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2010年11月30日

バカロードその18 スパルタスロンへの道 4 巨象とアリ
文=坂東良晃(タウトク編集人、1967生まれ。18〜21歳の頃、日本列島徒歩縦断、アフリカ大陸徒歩横断など約1万キロを踏破。男四十にして再びバカ道を歩む、か?)

(前回まで=超長距離走の世界最高レースともいえるスパルタスロン。246キロを36時間以内、完走率30%前後の過酷なレースのスタートが切られた。大舞台の高揚感に飲み込まれ、序盤からぶっ飛ばしたツケは早々にやってきた。脚の故障、痙攣、嘔吐などに見舞われボロボロになっていく)


 スパルタスロンを幾度も完走しているベテランランナーたちは「復活」という言葉を好んでつかう。同宿のランナーとの会話に初めてこの言葉が登場したときは、正確な意味がつかめなかった。
 「復活」とは、100キロ以上走り、精も根も尽き果て、肉体も精神も限界寸前の状態から、再び蘇ることを指す。エイドや道ばたで一定の休息・睡眠をとって「復活」する場合や、歩きを交えながら活動量を抑え「復活」を遂げることもある。246キロ先のゴールに至るまでは、「復活」を4度、5度と繰り返しながら、満身創痍で前進しつづける。
 この言葉、前向きに捕らえれば、どんな苦境に追い込まれても我慢しているうちに必ず光明は見えるって金言。現実に即して考えるならば、「もうダメだ」という状況を何度も乗り越えられる人間的な強さがないと、ゴールには届かないって戒め。

 第一関門であるコリントス(81キロ地点)まで残り20キロ。一度完全に潰れた体力が戻ってきた。キロ8分台まで落ちていたのが6分まで上がっている。これは「復活」に該当するのか。否、なんだろうな。アップダウンの多いアテネからの道をハイペースで走ったことで潰れるべくして潰れ、活動量が低下したため血糖やら乳酸値やら心拍数やらが平静に戻った、それだけのことだ。「復活」という言葉が喚起するドラマチックな物語はない。もっと壮絶で、もっと身体に鞭打たれるべき道のりがコリントスの向こう側には用意されている。
 あるイメージが頭の中を占拠している。巨大な象だ。その象は背丈が高すぎて、ぼくからは太い幹のような脚しか見えない。その足元でうごめく貧相なアリ一匹。スパルタスロンは巨象、ぼくは貧相なアリ。巨象はぼくの存在に気づかない。ぼくは象の足によじ登ろうともがく。勝負にならない戦いだ。

 追い抜き、追い抜かれる際に、ランナーが声を掛けてくれる。
 地元のギリシャ人ランナーが、バテているぼくを見かねたか、ビスケットを取り出し「食べろ」とさしだす。「喉が渇いて食べられないよ」とカサカサの舌を見せると、「ダメだ!食べないと走れないよ」とムリヤリ口に入れられる。自分のために用意した補給食なのにすまないな。そして、かなりのおせっかいだなと呆れる。
 韓国人ランナーを追い越す際に、後ろから「日本人のハートを見せろ!」とエールを贈られる。振り返れば、何やらビビンバ風の丼メシを食べながら走っている。タフで器用な男だ。
 ベテランらしき日本人ランナーが、「練習のつもりで走ればいいから。練習で走ってるペースで行けば間に合うから」と指導してくれる。そうだ、能力以上の走りなんてできっこないんだ。超長距離走に奇跡は絶対に起こらない。日々、朝に夜に練習で走っている自分自身をここで再現する以外に道はないんだ。
 コリントス運河手前の長いだらだら坂にさしかかる。コリントス運河は、ギリシャ本土とペロポネソス半島を隔てる地峡に掘られた人工の運河だ。大げさに考えるならユーラシア大陸本土の文化と、エーゲ海に点在するコロニーのような島社会との境界線とも言える。
 多くのランナーは坂道を歩いている。万策尽きてランニングを中止したのではない。戦略上、登り坂は歩きと決めている選手は多いのだ。このような選手は、歩きといえどジョグペース並みに速く、キロ8分とか9分でぐいぐい前進する。だから、潰れた状態でよろよろ走っていると、歩きに抜かれたりもする。
 丘の頂上からは、人間の手で掘られたとは信じられない長さ6000メートルの運河の切り立った岩壁や、コリントス市街の展望が俯瞰できるが、感慨にひたっている余裕はない。関門閉鎖まで時間がないのだ。「第一関門までいかに力を温存できるかが、完走のポイントだ」と何人もの経験者が教えてくれた。だが、温存どころか出せるものを全部出し切らないと、81キロを越えることすら叶わない。
 コースが市街地の平坦な歩道に変わると、キロ5分台の速いペースに上げる。
 全力、全力、全力。
 ヘバッて動けなくなろうと失神しようと、とりあえずは関門を越えないと話にならない。そこから先に何がはじまるのかは、到達してみなくちゃわからない。
 ゴールゲートにも似た第一関門が見える。スタートから9時間25分。関門閉鎖まで残り5分。やっとこの地に届いたのだ。

 コリントスのエイドには、大きなテント村ができている。
 先着のランナーたちがマットに寝そべりマッサージ師に身体をほぐしてもらっている。彼らは前進をあきらめたのだろうか。立ち上がる気配はない。ここまで来たのに、もったいない・・・と他人事のように思う。
 では、ぼくは前進するのか?
 関門を超えたら胸に去来するものがあるかと想像していたが、ただ真っ白だ。足元定まらず千鳥足で歩いていると、ふいに名前を呼ばれる。顔見知りのランナーだ。スタート地点へと向かうバス車中で席が隣になった中谷さんだ。偶然だが彼も徳島出身なのである。ぼくよりだいぶレベルが上のランナーなのに、どうしてここにいるんだろう? 
 中谷さんは「脚が全部痙攣してしまって、ほとんど歩きでここまできたんです。もう先に進むのは厳しい・・・」と半ば諦めたような口ぶり。それを聞いた瞬間、ぼくの口から意外な言葉が出る。「いけます、いけますって。係の人に止められるまで行きましょう。ぼくはもっと先まで行きますよ!」。偉そうな御託を口走りながら、よくそんなこと言えるな、と自分に呆れる。ほんの数分前まで(もうダメ、はなからレベルが違う世界だ)(初挑戦だし、コリントスまで走って完全燃焼もありってことで)なんて逃げの口実を探していたヘタレ男がだ。中谷さんは「行けるとこまで、行ってみます」と椅子から立ち上がり、脚を引きずりながらコースに戻っていく。歩くのが精いっぱい、本当に具合が悪そうだ。
 中谷さんが去ったあとのベンチに横たわり、樹木と空を仰ぎ見る。夕焼け時には少し早い。薄いあかね色が青空を侵食しはじめている。
 ぼくは、立ち上がれないほど消耗しているのか?
 いや、していない。
 まだ走れる。走れるんだから、もっと先に行かないといけない。
 自分を止めるのは関門の制限時間というルールであって、自分が走るかどうかはルール外の意思の問題だ。
 自ら走るのを放棄するくらいなら、誰かに止められるまで走ろう。
 いや、でもそれって、判断を他人に任せてるってことだろう。自分で決意してやめる方が潔いんではないか。
 いったい潔いのはどっちなのだろうか。
 いや、潔いとか潔くないとか、そんなことどっちでもいいんじゃないか。

