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2014年09月11日

バカロードその73 夏にやってみたいろんなこと
文=坂東良晃(タウトク編集人、1967年生まれ。1987年アフリカ大陸を徒歩で横断、2011年北米大陸をマラソンで横断。世界6大陸横断をめざしてバカ道をゆく)

 長距離ランナーの1年は忙しい。先々の予定まで週刻みでびっしり埋まっているという点では総理総裁の上をいくかもしれない。
 だいたいシーズンオフという考え方がない。のべつまくなしに1年中走っている。
 200〜500kmの大会は春と秋に集中していて、その足づくりを目的に100kmを数本入れる。100kmでそれなりのタイムを出すにはスピード持久力が不可欠であり、ために冬期はフルマラソンに連チャンで出場する。フルマラソンを失速なく走りきるには心臓を追い込んでおく必要があり、空いた週に10kmやハーフの大会を差し込む。
 これらの予定をカレンダーに書き込んでいくと、休みなどまったくないことに気づく。
 短いサイクルでガンガンレースに出て、強くなっていくという川内メソッドは中高年には該当しない。脚のダメージを抜くにはフルで1週間、100kmで2週間、200km以上で3週間。これより短い間隔で走りつづけると、「超回復」に至る前に筋肉を酷使してしまうから、どんどん衰弱していく。踏ん張りの効かないぐにょんぐにょんの足で一定のスピードを出そうとすると、体力を著しく消耗する。
 結果、1年中疲労の抜けない精気に乏しい虚弱なオジサンが完成する。
 そんなマーク・ザッカーバーグ並みに忙しい長距離ランナーも、夏の間だけはしばしレースから解放され、練習に没頭できる。7月に突入し、入道雲が高い峰を築く日和になると、ようやくわが国においても酷暑対策に適した練習環境が整う。ベランダに置いた温度計が30度を超えると、気合いが入る。同じ「走る」という行為でも、気温10度と35度では別競技と言っていい。克服すべきポイントがまるで違うからだ。日本ではたった2カ月しかこの灼熱環境が得られない。真夏にどれだけ走り込めたかが、根拠なき自信を高められるかどうかにつながる。そう、高まるのは自信だけであって、競技能力ではない。
     □
【滝汗と手絞りしやすいシャツ】
 真夏は汗がドバドバ出る。弱い牛ほど汗をよくかくと言うが、ランナーも似たようなものだ。弱いランナーほどよく汗をかく。
 その典型がぼくである。10km走ると体重が2kg落ちている。20kmなら3kg減だ。走り終わって鏡を見ると、明らかに顔の輪郭がほっそりしている。少しうれしい。走る前にはなかった背骨の凹凸が、ゴツゴツと突起を現している。これもうれしい。体重62kgのうちの3kgだから、けっこうな比率である。しかし元メタボオヤジ代表としての歓びにひたっている場合ではない。長距離ランナーは、汗が流れ落ちてスリムになり老廃物もデトックスできてすっきり爽快、と簡単に受け入れてはならない。発汗にともなうデメリットの多さは枚挙を問わない。
 気温が上昇してくる春先のレースから汗かき地獄がはじまる。周りのランナーは誰も汗をかいてない序盤だっちゅうのに、バケツいっぱいの水をぶっかけられたくらい汗を垂れ流している。沿道のおばあさんには「すごい汗かいてるねぇ、暑くて大変やねぇ」と声をかけられる。「いや実はね、おばあさん。ぼくは今すごく汗まみれだけど、これは体質から来ているのであって、ものすごく暑くてバテてるからこうなってるのではないのですよ」と説明したいところだが、タイムに影響するので笑顔をふりまいて通り過ぎる。
 ある尊敬する先輩ランナーから視覚障害者ランナーの伴走練習会に誘われ、勇気をもって参加したい気持ちはやまやまなのに、自分の滝のような汗がガイドロープつたって流れていったり、パートナーにびしょびしょかかって、「うへぇ、こいつキモい」と思われやしないかと心配で、いまだに練習会から逃げている。まったく困った小心者である。
 シューズ内はカッポカッポと馬のひづめのごとく音を鳴らし、ずっしり重くなる。びしょ濡れのランニングパンツが発火点となってはじまる股ずれ吉原炎上。そして「自分はものすごく汗臭いのではないだろうか」との対人恐怖。なるべく他人の風上には立たないなどの配慮にも気を遣う。これでは走るどころではない。
 ランナーなら身体から水分が抜けない体質の方が良いに決まっている。汗とともに失われる希少ミネラル、壊れていく体温の恒常性機能。発汗と共に体調はどんどん悪化していく。
 画期的な汗止め対策はない。「多汗症手術」とネット検索してみたが内容を読んで怖くなってあきらめた。何をせずとも、9月になって秋風が吹き始めると汗はピタッと止まる。ならば夏は汗を100リッターかくものとあきらめ、「汗を絞る」方面に注力することにした。走りながらシャツをやおら脱ぎ、汗を吸って重量の増したシャツを二つ折りにして、ぞうきん絞りの要領でギュギュっと絞り、また着直すという原始的な方法だ。
 ひと夏かけて、所有する数十枚のランニングシャツで実験を試みた。そして、もっとも吸湿力が高く、さらに絞ったときに水分を排出しやすいシャツを見いだした。大会の参加賞でもらったノースフェース社のドライ系シャツだ。イチ、ニのサン絞りで、繊維内に蓄積された水分の9割方が落ちる印象。念のため重量を量ってみた。汗を吸いまくった状態で450gのシャツが、絞り終えると250gに落ちる。つまりシャツを絞るたびに着衣込み体重が200gずつ軽量化を果たしていくのだ。ま、それだけ脱水症状にも近づいてくってことだけど。
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【ジョグを封印する】
 ここで述べる「ジョグ」とは、疲れもせずどこまでも走れそうなペースのこと。キロ6分30秒〜7分あたりだ。このペースだとたくさん距離を稼げるので、自然と月間走行距離も伸びる。20km×25日で500kmだ。疲労もたいして残らない。
