バカロードその129 嵐をこじあけろ! ~スパルタスロン2018~

公開日 2019年03月07日

文=坂東良晃(タウトク編集人。1987年アフリカ大陸5500km徒歩横断、2011年北米大陸横断レース5139km完走。人類初の自足による地球一周(喜望峰→パタゴニア4万km)をめざし、バカ道をゆく)

(前号まで=毎年9月、地中海に面したギリシャで行われる総距離246.8km、制限36時間の超長距離マラソンレース・スパルタスロン。8年連続リタイア中の僕は、9回目の挑戦の途上にある。100km地点を10時間29分でクリアしたものの、標高を増していく道は、稲妻が降り注ぐ嵐の巣へと向かっているようだった)

【123km~159km/ネメア~マウンテンベース】
 第二関門ネメアでは、風雨を避けて小さな教会に逃げ込む。雨水を吸って重くなった衣類を手絞りし、ウインドブレーカーを羽織る。股ずれ防止のため股間にたっぷり「馬の油」を塗り足す。休憩時間は徹底的にカットする方針だが、冷え切った指先がもたつき15分を費やしてしまう。
 関門閉鎖の2時間前である夜9時にエイドを飛び出すと、雨はいっそうじゃんじゃん降り。天気もこれだけ荒れると「いつか良くなるかも」という淡い期待を抱かなくてすむ。何年も語り継がれそうな悪天候下で、ゴールまでの残り124kmをどう凌いでいくか、そこに意識を集中しよう。
 (走っている最中は知る由もなかったが、この夜から翌日にかけてギリシャのペロポネソス半島、つまり僕たちが今いる場所全域を、メディケーンと呼ばれる地中海性台風「ゾルバ」が襲っていた。風速33~38メートルの暴風雨。海岸線の街々は、海からの高波で洪水となり、土石流にも見舞われるなど大規模な被害を出していた)
 高台にあるネメア市街から坂を駆け下る。3kmおきにあるエイドでは、巻き上げる風に吹き飛ばされそうな天幕の下で、スタッフたちがかいがいしく選手の面倒を見ている。ハンドボトルに熱いコーヒーを継ぎ足してもらうと、シャツの腹のあたりに抱えこみ、両手の指先を温める。
 並走した東欧の選手が、たどたどしい英語で話しかけてくる。
 「昼間は涼しかったので今年は楽だと思わされたが、やはりスパルタスロンは甘くない。絶対に楽な道など用意されてはいない。克服する価値のある大きな壁が用意されている。それこそがスパルタスロンなのだ」。
 人は困難に直面すると、哲学を語りたくなるのだろうか。(ふーん、僕も他の選手に同じことを言ってみよ)と思う。
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 ガレた大石小石が10kmほど続く未舗装道に入る。このあたりから日本人ランナーの大滝雅之さんと並走する。大滝さんは2000年のスパルタスロン優勝者であり、48時間走ではアジア最高記録(426.448㎞)を持つ大人物。ウルトラランナーなら誰もが憧れ、尊敬する存在だ。レース後の表彰パーティの席で見かけたことがあるのだが、大滝さんとのツーショット写真を撮りたいと、世界各国の選手がテーブルを訪ねてくる。印象的なのは、大滝さんを前にしたヨーロッパ選手たちのゆるみ切ってデレデレになった顔。スーパースターに出会った少年のような表情を見せるのだ。
 僕にとっては雲の上の存在、いや地球の重力圏より上の存在である大滝さんと同じ位置を走っている事実に、有頂天メーターがレッドゾーンに向かう。いやいや、ここで舞い上がってはならぬ。尊敬すべき選手とつい並走してしまったがために、無理してついていき潰れる・・・という大馬鹿を過去に何度もやらかしている。
 幸いかな、水たまりだらけのガレ場ではスピードは上がらない。ゆっくりペースで進みながら、大滝さんからは20年ほど前のスパルタスロンの様子や、生きる伝説とも言えるスコット・ジュレク(※)とシノギを削ったレースのエピソードを聞かせてもらう。深夜に訪れた突然の約得。夢見心地にも度が過ぎるってもんです。こりゃ全然、眠くなりそうにねーぞ!