 えーい、ややこしい。ありのままの感情はどうなんだ?
 もっとこの先の風景が見たい! ならば走ろう!

 テント村で飲めるだけのドリンクを胃に流し込み、全身にかぶり水をして、ふたたび道路へと飛び出した。夕陽が射すぶどう畑のなかを、1人走り続けた。次のエイドを撤収時間ギリギリに超えた。「いけるぞ、もっと進め!」とエイドのスタッフが背中を押してくれた。
 その次のエイドでは撤収時間を30秒過ぎてしまっていた。係員らしき人に「前に進んでいいか?」と聞くと、黙って目を閉じ、ゴールの方角へと顔を向けた。「見てないから、行っていいよ」という許しだ。

 走りながら、悔しさのあまり泣けてきた。
 これは何に対する悔しさか? 本来のルール上の関門閉鎖まで残された時間と、消えかかったローソクのともしびみたいな体力をてんびんに掛ける。
 事実上、もう完走は無理なのだ。だから悔しいのだ。
 今頃になって自覚する。自分はほんとうに完走したかったのだ。
 完走できないから泣いているのだ。
 決められた時刻に、決められた場所まで達していなければならない。その決めごとに、ぼくの脚はついていけなくなった。
 夕闇が迫る第25エイド。大会係員のおじさんが道路の真ん中に仁王立ちしていた。両腕を拡げて、満面の笑みをたたえて。つまり、これ以上は何がどうあっても進めないよ、という確固たる意思表示である。終わったのか、と思う。たった90キロと少し走っただけで、たった11時間走っただけで、スパルタスロンが終わった。これが自分の力だ。2010年という時間に、ぼくが持ち合わせていたすべての力を使い果たしたのだ。

  □

 「ゴールを見た方がいいよ」と、同じエイドでリタイアしたランナーにアドバイスされた。「何時間見続けていても飽きないから。本当に感動するし、感動だけじゃなくて羨ましさとか、自分が完走できなかった悔しさがごっちゃに入り混じって、絶対この場所に自分も来なくちゃいけないって思うはずだから」。

 翌日、スパルタ市街のメインストリートで、ゴールへと続く500メートルの直線道に立って、帰還するランナーたちを迎えた。
 246キロの苦難を乗り越えたランナーたちは、やせ細って別人の顔をしていた。36時間の間に体重が10キロ以上減少したランナーもいた。ゴールをすると多くの選手はそのまま医療テントに運ばれ、栄養剤の点滴を受ける。さながら野戦病院の様相だ。

 ウイニングランを見守っていて既視感を憶える。これはいつかどこかで見た風景だ。どこだろう?

 選手1人1人を白バイや先導車が誘導する。
 観客の歓声と拍手がランナーをつつむ。
 自転車に乗った街の少年たち何人もが、ランナーを取り囲む。少年たちにとってすべてのランナーが英雄なのだ。
 ランナーは笑い、ランナーは叫ぶ。
 ランナーは全身で歓びを表現し、ランナーはただ泣きじゃくる。
 ふいに既視感の元となる映像が脳裏に蘇る。古いドキュメンタリーフィルムで見たベトナムの街だ。それはベトナム戦争終焉の象徴的な場面として、何度もニュースで流された映像だ。
 南ベトナム解放戦線の兵士たちが、トラックの荷台に何十人と乗って、銃を持った拳を空中に突き上げながらサイゴンに入城するシーン。長い抑圧に耐えたベトナム国民、サイゴン市民にとって、勝利が確約された瞬間、消耗の果ての歓喜の爆発、自由へのおたけび・・・。
 なぜ、競技スポーツのラストシーンと戦争の終焉を重ねてしまうのか。
 スパルタスロンもまた戦争なのだ。
 ランナーは誰かと戦ったわけではない。血を流したのでも、国や家族を守ったのでもない。極限の環境下で自分と戦い、信念を守りきったのだ。1人1人が自ら打ち立てた高くて遠い到達点に立ち向かい、最後まで希望を捨てず、自分の内にある弱さと戦いつづけ、勝利した。それがスパルタロンの完走者なのだ。
 もう理屈抜きでこの場所に還ってこなくちゃ、となっちゃうよねこりゃ。まったく困ったもんだ。

2010年11月26日

タウトク12月号特別ふろく「まんプク団」 manpuku1012T.gif現在発売中のタウトク12月号には、特別ふろく「まんプク団」付き! 冬のグルメ情報が盛りだくさんの一冊です。
●ランチもディナーもお任せを!
心が安らぐ和食はもちろん、本場の味が堪能できる中国料理や洋食料理、本格手打ちで仕上げた讃岐うどんなど、お昼ご飯&夜ご飯に行きたいお店を掲載。
●特別な日に是非おすすめ
クリスマスや誕生日会、女子会など大切な日はオシャレな場所で過ごしたい! そんな人の願いを叶えてくれるカフェやダイニングを一挙公開。ホームパーティ派の人は、お持ち帰りのオードブルやケーキも掲載しているのでご安心を。

2010年11月25日

ローカルフードの真髄 鳴門うどん&近県網羅の冬あそびがぎっしり タウトク12月号発売! tautoku1012★冬の催し大特集!!
クリスマス、イルミネーション、カウントダウンにお正月! 四国から近畿、岡山まで、心浮き立つ冬イベントがずらりと集結。「どこがいいかな〜」とわくわくしながらく悩みましょ!

★鳴門うどん大図鑑
いまや徳島の代表的ご当地グルメとなっている鳴門うどん。ここ数年で新しいお店もたくさん誕生。勢いは止まりません。不思議な親しみを持つ、ローカルメニューの世界にGO!

