バカロードその41 脱力100キロ

公開日 2011年12月20日

文=坂東良晃(タウトク編集人、1967年生まれ。1987年アフリカ大陸を徒歩で横断、2011年北米大陸をマラソンで横断。世界6大陸横断をめざしてバカ道をゆく)

 大雨・強風注意報発令中。
 島根半島に台風2号が迫っている。
 重量のある雨がパチパチとアスファルトを叩き、ちぎれた黒い雲が真横に吹き飛ばされていく。スタートラインに並んでいるだけで濡れネズミだ。もはや雨よけの手段を考える必要もない。ポリ袋をかぶろうと雨合羽を羽織ろうと、5分もしないうちに滝行の修行僧になるんだから。
 「注意報が警報に変わればその時点で中止とします」と、マイクを持ったずぶ濡れの主催者が説明を繰り返す。

 毎年5月下旬に島根県北部で開催される「えびす・だいこく100キロマラソン」は今年で18回を数える歴史ある大会。
 スタートは日本海沿岸の小さな港町・美保関。青石畳の小路が民家の間をぬう乙女心キュン風情の漁師町だ。コースの前半は入り組んだ海岸線が続く島根半島を大横断する。碧い海原の彼方に隠岐の島を見やり、断崖のヘリを戦々恐々進んだかと思えば、低周波音を唸らせ稼動する島根原発の3つの巨大建屋を直下に見下ろすスペクタクルも用意されている。150メートル級の3つの峠が最大の難所とされているが、それ以外の道が平坦なわけではない。全コースにわたって数十メートルのアップダウンを繰り返し、累積標高差は1750メートルに達する。
 過酷なコースとは裏腹に、この大会が大学スポーツサークルの合宿地のような明朗闊達なムードに包まれているのは「チームリレー」という競技があるためだ。5人以内のメンバーで駅伝のようにタスキをつなぎ100キロを走る。リレーメンバーは何度も交代でき、1人が何キロ担当してもよい。先頭チームなんて、短距離で次々と入れ替わりキロ4分の猛スピードで駆けていく。このリレー参加者たちが大会の雰囲気を華やかにしているのだ。なんせふつうのウルトラの大会ときたら、常軌を逸した走り込みをこなし、鶏ガラ級に肉体を絞り込み、弱音など吐いてたまるかコノヤロー的な紳士淑女が全国から大集結している。それに比べてオシャレなチームシャツを揃えたりなんかした女子大生たちが、黄色い嬌声をあげつつ100キロと戦っている姿なんて、レモンとライムとシロップたっぷりの清涼剤。最近の女子大生なんぞ街で見かけてもアイメイクの濃ゆさに頭痛を催すだけだが、ストイックきわまりないウルトラの舞台なら瑞瑞しさ、光沢感が違う!

 それにしても台風の中、走るのってこんな痛快なのか。
 ぼくだけじゃない。追い越し、追い越されてゆくランナーの多くが、楽しくて仕方がないって表情だ。
 子供の頃、台風が来たら外に出たくてたまらなかった記憶って誰しもあると思う。その場跳びすれば1メートルくらい着地点が違ってしまう抗しがたき自然の圧力。稲妻が空を裂き、遠くの山に雷がドンと落ちる。ドブは溢れかえり、田んぼと道路の境界線がなくなって、茶色い沼地ができる。子供はそんな大自然のパワーを全身で受け止めたい。いや、実は大人になってもたいして変化ないのかも知れない。
 嵐を衝いて外ではしゃぎまわっておれば、ご近所衆に頭イカれてるのかと疑われる。だがマラソンレース中なら暴れ放題だ。峠のてっぺんからイャッホーと叫んで坂を猛ダッシュで下れば「気合い入ってるね!」と誉められる。まったくただアホなだけなのにね。ウルトラマラソンって何て都合のいいスポーツなんだろう! 笑いを抑えられない。完全に笑いながら走っている。世の中いろんな最新レジャーが開発されてるけど、こんな面白いことってあんのかな。