 そして危険な罠に陥る。少々ランニングをたしなんでいる方との定番の会話「最近は月間どれくらい走ってるんですか?」トークである。「500kmくらいですよ」と言うとたいてい「すごいですねぇ」と感心される。もちろん相手は心から「凄い・・・こやつは本物だ!」なんて感心しているわけではない。女子が交わす「髪切ったんだけどぉ」「カワイイィ〜!」くらいの意味のないコミュニケーションの潤滑油である。
 ところが、こちとらふだんから誉められ慣れてないから、「500kmも走ってたら無敵ですね」なんて言われると「オレは無敵なのかもしれない」と勘違いがはじまる。そして月間走行距離に裏づけられた絶大なる自信を胸にレースに臨み、早々のうちに実力を露呈してリタイア、を繰り返す。漫然とジョクペースで稼ぐ500kmに意味はないのである。
 今期は、練習を3タイプに分類し、いずれかの練習に特化した。
 1.10kmの全力走(キロ4分30秒前後)
 2.キロ6分の維持走(バテバテ疲労時のみ許す)
 3.100km以上のロング走
 練習の基本は10kmの全力走だ。といっても基本走力がのろいぼくは、夏場ともなると45分を切るので精いっぱい。ラスト2kmでペースアップを開始し、ラスト1kmは3分59秒以内で走る。土手のうえの一本道を、中年男がもたもたと回転の遅い足を懸命に動かし、取り憑かれたように走っている。すれ違う美ジョガーたちが、こちらの鬼気迫る表情を一瞬見ては目を逸らし、通り過ぎる。見てはいけない物を見てしまったかのように。ラスト200mは視野が狭くなり、脳みそが酸欠になって、地面が近づいてきたなと思うとバッタリ倒れる。
 これを月曜から休みなく続けていると、金曜にはフラフラになってくる。いちばんキツいのが朝だ。疲労が溜まりすぎて布団から起き上がれない。若者と中年の最大の違いは、若者=眠ったら体力回復、中年=寝起きが疲労のピーク、という結果に現れる。
 それでも無理に身体を動かして全力走をする。やがて1km走るだけでゼエゼエ呼吸が荒くなり、「ワタクシ、何のためにこんな事をやっているのでしょうか」との俗人的な心が芽生えはじめる。この感じ、超長距離レースの中盤以降に近い。エネルギー切れや脱水を起こした後に人格崩壊がはじまり、リタイアする理由を100個ほど並び立てて投げ売りセールをはじめる頃の。
 長距離ランナーにあるまじきクサレ外道な人格と化した後に、キロ6分台で走れるだけ走り続けるってのが「キロ6分の維持走」。もはやこの歳になって人格を高潔ポジティブなのと入れ替えるのは無理。ダメ人間でもキロ6分台キープできる能力をつける現実的選択をするのだ。
 そして100km以上の長距離走を月に1〜2本を行う。100km以上走るとやってくる悪魔たち・・・極限の疲労や眠気、足の激痛は、50km走や70km走では再現できない。キロ7分ペース×50km走を何本こなしても、200kmレースの練習には少しもならない。苦しさの次元が別物だからだ。
 この3タイプの練習はいずれもとっても苦しくて、「ジョクペースでファンランニング」という場面がない。10km走中心だから、月間走行距離も伸びない。100km以上ロング走を2本入れて、ようやく月間500kmあたりに達する。息も絶え絶えの500kmだ。これでも実力つかんか!と夏空に叫ぶ。こんだけ努力してるんだから、走力ついてくれよ!
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【ウルトラライト・パッキングを極める】
 2日以上かけて100kmを越えて走るときのために、荷物の最軽量化に取り組んだ。
 荷物を持つのが嫌いなのだ。バックパックなんてなければどんなに軽快に走れるだろうか。
 にも関わらず長距離のレース前には、あれも必要、これもイザって時のために持っておこうと、どんどん持参物が増え、最終的には両肩にずっしり食い込むほどに荷が膨らむ。しかし、レースが終わって荷片付けをしていると、実際には使わなかったモノだらけだって気がつく。バックパックの容量の70%は不要品で占められているのだ。
 考え方を変えてしまうことにした。雨が降ったときのためのウインドブレーカー、マメができたときのためのテーピング・・・など「何々が起こったときのための」との予防措置的なブツはすべて除外するのだ。こちとら山岳レースに出るわけじゃない。どんなに長くとも20km以内にはコンビニや自販機がある近代日本の一般道を走っているのである。必要な物は店で入手すればよいのだ。
 思想的には、着ている服とシューズ、現金以外は何もいらない、という所まで追いつめたい所だが、文明人として若干の利便性は確保したい。今のところの極限のウルトラライト・パッキングは以下だ。
 ウエストバック+点滅ホタル
スマホとスマホ充電コード
 ヘッドランプ
 健康保険証
 電子マネーカード
 現金(自販機用)
 それぞれを小分けする防水用ビニル袋
 ・・・以上だ。
 着替えは持たない。着ている服が臭ってきたら、公衆トイレの個室にこもり全裸になってシャツ、パンツ、ソックスを洗う。手絞りしたらそのまま着て、太陽の下に走りだせばすぐに乾く。ビジネスホテル泊まりなら、チェックイン後すぐにホテル備品の浴衣やパジャマに着替えて、衣類はランドリー室に直行。
 予備の電池や薬品は持たない。必要な場面で少量ずつ買う。歯磨きはあきらめる。これで総重量350グラム。ウエストバックは玄関脇にぶら下げておいて、いつでも旅に出られるようにしておく。この夏は、九州縦断、四国横断、北海道縦断とロング走を繰り返す。
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 2014年の夏は、後がない夏である。死ぬ気でやって結果を出さなければならない。世は科学トレーニング全盛だが、ぼくら世代は、幼少期に見た「侍ジャイアンツ」「あしたのジョー」「キャプテン」でもってすくすくとスポーツ脳が細胞分裂した。弓矢をバットで打ち返し、蛇口を針金でぐるぐる巻にし、3分の1の距離ノックでボロボロに。根拠なきハードトレーニングが栄光へと続く唯一の道だと刷り込まれているのである。
 