2010年11月18日

さらら11月18日号は冬グルメ特別号☆ tokushima-salala1118
日に日に寒くなる今日この頃。
あったかい食べ物が恋しくなったり、年末年始にかけてそろそろ忘年会や新年会の予定を立て始めた人もいるのでは?
さららでは、そんな時節に食べたくなる冬のグルメ情報をご紹介。
今から大活躍すること間違いなしの、その中身とは…


2010年11月11日

CU12月号を読んで冬を楽しもう! tokushima-cu1012【特集】
●小旅カフェ
日が暮れるのが早くなり、冬の気配が色濃くなってきた今日この頃。寒さが本格化する前にちょっとドライブにいきませんか?月刊タウン情報CU12月号では、県内・外のレトロな街並みにある小民家カフェ、海沿いのサンセットカフェ、リゾート気分の島カフェなど、わざわざ行きたいあの町のオシャレなカフェをご紹介。

●クリスマス2010
今から最高のクリスマスに向けて準備を始めましょ。今回はクリスマスには外せない情報がてんこ盛り!おうちで楽しむクリスマスには欠かせないデコレーションアイテム、チキンやケーキなどのパーティグルメやスパークリングワイン、皆で盛り上がれるパーティグッズ情報のほか、県内や近県のテーマパークやレジャースポットなどのイベント・イルミネーション情報も。もちろんクリスマスプレゼントのお店選びの参考にもどうぞ。

2010年11月10日

月刊タウン情報CU10月号 実売部数報告1010_CU部数報告.pdf

月刊タウン情報CU10月号の実売部数を報告します。CU10月号の売部数は、
5,103部でした。詳しくは、上部のファイルをクリックしてください。

長らく雑誌の実売部数はシークレットとされてきました。雑誌は、その収益の多くを広告料収入に頼っているためです。実際の販売部数と大きくかけ離れ、数倍にも水増しされた「発行部数」を元に、広告料収入を得てきた経緯があります。
メディコムでは、その悪習を否定し、「月刊タウン情報CU」「月刊タウン情報トクシマ」「結婚しちゃお!」の実売部数を創刊号以来、発表しつづけています。
月刊タウン情報トクシマ10月号 実売部数報告1010_タウトク部数報告.pdf

月刊タウン情報トクシマ10月号 実売部数を報告します。タウトク10月号の売部数は、
7,296部でした。詳しくは、上部のファイルをクリックしてください。
メディコムは、「月刊タウン情報トクシマ」「月刊タウン情報CU*」「結婚しちゃお!」の実売部数を創刊号から発表しつづけています。

雑誌の実売部数を発行号ごとに速報として発表している出版社は、当社以外では日本には一社もありません。実売部数は、シェア占有率を算出し、媒体影響力をはかるうえで最も重要な数値です。他の一般的な業界と同様に、出版をなりわいとする業界でも正確な情報開示がなされるような動きがあるべきだと考えています。わたしたちの取り組みは小さな一歩ですが、いつかスタンダードなものになると信じています。

2010年11月04日

さらら11月4日号で発見! 美味しい仕出しやさん 1104salala 法事や親戚同士のちょっとした会など、人が集まるときに注文する仕出し。「仕出し」とひと口に言っても、新鮮な海の幸をふんだんに使ったもの、昔懐かしい田舎の味、ひと工夫された創作料理などなど、料理内容はお店によって千差万別。「うちはいつも●●で頼んみょる」と、馴染みの店がある人も多いはず。今回は読者から「美味しい」とクチコミが寄せられたお店をご紹介します。

また表紙のさらランキング! は、「見つけた! お気に入りランキング」がテーマ。ふだんの生活に彩りをそえ、でもそんなに高くない雑貨やアイテムを10個発表。たとえば、底が平らできっちり量れる計量スプーンや素敵な色柄の手ぬぐい、貼るだけで部屋の印象をガラリと変えられるウォールステッカーなど。「お金をかけずにいいモノを買う」。徳島の人の賢く暮らしを楽しむ心がうかがえる気がしませんか…?

2010年10月29日

バカロードその17 スパルタスロンへの道 3 スタート!
文=坂東良晃(タウトク編集人、1967生まれ。18〜21歳の頃、日本列島徒歩縦断、アフリカ大陸徒歩横断など約1万キロを踏破。男四十にして再びバカ道を歩む、か?)

