バカロードその128 稲妻に突っこめ! ~スパルタスロン2018~

公開日 2019年03月07日

文=坂東良晃(タウトク編集人。1987年アフリカ大陸5500km徒歩横断、2011年北米大陸横断レース5139km完走。人類初の自足による地球一周(喜望峰→パタゴニア4万km)をめざし、バカ道をゆく)

(前号まで=毎年9月、地中海に面したギリシャで行われる総距離246.8km、制限36時間の超長距離マラソンレース・スパルタスロン。何度挑戦しても完走できず、8年連続リタイア中である僕は、大エイドを素通りする荒技で戦局の打開をくわだてる)

【80km~123km/コリントス~ネメア】 
 80km地点の第1関門・コリントスを越える。ここからはヨーロッパ大陸本土を離れ、ペロポネソス半島内陸への旅のはじまりだ。「ペロポネソス半島」とは言うものの、大陸側と半島をかろうじてくっつけているのは幅5キロの地峡で、その中央を南北の海をつなぐために120年前に掘削された運河が貫いている。大運河によって大陸と半島は完全に分断されたため、実質は「島」なのである。
 ペロポネソス半島の面積は2万1500平方キロあり、四国の1万8800平方キロよりも広大で、点在する街々は4000年以上の歴史を有する。大会のコース上からは、世界遺産に認定された城跡や城壁の残骸が眺められるが、目立って観光開発されてはおらず、手厚く保護される様子もなく、太陽と風雨にさらされている。
 オリーブ畑やぶどう畑のあいだを縫う小道を、西へ西へと向かう。道の延長線上にハゲ山が屹立している。この辺りでは唯一観光客がやってくる古代コリントス遺跡を山すそに抱くハゲ山だ。その鋭角さは「未知との遭遇」のデビルズタワーほどではないにせよ、行く手を指し示すには十分な威圧感を放っている。
 80kmまで維持していたキロ6分ペースはガックリと落ちてキロ7分台になっているが、折り込み済みの下降ラインといえる。ここから先はペースの維持よりも、潰れないことが最重要課題となる。自らに課した次なるお題は「100kmの計測ポイントを、体力を充分に余らせて、鼻歌をうたって余裕で超える」である。
 過去、幾度も100から110kmの間でいったん潰れるという愚行を繰り返している。潰れたまま回復せず時間切れになったこともあれば、立て直してまた戦線復帰したこともある。どっちにしろ、こんな序盤で潰れているようでは、困難さを増す先々の道のりを突破できるはずがない。自戒の意を込めて、周囲に人がいないことを充分に確認したうえで「僕は潰れましぇーん!」と二度、三度叫んでみる。何度叫んでも武田鉄矢に寄っていかない。中年男の殺気を感じたか、ぶどう畑の番犬が駆けてきてワンワンと吠えつく。
 100kmちょうどの所にある街・アソスを10時間29分で越える。関門閉鎖は12時間25分だから、2時間近くの貯金を稼いでいる。ここから102km地点の街・ゼブゴラシオまでは民家が点在していて、なぜかパステルピンクやクリームイエローやスカイブルー色をしたかわゆい外壁ペイントで飾られている。それぞれのお家の前に、子どもたちがノートとサインペンを持って、ランナーがやってくるのを待ち構えている。リクエストにすべて応じ、差し出されたノートに「オバケのQ太郎」を書きまくる。あらゆる漫画キャラクターのなかでいちばん速く描けるのでQ太郎。15匹ほどのQ太郎を描く。子どもたちは、このサイン集をどうするのだろうか。月曜日に教室で見せっこするのだろうか。ギリシャ語が話せたら聞いてみたいものだ。
 スリナリ(109.8km)という山麓の街から、13.5km先の第二関門ネメアまでは、標高差300mほどの山道の登りがはじまる。いつもの年ならフラフラになってるこの辺りに、100km過ぎても潰れずにやって来れたぞ!