2014年09月10日

結婚しちゃお!夏号 実売部数報告
14夏号_結婚しちゃお!部数報告書.pdf

結婚しちゃお!夏号 実売部数報告です。
結婚しちゃお!夏号の売部数は、411部でした。
詳しくは、上部のファイルをクリックしてください。

長らく雑誌の実売部数はシークレットとされてきました。雑誌は、その収益の多くを広告料収入に頼っているためです。実際の販売部数と大きくかけ離れ、数倍にも水増しされた「発行部数」を元に、広告料収入を得てきた経緯があります。メディコムでは、その悪習を否定し、「月刊タウン情報トクシマ」「月刊タウン情報CU」「徳島人」「結婚しちゃお!」「徳島の家」の実売部数を創刊号以来、発表しつづけています。
タウトク・CU・徳島人8月号 実売部数報告
月刊タウン情報トクシマ8月号、月刊タウン情報CU8月号、
徳島人8月号の実売部数報告です。

タウトク8月号の売部数は、6,626部
1408_タウトク部数報告.pdf

CU8月号の売部数は、4,152部
1408_CU部数報告.pdf

徳島人8月号の売部数は、3,800部
1408_徳島人部数報告.pdf
でした。

詳しくは、リンクファイルをクリックしてください。
メディコムは、「月刊タウン情報トクシマ」「月刊タウン情報CU」「徳島人」「結婚しちゃお!」「徳島の家」の実売部数を創刊号から発表しつづけています。

