バカロードその127 スタート! ~スパルタスロン2018~

公開日 2019年01月24日

文=坂東良晃(タウトク編集人。1987年アフリカ大陸5500km徒歩横断、2011年北米大陸横断レース5139km完走。人類初の自足による地球一周(喜望峰→パタゴニア4万km)をめざし、バカ道をゆく)
(前号まで=毎年9月、地中海に面したギリシャで行われる総距離246.8km、制限36時間の超長距離マラソンレース・スパルタスロン。僕は何度挑戦しても完走できず、8年連続リタイア中である)

 バスの車窓に雨粒が斜めに走る。夜明け前のアテネの街は、昼間の賑わいとは打って変わって、深い夜の底に沈んでいる。日本のように24時間営業の店はなく、オフィスビルに非常灯が点いていないので、夜の深さが際立っている。

 連なるビルとビルの谷間から、急坂が一方向へと延びている。381人のランナーを乗せたバスの連なりが、6車線の幹線道路を外れ、その狭い石畳の急坂を上っていく。やがて家々の隙間や、こんもりとした森の木々の奥に、オレンジ色にライトアップされたパルテノン神殿が浮かび上がる。
 停車したバスを降りると、ランナーたちは誰の案内を受けるでもなく、ゆるい傾斜の階段を、パルテノン神殿の方へといざなわれる。階段を上り詰めると、アーチ状の石組みが連続するイロド・アティコス音楽堂の壁が立ちはだかる。この音楽堂を、遺跡と呼んでいいのだろうか。建立されたのは紀元161年というから、日本なら卑弥呼が誕生する以前の弥生時代まっさかり。だが2018年の今でも現役で使用されているので「遺跡」とは言い難い。われわれの祖先が高床式住居を発明し稲作を始めた頃、ギリシャ人たちは、音楽や朗読、演劇を観るために五千人もの観客を収容する劇場を造っていたのである。
 スパルタスロンは、毎年9月最終週の金曜朝7時に、このイロド・アティコス音楽堂前の広場からスタートを切る。バスが到着してスタートまでの30分ほどの時間を、多くの選手らは古い仲間との邂逅の時にあて、また記念撮影の求めに応じる。
 僕は何となく1人になりたくて、人だかりのしているスタートラインとは反対側の、音楽堂の壁の前にあるベンチに座る。その辺りには、混雑を避けた選手たちがポツポツといる。似たような心持ちなのだろう。しょぼ降る雨の暗い空を仰いだり、ベンチに腰掛けたまま地面の一点を睨んでいたり。
 1人のランナーが音楽堂の壁に正対し、雨に濡れた石組みに額をつけて何かを祈っている。それはとても敬虔で美しい姿に見えた。彼の背中には燃えるような思いや達成欲は匂い立たず、ただ聖なる物に対峙したときに人が見せる無私で無欲な心がある・・・ように思えた。このスパルタスロンにすべてを懸け、長い距離を毎日毎日走り、ギリギリの節制をし、努力を積み重ねてきた人だけが醸し出せる蜃気楼のようなゆらぎ。
 彼がその場所から離れると、すかさず僕はその壁に近づき、同じポーズをとってみる。(うほほー、これマジでカッコよくない? こんな劇的な僕の姿、誰か気づいてくれんかな。ふふふ、もう何人かに見られてるかも・・・)。と、充分にタメを作り、戦いに挑む戦士的な切ない表情をつくって後ろを振り返ったが、そこには誰もいなかった。スタートまであまり時間がなくなっていたのだ。大慌てでホテルの朝食会場からくすねてきたバナナと食パンを水とともに胃に流し込み、いそいそと人だかりの中に割り込んでいった。
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【0km~80km/アテネ~コリントス】 
 雨足が強まっている。出だしの2kmはアクロポリスの丘からアテネ市街へと石畳の坂を下る。磨かれたような石組みに足を取られ、すっ転んでケガするトンマは許されない。
 今年は正月からロクなことがなかった。新年早々ひいたおみくじは「凶」、その2週間後にバイク事故して骨折7カ所。コルセット巻いて出場した小江戸大江戸マラニックでも大転倒し血まみれ。もうこれ以上はヘマできない。慎重に慎重を期してソロソロ足を運ぶ。大半の選手に追い越され、定位置の最後尾近くに落ちるが、それはどうでもよい。僕にとってのスパルタスロンは、周りの選手との競争ではない。1年間をこの一瞬のためだけに費やしてきた自分に対する清算なのだ。
 試されるのは走力だけではない。「この程度の実力しかない自分」という頼りない駒を、どう制御し使いこなすか。その気持ちのありようと戦略が正しいかを試す場所だ。
 大切なのは、とにかくゆっくり走ること。「今、自分ができる最も遅い走り方」で進むことを徹底する。序盤の80kmまでは、それよりほかは何も考えなくていい。
 降りやまない小雨が、道路の轍に水たまりをつくる。うかつに足を突っ込んで、シューズを水で濡らしたくない。脚の裏がふやけて皮と肉がズレる原因となるからだ。だけど地面にばかり気を取られたくもない。そのため集団の後ろに取りつく。水たまりがあれば集団が割れて教えてくれる。先行するランナーの着地跡を、機械のように追えばいいのだ。
 ひたすらキロ6分ペースを刻む。だが無理して6分に合わせようとはしない。ペース調整のためにエンジンを吹かしたり、ブレーキを踏んだりすると疲れるだけだ。6分15秒でも5分45秒でも、トータルで辻褄が合っていたらいい。
 全身の力を抜き、半分眠るような意識で、消費カロリーゼロで前方に体を推進させる。危険な兆候の現れは、同じ調子で走っているつもりなのに、自然とキロ6分30秒、7分とペースが落ちてきたときだが、その気配は微塵もない。
 調子が良いとも思えないが、悪くもない。速く走ってはいないが、遅すぎるとも言えない。何ごとも中庸が大事。いや、ここはギリシャだからアリストテレス先生の「メソテース」が大事。
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 スパルタスロンは体水分量のコントロールが重要だ。完走する選手らは、エイドごと(※)に300~500mLの水分を摂る。補給エイドが74カ所あるから単純計算すると247kmの間に20リットル前後の水を飲む。それでもゴール後には体重は激減している。1日半で体重が10kg落ちた選手もいる。
 僕は、片手にハンドボトル(SIMPLE HYDRATION 350mL、2376円)を持ち、エイドごとに満タンにする。3~5km先のエイドまで持ち応えるよう、1度に口に含むのは10mL程度にし、愛おしむようにチュパチュパすする。ガブ飲みは厳禁だ。水分の過剰な摂取は胃酸の濃度を下げ、消化能力を落とす。すると食べたものが胃に留まり嘔吐の原因となる。嘔吐が始まるとエネルギーを取り込めなくなり、ハンガーノックを起こして体が活動停止する。こうなると気力ではどうにもならない。
 ハンドボトル「SIMPLE HYDRATION」は口径が5センチ以上あり、ブロック氷を労せず放り込める。例年、気温35度前後となるスパルタスロンでは、エイドでボトルに補給した氷水を全身に塗りたくり、また断続的に飲み込んで内臓を冷やし続ける作業が必務である。
 そしてこのボトル、人さし指や短パンの腰ゴムに引っかかるよう、フック型の形状をしているのも良い。僕は、さらに握力を必要としないよう、左右の手首にパンツ用の替えゴム(ダイソーで100円)を三重巻きにしている。ゴム紐にボトルを挟むと、指で握らなくてすむ。走るために不必要なエネルギーは、握力とて使いたくない。最近は、トレラン用に開発された手のひらにフィットするバンド状のボトルキーパーがあるが、位置が固定されすぎて自由が効かない。パンツのゴム紐なら、キツく締めたり緩めたりが自在で、なおかつ軽量さに秀でる。