 午後7時、日没が近い。紫色に陰った空に、漆黒の雲がニョキニョキと峰をなす。鋭利な稲妻が右から左へと雲を切り裂く。1秒、2秒、3秒、4秒、5秒と数えた後に、遅れて雷音がゴロゴロゴロ。音速は秒速340mだから2kmくらい向こうか。近くではないけど、これから向かう方に雷の巣がある。レース前、他のランナーらが天気予報をスマホでチェックしながら「初日の夜中、半島の中央部はサンダーストームって出ている」と沸き立っていたのを思い出す。天気予報なんて当たらなくていいのに、的中してしまった。
 1粒の雨が頬に触れる。アスファルトに黒い水玉の染みがつく。それがドシャバシャの滝雨に変わるまで、たいして時間はかからなかった。というよりは、もともと大雨が降っている雨雲の制圧圏に、われわれが突っ込んでいっているのだ。
 左の山側から右の谷側へと、赤土まみれの茶濁した水流が道を横切る。シューズを濡らすまじと飛び石を伝ったりしていたが、そのうち道全体が川になり、迂回する手段がなくなる。途方に暮れれている時間はない。やむなしと流れに足を突っ込んでジャバジャバ突っ切る。
 今から凍える山に向かうというのに、足元はびちょ濡れかぁ。替えのシューズも用意してないしな。先を憂いながらも、ちょっとした救いを発見する。今回履いているのはホカオネオネ製の3年ほど前のモデル「トレーサー」。トレイル用シュースの開発メーカーが造ったロード用商品だ。かかと部分の厚みが4センチもあるのに片足217グラムと軽量。廃盤となった今では、アマゾンで7万円という手の届かない値段がついていて二度と入手できない最後のトレーサー君は、濁流に突っ込んだ後でも数歩走れば水がすべて切れる。シューズの中でタプタプと水が遊ぶ感覚がなく、重さが増すこともない。相棒トレーサー君、僕をゴールまで運んでくれ。
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 第二関門は、古代都市ネメアに設けられている。ここまでの123kmを13時間44分でカバーし、関門閉鎖の夜11時まで2時間16分の猶予を得た。
 テラコッタの煉瓦屋根と白壁づくりの小ぶりな教会。その前の広場が大エイドとなっている・・・はずだったが、やむことのない大雨のために、屋外エイドは撤収されている。ふだんは立ち入れない教会の中へと誘導される。狭い教会の礼拝堂は、街のボランティアの人びとや選手たちで立錐の余地もない。ごった返す人をかき分け奥に進み、暖を取れる場所を探してみるが、床もまたビチョビチョで座れない。荷物預けしてあった防寒用のウインドブレーカーを羽織り、気休めにソックスを脱いで手絞りする。
 ひと息ついて辺りを見渡すと、本来はマッサージを施すために用意された3台の簡易ベッドに選手が裸で寝かされていて、1人につきスタッフ3人がかりでバスタオルでゴシゴシ体をこすっている。低体温症に陥った選手の体温を上げようとしているのだ。かたわらでは濡れた床に座り込み、銀色の救護シートにくるまったまま微動だにしない選手がいる。野戦病院ってこんなトコだろか? 今から寒さも嵐もひどくなる山に向かうというのに、ここで低体温症になっているようでは先には進めない。
 動きを止めていると寒気が増してくる。こりゃ休憩していても体力メーターを減らすだけだ。震えながらでもゴールに近づこう。エイヤッと教会の外に出たものの激さぶーい! そうそう、山岳エリアに突入する前に、熱源になる食い物を腹に入れとかなきゃね。屋外テントに手つかずのまま山積みされた紙容器入りのピラフをもらう。雨でずぶ濡れになった水っぽいピラフをガシガシかきこむ。
 道路へと飛びだすと、垂直の雨が脳天に叩きつける。すぐに喉の奥が苦しくなってくる。早食いしたピラフが食道につっかえている。その場飛びをして、胃に落とそうと試みるが全然ダメ。胸が熱くなって爆発しそうになり、たまらず全部のピラフをブハーッと吐き戻してしまう。
 民家の前で吐くのはしのびなかったが、門塀の前の排水溝をゴウゴウと雨水が流れていて、そこへ正確に吐瀉する。放流された稚魚のように流れに乗って去っていく白い米粒たちを、ぼくは呆然と見送る。補給すべきカロリーなしで、嵐の山に向かわざるをえなくなった。(つづく)