雑誌の実売部数を発行号ごとに速報として発表している出版社は、当社以外では日本には一社もありません。実売部数は、シェア占有率を算出し、媒体影響力をはかるうえで最も重要な数値です。他の一般的な業界と同様に、出版をなりわいとする業界でも正確な情報開示がなされるような動きがあるべきだと考えています。わたしたちの取り組みは小さな一歩ですが、いつかスタンダードなものになると信じています。

2014年09月04日

ちゃんと知っておきたい知識!さらら9/4号
tokushima-140904salala■家族・知人が目の前で倒れた時、どうすれば?
○「救急車が到着する前」が大事な症例&応急処置について
■理想のふきんがあったわよ〜!
じめじめ、拭いたら水分のスジが残る、なかなか乾かん…台ふきの悩みが解決?
■子どものおもちゃ収納、必殺ワザ
■不器用さんもOK!のTシャツ切るだけアレンジ術
■実は得?ちょっとお高い調味料

2014年08月30日

あなたはどっち派?さらら8/21号
tokushima-salala140821■徳島県民のスタンダードってどうなん?
あなたはどっち派?-2014夏編-
お風呂、運転中、おにぎりなど日常の暮らしにおける6つのテーマでアンケート
■わが家のホームセンターお買い物日記
ホームセンター好きの女性がこの夏1カ月に購入したもんを公開
■冷凍テクで楽ラククッキング
■シュワシュワ気持ちいいわ〜、炭酸ミスト
■あせもにいい?「これええわ〜」なクリーム


2014年08月25日

公園×食べ歩き王。タウトク9月号
tautoku1409■とくしま公園案内
絶叫系滑り台、個性派タコ型滑り台、巨大アスレチック、じゃぶじゃぶ池、見晴らし抜群の遊具など徳島県内と淡路島の公園60カ所。今すぐ出かけたくなるスポット満載です。
■徳島一食べ歩きをしているタクシードライバーがオススメする店
中華そば、中華・台湾料理、うどん、洋食、和食、居酒屋など、徳島の「食べ歩き王」が太鼓判を押す飲食店、50軒を紹介。

2014年08月11日

新しい料理店の気になるメニュー100。CU9月号
tokushima-cu1409■とくしまのあたらしくておいしいお店が大集合!
特集 新店美食100
ふわもちのベーグルサンド、アメリカンスタイルサンドウィッチ、うな重、阿波牛のグリルステーキ …

■徳島女子を徹底調査!
特集 女性の給料とフトコロ事情
月給は?貯金は?ボーナスは?ヒトにはなかなか聞けないリアルなマネーの話

■女磨きアラカルト[きゅん∞]
優秀コスメ Pick up、アーユルヴェーダーを体験、半顔メイク …

四国の絶景。徳島人9月号
1409tokushimajin■四国の絶景
標高1982mの石鎚山から見晴らす眺め
吉野川から生まれた雲海の姿
窓一面の夜景を堪能できるお宿
■食材と理念から店を選ぶ
アレルギーに対応したケーキ
天然酵母と国産小麦で作るパン
野菜を中心としたマクロビオティック料理
■トクシマ流儀
■大切な愛車のケア・メンテナンスショップ

2014年08月07日

夏本番をどう乗り切る?さらら8/7号
tokushima-0807salala■人前でちょっと食べるとき悩むもん、どーやって食べたらええん?
竹ちくわ、魚の姿寿司、スイカ…徳島のもん、夏のもんをスマートに
■簡単でかわいいじょ!「ある素材」で気軽に楽しむ観葉植物
■今ちゃんと知っときたいマダニのこと<最新版>
徳島にいる種類とは?予防策はあるのか?咬まれたらどうしたら?
■夏は涼めるイベントでクールな時間を過ごす


タウトク・CU・徳島人7月号 実売部数報告
月刊タウン情報トクシマ7月号、月刊タウン情報CU7月号、
徳島人7月号の実売部数報告です。

タウトク7月号の売部数は、7,526部
1407_タウトク部数報告.pdf

CU7月号の売部数は、4,564部
1407_CU部数報告.pdf

徳島人7月号の売部数は、4,290部
1407_徳島人部数報告.pdf
でした。

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長らく雑誌の実売部数はシークレットとされてきました。雑誌は、その収益の多くを広告料収入に頼っているためです。実際の販売部数と大きくかけ離れ、数倍にも水増しされた「発行部数」を元に、広告料収入を得てきた経緯があります。メディコムでは、その悪習を否定し、「月刊タウン情報トクシマ」「月刊タウン情報CU」「徳島人」「結婚しちゃお!」「徳島の家」の実売部数を創刊号から発表しつづけています。

2014年07月29日

ブライダルフェア密着取材。結婚しちゃお!秋号
kekkon■女子カメラが潜入!ブライダルフェア
模擬挙式や模擬披露宴、ドレス試着、婚礼料理の試食会など人気フェアの全貌を編集部が明らかにします。
■婚約&結婚指輪100
徳島人気ジュエリーショップ選りすぐりのリングをご紹介。
■ゲストが喜ぶ披露宴の演出100
仰天サプライズからおもしろアイデア、涙・涙の感動演出までたっぷりお届け。

タウトク8月号特別ふろく「徳島冒険王」
boukenou本日発売のタウトク8月号には、徳島の夏を遊びたおせる特別ふろく付き!

★2014阿波おどりガイド
チケット購入から踊る阿呆になる方法まで、阿波おどりを10倍楽しめる情報満載。
★徳島が誇る夏グルメ
夏の宴会にオススメのお店、食べ歩きたい徳島ラーメン、行列のできる有名店など、ハズさない徳島グルメを紹介。
★徳島の注目のレジャー&グルメスポット
人気の遊びスポット、アウトドアスポーツ、最旬ファッションなど、夏あそび情報をしっかりカバー。

2014年07月28日

徳島の夏を遊びたおそう! ふろく本「徳島冒険王」付。タウトク8月号
1408_tautoku.jpg■夏あそび計画100
レジャー、味覚狩り、花火まつり、イベント情報、今夏OPENした新店…暑さも味方にして遊びの達人になるべし!

■ふろく本「徳島冒険王」
徳島のラーメン、夏グルメ、2014 阿波おどりガイド、夏アイテム、注目スポット。これさえあれば夏のおでかけ計画はばっちり!