(前回まで=超長距離走の世界最高レースともいえるスパルタスロン。246キロを36時間以内、完走率30%前後の過酷なレース。実力をわきまえずエントリーしてしまったバカ男は、毎月500キロを走り込む荒業を課すが、肝心な大会を前に疲労困憊してしまう)
 午前7時。あたりはまだ薄暗い。
 スパルタスロンは、静かにはじまった。 
 号砲は鳴ったのだろうか? 少なくともぼくの耳には届いてはいない。
国内の大会でありがちな派手なセレモニーも、有名人のあいさつもない。代わりに300余名のランナーたちが発する地の底から湧き上がるような嘶きが空気を揺らす。それは夢の地へと駆け出す嬌声であり、走力の違う仲間と交わす健闘を誓いあう最後の言葉であり、自分にムチ入れる気合いの唸りである。それらが混じり合い、静かだが熱いエネルギーを秘めた塊となる。大きな精神の塊が一群となって坂を下っていく。ぼくはその熱に包まれるように走りだす。
 ギリシャの首都アテネの中心部にそびえる小高い丘・アクロポリスは、平坦な市街地から要塞のごとく70メートルの高さでせり出している。スパルタスロンのスタート地点は、アクロポリスを象徴する世界遺産・パルテノン神殿のたもとだ。市街へと続く急な坂を駆けおりていると、徐々にアテネの街並みがパノラマ映像のように視界を占拠する。今、この目で捉えている広大な土地の地平線よりも遙か遠くまで、ぼくたちは自らの脚で移動するのだ。
 軽い、と感じた。身体が軽い、羽毛布団のようだ。脚は気持ちよく前に振り出され、胴体は直立し、石畳の硬い路面に対して正しく垂直に加重をかけられている。ジョグペースながら、ふつうに走れているという事実に胸が躍る。
 レースを前にして体調は最悪であった。能力をオーバーした距離練習で疲労が蓄積し、朝は布団から立ち上がれず、パンツをはこうとすれば立ちゴケする。職場では1ケタの暗算ができず、旧知の人の名前が出てこない。このままではフルマラソンの距離ですら走れそうにない。最後の賭けだと、日本を発ちアテネに入りレースまでの4日間、受付や荷物預けなどの必要以外は身体を動かすことを止めた。ひたすらベッドに横になり、眠れるだけ眠り、食事を採りつづけた。はたして作戦が功を奏したか。この身体の軽さ、疲労が完全に抜けた状態になっている!
 アクロポリスを取り巻く公園地帯を抜けると、2、3車線の広い車道が縦横に伸びる商業エリアに入る。交通の要衝であろうすべての交差点に警官が立ち、自動車の侵入を遮断する。われわれの走路を確保するために、首都アテネの交通を麻痺させているのだ。たった300余人を走らせるために、いったい何千人、何万人のギリシャ人の協力があるのか。
 四方八方から長押しされるクラクションは、「青信号なのに早く行かせろよ、バカ野郎!」の抗議の表現であり、またランナーへのエールとも受け止められる。ま、現実は抗議8に対し応援2くらいなんだろうけど。
 スタートから10分。すでにランナーの列は1本に長く伸び、集団後方からスタートしたぼくの位置からは、先頭はおろか最後尾も見えないほどだ。実力のある選手、あるいはスタートダッシュをかける選手はキロ4分程度で進んでいるだろう。一方、制限時間ギリギリで関門突破を計りたい前半温存型の選手はキロ7分前後。その思惑の差が、300余人の距離を遠ざける。
 道は思ったより走りづらくない。アスファルトは確かに日本のものより硬い気がする。また、表面が滑らかではなく凹凸があり、砂利が散在しているため、長時間走っているうちに細かな筋肉を使ってしまいそうだ。しかし、それはギリシャの道路事情がどうというよりも、比較対象する日本の道路が整いすぎているだけのこと。
 次第に建物がまばらになり、森林が見える郊外に出ると交通規制が解ける。一般道路ながら道幅は広い。時速100キロくらいの猛スピードで走り去る大型トラックの風圧を感じなから、路肩を走る。ストライドは快調に伸び、次々と前方の選手をとらえ、追い越していく。身体は相変わらず軽い。勾配のある登り坂が1キロも続くが苦にならず、平地のようにキックが効く。下りともなればなおさら身体にキレを感じ、スピードはぐんぐん上がる。
 前ゆくランナーを追い抜きざまに横顔をかいま見れば、とんでもないレベルの選手たちである。日本国内のウルトラやフルマラソンの大会で優勝経験のある方、24時間走や100キロの日本代表となり世界を舞台に活躍している方、そしてスパルタスロンを幾度も完走し、上位入賞経験のある方。どうなってんだ、こりゃ?
 やがて視界の奥にオレンジ色の回転灯を点滅させたパトカーらしきものが見えてくる。まさか、あれは先導車?ってことは先頭集団が見える位置まで来てしまった? ペースを考えずに気の向くままに飛ばしてたらエライことになったぞ。
 スパルタスロンでは1キロ、5キロなどキリのいい地点の距離表示はない。3キロ前後に1度はあるエイドステーションに通算距離を示した看板が出ているが、たとえば12.7キロなどと半端な距離であるため、頭のなかでペース計算できない。だから今現在のペースがつかめない。
 突っ込んでる意識はない。レースの雰囲気をたっぷり味わいながら、気持ちよく超有名ランナーの方々を抜き去るぼく。そして今、スパルタスロンという世界最高の舞台で、先頭の見える位置につけている。も・し・か・し・て・・・ぼく、絶好調なのかーっ! 全盛期の中畑清も真っ青の有頂天気分が大脳を駆けめぐる。
 嗚呼、今までどんな距離のレースに出ても、ロクな結果を残せなかった。そこいらへんの市民ランナーよりよっぽど月間走行距離は多いのに、10キロでも、フルでも、100キロでも、必ず最後には潰れておじいちゃん、おばあちゃんランナーに励まされ、よろめきゴールする。短いのも弱く、長いのも弱く。才能は光らず、努力は実らず、走った距離に裏切られ・・・。
 しかし本日の調子の良さったら何だ? もしかして、ぼくはスパルタスロンを走るために生まれてきたのではないか。適性距離はここにあったか。眠っていたウルトラランナーとしての資質が今覚醒しつつあるのではないか。凡人ランナーとしての凡庸キャリアは、スパルタで戦える肉体とスピリッツを養成するための神が与えし試練だったに違いない!
 ・・・かくしてぼくの未明の暴走劇は加速度を増すのである。要するに勘違い大バカ男。とめどなく溢れ出すアドレナリンに支配された、走る合法ドラッグ患者である。
 漫画家・福本伸行なら、この軽薄ランナーをどのように表現するだろう。

 有頂天・・・・・・
 恥を知らぬ有頂天・・・!


 20キロを1時間30分台半ばで通過。
 フルマラソンの自己ベストくらいの速いペース。つまりは無謀。
 愚か者に、魔の手は静かに忍び寄らない。
 自らをスパルタの申し子とした躁病男に対し、ツケは明白に、一気呵成に、津波のように押し寄せる。
 
