バカロードその155 アフリカ密林編2「耳虫と足ミミズ」

公開日 2022年06月29日

文=坂東良晃(タウトク編集人。1987年アフリカ大陸5500km徒歩横断、2011年北米大陸横断レース5139km完走。人類初の自足による地球一周(喜望峰→パタゴニア4万km)をめざし、バカ道をゆく)

(前号まで=アフリカ大陸の徒歩横断を試みる“ぼく”は二十歳。アフリカ東岸の国ケニア共和国の港町モンバサを出発した。ケニア、タンザニア、ルワンダを経て二千キロ余りを踏破し、ついに大密林地帯のザイールへと入る。迷路のようなジャングルをひたすら西へ西へと歩く)

 

 ジャングルに入って以来、ずっと頭痛が続いている。原因はわかっている「耳虫」だ。学術上の名前は知らない。ただ、ぼくの耳に住んでいる虫だから、そう呼んでいる。月の明るい夜、寝ている間にごぞごぞ耳に忍び込み、それからずっと居座っている。
 昼間は活動しない。夜になると耳の中でせっせと動き回っている。何を企んでいるんだろうか。ぼくの耳に城でも作ろうとしているのか。おかげで眠れないし、難聴気味だ。ガサガサゴソと今夜もうるさい。
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 ジャングル生活七日目。何百カ所とある虫刺されの跡が、ひどく化膿している。じゅくじゅくと膿が溢れだし、いっこうに固まる気配がない。ハエが次々と飛来しては傷口をなめて、よけいひどくなっていく。絆創膏を貼って対応できる面積ではとうにない。放っておけば良くなるのか、膿を毎日しぼり出した方がいいのかわからない。カサブタを剥がすと、奥から生皮が出てくる。「絶対に剥がさない」と心に誓うのだが、カサブタの下で膿がパンパンに溜まると、張り裂けそうな痛さのあまりピンで刺してしまう。傷口からミルク色の液体がドロリと流れだす。それを目がけて、また数十匹のハエが群がってくる。ぼくはため息をつく。
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 密林の深さは底知れない。村はめったに現れることなく、そして村に着いても食料は期待できない。ジャングルで暮らす人びとは、住居の周辺で自然繁殖した根菜類や野草、果物を食料としており、異邦人に提供できる食料の備蓄はほとんどない。
 森の樹々になっている果実を見つければ、手当たりしだいに口に入れてみる。たいていが青臭くて熟しておらず、食料には向いていない。野生のバナナは貴重なカロリー源であるが、その果肉は石のように硬く、咀嚼するのに苦労する。住民らは生では食べない。煮込み料理に使っている。
 ジャングルなら水くらいは困らないだろうと期待したが、水系に恵まれない村落ではたいへんな貴重品であった。村人たちは、何キロも離れた標高の低い場所にある谷川まで、ポリタンクや 一 斗缶を背負ったり頭に乗せて、水を汲みにいく。
 荷役はたいてい女性や子供の仕事だ。密林の小道を、顎の先から汗をしたたらせながら、水を運んでいる。そうやって苦労の末に汲んだ水が、透明な清水とは限らない。赤土混じりの茶色い水だったり、上流に村がある非衛生的な汚水だったりする。
 どこの村にも雨水を貯める錆びたドラム缶があるが、あまりきれいなものではない。小虫や蚊の絶好の産卵場所になっている。それでも水がなければ生活できないので、その水を煮沸して料理に使ったりしている。
 そして今、喉がカラカラになってたどり着いた村で、親切な老夫婦がさしだしてくれた白濁した水は、記録的なすさまじさだった。ガラス瓶に入った水は、カルピスのように白い。ゴクンと 一 気に飲む。つーんと腐ったような味が喉を刺激する。瓶を日光に透かしてみると、そこには何十匹ものボウフラが漂っている。屋外に出て吐いてしまおうか。しかし、水を恵んでくれた老夫婦に失礼なのではないかと思い直し、天井の梁を見上げてグッと飲み込む。
 昼過ぎから強烈な下痢に襲われる。キュルキュルと腸がねじれあがり、パンツを下ろす間もなく、水便が股間を濡らす。ウンコを漏らすたびに自我が壊れていく。ジャングルに四つん這いになってオエオエ吐き、じゅるじゅるクソを漏らす。
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 ジャングル生活十日目。
 ドロドロにぬかるんだ道にスネまで浸かりながら、急坂を登っていく。泥道はお粥のようにトロリと熱い。密林に閉じ込められた空気はゆだっている。
 ゼエゼエゼエ。寝不足で倒れそうだ。耳虫が 一 晩じゅう暴れまわっていて、昨晩はよく眠れなかったのだ。
 土の匂いを近くに感じる。アレ? 鼻の横に木の根っこがある。高い椰子の木の向こうに青空が見える。ぼくは今、どういう状況にあるのだろう。知らぬ間に気を失って倒れていたのか。
 誰かがぼくを介抱してくれている。若者が、 一 人、二人…四人。