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(※スコット・ジュレク=スパルタスロン3連覇、ウエスタンステイツ7連覇を果たしたウルトラマラソン界の超偉人。かの「BORN TO RUN」の登場人物でもあり、著書「EAT&RUN 100マイルを走る僕の旅」「NORTH 北へ―アパラチアン・トレイルを踏破して見つけた僕の道」は日本語訳版も出版された名著)

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 ダート道が舗装道に変わると、スピードを増した大滝さんについていけるはずもなく、安定のノロノロペースに戻る。
 幹線道路を外れ、急坂を登る。人口300人ほどの小さな田舎の村・リルケア(148.3km)への入口だ。迷路のように入り組んだ道を、アスファルトの路面に黄色く塗装された「→SP」に従って進む。「→SP」の矢印はゴールであるスパルタの方向を示し、247kmの全行程にわたってランナーが道に迷わないよう路面に刻みこまれている。
左右を民家に挟まれたメインストリートの細道の奥に、煌々と灯された光が見えると、飛び交う人々の声が耳に届く。この村のエイドステーションは建物の1階を開放しており、村じゅうの人が集まっているのではないかと思うほど賑わっている。
 オジサンに「座れ座れ」と椅子に招かれると、中学生ほどの年頃の素朴な女の子が近寄ってきて「何が欲しいですか? コーヒー、紅茶、スープ、フルーツ、パン、チョコレート・・・」と尋ねる。「紅茶をください」と頼むと、「何を入れますか? 砂糖、ミルク、蜂蜜・・・混ぜることもできます」。「それじゃミルクと蜂蜜をミックスで」。すると「ミルクと蜂蜜は、スプーンで何杯ずつ入れますか?」と確認し、「3杯ずつですね」とメモをとっている。「コレに入れてね」とハンドボトルを手渡すと「うん」と深くうなずき踵を返す。
 エイドの奥の方を眺めていると、場を仕切っているベテランお姉さんが「あの選手に声かけてきなさい」「あのランナーにコレを持っていきなさい」と少年少女たちにテキパキ指示を出している。
 こうやって一年に一度、148km彼方のアテネから走ってきた汗と泥にまみれた異国人たちを迎え入れ、世話を焼き、100km先のゴールへと送り出すという、真夜中の儀式が受け継がれていってるんだな。
 素朴な少女が戻ってくる。ボトルの縁いっぱいに注がれた熱々の紅茶を、こぼれないように胸の前で両手で支え、ソロソロとした歩みで近づく。
 沸騰しそうなくらい熱い紅茶。ボトルのキャップをきつく閉め、タオルでぐるぐる巻く。1時間くらいはカイロ代わりになるだろう。
 エイドを後にする。村の出口にある石組みの教会では、深夜1時にも関わらず、塔の最上部にある鐘を鳴らし続け、ランナーを送り出してくれる。
 厳しく凍てついた山登りの道が始まるが、心は温かいままだ。
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 サンガス山(標高1062m)の登山基地へと続く、5kmほどの長いつづら折りの登りがはじまる。このダラダラ坂は、古来よりランナーを苦しめるポイントとされる。150kmを越えて体力消耗著しく、睡魔にも襲われがちな時間帯である。関門ギリギリ通過でさしかかったランナーには、挽回を阻む壁となる。
 この坂道を、下から上まで全部走り切るんだと決めていた。昨年、僕を葬り去ったサンガス山への挑戦権を得るために、強気で攻めていきたいと思ったのだ。
 高度を上げていくと、霧の深さが増す。ヘッドランプの光は、霧に邪魔されて遠くまで届かない。前を行く選手たちのヘッドランプが、周囲の濡れた空気を白く輝かせて、蛍がゆらゆらと群れ飛んでいるよう。
 多くの選手は歩いている。前にいる選手の蛍の灯を追いかけ、追い越していく。数百メートル前に、ものすごく蛇行している選手がいる。道路の右側は切れ落ちた断崖でガードレールなどない。その選手、路肩にふらふらと近づき「あわや!」と思わせると、うまい具合にターンする。さすが歴戦のツワモノ、寝ぼけていても危機回避できるんだな・・・と感心はするものの、ヒヤヒヤしてお尻の穴がキュッとなる。
 話しかけて目を覚まさせようと追いつくと、顔見知りの日本人ランナーだった。
 「藤田さあああん! むちゃくちゃ蛇行してますよぉ!」と声をかける。
 藤田勝美さんはスパルタスロンや関西夢グレートラン、川の道フットレースなど難易度の高い超ロングレースを上位で完走する強者だ。それでいて周囲の人には気さくに声を掛け、ウルトラを愉しんでいることが伝わる走りをする素晴らしいランナーである。
 半寝状態の藤田さんから返ってきたのは謎な言葉である。
 「ああ坂東さん・・・坂東さんはゆで玉子が好きでしょ?」
 (ゆで玉子? ゆで玉子を僕にくれようとしてるのかな? でも他人の食料もらえんしなー)と思い、「おなか空いてないですから、いいですよ」と遠慮する。
 すると藤田さんは「徳島の坂東さん、ゆで玉子好きでしょ」と繰り返す。
 ははーん。これはバンドウ違いだわ。
 「それって板東英二のこと(※)でしょ。僕は野球の板東英二じゃないですよ。モノマネならできますけど」と、「バァンドゥです」のモノマネをして2人の違いを納得させようとする。
 「ああ、そうですよね・・・板東英二・・・眠い。私はそこのエイドで寝ていきます」とテントの方へと消えていった。はたして理解してもらえたのだろうか。
 再び一人ぼっちになる。会話の余勢で「バァンドゥです」を叫んでいると眠気が飛んでいく。
 深い谷底から吹き上げる強風が雨を舞い上げトグロを巻き、四方八方から水責めにしようとする。僕は板東英二のモノマネで徹底抗戦する。