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(※)スパルタスロンには全行程247kmの間に74カ所のエイドが設けられている。平均すれば3kmに1カ所もの高頻度であり、こういった長丁場レースとしては異例のサポート体制が整えられている。各エイドには水、スポーツドリンク、コーラなどの飲料があり、クラッカーや食パン、チョコレート、フルーツ類などの食料も用意されている。エイド間の距離が近いため、ランナーは荷物を背負うことなく、空身で走れる。
 更には、これらエイドのほぼ全てに、ランナーはあらかじめ自分で用意した荷物を置ける。ビニル袋や紙袋に、自分好みの補給食や飲料、防寒具などを詰め込む。袋の表面に自分のゼッケンナンバーと、置きたいエイドナンバーをマジック書きしておくと、そのエイドまで輸送してもらえる。
 ギリシャを旅する多くの旅行者が感じるだろうギリシャ人のテキトーさ大雑把さを考えると、この濃密なランナーへのサービスが、問題なく機能していることは奇跡としか思えない。
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 フルマラソンと同距離にあるメガラ(42.2km)を4時間10分で通過。この地点に3時間台で来ないことが、完走への1つめの大条件としていたので、ひとまず合格。今日は調子がいいと勘違いしたり、晴れ舞台に舞い上がってしまって、実力以上に速く入ることは、百害あって一利もない。とにかく遅く走ることで、先々まで体調を維持し、心の余裕度「まだ本気の自分の1%も出してないよ」を保ちつづけるべし。
 45kmすぎから、エーゲ海へと突き出した岬を登り、入江へと下る海岸道路の連続となる。急な登り坂では、ヨーロッパや南米の選手たちは大股で歩いているが、僕はぜんぶ走ることにする。歩くのが遅い僕は、登りを歩いてしまうとキロ12分まで落ちてしまう。どんなにノロノロペースでも、走っている限りキロ7分で進める。1kmで5分の差は大きい。それに急登の歩きは、支脚の筋肉を使うので想像以上に体力を消耗する。走っている方がラクなのだ。
 正午を過ぎると雨は上がり、雲の合間に青空が見えだすが、気温は低いまま。たぶん20度くらい? 適度にそよ風も吹きはじめ、体表面の火照りを取ってくれる。ギリシャ神話の神々が「オマエ、9年間もしつこく来てキモいし、今年完走して引退しやがれ」と、稀にみる最適コンディションを用意してくれたとしか思えない。ふだんは紺碧色をしたエーゲ海もどんよりと灰色に濁っているが、この冴えない光景ですら、ぼくの目には「ご歓迎」のしるしに映る。
 70km地点で海岸通りを離れて大きな車道に出る。ここから始まる2kmの長い登り坂で10人ほどを追い越し、なんとなく今日は調子がいい日なのだと実感する。
 1つめの大エイド(※)、コリントス(80km)に8時間09分で入る。ここまで完ペキにキロ6分を維持している。スピードを要する序盤の終点となるコリントス(9時間30分で関門閉鎖)では、多くのランナーが軽食を取ったりマッサージを受けるなどして、5分~15分ほどを休憩に充てている。一方僕は、ハンドボトルに水を注いでもらうだけにし、滞在10秒でエイドを後にする。