 「外国人、こんなところで昼寝かい?」と尋ねられる。リンガラ語の方言だ。リンガラ語というのはこのザイール国 一 帯で使われている共通言語なのだが、街や集落ごとに方言が強く、日々三十キロほど移動しているぼくにとっては、毎日言語が変わるような印象だ。
 だが、生きる・死ぬに関わるリンガラ語は何があっても学習する。水が欲しい、寝る場所はないか、食べるものを下さい、などだ。
 倒れた格好のぼくの口をついて出たのは「ハラへった」という言葉だ。
 「ハラへって、寝ていたのかい?」と若者たちが笑う。
 「うん、ハラがへってる。食べ物が欲しい」
 「じゃあ、ちょっと待ってろ」
 言うが早いか、若者の 一 人がスルスルと木を登り、紫色の果実を千切って、放り投げてくれる。かじりつくと、中からピンク色の果肉が現れ、ラズベリーのような味がする。若者は、ぼくが食べ終わるのを待っては、別の房を取りにいき、手渡してくれる。それを五、六回繰り返すと、飢えと乾きが収まり、正気を取り戻しはじめる。
 「君たちはどこへいくんだい?」と尋ねる。
 「キランボという街だよ。こいつを運んでいくんだ」。指さした先には、縄で括り付けられたビールケースが立てかけられている。 一 人分が背負う木枠の梱包に、ビール瓶がたっぷり三ダースは詰まっている。
 「俺たちは今からメシにするけど、オマエも 一 緒にどうだい。メシを食って元気が出たら、 一 緒にキランボまで行こう」と蒸したイモを取り出して、分け与えてくれる。ためらいもなく、むしゃぶりつく。
 彼らはイモをかじりながら、教科書のような本や大学ノートを見せあって、キャッキャとはしゃいでいる。覗き込むと、フランス語で書かれた数学の本だ。代数幾何のけっこう難解な内容。彼らはまだ十代だろう。こんなジャングルの奥地で、数学の勉強をしながら、森の中でビールケースの運搬をしている。なんか…かなわないなと思う。
 蒸しイモを食べると体力復活し、隊列の最後尾について行進する。彼らの荷物の十分の 一 の重さも背負ってないのに、山道をヒィヒィ喘いで、ついていくのに精 一 杯だ。
 キランボ村に入ると、ビール隊を歓迎する村人たちにドッと囲まれる。広場のあちこちで宴がはじまる。 一 本のビールを皆で回し飲みしながら、少し豪華な食事をごちそうになる。久しぶりのアルコール、喉から胃へと熱い塊が落ちていく。
 それから若者たちと森を抜けて川へ水浴びに行く。
 透明度ゼロの激流うずまく茶色い川だ。丸太を渡しただけの 一 本橋の上に皆で座り、石鹸でゴシゴシ体をこすりあう。石鹸だらけになるとドボンと川に飛び込む。
 通りかかったヤリを持った 一 団が、叫び声を上げながら川に飛び込んでくる。今から泊りがけで象を仕留めに行くのだ、と威勢がいい。このへんの森はゴリラや象がよく出没するらしい。「象の肉はうまいんだぞ」と、まだ小学生のような若いハンターが自慢げに鼻を鳴らす。
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 ジャングル生活十二日目。
 五日連続の雨。 雨季に突入したのだろうか。朝方から雨が降りだし、どんどん激しくなってくる。雨宿りにかけこんだバラックの建物は、この辺では珍しい診療所だった。「こんにちは、旅の者です。雨がやむまでいさせてください」とお願いする。ヨレヨレの白衣を着ているのは、齢七十にもなろうかという老医師だ。
 ぼくの様子をまじまじと見ていた老医師は「こっちに来い」と手招きをする。 近寄ると、老医師は化膿だらけのぼくの腕をムンズと掴み、手にした果物ナイフのようなもので、カサブタを削りはじめる。 「痛い、痛い」と叫んでも容赦してくれない。両方の腕が、膿と血まみれになる。生皮がむき出しになった皮膚の上から、ビーカーに入ったアルコールらしき液体を脱脂綿につけ、傷口に塗りたくる。
 「ヒィーッ」
 さらに老医師は、ぼくのリュックにくくりつけた靴下を指さし「それを寄越しなさい」と要求する。さしだすと、靴下の先をナイフでジョキジョキと切り裂く。「何をするんですか?」と抗議すると、環状にした靴下を、ぼくの腕にかぶせる。簡易包帯というわけだ。
 続いて、ぼくの足を掴んで椅子の上に載せると、ピンセットで親指の先をほじくりはじめる。爪と肉の間に差し込み、ぐりぐりかき回すと、白いイトミミズのような寄生虫と、大量の小さな卵が出てくる。アレヨアレヨという間に、深い穴が爪の脇に空いてしまう。そこに再びアルコールをかける。右足の三本の指先から「足ミミズ」が出るわ出る。いつの間にか、ぼくの身体には、いろんな生命体が住み着いていたのだ。
 膿は広がらないうちに出し切ってしまい、削った皮膚の部分は、消毒液をぶっかけ、蝿にたかられないよう布で覆う…野蛮だと思ったこの老医師の治療方法が、治癒までのいちばんの近道であることは、数日後に知ることになる。化膿した腕は綺麗になっていったのだ。
 老医師には「耳虫」のことは内緒にしておこう、何をされるかわかったものではない。
(つづく)