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※今さら説明するのも何だが、板東英二とは徳島商業高校の大エースにして、60年間破られていない甲子園の奪三振記録の現保持者(1試合25奪三振、1大会83奪三振)。終戦後、満州からの引き揚げ組だった幼い頃の板東少年は、腹が減りすぎて鶏小舎から玉子を盗んだが、火をつけると見つかって酷い目にあうので、生のままの玉子をすすって生き延びた。その経験から、火を通したゆで玉子に憧れ、今でも大好物だというお話し。
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【159km~171km/マウンテンベース~ネスタニ】
 サンガス山の登山口にあるエイドはマウンテンベース(159.5km)と呼ばれ、標高767mの位置にある。手前のリルケア村から標高差500mほどを登り、深夜2時55分にマウンテンベースに着く。スタートからここまで19時間55分。多く選手はこのテントサイトで山登りの身支度を整える。
 トラックの荷台から荷物を受け取り、防寒具を身につけていく。ムダに時間を費したくない。動かない脳みそをできるだけ回転させて、効率を追求する。まずはハンドボトルをスタッフに渡し、ホットコーヒーをお願いする。その間に長ズボンをはき、ネックウォーマーで首と耳を覆う。手袋を着け、使い捨てカイロの封を破り、1個ずつ手袋の中に放り込む。ボトルに満たされたコーヒーが届けられるといざ出発。所要3分くらいかな。F1カーのピットインみたいに効率良よくね?と自画自賛。
 テントを出ると、身体を打つ雨の冷たさが増している。去年はここから始まるサンガス登山の最中に、横殴りの風と雨に打たれ、低体温症に陥って命からがらリタイアした。弱くて情けない一年前の自分より少しはマシになってるってとこ証明しないとね。
 暗闇の奥に控える山塊は、雨の幕で姿を消している。登山道のあちこちに蛍光色の簡易照明が点けられているが、首と腰を反り返らせて見上げても先は見通せない。崖側に滑り落ちないように、浮石で足首をグネらせないように、慎重に登っていく。スピードはどうでもいい。ゴールまでまだ87kmある。つまらないケガをして苦境に追い込まれたくない。
 ・・・レースの1カ前、遠方から徳島を訪れ練習会を開いてくれた友がいる。スパルタスロン全勝無敗の彼は、ちっとも完走できない僕を案じて、完走へとつながるいろんな秘訣を伝授してくれた。そして30kmをゆっくりとジョグした。途中、徳島市南佐古の諏訪神社の石段を経て、眉山山頂まで山道を登った。急峻な尾根道だが、標高差は270mに過ぎない。サンガス山への麓からの標高差も295mと似たようなもの。「サンガスなんてコレと同じくらいですよね」とカラ元気を出しながら、時間にして30分ほどで眉山を登り切る。うん、実に大したことない。防寒対策さえきちんとやっておけば、恐れるほどの存在じゃない。そうイメージづけられた。
 (サンガスなんて大したことない)と何度も心で繰り返す。
  雨は強いが、風がピタリと止んでいる。寒さのあまり意識が飛び、眠りに落ちる寸前までいってしまった去年よりコンディション良好だ。一歩ずつ石段を踏みしめる。休むことなくジリジリと高度を上げていく。
 体感でいうと去年の10分の1くらいの時間で頂上に着いてしまう。こんなにあっけないモノだっけ。たったこれだけの登りを、去年は永遠に終わらないと感じた。本当に遭難しかけていたんだな。