 最初の異変は左足甲の骨。不安の種のような小さな鈍痛は、5キロも進まないうちに焼けつくように熱く、ズキズキと血管を脈打ち勢力を拡大。着地するたびに脳天まで稲光が貫く。疲労骨折の経験はないけれど、こういうことなのか? たまらず道端にエスケープし靴下をめくると、紅くブヨブヨと腫れあがった足の甲が現る。靴ヒモをゆるめると少し痛みが引くが、走りだすと靴の中いっぱいに腫れ上がった足が圧迫感で爆発しそう。たまらずまた立ち止まって靴ヒモをゆるめる。これを何度も繰り返し、最終的にはヒモをまったく締めていない状態になる。
 次の変調は右足首。薄いナイフでシュッと切り裂かれたような鋭い痛み。振り返って足首を見ると、シューズの上辺部分のソックスに穴が開き、足首に2センチの裂傷がある。出血がシューズを染めている。ずいぶん走り込んできたけど、こんな場所に靴ズレ起こすなんて一度も経験ない。
 30キロも走らぬうちに至る所に故障を抱え、走りがギクシャクしはじめる。痛みは庇ってはいけない。痛みに耐えて正しいフォームで走らなくてはならない。フォームが崩れると、いろんなパーツが壊れはじめる。そうはわかっていても、レース序盤の故障という事実に平常心を失う。両足をかばいながら走った結果、股関節が痙攣をはじめる。全体の6分の1も進んでないうちに痙攣かよー? これから200キロ以上、どうごまかしながら走るってーの。やがて痙攣は大腿部の裏やふくらはぎにも拡がる。
 塩分が足りないのか。エイドには大会サイドが用意した塩があると聞いたので、日本から持参したアジシオは封印した。が、実際にはエイドに塩は見当たらなかった。いや、あったのかもしれないが見つけられなかった。
 246キロの道程にエイドは全75カ所。平均3キロに1カ所という重厚なサポート体制が敷かれている。しかしレース序盤のエイドに置かれているのは水、コーラ、スポーツドリンクらしき飲料と、ビスケットやクラッカーなどの揚げ菓子。暑さと渇きから揚げ菓子を口にする気分には到底ならない。だが、こいつで塩分を補給しないと、他にミネラルを得る手段がないと気づいたのは後のこと。
 一方、コーラや他の炭酸飲料はスパルタスロン名物の「水割り」である。コーラ20mlに対し水100mlほどを足した超薄味のコーラが提供される。最初の数エイドではこの水割りコーラを飲んでいたが、飲んでも飲んでも喉が渇く。エイドのたびに3カップずつ喉に流し込んでいると、そのうち内臓が受けつけなくなってきた。
 胃のムカムカ感が抑えられなくなり、いっそ吐いてしまえば楽に走れるかと、道端に寄って無理やり吐いてみた。真っ黒な吐瀉物が大量に噴きだす。きっとぜんぶコーラだな、こりゃ。一度吐くとすっきり楽になる。だが、すぐに喉が渇きはじめる。次のエイドで水割りファンタオレンジらしきドリンクを飲む。するとまた吐き気がこみ上げ、飲んだばかりのファンタを全部戻す。今度のゲロはオレンジ色である。飲めば吐き、吐けば渇き、乾けば飲む。ムダで苦しい行為が続く。
 20キロあたりまで大量にかいていた汗が、1粒も流れなくなる。皮膚全体に白い塩が浮く。カラカラに乾いた肌に直射日光が当たると、皮膚の表面がチリチリ焼けるように痛む。汗は重要な体温調節機能である。その機能が完全停止している。苦しい、痛い、気持ち悪い・・・。
 体調悪化とともに思考もネガティブ・スパイラルに入っている。これじゃあダメだ。景色だ、景色を観て心を癒そう。
 永遠に続くかと思う長い坂道を登っては下る。ゆずの「夏色」のサビの部分が、エンドレスで頭の中に響く。やがて広大なエーゲ海が眼下に開ける。どこまでも透明で碧く、高級なゼリースイーツのよう。そういえば小学生の頃、版画家・池田満寿夫がメガホンをとった「エーゲ海に捧ぐ」というエロい映画を観たくて仕方なくて、映画館に忍び込もうとして失敗した。「11PM」で今野雄二あたりが映画の解説やってるの見て静かにコーフンしたっけ。幼少期の記憶ってすごいな。いまだにエーゲ海ってえとエロ映画(本当は芸術大作らしいですが)のエロ場面しか連想されない。その憧れの地を、30年という時空を経て今ゲロ吐きながら走ってるんだな。エロス&ランニング・・・だからどうしたってんだ。痛みをごまかすためにムダに思考を巡らせ、なおさら疲れる。ダメだ〜。
 40キロのタイムは3時間45分。322人中113位で通過(後に確認した公式記録)。だが、このタイムと順位ほどに余裕はない。レース前半の最大の山場である第一関門・港町コリントス(80キロ地点)をクリアする可能性が乏しく思えてくる。80キロを9時間30分以内で入れば関門突破できるコリントスまでは、スタートからキロ6分30秒ペースで進めば問題ないと安直に計算していた。だが、今は手の届かないユートピアのガンダーラ。一度も経験したことのない体調変化がぬらぬらと妖怪のように頭をもたげ、国内レースからイメージする通過タイムや距離と一致しない重いダメージが蓄積している。
 足の甲の腫れはいよいよひどく、痙攣はあちこちに飛び火する。対処方法が見つからない。5分だ、5分だけ休んで、復活に賭けよう。オリーブの巨樹のたもとに横になる。木の幹に両脚を90度にかけて血液を上半身に戻す。
 こんなんで腫れは引くのかよ、この苦しさに耐えながらあと20数時間も走れるものか、と逃げ腰の自分が叫ぶ。そもそもがレベルの違いすぎる舞台なんだよここは、とストライキのシュプレヒコールをあげる。
 何を言ってるんだ?とムカッ腹が立つ。この日のためにどれだけ練習してきたんだ。完走、するんだよな?と本来そうあるべき自分が軌道修正をはかる。
 まぁまぁ、せめて第一関門くらい超えようよ、それができたら自分に合格点をあげるってのはどう?と妥協点をさぐる打算的な仲介役も登場する。どうも〜、コント・ビリー・ミリガンでございます的な独り芝居を繰り広げ、無益に5分が過ぎる。
 立ち上がろう、走ってみよう。少し復活している。遅いけど走れる、スピードをあげても走れる。
 なんか、はじめてサロマを走ったときに似てるなぁと懐かしくなる。走っても走っても関門の閉鎖時間に間に合いそうになくて、それでも全力で走って、最後は80キロで崩れ落ちたっけ。しかしあの頃はフルマラソンすら走り通せる力もないのに100キロに挑戦して、ペースも考えずに突っ込みまくったな。ははは、2年経ってもやってることは同じ、あまり成長してないな。いや、あの頃の方が今よりよっぽどチャレンジしてたな。マタズレ金玉たくし上げて、夢中で走っていたじゃないか。
 工場地帯のなかを貫く一本道がどこまでも伸びている。ギラギラ輝くエーゲ海の太陽に射られながら、ぼくは遠くに見えるランナーの背中を追いかける。完走よりも、関門突破よりも、今この瞬間にできることをやろう。この土地で、全力を出すためにやってきたんだから。先のことを考える思考の余力を削ぎ落とし、前のランナーに食らいつくことだけを考えよう。今のぼくにできそうなことは、それくらいのことだ。       
(つづく)

2010年10月28日

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2010年10月27日

オススメ産直市、県下一円大網羅! タウトク11月号発売! tautoku1011★人気の朝市・産直市に行こう!
県内の産直市を70カ所、ぎっしり集めた超保存版! 各市の売れ筋&ユニーク商品を詰め込みました。「安くて新鮮」は当たり前! 人々を虜にするメイド・イン・ローカルのワンダーランドにGO!

