公開日 2023年02月20日
文=坂東良晃(タウトク編集人。1987年アフリカ大陸5500km徒歩横断、2011年北米大陸横断レース5139km完走。人類初の自足による地球一周(喜望峰→パタゴニア4万km)をめざし、バカ道をゆく)
(前号まで=アフリカ大陸の徒歩横断を試みる“ぼく”は二十歳。アフリカ東岸の国ケニア共和国の港町モンバサを出発し、タンザニア、ルワンダを経て、世界最大の密林国家ザイールと、スタートから四千キロ余りを踏破する。五カ国目となる中央アフリカ共和国の首都バンギで、永遠の宿敵であり登山家の「ヒグマ」と偶然の再会を果たす。理由もなく発作的に歩きだした自分たちの「旅」について、無限のような対話を繰り返した)
ぼくは、というよりヒトは食物連鎖の王であることは、言うまでもない。
この王は、悪名高きハイエナやハゲタカよりも悪食だ。ヒトを除くあらゆる動物は、空腹を満たすために捕食を行うが、ヒトは飢えからではなく、精神的充足を得るために、動植物類を根こそぎ餌とする。
被食者(人に食べられる側)にとって、「グルメ」などというのはヒト文明が造りだした悪食の極みである。要するに、食欲という欲求が過度に増幅され、あらゆる生命体をむさぼり食おうとする狂った行為なのだ。しかもそれが間違いではないという理論武装をたっぷりと施して。かつて栄華を極めたギリシャ世界やローマ帝国はじめ、文明がピークから没落に転じるときに必ず横行するのが、為政者の汚職と、性的倒錯者の増加、近親者殺人、そして神経症的なまでの美食志向である。 ヒトは野生を失った囲われの種族である。だから、生態系を維持しようという「見えざる意思」のルールは遺伝子から抹消されている。森を焼いて耕作地とし、畑を作って単一植物以外の生命をすべて根絶させ、生産性を高めるために化学物質をバラまく。ヒトは自然を破壊しないと、自らの生命を維持できない。どれだけエコロジストを気取ってみても、荒野に住み、素っ裸で、木の根を食いながら、ヒトは生きていけない。
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中央アフリカ共和国の村々に、奇妙な缶詰が出回っている。中身は単なるサバやサンマの煮付けであるが、缶の表面に日の丸が印刷されているのだ。砂塵舞うサバンナの寒村のバラック造りの商店の棚に、ずらりと並んだ日の丸マークは異様である。
これが星条旗で、ぼくが白系アメリカ人なら、無邪気に喜ぶか、祖国を思いうっすら涙を流すかどちらかであろうが。
こいつは想像するまでもなく援助物資だ。フランス語で印刷されたパッケージには、日本からスーダンやエチオピアに贈られたもの、と記されている。 缶詰は、本来必要な飢えた民には届かず、輸送の途中で誰かが横流しし、あるいは為政者の懐を肥やしながら、砂漠や山岳や密林や国境を越え、四千キロも離れた小さな村々に卸された。
流通コストのためか、それとも日の丸ブランドが効いているのか、原価ゼロ円のはずの缶詰には八十円の値がついている。中央アフリカ製造の同等の物の三倍も高い。しかしオイルをからめただけの地元産に比べ、さなざまな調味料がブレンドされた日本製のは、舌先が痺れるほど美味い。こいつを毎日嬉しそうに食っているのがぼくだ。つまり、援助物資を消費しているのは日本人で、主旨はまったく貫徹されていないのである。ぼくは飢餓難民の生命の糧を奪いながら、旅を続けている。そして、まるで罪悪を感じていない。
南アフリカ共和国のアパルトヘイトが世界最悪の政治システムとされながら、アフリカ随一の豊かさを保っているように。アメリカ原住民が駆け回った大地が、白人虐殺者たちの「夢の大陸」にすり代えられたように。世界にはどうしようもない矛盾がはびこっている。
でも、単純な正義感から怒りの声をあげられない。その矛盾に、すでに自分自身が組み込まれているからだ。 サベツ者とヒサベツ者。
自然破壊者と自然保護家。
抵抗者と日和見主義者。
マゾヒストがサディストたるように、両極はすなわち同意であり、ともに人間そのものである。何が正義であるか、悪であるかなんて、絶対的なモノサシはない。あるのは「立場」だけだ。
正義感はファッションであり、社会悪は人間の本質そのものであったりする。