2014年07月17日

デザート系フローズンドリンク作ろっ!さらら7/17号
tplishima-salala717■デザート系フローズンドリンク、作ってみん?
飲めばおなかも満足?デザートのようなドリンクをお家で
■ハッカ油で夏をCOOLに!
エアコンを使わない主義の母が伝授する避暑術はこれ!
■冷凍したペットボトルで熱帯夜もぐっすり
■冷凍テクでラクラククッキング
■スリッポンが今流行の理由

2014年07月11日

海辺でゆるり×島カフェ案内。
tokushima-cu1408海辺でゆるり×島カフェ案内。CU8月号
■波音をBGMに美味しい食事とソト遊び
特集 週末、夏ドライブで。海辺でゆるり
■淡路島>>>30分でいける別天地
特集 島カフェ案内
■もっと可愛くなる方法伝授[きゅん∞]
女磨きアラカルト
■ラブホDEデート
四国列車の旅。徳島人8月号
1408tokushimajin■四国のローカル鉄道をのんびりと列車の旅
JR四国の観光列車「伊予灘ものがたり」、7月スタート
全国からファンを集める予土線のホビートレイン三兄弟
伊予鉄の「坊ちゃん列車」で城下町めぐり
ことでん三路線に揺られてローカル町探訪
高知の路面電車・土電でノスタルジーを味わう
■訪問介護とデイサービス
■中高年の終活はじめ
■夏の個別指導塾ガイド

2014年07月08日

タウトク・CU・徳島人6月号 実売部数報告
月刊タウン情報トクシマ6月号、月刊タウン情報CU6月号、
徳島人6月号の実売部数報告です。

タウトク6月号の売部数は、5,979部
1406_タウトク部数報告.pdf

CU6月号の売部数は、4,702部
1406_CU部数報告.pdf

徳島人6月号の売部数は、3,914部
1406_徳島人部数報告.pdf
でした。

詳しくは、リンクファイルをクリックしてください。
メディコムは、「月刊タウン情報トクシマ」「月刊タウン情報CU」「徳島人」「結婚しちゃお!」「徳島の家」の実売部数を創刊号から発表しつづけています。

雑誌の実売部数を発行号ごとに速報として発表している出版社は、当社以外では日本には一社もありません。実売部数は、シェア占有率を算出し、媒体影響力をはかるうえで最も重要な数値です。他の一般的な業界と同様に、出版をなりわいとする業界でも正確な情報開示がなされるような動きがあるべきだと考えています。わたしたちの取り組みは小さな一歩ですが、いつかスタンダードなものになると信じています。
バカロードその66 生きるための不必要について
文=坂東良晃(タウトク編集人、1967年生まれ。1987年アフリカ大陸を徒歩で横断、2011年北米大陸をマラソンで横断。世界6大陸横断をめざしてバカ道をゆく)

