。
 旅をやめることなど毛頭考えられなかった。生まれて間もない子犬を千キロも連れ回し、痛めつけた愚かな人間に、まともな人生など求める資格などないだろう。死ぬまで歩いてやる。何千キロも何万キロも、足の裏の皮がなくなり、アスファルトでガリガリ骨をけずり取られ、骨髄液を垂れ流しながら、それでも歩いてやる。
 それくらいしか、ぼくにはできることがない。

 それから敦賀、大津、京都を経て大阪へ入り、フェリーで四国に渡って徳島、松山、八幡浜と四国を横断して、九州の小倉へと向かった。奥歯にできた虫歯がずっと痛く、風邪をこじらせて微熱が続いた。足の裏の傷が化膿し、ひきずりながら歩いた。何日間も、誰とも話さなかった。死体が歩くように歩いた。
 福岡の小倉から鹿児島の佐多岬までは五百キロ。かつての筑豊炭田地帯を行くと、頂上をえぐり取られたような奇怪な山が現れた。高校生の頃、夢中になって読んだ五木寛之の「青春の門」の舞台となった香春岳だった。その容貌があまりに小説のイメージと一致していたので、既視感と現実と活字の記憶がごちゃまぜになって、脳みそがショートした。「ぼくは今どこにいるんだろう」。自分の存在がどんどん不確かになっていくようだ。
 後ろを振り返ると、いつものようにおけけがいるような気がして、何度も振り返ってみた。
 真夜中の峠道の暗闇の深さが怖かった。瞼を閉じても開けても同じ黒、三六○度の黒。足元のない空中に浮遊しているようだ。自分という物体と暗闇との境界があいまいで、意識だけが歩いている。今ここで発狂したら、ぼくは消滅するのだ。
 野良犬が後をついてくることが何度も何度もあった。雨の中をびっこの赤犬が十キロ以上ついてきたこともあった。ぼくの体には、おけけの匂いがしみついているんだろう。
 熊本、八代、隼人、垂水を経由し、爆発音と火山灰を吹き上げる桜島のきのこ雲を見上げながら大隅半島を南下した。そして、北海道宗谷岬を経って六十七日目に列島最南端の佐多岬の先っぽに立った。
 断崖絶壁の岬からはるか水平線まで続く青い南シナ海は、十一月だというのに温かそうにうねっていた。
 海を見ながら鼻クソをほじった。桜島の火山灰をたっぷり吸収した鼻クソは丸々としたダンゴになった。
 昨日商店で買っておいたチョコマーブルぱんを二個食べた。鹿児島県の製パン工場でつくられたチョコマーブルぱんはとてもおいしいのだ。小石を拾って何べんも海に向かって投げた。プロ野球のいろんな投手のマネをしながら百個も投げたら肩がジンジン痛んだ。二カ月かけて目指した日本の端まで来ても、別にやることはないのだった。
 岬の先端のながめのいい岩場に見つけた土の部分に、おけけの写真を埋めた。毎日歩くのに疲れるともぐりこんでいたピンクの肩掛けカバンの前に座って、おけけがこっちを見ている。
 陽ざしは春のようにやわらかく、ぼくはただひたすら眠く、そのまま岬の岩の上で何十分か寝込んだ。目が覚めたらまだ眠くて、場所を変えてまた眠った。岩場や松林や、草っ原や、神社の境内や、いろんな場所で眠った。
 おけけ、いつかまた一緒に旅に出よう。
 おけけ、二人でアフリカに行こう。
 おけけ、ずっとぼくを見守ってくれ。
 夢の中で、ぼくはおけけと歩いている。
                    (つづく)