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(※)大エイドとは、コリントス(80km)、ネメア(123km)、リルケア(148km)、マウンテンベース(159km)、ネスタニ(171km)、テゲア(195km)、ヒーローズモニュメント(223km)を指す。
 「大エイド」は僕が便宜上使っている名称で、ヨーロッパの選手にはカットオフポイント(関門)と呼ばれている。これらの街や場所には計測マットが敷かれており、ほぼ厳密に、関門時間に間に合わなかった選手に対してレース終了が宣告される。「ほぼ厳密に」というのは、100%厳密ではないということだ。ここはギリシャである。レースを運営しているのは、心おおらかで感情豊かなギリシャ人だ。何秒かあるいは何分か遅れてしまっても、ランナーが不屈の闘志を見せれば「ゴー!ゴー!」と通してくれた例は枚挙にいとまがない。「スパルタスリート」とは、どうなっても諦めない、どんな状態に陥っても前進する人物に冠されるべき名だ。それは関門閉鎖というルールすら乗り越えてしまう。
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 今回、このエイド戦略で思い切った手を打った。74カ所あるエイドには食べ物を置かないと決めたのだ(※補給一覧)。そして大エイドには荷物自体を置かない。ただし荒天の予報が出ていたため、ネメア(123km)に雨具、マウンテンベース(159km)に防寒具のみ用意した。
 大エイドでは、何かと用を足す理由が作れてしまう。腰を下ろし、食事をし、シューズ紐の調整をし、マッサージをしてもらい・・・いずれも次のセクションに進むための重要な準備だと、自分に対して言いわけを作れてしまう。だが実際は、ただ休みたいだけなのだ。そして時計の針は10分、20分と容赦なく進んでいく。大エイドで費やした10分を縮めるためには、1kmにつき30秒速く走ったとしても、それを20kmも続けなくてはならない。それほど頑張ってようやくチャラ。ならば休憩や食事は歩きながらでもいいから、一歩でも前に進みたい。何なら立ち小便だって歩きながらしたい。
 大エイドにはパスタ、ピラフ、ヨーグルトなど、炭水化物や糖質を摂取できるよう準備されている。夜間にさしかかると一般エイドでも温かいコーンスープやヌードルスープがある。いずれも歩きながら飲み食いできるよう紙の器に入れてくれている。
 だから僕は、大エイドで費やす時間をカットし、食事・嘔吐・小用などは可能な限り移動しながら済ませると決めた。
 とにかく前に。立ち止まることなく前に。それを36時間繰り返せたら、きっとゴールに指の先が届くはずなのだ。

 (つづく)

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(※補給一覧)
今回、一般エイド10カ所、大エイド2カ所に置いたのは以下。
・粉状のクエン酸(メダリスト)、BCAA(アミノバリュー)、経口補水液(OS-1)
・緑茶パック
・鎮痛剤(イブ)、カフェイン錠剤(エスタロンモカ)
・ヘッドランプ
・雨具と防寒具(ウインドブレーカー、ゴアテックスのジャケット、ネックウォーマー、長ズボン、手袋、カイロ2個)

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