だからぼくには、世界最悪の悪食者として自分を認識する作業が必要なのだ。習慣や文化や身分や体制などという装飾物じゃなくて、人間の本質を知りたい。
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昔、周りから物知りだと認められている人に「猿を食べる習慣があるのは、世界広しといえど、中国とザイールだけだよ」と教えられ感心したものだが、大ウソだった。この中央アフリカ共和国でも、猿はしっかりとヒトの餌食になっている。調理法は、燻製にした猿をダンダンとぶつ切りにして大鍋に放り込み、パーム油をドバドバ投入し、ひたすら煮るだけ。こいつが恐ろしくまずい。まるで胃炎患者の吐瀉物を食ってるみたい。食後は、自分の口臭で失神しそうになる。しかしアフリカ密林地帯で、この貴重な蛋白源を愛さない人はいない。子どもたちは「頭の部分が美味しいよ」とスプーンで顔をほじくって食っている。生煮え燻製猿の表情は阿鼻叫喚の様相で、なかなかに凄まじい光景だ。
森には、うっとおしいくらい猿が群棲している。三十匹ほどの大群が木から木へと飛び移りながら、歩いているぼくを囲うように移動する。
「食うぞコラ」と恫喝すると、一斉に叫び声をあげながら包囲網を狭め、威嚇してくる。石を投げつけてやる。あたりかまわずビュンビュン投げていたら、鈍臭い猿がドドドドドと木からすべり落ち、路上にペチャっと叩きつけられる。追いかけると大慌てで逃げだしていく。間抜けな食料どもだ。
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中央アフリカ国内五百六十キロを二十日でクリアし、カメルーンとの国境に達する日、ぼくは再び倒れる。
朝から十キロも歩かないうちに、思考がもつれはじめ、身体がバラバラに砕けそうになる。指先やマブタや、いろんな筋肉がだらんと弛緩し、よだれがタラタラたれている。大林宣彦監督の映画みたいに景色が薄黄色く見える。
すぐそこはカメルーンだ。ギニア湾岸の豊かな国。一年間思い続けた憧れの国にぼくは向かっているのだ、という思いが、意識もうろうのぼくを国境へとにじり寄らせる。
アフリカを歩きはじめた頃。視界のすべてを覆う赤茶けたケニアのサバンナが、脳みその記憶スクリーンに溢れだす。「カメルーンまで歩いていくんだ」と村人たちに話すと、親切な彼らはたいそう心配し「大丈夫かい、この子は…」と両手を天にさし伸べた。「カメルーンなんて一生かかっても行けないよ」と馬鹿にされたり、「ライオンの餌になりたいのか!」と怒鳴られたこともあった。そのカメルーンに、ついにやってきたのだ。
国境らしき場所には検問ゲートらしきものはなく、衛視もいない。聞けば、数キロ先のゲンゾウという村に入国管理局があるという。日はまだ高く、しかしもう一歩も踏み出せないほど疲れ果て、道ばたにツェルト(簡易テント)を張る。ここはカメルーンなのだろうか、それともまだ中央アフリカ共和国なのだろうか。
発熱と悪寒がする。マラリアのぶり返しか。ゴロゴロと鈍い雷音が鳴っている。分厚い黒雲があたりを覆うと、とつぜん激しい雷鳴とともに、イナズマが空を真っ白に切り裂く。ヒョウ状の雨が、テントの合成繊維を破らんばかりにパリパリと表面を叩く。水が浸入しはじめる。テントを張るときよく確かめておかなかったが、この辺でいちばん低地に陣取ってしまったみたい。荷物も服も、身体も水びたし。
嵐は夜になっても収まらない。泥水が容赦なくテントの底に流れこむ。しかし寝床を移動する気力と体力はない。頭ふらふら。タオルで水を吸い取り外で絞る、という作業を繰り返しても効果なし。
マラリアの特効薬「ファンシダール」を二錠飲む。体内にいるマラリア原虫の発育を阻害させる唯一無二の薬・ファンシダールは、治癒と引き換えに、白血球や血小板を減少させる血液障害を起こす超強力薬だ。
次の朝は、夜明けとともにツェルト内がサウナ風呂のように蒸され、あぶりだされる。猛烈な直射日光が脳天を焼く。ビカビカと目の奥に電流が走り、道ばたに倒れ込む。そのままの格好でいると、大型の貨物トラックが砂塵をあげて停まる。「外人」とか「死ぬ」とか「生きてる」という単語が聴こえてくる。助けてくれ、とつぶやきながら腕をかすかに動かしてみる。
(つづく)