 そこそこの歳になれば多くの人が経験することだけど、癌告知を受けた。腸壁にできた悪性腫瘍は5段階あるステージの2段階め。切り取る範囲はギリ20mmに収まるから、開腹手術はしなくてもいいという。
 内視鏡手術で取ってみて、組織をタテヨコに細かく刻んで、腸壁の外とかリンパ節まで潜り込んでないか浸潤の深さを確かめるとか・・・というレベルなので余命×年なんて大それた話でもないんだが、癌ホルダーになって気づいたことがある。意外にも自分は死への恐怖心がないってこと。歯医者さんに「今日は歯のお掃除をしましょう」と言われただけで動悸が激しくなり、血圧が上がりすぎて意識が遠のくほどビビリ症な割に、今や死を恐れるどころか興味しんしんでワクワクが止まらないから得体が知れない。
 片道分の燃料だけ積んだプロペラ機のコクピットで敬礼し、青空へと旅立つ青年兵の最期ならば、生命の持つ価値も最大限に高まっているだろうが、こちとら平和日本の凡百たる人生の途上にあるオジサン。よどみに浮かぶうたかたのような無情な存在である。死なんてどのみち万人に訪れるし、1人だけ逃げ切れるはずもないから抵抗する気は起こらない。仮に死期というものがあるのなら、予定された期日をただ淡々と受け入れ、日数を逆算してやるべきことをやればよい、との安らいだ気持ちにすらなる。
 ステージ3以降ともなれば大手術も必要だろうし、抗癌剤治療によって嘔吐したり脱毛したり、全身のあちこちに転移して痛かったり苦しかったりと、今置かれた状況とは一変してしまうだろうから、あくまで死神の姿が見え隠れしてない現段階での心情にすぎないんだけど。
 昔から他人より人生が短く終わる心配よりも、長く生きてしまったときの心配ばかりしている。性格的に他人の温情に触れるのが嫌いで、何か施しを受けてもありがとうのひと言も素直に返せないひねくれた性格だから、余計に老後と呼ばれる年齢まで生存していることを恐れる。ヘルパーさんにおっぱいのひと揉みもサービスせいよとセクハラ戯言の速射砲を浴びせまくり、デイサービスセンターで問題ジジイ扱いされる余生しか想像できない。
 長く生きてこんなことやりたい、あんなことも経験したいという欲がない。商売の都合もあって、半年くらい先までの予定は考える習慣はあるけど、そこから先はいつも空白だ。スティーブ・ジョブスの述べるハングリー精神は野犬並みにあり、愚直さは社会適合できないほど備えているのだが、未来への展望と意欲が決定的にない。
 このような人間が、日本人の平均寿命まで80年生きてしまったなら、時間をもてあましすぎる。あと40年近くものあいだ暇をつぶす方法が見あたらない。
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 西洋医学が普及する前、統計の残る明治後期から1925年あたりまで、日本人の平均寿命は42〜44歳であった。ずいぶん若くして天寿が訪れるものだと平成人なら思うだろうが、これとて人類が共助社会を作り上げた後の話であり、縄文人の遺骨を解析すると10代後半〜30歳で死を迎えた事例が多数を占める。
 哺乳類の寿命は体重の1/4乗に比例する、と生物学者の本川達雄は述べている。成体となった動物は、その体重と心拍数に反比例の関係があり、体重が重いほど脈を打つペースはゆっくりしている。そして、哺乳類は成体の大小にかかわらず、心臓がおよそ15億回脈動すると自然寿命に達するとしている。その論で算すると人間の自然寿命は26歳だという。
 互助システムも医療もない時代には、自然界の他の動物と等しく、病に罹れば死に、怪我をすれば死んだ。それが生物としての自然の姿なのだ。あらゆる動物は天寿の時期を与えられるのに、人間だけが特異ケースとして意図的に寿命を長くすることに成功してきた。その結果が平均寿命80年である。
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 人間の生命の維持は、たくさんの殺生のうえに成り立つ。厳格なベジタリアンでない限り、動物や魚の肉、卵を日々摂取する。1日3食、そのうち2食で捕食をすれば、単純に1日2個体と換算しても80年間で6万匹の動物の生命の犠牲を強いている。つまり1人の人間を生かすためには6万匹の生命を奪わねばならない。しらす丼やいくら丼を食えば1食につき1000倍増に換算すべきだけどね。
 それは食物連鎖の普遍的な姿であり、地球上のあらゆる動物が行っている営みであって、特別に人間だけが虐殺王だと卑下する必要はない。アリクイは1日に3万匹の蟻を食わないと生きてられないし、シロナガスクジラは1日に400万匹のオキアミを口ひげで濾し取って養分にしながら、あの図体に成長する。
 しかし一個人に戻り、わが生命に他の動物6万余匹分の生命と釣り合いの取れるほどの価値があるのかと自問すれば、とてもなさそうだとの結論に至る。だから積極的には肉を食べない。動物愛護の信念から生じた考えではないから、ダブルクオーターパウンターも食うし、ミミガーもかじるのだが、肉食は週に1回くらいにしておく。生態系になんの影響も及ばさないけどね。
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 荷物は軽量、身軽がいい。
 外を出歩くときはクレジットカード1枚ポケットに忍ばせてたら万事こと足りる。電子マネー決済と交通系の機能がついてればよい。日常生活でもジャーニーランの最中でも、こいつと保険証があれば、生命維持に必要な物資とサービスの98%は調達できる。他人と四六時中つながっている必要については、いくら頭をひねっても思いつかないのでスマホも持たない。Nシステムやら顔認識システムとやらで自分がどこにいるのかを赤の他人に把握されるだけでも嫌なのに、さらに携帯基地局から発信追跡されたりWi-Fi使って位置特定されるのは更にウザい。
 わが国の男性は、若い頃はデイパック、おじさんになるとセカンドバックを携えるのが多数派だが、ぼくはふだんカバンに入れて持ち歩くべきモノが一個も思いつかないのでいつも空身の手ぶらである。
生きていくのに必要な道具って、広告チラシの裏にリスト書きできる程度のものしかない。ホームレスのおじさんがブルーシートでこさえた住居内に揃えてる生活用具一式があれば、不自由はない。
 何かを収集する癖は子どもの頃からなく、過去の思い出をファイルして時おり回想する感傷的な心も持ち合わせない。流行に無頓着でいられたら20年前の服でも平気で着られるし、いつ大地震が来るかと日々案じなければ食料を備蓄する必要もない。他人によく見られることを願わず、未来の安定を担保しようとしなければ、必要なモノはほぼなくなる。
 今はまだ世捨て人ではないので、バイクやスマホ(固定電話として)を所有しているが、生存に必需なアイテムではない。「職業」から離れた段階で手放すだろう。
死を迎える頃には、段ボール箱1個分に所有物がまとまっていて、気がついた人に燃えるゴミに出してもらっておしまい、くらいが清々しい。
           □
 春にある「さくら道国際ネイチャーラン」事務局から合格通知が届いた。4度目の応募で初の合格だ。名古屋城から金沢市兼六園までの250kmを36時間制限で走るこの大会は、超長距離ランナーあこがれの大会だ。あこがれるのには理由があって、めったに出場権を手にできないのからである。
 国内選手100人と少々の出場枠は常時有力選手で占められていて、前年にリタイアした人の枠数しか「新人」は参加できない。名うての猛者はめったにリタイアしない。1年にわずか10人出るか出ないかの狭い枠に新参者の実力者が殺到し、過去の実績と持ちタイム上位者から埋まっていく。平凡な過去実績しかないランナーは出る幕がないのである。
 毎年ハードルは上がり続け、今や100kmで8時間台以内、なおかつ萩往還250kmや川の道520kmレベルの大会で上位入賞、あるいはスパルタスロンを33時間台以内で完走、などの実績が必要とも噂される。だから、まずぼくには縁のない大会だと九割五分あきらめつつも、しつこく応募だけはしていた。
 去年、同大会は深夜の山越えエリアにドカ雪が降り、くるぶしまで雪で埋まるほどだった。そのためリタイア数が例年になく増えたという。そんな特殊事情でもなければ、ぼくレベルのランナーには席は回ってこなかっただろう。さくら道国際ネイチャーランの出場権は、250kmを主戦場とするランナーにはまさにプラチナチケットである。1度リタイアすれば翌年と翌々年の出場権がなくなる、とも言われている(主催者の公式見解じゃないですが)。
 3年先に250kmも走れる身体をキープできているかは相当怪しい。だから今回に賭けよう。 半年分の視野しかないぼくにはうってつけの獲物が鼻先にぶら下がったのである。ショートスパンで人生を生きよう。
バカロードその67 必要とするモノは失われていく
文=坂東良晃(タウトク編集人、1967年生まれ。1987年アフリカ大陸を徒歩で横断、2011年北米大陸をマラソンで横断。世界6大陸横断をめざしてバカ道をゆく)

