バカロードその106 瀬戸内行脚中編 うつらうつらと島めぐり 

公開日 2017年05月29日

文=坂東良晃(タウトク編集人、1967年生まれ。1987年アフリカ大陸を徒歩で横断、2011年北米大陸をマラソンで横断。世界6大陸横断をめざしてバカ道をゆく)   

(前号まで=愛媛県のしまなみ海道を舞台に222kmを駆ける瀬戸内行脚。松山市の道後温泉前を出発し、今治市まで50km。島々への入口となる来島海峡大橋を渡り、最初の島・大島へと上陸する)

【今治~大島~伯方島 50km~75km】
 ときおり城郭のようにバカでっかい石垣を組んだ民家が見える。瓦屋根の両はじっこには鯱(シャチ)が踊っている。いったいどんな商売で財を成した人が築いたんだろう。かつて芸予諸島をわが者顔で暴れた海賊・村上水軍の末裔でも住んでるのかな。
 大島の中心市街地は「吉海」という集落、ってよりも立派な街だなこりゃ。瀬戸内海に浮かぶ小さな島というイメージとは掛け離れ、広い駐車場を備えたホームセンターやドラッグストア、コンビニが並ぶ。徳島の田舎町ではお目にかかれない立派なホールや役所がでーんと建っていて、ちょっとしたプチ都会な見栄えである。
 瀬戸の花嫁が小舟に乗って、幼い弟と泣き別れした頃から40年。島々は長大橋とバイパス道でつながれ、外国人観光客たちがママチャリに乗って自撮りにはげむ繁栄の地となっております。
 標高100mほどの田浦峠を越えて、島の北側に出る。花崗岩を切り出す作業場がひんぱんに現れる。道の左右には、一辺が1メートルを超す巨大な石が積み上げられている。やや青みがかったこれらは「大島石」と呼ばれる高級な青御影石で、古くから重要建造物に用いられてきた。大阪・心斎橋の石組みはじめ、京都の四条大橋・七条大橋、東京の赤坂離宮、そして国会議事堂の一部にも使われているという。こういう石で自分の墓石をつくったら墓参りにきた人が誉めてくれるかなぁ、と石材の表面を撫でてみる。
 大島の島内を17km走り、北端に架かる伯方・大島大橋(1230m)を渡ると、次なる島、伯方島が近づいてくる。
 伯方島側の橋のたもとから、くねくね道を下っていく。はるか眼下に島の外周道や、カラー舗装された遊歩道が続くビーチが見える。海岸ぶちに突き当たったら、少しコースを逆走すると「マリンオアシスはかた」という観光拠点が近づく。その駐車場に第二エイドが設けられているのだ。
 スタートから75km、8時間03分で到着。なかなかの好タイムです。
 エイドのスタッフの方が、カップ麺のフタを開け、湯を注ぐ寸前の状態で待機してくれていた。しかし降り注ぐ直射日光は強く、なんなら氷水をかぶりたいくらいで、熱いラーメンは喉を通りそうにない。代わりにみかんをたくさんもらう。
 このエイドには、夜間用の防寒服をあずけている。前年に参加した際、夜中は震えるほど寒かった。ところが、暑さ寒さのつらさは「そうなってみないと実感できない」ものであり、クソ暑さしか感じていない今、かさばる上下ウインドブレーカーを背負って走る気になれない。行き当たりばったりで行こう、いくら寒くっても5時間くらい我慢したら朝が来る・・・と自分に言い聞かせ、荷物袋からヘッドランプだけ取り出しリュックにしまう。  
 