 この100キロには、ひとつのテーマをもって挑んだ。
 「脱力」である。
 身体のどの部分にもいっさい力を入れない。心拍数を上げず、平常の呼吸リズムを維持する。100キロを走り終えても筋肉や心肺にダメージを残さない。そのままのペースで200キロ、300キロと走り続けても絶対に潰れない、との確信を持てるスピードはどこかを探るのだ。
 力を入れず走るってのは、具体的には着地時と蹴り出し時に筋肉を固めないってことだ。大腿部や腹筋などの筋力を動員して身体を前に持っていくのではなく、骨格のバランスによって身体を平行移動させる。重心を心もち前傾に・・・垂直立ちの位置からわずか数度前傾させ、引力に導かれるままに走る。フルマラソンレースのように足底を地面にパンパン叩きつけない。地面からの反発力で前方に飛んでいくのではなく、軽く、そよ風のように路面を撫で、ふわふわ移動する。
 今月スタートする北米横断レースでは「絶対に潰れてはならない」のである。疲労困憊してはならない。その日ゴールできても、翌日起き上がれないのではダメなのだ。毎日80キロ踏破しても、翌朝にはピンピン跳ね起きるくらいの余裕度をキープしなくてはなけない。
 ひとことで「潰れる」と言っても、多様な症状を指しており、原因も結果も異なる。
 心肺能力の限界を越え、乳酸処理が間に合わなくなった「もうぜんぜん動けん」か。
 脱水により体内の鉄分が失われた貧血めまいフラフラ状態か。
 ミネラルが奪われ全身の筋肉が攣りまくってるヘンなオジサンか。
 小腸からのカロリー吸収が運動消費カロリーに追いつかない「ガス欠」か。
 数万歩の歩行の繰り返しによって筋肉損傷が限界を超した針の山ランニングか。
 胃酸の過剰分泌によって嘔吐が止まらず、消化不良で栄養吸収が追いつかない哀しみのゲロゲロか。
 いずれにせよ、どの状況も遠慮したい。1日だけのレースなら根性で乗り切れる。だが連続70日間のステージレースではアウトだ。
 潰れる原因の大もとをたどれば、心拍数の上げすぎなんだと思っている。たとえば1000メートルのインターバルで心拍数をマックスに追い込めば、後半500メートルはとてつもなく長く感じる。脚は鉛を仕込んだように重くなるし、ゴールすれば胃液も出ない空ゲロをオェオェ吐く。だが心拍数さえあげなきゃ100キロといえど、長い距離と感じずにすむ。
 今日はそれを実証できた。潰れることなく、休むことなくキロ6分30秒で淡々と進む。
 出雲大社の門前町である神門通りを駆け下りゴールする。タイムは10時間52分。土砂降りの雨を降らす天に顔を向け、「ショーシャンクの空に」のアンディ・デュフレーン気取り。
 ゴールの後には、江戸時代から営業される歴史ある純和風旅館「日の出館」で休憩できる。超ぬるま湯の岩風呂に身体を浮かせ、湯上がりには大広間でゴロゴロ惰眠を貪れる。まったく、ランナーの幸せポイントを的確についてくるではないか。
 この大会は、自己責任原則をうたってはいるが、実際はスタッフ数も多く、エイドは豊富。曲がり角、分かれ道の交通誘導は丁寧すぎるほどに手厚い。自治体や警察の協力体制も取れている。国道の電光掲示板にはマラソンの告知がされ、コースと並行して走るローカル路線・一畑電車にはゼッケンを見せるとフリー乗車までできる。いつでもリタイアできるって安心感?ありだ。
 参加料は6000円。「大会参加賞は全国一安く?」とパンフにも謳われているが、1万5000円前後が相場のウルトラマラソンにあって、とても潔ぎよく感じる。
 完走証や完走メダルはない。前夜祭・後夜祭などの華美な装飾イベントも催されない。流行りの計測チップもないけど、ちゃんとゴール時間はスタッフが計ってくれる。何の問題もない。本来、ウルトラマラソンの大会はこうあるべきなんだ、という姿勢をきっちり見せてくれる素敵このうえない大会だった。

 さて準備は整った。
 6月19日、午前5時30分。ロサンゼルスの南50キロ、サーファーの聖地ともいえるハンティントン・ビーチの砂浜で、太平洋の海水に片足をひたしたのち、北米大陸横断の旅に出る。5135キロ彼方のニューヨークにたどりつくまで絶対に潰れることはない。
 「道はどんなに険しくとも、笑いながら歩こうぜ」。
 わが人生、ここぞというときは絶対に猪木語録の登場なのだ。