★ 徳島美人 12市町村版!
東西南北駆け巡り、徳島に住む美しい女性たちを12市町村から発掘してきました。選りすぐりのご当地美女に癒されて。

2010年10月21日

さらら10月21日号は、買い物で悩む「どっち?」に迫る! tokushima-salala1021.jpgだいこんは葉っぱがついたほうか、根っこのほうか…じゃがいもはメークインか、だんしゃくかなどなど。買い物をする時「どっちがいいかな〜」と悩むものありませんか? そんな食材や食料品を選ぶ時のポイントについて、30人の方にアンケートを実施。一体どっちを選んでいるのか聞いてみました。

そして、表紙で好評連載中のさらランキング!
今回のテーマは「気になる生活家電ランキング」。私たちの興味をひいてやまない、日々の生活をより快適に変えてくれる今どき家電たち。今、徳島の女性が欲しい!と思うものベスト10はコレです!

2010年10月14日

秋の夜長のお供に月刊タウン情報CU11月号 cu1011■特集■
・雑貨&インテリア430点
スタイリッシュな見た目はもちろん、機能性も兼ね備えたオシャレ+使える雑貨やインテリアが430点!リビングやキッチン、バスルームにピッタリのアイテムからそろそろ買い替えどきの手帳、遊び心の効いたデザイン雑貨に流行の「山ガール」アイテムまで、ジャンル別にご紹介。暮らしの中に彩りを添えて。

・徳島、おいしいパン生活
徳島の人気ベーカリーのパンをご紹介。おなじみのパンはもちろん、おいしいサンドイッチやパンが売り切れる秘密、天然酵母パンにとなんとその数200点。今回はなんとお得なクーポン付!切り取って使ってね。

2010年10月07日

さらら10月7日号で、ノスタルジックな専門店を巡る salala1007スーパーマーケットがなかったころは、お味噌もお豆腐もお米だって専門店に買いに行っていたもの。昔ながらの店構えやここだから受けられるサービスに感動したり、その道ひとすじの店主の話についつい引き寄せられたり…。専門店にはそんな魅力であふれていました。

また表紙で好評連載中の「さらランキング」、今回は「ラブ! 秋の食材ランキング」です。
栗、さんま、きのこ、新米、さつまいも。今年の夏はとにかく暑かっただけに、秋の訪れを今か今かと待ちわびていた人も多いはず。だって秋はこんなに美味しい食材がわんさかあるんだもの! 1つひとつのコメントを見ているだけでよだれが出てしまいそう…。さぁ、あなたの食欲を刺激する食材はありましたか?

2010年10月06日

月刊タウン情報CU9月号 実売部数報告1009_CU部数報告.pdf

月刊タウン情報CU9月号の実売部数を報告します。CU9月号の売部数は、
5,595部でした。詳しくは、上部のファイルをクリックしてください。

長らく雑誌の実売部数はシークレットとされてきました。雑誌は、その収益の多くを広告料収入に頼っているためです。実際の販売部数と大きくかけ離れ、数倍にも水増しされた「発行部数」を元に、広告料収入を得てきた経緯があります。
メディコムでは、その悪習を否定し、「月刊タウン情報CU」「月刊タウン情報トクシマ」「結婚しちゃお!」の実売部数を創刊号以来、発表しつづけています。

2010年10月05日

月刊タウン情報トクシマ9月号 実売部数を報告1009_タウトク部数報告.pdf

月刊タウン情報トクシマ9月号 実売部数を報告します。タウトク9月号の売部数は、
7,946部でした。詳しくは、上部のファイルをクリックしてください。
メディコムは、「月刊タウン情報トクシマ」「月刊タウン情報CU*」「結婚しちゃお!」の実売部数を創刊号から発表しつづけています。

雑誌の実売部数を発行号ごとに速報として発表している出版社は、当社以外では日本には一社もありません。実売部数は、シェア占有率を算出し、媒体影響力をはかるうえで最も重要な数値です。他の一般的な業界と同様に、出版をなりわいとする業界でも正確な情報開示がなされるような動きがあるべきだと考えています。わたしたちの取り組みは小さな一歩ですが、いつかスタンダードなものになると信じています。

2010年09月30日

バカロードその16 スパルタスロンへの道 2 連戦連敗の夏
文=坂東良晃(タウトク編集人、1967生まれ。18〜21歳の頃、日本列島徒歩縦断、アフリカ大陸徒歩横断など約1万キロを踏破。男四十にして再びバカ道を歩む、か?)

(前回まで=超長距離走の世界最高レースともいえるスパルタスロン。246キロを36時間以内、完走率30%前後の過酷なレース。実力をわきまえずエントリーしてしまったバカ男は、特訓と称して裸足で走りはじめたり、モヤシばかり食べたりと、怪しい方向へと道を踏み外しつつあった)


 スパルタスロンにゴールテープはない。
 レオニダス王の巨大な像の足の甲に触れる。それがゴールの証しである。紀元前480年、たった300名の兵を率い、100万人の軍勢を擁するペルシア軍に戦いを挑んだ(まゆつばな話)英雄レオニダス。そのゴールに直立する像の足元には、「欲しくば獲りに来い」と書いてある。
 なんと短く、誇り高く、人の心を動かす言葉か。
 求めるものは向こうから転がり込んではこない。自分から進んでいかなくてはならない。逆に考えるなら、目標は逃げはしない。レオニダス王は2500年もの間、スパルタに立っている。その場所に、自分の脚で、行けばいいだけのことだ。