【伯方島~大三島 75km~110km】
 エイドを飛びだし、伯方島一周の旅へ。この島、しまなみ海道上にある6つの島の中では面積では最も小さな部類だが、人口は7000人と比較的多い。いちばんに栄えた街である木浦地区に近づくと、7階建ての近代的なオフィスビルや高層マンションが。また、広い道路に面して建つ一般住宅は、生け垣で囲った広い庭や、立派な切妻の瓦屋根を備えている。庭には柑橘の樹木が植わり、熟れはじめたばかりの黄緑色の実を揺らしている。
 集落と集落の間は、山の切り通しを抜ける外周道路で結ばれている。集落はたいてい海辺にあるが、漁船が停泊している漁港はなく、魚の加工場や鮮魚店も見あたらない。魚を獲って生計を立てている島ではないようだ。島の東側から北側にかけての沿岸には、造船工場や製塩工場が連なる。有名ブランドとなった「伯方の塩」はこの島や隣の大三島で製造されている。これらの産業がもたらした潤いが、豊かな雰囲気を作りだしてるんだろうか。
 島一周は距離15km、寄り道もせずまじめに走る・・・というか寄り道できるようなスポットないねぇ。
 遠く前方に自動車道の橋脚が見えてきたら再び本道を外れ、次なる大三島との間に架かる大三島橋へのとりつき道路を登っていく。
 大三島橋は全長328mと小ぶりだが、前後の島の斜面が急で、深い瀬戸をまたいでいるため、高度感がたっぷりある。白い鉄骨組みがアーチを描く橋の向こうに、大三島の鬱蒼とした森が横たわる。背後には高い峰々がそびえている。しまなみ海道で最大面積を誇るだけあって、島はあたりを圧するような盟主感を漂わせている。
 橋を渡り終えたら、またまた蛇行しまくった自転車道をたどって海岸線に出る。
 下り坂のつきあたりには狭い海峡があり、正面にデデンと島が浮かんでいる。何という名の島だろうと地図で確認すると、何のことはない、さっきまでいた伯方島ではないか。伯方島を離岸してからずいぶん走った気になっていたのに、ぜんぜん遠ざかってないし・・・と気落ちする。
 しまなみ海道を自らの足で踏破していると、誰しもが自分のいる場所の不確かさを感じるのではないか。
 島と島をつなぐ橋は海面から高い位置にあり、橋へのアクセス道はペアピンカーブだらけのぐねぐね道。時にはループ状になっていて、くるくる回転しているうちに方向感覚が奪われる。
 それに、島の形状が複雑であるゆえに、視覚からの情報もややこしく、錯覚を起こす原因となる。多くの島は、単純な楕円型じゃなくてアメーバ状の角(ツノ)をたくさん突き出してるような形。たくさんの岬のトンガリが海に伸び、さらに隣の島の湾のヘコミと折り重なっている。
 さて今ぼくの目の前で、海峡をまたいで存在している陸地が、これから先に向かう島なのか、さっきまでいた島なのか、あるいは自分がいる島のいっこ先の岬なのか。
 海図がない時代に、海賊が跋扈した理由が何となくわかる。ここは海の迷路なのだ。瀬戸内海の事情を知らずに航海をし、速い潮流と海の迷路に翻弄されているうちに、四方を海賊に取り囲まれたら、なすすべないだろう。
 夜が近づいてきた。薄紅の夕空の向こうに、斜張橋のシルエットが浮かぶ。大三島からさらに広島県寄りの生口島へと渡る多々羅大橋(1480m)だ。今大会では生口島には向かわないので、この橋は眺めるだけ。橋上に連なるオレンジの照明灯、2本の主塔と斜めに張られたケーブルのシンメトリーな姿はアーティスティックである。
 多々羅大橋の下をくぐる。大三島の縁をなぞる道は一周約42km、長い徹夜行のはじまりだ。
 橋脚の向こうにこの島最後のコンビニがある。「最後の」というのはランナーにとって、って意味。ここから先、30kmほどはお店もなく食料調達ができないのである。なにか胃に入れておくべき所だが、お腹は空いていない。昨日の夕方食べたコンビニ弁当を最後に、口にした固形物は溶けてどろどろになったみかんソフトクリーム2個とエイドでもらったみかん3個だけである。人類は進化の過程で、カロリー摂取などしなくとも、あり余る体脂肪を運動エネルギーに変換し、100kmくらいなら軽く走れる高度な能力を手にしたのである。
 人さみしさからコンビニに寄ったものの、取りたてて欲しいものがない。手ぶらで出るのも何だかなと、ガリガリ君レモンスカッシュ味とお茶を買う。走りながらのスイーツ夜食としましょう。
 道路に復帰し、コンビニ袋からガリガリ君を取り出す。パッケージ袋の端っこを口にくわえて破り、ガリガリ君の本体を握ろうとした瞬間、想定外のできことが起こる。
 パッケージとアイス表面の摩擦係数がゼロになっていたのだろう。つるりと滑ったガリガリ君の中身は、つかみそこねた握力の縦方向のベクトルを受け、みごとに発射された。ロケットのように空中を舞うガリガリ君。放たれた勢いは、地上に落ちても衰えず、コンクリートの路面をササーッと滑っていく。そのまま、道路脇の工場に張られた外壁フェンスの下をくぐり、工場の敷地内に入ってしまった。
 ヘッドランプの光をあてると、フェンスから1メートルくらい向こうまで飛んでいったレモン色のガリガリ君が浮かびあがる。フェンス下部と地面との隙間は10センチくらいしかなく、腕をこじ入れてもガリガリ君に届かない。フェンスを乗り越えて侵入しようかとも考えたが、セコムの警報が鳴り響いて、泥棒の疑いをかけられてもレース中だし困る。やむなくフェンスの向こうにガリガリ君を残し、先に進むことにする。たった70円のアイスだったけど、人知れずあそこで静かに溶けていくガリガリ君のこと想うと、さみしい気持ちになる。
 スタートから100km地点を11時間55分で通過する。大三島でいちばん大きな街、宮浦の交差点を過ぎると、大三島の南半分はなーんにもない。何にもない、なんて島の人には失礼な言い草なんだろけど、光っているものといえばポツンポツンとたまに出てくる自販機くらい。
 岬の背骨となる尾根を越え、港のある集落へ下るという何度かの繰り返し。海が近づくたびに、むわっと温かい空気に包まれたり、身震いするような冷気が押し寄せたりする。湾によって海流の水温が違うんだろうか。月明かりも星空もない暗い夜道を、空気の変化だけを確かめながら黙々と走る。
 