 マラソンを始めた頃は、スポーツショップに出かけるのが楽しかった。走ること自体もさることながら、ランニングギアを買いそろえていくのが嬉しかった。
 何といってもスポーツショップとは、部活に励む健全青少年たちが集う場所であって、彼らが憧れるマイケル・ジョーダンやデルピエロやサンプラスの等身大パネルが燦然と輝くファンタジーな空間。そしてスポーツ競技とは、選び抜かれし肉体エリートたちがテレビ画面の中で覇を競いあうもの。そんなきらびやかな場と、老成の道を歩むばかりのわが後期高齢人生がクロスするはずなどなかった。
 だが流行事とは恐ろしい。マラソンブームは、出不精なメタボ中年をスポーツショップに誘うほどの夢うつつな幻想を抱かせた。小学生の頃、野球のグローブを買うために初めて足を踏み入れたスポーツ店の神々しさと、専門用品を自分が探しているのだという大人の階段を一段登った感。30余年の時を経て、その陶酔に再び浸れるとは。
やがてビギナーランナーが誰でも通る道・・・走るたびに自己ベスト更新をし、自分の内に潜む恐るべき可能性に気づき、有頂天な時を迎える。フルマラソンに6時間かかっていた頃には雲上の人しか走れないと思っていたサブフォーを成し遂げ、3時間30分を切り始めてからは、「いよいよ自分はアスリートのはしくれ」「サブスリー達成したらお次は別府だ福岡だ」と夢は右上がりバブル状態、打ち上げ花火は大輪の花をボンボン咲かせた。
 スポーツショップのシューズコーナーといえば、目標タイム別にシューズがディスプレイされている。去年まで履いていた初心者向けでブ厚いソールのが恐ろしく鈍重に感じられ、「フル3時間以内」の棚にあるミズノ・ウェーブエキデン、アシックス・ソーティマジックなどを手に取っては、ああついに箱根の選手と同じ靴を履くまでになったかと鼻の奥をツンとさせる。
 だが、通路を近づいてくるショップスタッフが「そちらは3時間以内の方向けですが、よろしかったでしょうかぁ?」なんて見下してこようもんなら(そんな失礼な店員さんは存在しませんが)、「やいやい、オレ様はこう見えても走歴2年にしてサブスリーまであと○分まで近づいた中年男にしてはまぁまぁの実力者なのだぞ」なんて言い返してやろうかと緊張のバリアをまとう。店員さんは、ただ後ろを通り過ぎるだけで特に相手はしてくれない。
 タイムの向上とともにウエアやギアは軽量化していく。ランニング専門誌に載っている最新アイテムを入手しては、走る用もないのに全身レース仕様に試着しては、姿鏡に向かって横に後ろにとモデル風ポーズを決め、脂肪が消えたシャープなふくらはぎが後方ランナーから見てどんな風に映るかなどとうっとり想像しては、思春期少女の初デートの朝のようなるんるん気分にひたる。
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 何もかもが新鮮に感じられた無邪気なビギナー期を経ると、ランニングに対する姿勢や考え方が職人化していく。
 大型スポーツ量販店のポロシャツを着た若いスタッフよりも、明らかに自分の方が知識量でも経験値においても上まわりはじめる。「この前はじめてフルマラソン完走できたんですぅ〜」みたいな初々しい女子店員さんが現れると、「いずれはウルトラマラソンにも挑戦してみてはどうだいグフフ」などとさり気なく自分が長距離やってることを匂わせる。要するに「きゃー!フルでもすごいのに、100キロなんてカッコよくないですかぁ〜」などとヤングな女子に見つめられたい助平イズムを全開にする。
 ウエア&ギアはいよいよ最高機能を追求し、たかだかマラソン1本走るのに1万円を超える高額な機能性タイツをぽいぽいっと買うのも当然といった心境に到る。速く走るためにはどのような投資も惜しまない。だってオレ様はプロだから(プロではない)。一方、ゼェゼェゲェゲェ走ってもタイムは一向に伸びないどん詰まり地帯にさしかかっており、実力のなさを中高年マネーの力でこじ開けようとする卑しさは隠しきれない。
 当時ぼくは、アパレルメーカーWの膝上丈の機能性タイツ(筋力サポートしてくれるやつね)を愛用していたのだが、ある日ショップ内でどれだけ探しても見あたらない。足首まであるロングタイツは何百本と展示されていて、各社がトレンドはそこにあり!と判断したのは明白だが、膝上丈はどこに消えてしまったんだ?
 店員さんを呼びつけ早速メーカーに確認をとらせると、結果は「今年からロング丈だけになったみたいですね」。おいおーい!過去に7枚も購入したこのワシ、つまり約10万円もの大金を膝上丈タイツに投じたロイヤルなお客様であるこのワシに1本の連絡もなしに廃盤かよ。土下座せんかい、責任者出さんかい、と店頭でクレームの嵐を巻き起こすことはなく、「あ、そうなん。どうもありがとう・・・」と寂しくお店をあとにしたのだった。
 ランニングフォームが悪いのか、敏感肌なのか、ぼくは股ズレが悪化するタチだ。内股の皮膚が7センチ四方ほど消失し、ピンク色の生肉が剥き出しになったときは皮が再生するまで何カ月もかかった。あの地獄のヒリヒリは耐え難い。どうにかして股ズレにならないよう、あらゆるタイプのパンツ、タイツを試し、試すたびに血まみれになりつつも、ついにたどり着いたのがメーカーWの膝上丈タイツだったのだ。
 しかし製造中止ではどうしようもない。わざわざメーカー本社に電話して、倉庫に残っている在庫を全部押さえてください、なんて交渉できる剛胆さもない。ぼくは謙虚なのである。声なき消費者は、さみしくお店を立ち去るしかない。以来、機能性タイツは買わなくなってしまった。
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 「東京マラソン」以前の市民マラソン大会といえば、多くの参加者がランパン・ランシャツ、女性ランナーならブルマかショートパンツで走っていた。ロングタイツやランスカの登場で、風景はファッショナブルに明るく一変した。それはとても良いことだ。女性のスタンダードウエアが今でもブルマのままなら、マラソンブームは来てなかったね。
 一方、昔カタギの市民ランナーでランパン・ランシャツ派は受難の時代を迎えている。今やスポーツショップ内にランパンがぶら下がってるコーナーを見つけるのは至難のわざ。ようやく発見しても明らかに売れ残り品でSSサイズとOサイズしかなかったりジャイアント馬場風の真っ赤パンツしかない。
 もはや自分好みのランパンを入手しようと思えば、大学や高校の陸上部みたいに部員全員のを業者さんにまとめ発注でもしない限り、手に入らない。チームウエアを共に発注するラン友もおらず、孤独に走る市民ランナーじゃまず無理だ。
 ランニングソックスの愛用品も消えた。アーチサポートタイプで底に滑り止めがついてる有名メーカーMのを長年使っていたが、やっぱし製造中止になった。流血しないパンツ探しとともに靴下探しの漂流がはじまり、2年間ものしっくり来ない時期を経てやっと佐賀県の工場で作っている「イイダ靴下」という会社のソックスが良いな〜とたどり着いた。だが安心していると、いつまた廃盤の憂き目にあうかわからないので油断ならない。
 さらにシューズは・・・と語り始めるとキリがない。絶版シューズの思い出語りなど何の役にも立たないのでカットカット。斬新なコンセプトのシューズは1〜2シーズンで消滅してしまう。ニューバランス製で一番のお気に入りだったジャーニーランナー向けシューズには二度と出会えない。競技人口少なすぎるのね。
 幾度ものメーカーの裏切り(ぼくからの一方的な思いに対する裏切り)と精神的ダメージを経て達した結論は、「ロングセラー製品しか買わない」である。
 100キロまでの大会はアシックスターサー、100キロ超えたらミズノウェーブエアロ。王道すぎてあれこれ悩む余地がない。両方とも無駄な機能がなく、目的に徹している。バージョンアップの度に走りやすく変わる。みんなが履いてるから話題にも加わりやすい。ターサーなんて30年も改訂を重ねている長寿靴だから、ぼくが生きている間に無くなることはないだろう。ひと安心である。
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 さて、凡人ランナーの行く末は停滞期から下降期へと向かう。どんなに頑張っても過去に出した記録に追いつきそうにない、よく昔はこんなペースで走れたものだ、あの頃の自分って頑張り屋さんだったんだな・・・と自己ベストタイムが刻まれた完走賞を肴に、呑めない酒に酔いどれる。
 今や、身につけているものもすっかり変わり果てた。
 ウエアを選ぶ基準も様変わりした。かつては、
・1グラムでも軽量なもの
・熱を放散しやすく、汗切れのよいもの
・ストライド、腕ふりを阻害しないカットの深いもの
・戦闘的な気分にさせる色づかい
 などであった。
 今はどうだろう。
・ゴール会場から自宅までの移動中に異臭を放たないもの
・大会参加賞でもらったもの
・走ってる途中で捨てても心残りないもの
 である。アームウォーマーや手袋は、百均ショップやドラッグストアのワゴンで売ってる婦人用のを使用。1着100円程度だが、保温性はスポーツ用の2000円のより優れている。ただし汗を吸うとぐっしょり重くなるが、さすればエイドのゴミ箱に捨てる。サイケな配色は気恥ずかしいが、他人が何着て走ってようと気にする人などいない。
 大会記念品のTシャツ、ソックス、帽子はフル活用する。粋がってオシャレウエアで走っていた頃に押し入れにため込んだのが100着はある。一生かけても着つぶせない量だ。大会記念品でショートパンツをくれたことは一度もない(下さい!)ので、パンツだけは自前用意する。内側の縫い目を紙ヤスリで研磨したり、裏表を逆にはいて縫い目の突起物ゼロにすれば、股間に事故は起こらないと経験も積んだので、タンスの奥から古いパンツを引っ張り出しては穴が空くまではいている。
 かつて愛用した相棒ギアのほとんどはスポーツショップから姿を消してしまった。スポーツ用品だけじゃないよね。気がつくと、クルマもバイクも音楽も雑誌も自分好みのモノは過去のものだ。昔を懐古する情緒性もないから、欲しいモノは何もないという霞食って生きる状態。世の中は起きて稼いで寝て食って後は死ぬを待つばかりなり。一休宗純の境地は近いか?
 