 スパルタスロンという大一番に向けて、この夏ぼくは伝説ともいえる快進撃をつづけた・・・というストーリーであるはずだった。
 しかし現実の人生は、司馬遼太郎が描く剣士ほどに波瀾万丈ではなく、スコット・フィッツジェラルドの造り出す主人公のようにお洒落にはいかない。
       □
 6月初夏、今年も北海道の東のさいはてを訪れた。
 「さいはて」と呼ぶと地元の人に失礼なのかなと思う。ヨーロッパ人に日本を極東(ファー・イースト)と呼ばれるのと同様だ。東の極みってどーゆーことよ。お前ら中心に物事を考えるなコノヤロー、となる。いや極東と当て字をしたのは他ならぬ日本人自身か。    
 「さいはて」は漢字で書けば最果て。最も離れた場所って意味。地元民はそんなこと他人に言われたくないだろう。と思いきや、道東(北海道東部)に行くと、あちらこちらの看板に「さいはて」という言葉が踊る。さいはて市場にさいはてラーメン、旅情が観光産業をうるおし金を生むんだから、自ら最果てを名乗るもアリか。
 地元民の思いはともかく、ランナーにとってはこんな果ての地まで向かうことに大きな意味がある。仕事を休み、飛行機を乗り継ぎ、空港からレンタカーやバスで何百キロと移動してでも出場する100キロレース。サロマ湖100キロウルトラマラソンは、他の和気あいあいとしたウルトラ系の大会とは違うガチ勝負の緊張感がある。
 サロマは、ぼくにとって特別なレースだ。はじめて100キロに挑戦したのがおととしのサロマ。80キロの関門を超えて気を失いリタイアした。はじめて100キロを完走できたのも、このサロマ。1年前だ。記録は11時間45分。
 それから1年間に100キロ以上の大会を7本走り、ずいぶん自信をつけた。練習で走る30キロや50キロのペース走の感じなら10時間を切るのはさほど難しいことではなく、今年はうまくいけば9時間も切れると踏んでいた。
 スタートからキロ5分で入る。後半多少ペースダウンしても8時間台を出せるペースだ・・・という目論見は、わずか30キロで瓦解した。前日、開催地である北見市は気温37度を記録。地元テレビのニュース番組は、6月の観測史上、過去最高だと繰り返した。レース当日も、午前中から気温はぐんぐん上昇30度に達し、10キロをすぎると噴き出す汗でシューズが水浸しになった。タッポンタッポンと重くなったシューズを恨みながら、ほどなく強烈な疲労感が襲ってきた。「なぜこんな早くへばるのだ?マジか自分?」と責めてもどうにもならないのがマラソンってヤツである。マラソンはメンタル・スポーツと言われるが、一度へばった身体を精神力で蘇らせられるほど甘い競技でもない。クリーンヒットされヒザから崩れ落ちたボクサーが、根性では立ち上げれないのと同様だ。
 30キロで目標タイムをあきらめ、50キロでサブテンをあきらめ、60キロで自己ベスト更新をあきらめた。エイドで立ち止まらないという自分ルールを捨て、絶対にレース中に歩かないという鉄則も投げ捨てた。その先は、あきらめるモノも捨てるモノも見当たらなくなった。
 72キロのエイドでトイレに入り、お小水の準備にとわがナニを取り出すと、その先っぽが今まで見たことのない色・・・真紫色に変色している。もしかしてインポテンツになるのではないかとの恐怖におののき、「不能か、完走かの二者択一ならどっちを選ぶか」などと下らないテーマについて1時間も考えながら走った。
 やがて何もかもあきらめきったあと、せめて完走だけはという最低レベルの蜘蛛の糸にだけはしがみつき、12時間05分ゴール。よれよれで初完走した去年よりさらに20分も遅い。「サロマは暑すぎた」。それが自分を納得させる唯一の失敗理由だった。要するに、自分のせいじゃないって!

 7月、高知・汗見川清流マラソン。去年まではのんびりした田舎の行事って雰囲気だったが、今年からランナーズチップが導入されたり、木造のゴールゲートやら特産品マーケットなどが用意されたりして、立派なマラソンイベントに変わった。過去の9.7キロという中途半端な距離設定も、きちんと計測されたハーフマラソンの距離になった。中間の折り返し地点までは延々と登り、復路は下るだけ。キツい終盤のほとんどを下っていけるのはラクなコースといえる。最低でも1時間35分で走りたい。夏場にそれくらいのタイムを出しておけば、冬には1時間20分台にもっていける。道路の電光掲示板は朝から気温32度を示している。今日もまた激暑の予感がする。
 蛇行する山道をイーブンペースでゆく。坂道といってもトレイルレースに比べたら平地みたいなもん。登りながらキロ4分30秒でラップを刻んでいる。こりゃ後半の下りで4分10秒くらいまで上げれるから、とんでもないタイムが出るね!なんてウキウキ気分の痛快通り。
 ところが折り返しをUターンすると、身体が自分のもんじゃないような重さ。下り道だよ、楽勝の予定だよ、今からスピードアップするはずだよね。思いとはウラハラに脚には鉛、腕には鉄アレイ、頭は孫悟空を戒める輪っかがハメられたよう。やがてキロ4分台を維持できなくなり、5分30秒に落ち込む。筋肉が収縮を忘れ、タプタプした水袋になったかのよう。重いだけで仕事をしない。残り3キロ、ついに走れなくなり立ち止まる。道路脇に山水が噴きだしているパイプがあり、頭からドゥドゥと水をかぶる。不自然なほど全身びしょ濡れになってゴールするとタイムは1時間49分。服もシューズも着けたまま、水道水をホースで全身に浴びせながら、ハーフマラソンですら「完走」できないのかとうなだれる。
 「汗見川は暑すぎた」。練習のタイムトライアルでは、1000メートルでも、5000メートルでも速くなっている。レースに限って失速するのは「暑すぎるから」。そうに違いないって!