【大三島~今治市 110km~170km】
 大三島の南半分とそこからの復路の記憶が残っていない。四国本土に着くまでの50kmの間、半分眠りながら走っていた、と思われる。脳みそと身体はけっこう便利にできているのだ。
 大三島を一周し、ふたたび伯方島そして大島へと渡りついだ。
 何カ所かのバス停のベンチで5分ずつくらい仮眠をし、コンビニに入ってガリガリ君レモンスカッシュ味を買い(無意識下のリベンジ?)、かじりながら走った場面だけうっすらと覚えている。
 四国本土へと永遠のように延びる来島海峡大橋(4105m)にさしかかった頃に夜が明けてくる。橋を渡り終えると、糸島公園のある高台へと本道を逆走し、165km地点にあたる「来島エイド」に向かう。ここまで来れば、ゴールまで残り57km。あとは海辺の景色でも堪能しながら、ゴール後のジョッキビールなどを思い描き、のんびりウイニングラン気分に浸りたい所だが、立ってられないほどの眠気はますますひどく、心にゆとりが芽生えない。
 たどり着いたエイドで、スタッフの方に「どこか横になれる場所を見つけて寝てきます」と告げると、クッションの良いウレタンマットを貸してくれる。あぁ、今のぼくには高級な羽毛布団に匹敵する良品です。
 公園の芝生の上にマットを広げて大の字になっていたら、パラパラと小雨が降ってくる。いったん撤収。雨よけになる場所はないかと辺りを見まわすと、よい具合にひさしのある自転車駐輪場がある。
 ずるずるマットをひきずって移動し、よっこらしょと横たわる。3秒もあれば眠りに落ちるかと思いきや、いざ安住の地を見つけると、早いこと寝たらさっさと起きて走りださねば・・・という強迫観念が心を圧迫しはじめ、アセッて入眠できない。
 時をもて余し、ごろごろと寝返りを打つ。マットに腹ばいになって背骨を反ると、こわばった背中の筋肉や骨々がミシミシ音を立てて伸びる。あまりの気持ちよさに「う~う~」とうめき声が出る。
 すると、「大丈夫ですか」と女性の声。見上げると掃除道具一式をたずさえたおばさんがこちらを注視している。公園のお掃除をされている方のようだ。「ちょっと眠くて横になっています」と返事するが、ふつう朝っぱらから駐輪場で寝ている人はいない。おばさんは「この人どこか具合が悪くて倒れてるにちがいない」とやや慌てているみたいで、救急車でも呼びかねない雰囲気。これはマズイと気づき、居住まいを正したうえで、「自分は徹夜で走るマラソン大会に出ていまして、倒れているように見えましても、本当は健康状態はすごく良い人間なんです」と懸命に訴え、誤解を解く。安心したおばさんがお掃除に戻っていくと、ぼくもまた安心して眠りに落ちた。
 そのまま何十分、寝込んでしまったのかよくわからない。目覚めると、太陽は高々と昇っている。展望台のある高台から今治市街方面へと下っていたら、前方からモーレツな勢いで駆け上がってくるランナーがいる。地元の市民ランナーが坂道トレーニングしているのかなと思ったが、後方からも続々と派手なシャツ色のランナーの集団がやってくる。これは「伊予灘行脚」の方々だろう。「伊予灘行脚」とは、瀬戸内行脚と同時開催で行われている100kmレースだ。今朝、JR今治駅を出発し、大島、伯方島を経て、ゴール会場はわれわれと同じ松山市中心部というルートを巡る。大会前に主催者の方が「今回の伊予灘行脚には、日本の超長距離界を代表する実力者がたくさん出てくれるよ」と喜んでらっしゃったのを思い出す。
 先頭あたりにいるランナーたちは、ハーフマラソンかと思うような猛スピードで迫ってくる。「さすがわが国の一線級、手抜きなしのガチンコ勝負をやってるんだな」と感心する。ところがすれ違うトップ選手、ぼくの姿を確認すると「イエーイ」なんて言いながら、手に持ったカメラで写真を撮りはじめる。風のように去った後も、あたりの景色をぬかりなくパシャパシャ撮影している模様。あれほどのスピードで100km走破しつつも、当人はレジャー感覚なのかー、とあっけに取られる。サラブレッドと駄馬の違いを思い知らされるが「ぼくはもう170kmも走ってるんだもんね、君たちまだ5kmくらいしか走ってないよね、ふふん」と悔しまぎれにつぶやき、溜飲を下げることにする。(つづく)