 急傾斜の登りに対して、下りは車でも通行できるほどの緩い道だ。しかし大きめの浮き石が多く、ガレ場が苦手な僕は走れない。僕以外の全選手が駆け下りていく。たった2kmの下り道で20人ほどの選手に追い抜かされる。情けないけどまあいいや。山を越えてまだ身体は動いている。上出来の部類だ。
 麓の村、サンガス村(165km)のエイドに着く。去年、低体温症になった僕をすっ裸にして乾布摩擦してくれたオジサンに礼を言おうと決めていたのだが、エイドを見回すと似たような歳と格好のオジサンがたくさんいてどのオジサンだかわからない。たしかハゲていたはずだが・・・ハゲの人もたくさんいる。うーん記憶が曖昧すぎる。山越えをすませてヤレヤレと休憩中のランナーがどっさりいて、オジサンたちはみな忙しそうで、話しかけられないままエイドを後にする。
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 サンガス村のエイドから先は、一度も踏みしめたことのない道だ。単純に、嬉しくてたまらない。毎年のように完走するランナーたちを心から尊敬するし、羨ましくてたまらない。だけど、リタイアしか知らない僕にも密やかな楽しみがある。毎年、少しずつ距離を伸ばし「自己最長不到距離」より先の世界へと進む。その歓びは、何にも代えがたい。初めて見る景色、初めて踏みしめる道がそこにはあり、未知の街や人との出会いがある。
 リタイアした場所で何時間も過ごしたり、収容車の移動中にあちこちの村に降り立つので(エイドごとに最終ランナーが来るまで待ち続けます)、コース上のいろんな街や村を知り、さらに愛着が増していく。リタイア常習者でしか知りえないギリシャの田舎旅を通じて、僕はますますこの国を好きになっている。
 100km付近から何度も追い越し、追い越されてしているヨーロッパ人の女性ランナーが話しかける。深夜4時というのに元気まんまんで、エネルギーに満ち溢れているようす。
 「お互いここまで調子よく来てるわね。あなたは何回目なの?」
 「今まで8回出て1度も完走したことないんですよ」
 「あきらめないハートをリスペクトするわ! ちなみに私は過去4回とも完走してるの!」
 そして彼女は瞳をらんらんと輝かせて、
 「ここまで絶対イケそうなペースで来てるじゃない? 今年は勝者になれるわね!」
 と覗き込んでくるので「メイビー(きっとね)」と何気なく答える。
 すると彼女が突然叫ぶ。
 「ノットメイビー! You can do it!」(きっとじゃダメよ! 絶対できるんだから!)
 あまりの剣幕に圧倒されて返事できずにまごついていると、彼女の声量が増していく。
 「You can do it!」
 「You can do it!」
 「You can do it!」
 夜明けもまだ遠い漆黒の深夜4時。地面に叩きつける滝雨が道じゅうに水の王冠をつくる。弱気な僕を絶対に許さないと炎と化すオランダ人のお姉さん。
 追い詰められた僕は「Yes.I can do it・・・」と小声で返す。
 すると彼女はとても満足した表情を浮かべ、
 「オッケー! あなたとはこの先でまた会えるわね」と猛スピードで滝雨の向こうへと走り去っていく。
 あの・・・やっぱスパルタ完走するにはお姉さんくらいの気合いがいるんですね。勉強になります。   (つづく)