 8月、北海道マラソン。夏場に行われる国内最大規模のフルマラソンの大会だ。おととしまでは制限4時間のシリアスレースだったが、去年から5時間に緩和され多くの市民ランナーが参加できる大会になった。とはいえ実業団選手にとって世界選手権の選考レースであり、札幌の中心街を駆け抜けるコース設定、テレビの生中継もあって、華やかで洗練された大会であることに変わりはない。
 最低でも3時間20分を切りたい。ゆっくり入って、25キロから徐々に上げていき、35キロから全力モードに入る、というレース計画でのぞむ。
 スタートの号砲が鳴る。極限まで脱力し、どこの筋肉にもいっさいの力を入れない、という意識を確認。「これはジョグだ、25キロまではジョグだ」とぶつぶつ唱える。
 息も切れず、沿道の応援に笑顔でこたえ、すがすがしく前に進む。キロ4分40秒前後でラップを刻む。これだけ力を入れずにこのタイムなら上出来。後半にたっぷり余力を残せている、と嬉しくなってくる。ただ両方のヒジから、したたるように汗が落ちていく。この分じゃ2〜3リッターはすぐに流れ出てしまいそうだ。
 20キロ手前で腕時計に表示されたラップタイムを見て、目を疑う。5分42秒で止まっている。距離表示の間違いかと思う。いやしかし日本陸連の主催大会で距離間違いなどあるはずがない。次の1キロは5分22秒、その次も5分41秒。勝負所の25キロのはるか手前で失速開始だ。「またかよ」と思う。サロマ、汗見川、そして北海道。いずれも終盤の勝負ポイントのはるか手前で自滅がはじまり、あとは対処しようがなくなるの繰り返し。
 1キロに6分かかりはじめる。何もかもから逃げだしたくなる倦怠感。水分補給しても胃から喉に逆流する。1キロが本当に遠い。走っても走っても次の1キロの看板が見えてこない。
 40キロ手前で脚がつるかつらぬかの微妙な状態がつづき、この感じから逃げたいと立ち止まって脚の屈伸をすると、そのまま完全に痙攣がはじまった。道路脇の街路樹のたもと、土のうえに座り込む。股関節と両脚と腹筋が痙攣して、どの関節も曲げられない。下半身をピンと伸ばした変な格好で、痙攣よ治まってくれと嘆く。
 ふと見れば、あちらこちらでランナーが倒れていて、大会スタッフが介抱している。担架が運ばれたり、サイレン音も高らかに救急車が近づいてきたり。大会スタッフがこっちに気づきにじり寄ってくる。ヤバイ、このままだと病院連行だ。ムリヤリ笑顔を見せ「ちょっと屈伸してまーす」と元気に挨拶、ヨッコラショッと立つフリをする。
 どんな落ち込んでもせめてサブフォーだけは、と攣ったままの脚で歩きはじめる。歩幅はわずか30センチのよちよち歩き。結局、40キロからの2.195キロに20分以上かかりゴールラインをまたげは記録は4時間05分。さて今回の失敗の言い訳は何にしようと考える。「札幌は暑すぎた」。そろそろこの理由は通用しなくなってきたんじゃないか?

 9月、猛暑はおさまる気配もない。東京で行われる神宮外苑24時間チャレンジは、24時間走世界大会の日本代表を決める重要レースだ。1周1.3キロの周回路を走り、24時間で走破した距離を競う。200キロを越えたら一流どころ。日本代表に選ばれるためには230キロ以上は稼ぎたい。
 しかしぼくときたら、この夏ハーフ、フル、ウルトラと、3本のレースすべてに失敗し、その悪夢を払拭しようと月間500キロを走り込み続け、肉体も精神も疲労困ぱい模様である。何かを達成したトップアスリートでもないのにバーンアウト状態。走る前からヘトヘトなのである。
 再び気温34度の熱帯日和のなか、直射日光を全身に浴びながら、黙々と周回路を走る。いや、やはり走れない。24時間走という競技は、この日に向け1年間きちんと準備をこなしても厳しいものなのだ。走る前からフラフラの人間に何ができようか。10時間もかけて80キロをようやっと過ぎたあたりで、それ以上走る気力が失せ、自ら走路を外れてアスファルトの地面にうつ伏せる。少し眠れば体力も回復するかと睡眠を試みたが、大会テント用の発電機のエンジン音が耳をついて眠れない。ムリにでも寝てしまおうと睡眠導入剤を飲むと、眠れない代わりに、江戸末期の庶民のような「ええじゃないか」的な投げやりで浮かれた気分に満ちてきた。もうこれ以上は走れはしない、ほれでええじゃないか。自分は弱い、そう認めざるを得ない、ほれでええじゃないか、ええじゃないか。
       □
 スパルタスロン出場に向けてこの半年、めいいっぱい走り込んだ。当然、走行距離に見合う実力がつくものだと信じてである。だが夏のレースは4本とも全滅。それもタイムが去年より遅くなったというレベルの失速ではなく、レースを途中棄権するに等しい失敗を重ねたまま、一筋の光も見えぬままギリシャに向かうことになった。
 ひとつだけはっきりしたことがある。現在の実力ではスパルタスロンの時間内完走・・・246キロを36時間以内完走は200%ムリだってこと。
 ならば、ならばである。
 どうせ負け戦なら潔い負け方をしよう。前半自重なんかせず、突っ込んでやろう。後半に力を溜めているうちに、関門の制限時間に引っかかって、不完全燃焼のままオメオメと帰国するくらいなら、無謀な賭けに出てやろう。スタートと同時にフルマラソンのレースのつもりで全力でいこう。あとは野となれ山となれだ。
 誰かに羽交い締めにされて止められない限り、ゴールのレオニダス王を目指して脚を前に繰り出そう。わずか300人で100万人の軍隊に突っ込んでいった(まゆつばですが)英雄の元に歩み寄るレースなのだ。
 「欲しくば獲りに来い」。
 獲りにいってやるさ。全力で。                   
                                         (次回いよいよ本番に突入)

2010年09月29日

涼やか良き季節、心から楽しめ! タウトク10月号発売! tautoku1010★秋しかできない遊び方★
暑さ過ぎ去り、お出かけのベストシーズン到来。実り豊かでメシもうまいぜ!ってことで遊&見&食、秋をこれでもかと堪能できるスポットとイベントを大放出。秋限定の貴重なグルメ情報からローカルな秋祭りまで、ぎっしり詰め合わせてます!

★カレーのおいしいお店★
家庭の味からエキゾチックな本場仕込みまで! 「うまい!」と思わず唸るカレーライスをご紹介します。好みの一皿がきっと見つかる!

徳島で活躍する住宅のプロ170人が登場!徳島の家[実例700]創刊!!tokushimanoieかねてより月刊タウン情報トクシマや月刊タウン情報CUでご案内をしておりました、徳島の家[実例700]がいよいよ創刊しました! 地元徳島の工務店、ハウスメーカーが110社、建築事務所が50社掲載されていて、業界のプロフェッショナルたちの家づくりを見ることができます。その住宅実例総数は700棟以上、352ページにわたって様々な写真が掲載されているという圧倒的なボリュームの本です。「そろそろマイホームが欲しいな」と思っている方は必読。徳島の家[実例700]は書店、コンビニ、スーパー、キヨスクでただいま好評発売中です。500円です。

2010年09月16日

さらら9月16日号で、徳島のご当地調味料をいただき! tokushima-salala0916広大な自然に囲まれた徳島で作られた調味料。それらには、素材や味にこだわった作り手の様々な思い入れがありました。さぁ、地元が生んだオリジナルのポン酢やたれ、ドレッシングでこの食欲の秋をもっと満喫しちゃいましょ。しかも、なんと66名の方に、紙面で紹介した調味料をプレゼント!

また、表紙で大好評連載中の「さらランキング!」。今回は、いくつになってもおしゃれでいたい女性のために、20代女子が秋冬のおしゃれアイテムとその着こなし術を提案してくれました。今、注目されているファッショントレンドとは…?