バカロードその71 岬の向こうの岬のそのまた向こうの岬へと〜土佐乃国横断遠足242km・前半戦〜
文=坂東良晃(タウトク編集人、1967年生まれ。1987年アフリカ大陸を徒歩で横断、2011年北米大陸をマラソンで横断。世界6大陸横断をめざしてバカ道をゆく)

JR高知駅に着くと、日射しがシャワーのように降り注いでいた。目を細めて空を見上げると、光の七色の粒が散乱している。5月だというのに真夏みたいだ。
 駅前の広場に、大会が用意してくれたマイクロバスがエンジンをかけて待っている。参加ランナーは20人強と少ないので、行列ができるわけでもない。乗り込んだ車中は、マラソンバスというより、どこかの宴会場に向かう送迎バス的なくだけた空気である。
 大会前夜に宿泊する「国立室戸青少年自然の家」までは80kmほどの距離。顔見知りの選手もそうでない人も、わきあいあいとした雰囲気でもって、海辺の道を室戸めざして進んでいく。
 海辺の街道沿いには、古いタイプの商店や食堂が軒を連ねている。通りがかったあちらこちらの街角に、大きな魚の模型が飾りつけられている。魚の種類は街によって違う。カツオやらクジラやら鮎やら。漁港や河川によって地域経済を支える特産魚が違うのだろう。
 やがて国道55号線を山側に折れ、くねくねの山道にはいる。どんだけ人里離れた山奥に連れて行かれるのかと不安になる頃、青少年自然の家が木立の合間に現れる。コンクリート造りの巨大な建造物はアルカトラズ刑務所のような迫力で、「囚われの身」との言葉が頭をよぎる。そう、ここから逃げられはしないのだ。アルカトラズ、もちろん見たことないけど。
 荷をほどく間もなく競技説明会がはじまる。DNSを除くと選手は21人。受付を終えるのに10分もかからない。大会を企画した四万十町、大正・十和スポーツクラブの田辺さんから、走行時の注意点とコースの概要が説明される。
 「第1回 土佐乃国横断遠足」は総距離242kmを60時間制限で行われる。出発は、高知県室戸岬の先端にある中岡慎太郎像の前。中岡は、言わずと知れた維新の志士。陸援隊隊長である。スタートの中岡像、82km地点の高知市桂浜の坂本龍馬像を経由して、ゴール地点である足摺岬のジョン万次郎像へと、明治維新の立役者たちの彫像への到達の時を、ランナーたちは今か今かと恋い焦がれる趣向となっている。
 田辺さんの口調から、コース上の警察署や県警本部との丁寧な折衝を重ねたことが伝わる。一般に、100kmを超える長距離の大会は「レース」ではなく、市民が歩け歩け大会をやっているという主旨というかタテマエを貫く。車道を走ってよいわけではなく、選手はイチ歩行者として歩道を利用する。信号や横断歩道をふだん以上に実直に守る。交通ルール厳守の善良なる市民として立ち居振る舞う。
 とはいえ警察の立場からすれば、ゼッケンとヘッドランプ着けて歩道を走っている集団に、知らんぷりもできない。歩行者としての万全の安全対策を求める。当大会では、日没後は両足首に反射材テープを巻き、所在確認のために携帯電話や充電バッテリーの所持が義務づけられている。
 競技説明会につづいて青少年自然の家のオリエンテーションがあり、施設利用ルールがまとめられたビデオ映像が流される。そう、本来ここは青少年たちが自主自立の精神を養う場所。いかに我々が、いやぼくが人生に疲れ切った中高年であろうと、敷き布団を片付ける際は三つ折りに、掛け布団は四ツ折りにしなくてはならないのだ。
 夕食はバイキング形式で、炊き込みごはんやパスタなど炭水化物豊富でありがたや。コーヒーゼリーのデザートまでついて1泊2食つき2000円也とは涙ホロリである。
 広い食事会場は、赤黒く日焼けした季節はずれのお肌な割に、肉体労働者とも思えぬ痩せ身の中高年たち20余名の周りを、数百名の制服姿の小中学生が取り囲むという見たことのない図式が展開されている。現代の初等教育が抱える諸問題はさまざまにメディアで喧伝されるが、ここ高知においては何の問題もなさそうだ。小学生たちはけたたましく賑やか、おかわり止まらぬ大食らいっぷりで、赤黒い顔したオジサンたちをからかって遊んでいる。うむ、日本の未来は明るいですよ龍馬どの。
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 大会当日の朝は6時に起床。昨日教えられたとおりに布団を不器用に畳み、床に掃除機をかけるふりをする。100kmあたりまでのカロリー分を補給するためにバイキング朝食を腹一杯むさぼり喰らう。小学生たちは今朝も元気でやかましい。
 そして再びのほほんムードなバスに乗り込み室戸岬へ。スタート時間の30分前には中岡慎太郎像前に到着。選手の点呼とともに、1人ひとり大会指定の持ち物チェックが行われる。しゃちこばった開会セレモニーはなく、慎太郎像の前で記念撮影を行ったら、静かに242kmの旅が幕を開けた。
 ウエーブスタートながら、21人を3班に分け間隔は30秒おきなので、1班と3班の時間差は1分のみ。辺りを覆っていた松林の樹林帯を抜けると、突き抜けるような高い空と群青の太平洋がひらける。左にゆるく湾曲する土佐湾。四国南岸の緑色の陸地が屏風のように連なる。澄んだ空気の奥に、折り重なって海へなだれ込む岬、その向こうにもまた岬。薄い霞みをかぶった最奥の岬は途方もなく遠いが、よもや足摺のはずはないだろう。ゴールは目に見えるどの岬よりも遠く、そんな地の果てまで自分の脚だけで到達できる可能性を秘めているのだととのロマンにうっとりする。
 自己陶酔中のぼくを、コンクリートの防波堤を歩くよく肥えたトラ猫が何だコイツはと睨みをきかせている。丸石がごろごろ転がる海岸を、海藻採りのオジイチャンやオバアチャンが、白波叩きつける荒れ気味の海に向かって突撃してゆく。ランナーたちは、これからはじまる筋書きなきドラマに浮き立つ心を抑え、朗らかに会話を交わしている。
 5kmも進めば単独走になる。この2カ月で100km超の大会は4本目。脚は重くて引きずり気味だし、足の裏は麻痺していて着地しにくい。はっきり言ってどうしようもない状況なのだが、「どうしようもなくても、どうにかする」ことも人生大事なんだよを走りで証明するのである、との即席テーマを思いつく。はい、あくまで思いつきです。
 大会の公式エイドは27km、60km、82km、153kmの4カ所と限られているが、大会スタッフによる巡回車や、知人ランナーを応援する個人の方たちが、ひんぱんに冷たい飲み物を提供してくれる。街道沿いには自動販売機もたくさんある。重いウォーターボトルを持たずにすむのは楽だ。
 と、水分の補給は十分なれど、50kmも走れば毎度のごとくゲロ吐きがはじまる。もはや年中行事すぎて悲しみもなく、呆れも通り越して、心微動だにせず。義務的に草むらに吐瀉物を放出しては、淡々と走る。
 走っても走っても強さを増すことなく、より弱くなっていく。長距離ランナーとして最も重要な何かを欠いていることに薄々気づきつつ、競技者として高みを目指すでもなく、ファンランナーとして走りを楽しむ余裕もなく、吐き気こみあげる青白い顔で、壊れた機械仕掛けの人形のようにギクシャク走る。
 浦戸湾に架かる浦戸大橋にさしかかる頃に日は暮れヘッドランプを装着。海面高50mの長大橋への登り坂でやけに冷たい汗が背筋をつたい、全身の鳥肌がゾクゾク収まらない。後で知ったのだが、ここは高知市民なら誰もが知る最強心霊スポットだとか。前もって知ってなくて良かった〜。
 スタートから82km、坂本龍馬像のたもとの桂浜エイドでは、心霊の影響もあったかなかったか、かすれ声しか出ないほど消耗しきっていた。
 椅子に座ると腰砕けになり身体が勝手に右に傾いていく。仕方なくウレタンマットに寝ころぶ。仰ぎ見る夜空と森の木々の梢が目玉とともにぐるぐる回る。近くに水族館があるのかオットセイやらアシカの鳴き声がオウッオウッと森にこだましている。おう、ここは現実世界か黄泉の国か。
 大の字に潰れたぼくの脇に、エイドスタッフの方がクーラボックスで即席のテーブルをつくってくれ、カツオのタタキやそうめん汁などの料理を並べてくれる。ありがたく頂こうとするのだが、唾液が枯れていて、いくら噛んでもカツオのタタキが喉に落ちてかない。お茶で流し込む。そんな食べ方はもったいなく、申し訳ない気持ちでいっぱいになる。スタッフの親切に心から「美味しいです」と返したいのに、そうならない。
 20分ほどひっくり返っていたが、奇跡の復活劇は起こる予兆もなく、のろのろとエイドを後にする。歩いてでも前に進むしかないよね。寝ていてもゴールには1ミリも近づかない。
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 高知市に隣接する土佐市街の入口がちょうど100kmにあたる。はや深夜12時、ここまで15時間もかかっている。市街地を抜けると渓流音のする森林帯にさしかかり、細かな登り下りが繰り返される。この大会、高低図をながめると全般にフラットな様子だが、実際は100kmからゴールの242kmまで、コースの9割方が坂道である。いちばん標高のある七子峠で289mだから、大したことないよと油断していたらどっこいである。
 夜中じゅう、大会車両がコースを行き来しては、選手の健康チェックに余念がない。100km超級の大会といえば自己責任原則が当たり前。大会スタッフがここまで選手の面倒を見てくれるなんてね、慣れてなくて何となく気恥ずかしい。
 南国高知の夜は寒さに凍えるほどではないが、道ばたで無防備に眠りに落ちられるほどには暖かくない。徹夜で歩きつづけ、夜明け前に、須崎市街の出口にある公衆トイレの便座に腰掛けたまま5分ほど眠る。さて出発という段になって、太腿やふくらはぎの裏がびっしょり濡れているのに気がづく。何だこりゃ? 腰にぶら下げていた帽子やウエストバックもズブ濡れだ。眠りこけていた時に、便器の水に荷物がどっぷり浸かっているのに気づかなかったのだ。全荷物が水びたし、ズボンも、シューズもトイレのたまり水にまみれ、哀れな気分にひたる。
 どんな眠くても朝日を浴びれば意識も覚醒するものだ。夜明けには少しは走れだせればいいなと淡い期待を抱いていたが、足の裏の痛みが尋常ではなく、歩きに終始する。踏みしめる地面は針の山のごとし。靴下を脱げば灼熱の土踏まずはパンパンに腫れている。走るどころか、続けて歩けるのは3kmが限界。30分おきに靴下を脱ぎ、自販機で買った冷たいドリンクを押し当て、「痛いのは気のせい」とぶつぶつ唱える。
 難所の七子峠を越えると、山あいに開けた高台の水田地帯にさしかかる。冷涼な山水がしぶきをあげて水路を流れる。景色の奥へとゆるやかな勾配で階段状に連なる水田。満々と湛えた水に、空の青が映り込む。午前の太陽が水田にキラキラ反射し、そよ風がさざ波をつくる。澄んだ水鏡のうえで農夫たちが作業をしている。そんな田園風景のなかの一本道を、今大会唯一のドロップバッグを受け取れる153km地点の大エイド「クラインガルテン四万十」めざして走る。走る・・・うぬ、知らぬ間に走れているではないか。風に吹かれて、きらめく光と水の台地を、草原を駆け抜ける少女のように軽快な足どりでウキウキと、オホホホホ。  
(後半戦につづく)